最初に習った曲は、秋田船方節(ふなかたぶし)である。
この唄は漁師唄で、三味線にも美しさと強さが有り、今でも好みの一曲となっている。
前後するかも知れないが、当時の民放テレビ局の(日本民謡大勝)で、小野花子さんが唄って栄冠に輝いた曲なので強く印象に残っている。
三味線を始めるまでは、民謡に関しては、おはら節やこきりこ節の地元の歌程度は知っていたが、秋田や津軽の民謡はほとんど耳にしたことがなかった。
秋田船方節と言われても、どんな節なのか全く見当がつかない。
先ず初めに、先生に一曲を最後まで通して弾いていただき、その後で一音ずつ勘所を確認しながら左手の使い方を習っていくのである。
先生が(テン)と音を出す。その音に合わせて私が(テン)と鳴らす。
次に先生が、(チリ)と指で弾く。私が真似て、(チリ)と音を出す。
このようにして一音一音、あるいは一節一節を繰り返して練習するのである。
初めの頃は、先生の出す音がバチでたたいた音なのか、すくったものなのか、指で弾いたものなのかがなかなか判断できなかった。
だがそれも、1ヶ月・2ヶ月と三味線を聞いていると自然と判るようになるから不思議だ。
余談ではあるが、家にいても来院される患者さんの車の音・靴の音・スリッパの音などから、声を聞く前に「○○さんだ」と判る場合がある。
日頃から音の中で生活し、音による情報を重要視している盲人の特性かもしれないと思っている。
先生が私の手を見ながら、(押さえる糸が違う)とか、(ここは、薬指で弾く)(ここは、中指で)…などと細かく指示していただき、一曲を仕上げていくのである。
三味線固有の楽譜も有るようだが私には何の役にも立たない。全て耳学で暗譜するしかなく、身体で覚える必要があるのだ。
日本古来の和楽器などと同様に、三味線にも口伝と言う方法がある。
ドッツテンとか、チンチリテンとかツッテンシャンとか……いわゆる、口三味線のことである。
津軽三味線での聞かせ所の例の細かい音は、(チリテレ チリテレ チリテレ)と言ったところか。
左手は、主に人さし指と薬指を使って勘所を押さえたり糸を弾いたりする。
梅若流では、(二の糸)を多く使うことが特徴とされているようだ。
津軽や秋田民謡では細かい動きが多いため、初めの頃は左手の指が痙攣したように固くなり、なかなか思うように動かないものだ。
プロの先生方の左手は、まるでカニが横歩きをしているかのように見えるそうだが、残念ながら私にはそれを真似ることはできない。
こうした口伝も交えて、約二時間の稽古で一曲を教わるのである。
カセットテープに録音していただいた先生の音を頼りに、次の稽古日までの一週間で暗譜するまでに繰り返し練習する。
週末の稽古日に再度先生と音合わせをして、細かい箇所を修正していただき一曲の終了となるのだ。