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経済学に「通貨とは貴金属でなければ誰かの負債である」という言葉がある。 かって、このような書き出しで「湾岸戦争、一つの視点」と題する一文をしたためたことがある。誰に見せることもなく、ただパソコン通信のボードにオンして何人かの方々からコメントを頂戴したが、掲載期間が過ぎて消去されてしまった。 前半の貴金属については言うまでもないであろう。後半は小切手・手形を思い浮かべれば理解が速い。かっての「兌換紙幣」も発行当局の金への兌換債務の「保証書」であった。金融論には「信用創造」という言葉がある。AがBに「信用を供与する」とも言われる。現代の通貨量は限られた貴金属の量では裏打ちしきれず、信用通貨なしには維持できないのである。 「誰かの負債」が通貨たるには対語としての「債権」が保証されねばならない。即ち@債務者の特定。A債務者の債務意識。B債務意識の低い債務者への強制履行方法となろうか。前の二点については、別の機会にしてBは公正なる司法に基づく公正なる警察力に依らねばなるまい。ここに「通貨の番人としての警察力」が位置づけられる。 翻って、債務者が国家の場合は如何であろうか。湾岸戦争当時のイラクのクゥェートに対するはその典型であろう。ここに「通貨の番人としての軍事力」、或いは国家という法人の不法行為に対する「警察力としての軍事力」が求められる。この意味では軍事力に巷間いわれる「PKOかPKFか」の議論は意味をもたないのではなかろうか。 軍事力を警察力として位置付けるとき、問われるのは指揮権である。米軍の米国大統領以外の指揮権を排する如きは、かっての皇軍の「統帥権」を髣髴とさせる。国際(連?)警察軍としての軍事活動は公正なる司法(?)に基づく公正なる指揮権に依らねばなるまい。 各国個別の軍隊を容認するか、国連常設軍に統一するかは議論の分れるところであろう。が、直ちに統一されることのないことだけははっきりしている。冷戦終結後、多発する地域紛争、国家・疑似国家による不法行為。日本の各都道府県警察に対する警察庁のごとき本部機構は早急に設置されるべきではなかろうか。
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できればあなたの意見を聞かせて下さい。
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Date: Wed, 25 Jun 1997 20:25:47
From: Akishige Tanaka
リンクを張っていただきありがとうございました。
「軍事力の今日的意義と課題」を読みました。
主旨の「本部機構」制度は、私は理論上は可能だけど、実現は難しいものと思っています。各国の常識や通年が似通っていればよいのですが、現実は対話ですら難しいくらいで、そうした格差が戦争の火種になっているくらいです。それが消滅した時代は戦争の危機もかなり遠のいた世界でしょう。従って、そうした制度の確立を考えるよりも、危機が起きた時に、日本がどのような指導力を発揮するかによって、危機の程度はいくらでも変えることが出来ると思っています。
たとえば、湾岸戦争の時、日本は非協力的だったという印象を欧米諸国に感じさせました。これは日頃の外交活動がそのように思われているから、惰性的に見間違われたといえます。日本はドイツと共に多額の資金を援助し、掃海艇も派遣しました。比べて、中国は武力行使を批判して、自らは中立を宣言しました。それだけなら特に問題はないのですが、イラクに輸出していた自国の兵器がことごとく撃破されたのを知ると、兵器のラインアップを一新する政策を打ち出しました。価格が暴落するのを防ぎたいのです。これはあまりにも一国的な行動です。湾岸戦争に参加した諸国に、打算がなかったとは私は思いません。戦争の直接の動機は各国の中東における利権だったと思います。それでも、中国の行動は評価に値しない、利己的なものだったと私は思います。それなのに、この件では中国は批判されていません。この点は私は非常に欧米に対して失望を感じています。
こうしたことは日本が平素から、しかるべき行動を取っていれば防げる話です。これは危機とは直接関係のない話ですが、それすらできない日本に危機のコントロールなどできるわけがありません。現実に危機をもたらす戦争は頻繁に突然起きるものではありません。日本に危機を乗り切る力さえあれば、ほとんどすべての危機には対処できるのだと私は考えています。
--田中昭成(Akishige Tanaka) Sapporo Japan E-Mail:akishige@mb.infoweb.or.jp Home Page: http://village.infoweb.or.jp/~fwbc1897/index.htm ペルー大使公邸人質事件に関するアンケート調査実施中!
Date: Tue, 01 Jul 1997 23:13:56
To: Akishige Tanaka
From: Tsuneo Nakagawa
メール、有難うございます。
でも、どのようにご返事したらよいのか正直、戸惑いました。
というのは、論点(?)が多少、違っているような気がしたからです。
「軍事力の今日的意義と課題」で言わんとするのは日本の事ではないのです。日本政府に統一意思など無いわけですし、ジャーナリズムは「政府高官が・・」とか「国は・・」と間違った報道をせず、キチンと「○○省高官が・・」や「○○省は・・」とすべきなのです。あるのは個別の省や部局の意思でしょう。
「日本の指導力の発揮」については、今の日本の状況では百年河清を待つようなものです。民主的コントロール下にない外務官僚が世界で指導力など発揮すべくもなく、また発揮されても困ります。
同じく民主的コントロール下にない中国外交のしたたかさは、しかし政治のコントロールを受けているということではないでしょうか。欧米が日本より中国を評価しても、それは当然でしょう。
以上、思うにつけ感心するのは、今日のヨーロッパ統合の推進役を担ったドイツのザールやフランスのロレーヌの地方外交です。地方分権ではなく地域主権ということでしょうか。またドイツ外務省もフランス外務省もよく認めたものだと思います。日本の外務省にはとても肯んずることはできないでしょう。外務省が認めたのではなく政治家が認めたのでしょう。地方政治家と中央政治家が官を仕切ったのでしょう。
中央集権の官僚主導を崩さない限り「日本に危機を乗り切る力などなく、危機に対処などできない」と思っています。
もし軍事力無用論としてのご意見ならば、「軍事力の今日的意義と課題」で書いたように、私は警察力の必要性と同程度に軍事力の必要性を認める立場です。だが「日本政府」の指揮権には非常に危惧の念を抱いているのは前の理由で御理解頂けると思います。
最近、注目しているのはNATOが拡大NATOとして質的変化を遂げつつある点です。G7がG8となって、次はロシアがNATOに加盟する時、「本部機構」が実質できあがると思います。
「通貨の番人」が主題だったのですが、昨今の金融不祥事は「警察力としての軍事力」などより国内の警察力の真価が問われる事態です。2〜3のイケニエや見せしめで終わらせず、徹底して上げるべきです。一斉パージで金融界を刷新すべきでしょう。
御返事が遅れたことをお詫びします。