刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1901 標題 私の青春時代/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(17) 叢書名 吉本隆明資料集 182 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 「政治にカネはつきもの」ゆえに演じられる猿芝居:現在への発言 聞き手 内田隆三(『吉 本隆明が語る戦後55年』第9巻2002年8月28日発行) 分散し矮小化していく社会や政治の問題/給与問題の裏側は議員なら知っているはず/個人が 傷つくだけの見え透いた猿芝居/とかく活動には大きなカネが必要となる/関心の高まりはい い 追求のしかたに問題あり/阪神淡路大震災と東京大空襲の体験/テロ事件報道に隠されて いたウソ/ブッシュは真珠湾攻撃もテロ行為だといった/日本は太平洋戦争で精神面でも負け ていた/精神力というのは気合や信念ではない/戦中と戦後で異なる坂口安吾は不思議な人/ 特徴的な活動をした非転向の戦中派/三島由紀夫にとっての戦後社会と天皇制 (2002年4月26日) 家族・老人・男女・同性愛をめぐって 聞き手 内田隆三・山本哲士(『吉本隆明が語る戦後5 5年』第10巻2003年3月10日発行) 三世代同居を理想とする日本の老人たち/男女の対幻想だけを残して家族は解体しつつある/性 を売るプロの女性がいた時代と素人がプロの代役をする時代/漱石が親愛感をもっていた女性と もっとも嫌っていた女性/「玄人女性」を描いた鴎外の小説らしい小説/司馬遼太郎の小説の文 体にはまるでパンチの強弱がない/年金だけではやっていけない普通の人の老後の生活/幼稚園 の隣に老人ホームを建てて相互に行き来できる場所になるといい/定年退職者をメンバーとする アイデアを売る会社はできないか/レスビアンこそが女性らしさを一番確保している/頭だけの 共同性と身体の共同性を同時に成り立たせる可能性は女の同性愛にある/法律でケリをつけるの ではなく新たな倫理性を考えていくという課題/男が女に求めている女性性は女の側からすれば 男への媚にすぎない (2002年10月7日) 私の青春時代:技術者として(Think tank[LAB]」第4号1986年9月10日発行) 東工大電気化学科に入学する/遠山啓先生との出会い/フランス系化学/光の吸収スペクトル分 析を研究する/悩みがあったら科学の研究はできない/東洋インキ時代の研究生活/なぜ日本の 科学技術はいつも二番三番手なのか/東洋インキを退職してから/技術者とは手仕事のイメージ /自然力に依存する〈幻想〉の体系としての技術 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2000.2〜2001.4] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1901 標題 親鸞の言葉 叢書名 中公文庫 出版社 中央公論社 出版地 東京 区分 親鸞論 キーワード 親鸞/宗教/言葉/思想 見出し・語録 親鸞における言葉 吉本隆明 1繰返された真の言葉 2言葉につきあてる言葉 3教理にたがう言葉 親鸞の言葉 吉本隆明編訳 歎異抄 書簡 教行信証 親鸞をめぐる三つの対話 『歎異抄』の現在性 鮎川信夫+吉本隆明 親鸞の〈信〉と〈不信〉 佐藤正英+吉本隆明 『最後の親鸞』からはじまりの宗教へ 中沢新一+吉本隆明 巻末エッセイ 吉本隆明の思い出 梅原 猛 注記 ISBN978-4-12-206683-0 初出一覧 親鸞における言葉 吉本隆明編『思想読本 親鸞』1982年4月、法蔵館 親鸞の言葉 同前〔原題「現代語訳親鸞著作(抄)」 『歎異抄』の現在性 『現代思想』1979年6月号 親鸞の〈信〉と〈不信〉 『現代思想』1985年6月号 『最後の親鸞』からはじまりの宗教へ 『中央公論』2008年1月号 吉本隆明の思い出 「東京新聞」2012年3月26日付夕刊
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1903 標題 持続する思考、生きた言葉 叢書名 吉本隆明資料集 183 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 持続する思考、生きた言葉ーー『試行』創刊五十年、『完本 情況への発言』刊行を機に(『週刊 読書人』2011年12月9日号) 安保闘争敗北のなかで/物書きが天職/生きた雑誌とは/村上一郎さんのこと/今の情況への発言 [談話] 近代の第一級詩人(『毎日新聞』2012年1月8日号) (談) 最後の文学講義(『飢餓陣営』第38号2012年8月30日発行) 気の毒な夏目漱石(2011年4月19日) 太宰治の『津軽』について(2011年4月26日) 独学の三人:『芸術的抵抗と挫折』復刊に際して 聞き手 こぶし書房編集部(未発表) マルクス主義は独学するしかない/黒田寛一さんのこと/三浦つとむ氏とのこと/年を重ねて (2011年10月7日) 「横超」を飲みながら〈横超〉を考える 聞き手 前川藤一・菅原則生(菅原則生『浄土からの視 線』2014年7月22日刊所収) (2010年12月21日) 『地下水道』の意慾 山本薩夫・吉本隆明(『映画評論』1957年12月号) 戦争体験とアジア神聖帝国ーー岡本喜八「英霊たちの応援歌」を素材に 小川徹・吉本隆明(『映 画芸術』第331号1979年12月発行) 戦争にスポーツを重ねること/娼婦と特攻と/絶対的な支柱がなければ死ねない/三島由紀夫の再 検討/右翼・左翼との別れ/絶対の観念の解明/鏡としての日本とアジア神聖帝国/日本はアジア 的社会から離脱した/インベーダー・ゲームと未来/“運命”」を把える 最近の映画についてーー「ええじゃないか」「アッシィたちの街」「泥の河」「ブリキの太鼓」 小川徹・吉本隆明(『映画芸術』第337号1981年4月発行) 「ええじゃないか」=今村昌平/「アッシィたちの街」=山本薩夫/「泥の河」=小栗康平/「ブ リキの太鼓」=フォルかー・シュレンドルフ/映画批評の問題 (3月18日駒込にて) 最近の映画をめぐってーー「大日本帝国」「マイライバル」「ひめゆりの塔」「北斎漫画」「道頓 堀川」「陽炎座」「ボーダー」「イデオン」 小川徹・吉本隆明(『映画芸術』第342号1982年8 月号) 単純さは意図的か/「大日本帝国」「ひめゆりの塔」の意図を巡って/今井正の力点とサボタージ ュ的つくり方?/スポーツ映画と生または戦争とスポーツ/「ボーダー」「道頓堀川」の場合/青 年はなぜ不自然に死ぬのか/新藤兼人の神と女の生れ代り/「ガンダム」と「イデオン」の新しさ 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book Section 著者 吉本隆明 刊行年月 1903 標題 梅色吐息 掲載誌(紙・書)名 忘れない味 :「食べる」をめぐる27篇 編集 平松洋子 出版社 講談社 出版地 東京 掲載頁 252−254 区分 エッセイ キーワード 食 注記等 初出:おいしく愉しく食べてこそ(40)梅色吐息.dancyu.21(2) 2011.01.16,3. 単行本収録:『開店休業』プレジデント社2013.04
刊行形態 Book Section 著者 吉本隆明 刊行年月 1903 標題 究極の願望 掲載誌(紙・書)名 光太郎ルーツそして吉本隆明ほか 編集 曽我純子 出版社 文治堂書店 出版地 東京 掲載頁 98 区分 推薦文 キーワード 高村光太郎 注記等 初出:1982年春秋社刊行「高村光太郎選集」全6巻の別巻『造形』の内容案内
刊行形態 Book Section 著者 吉本隆明 著者 北川太一 刊行年月 1903 標題 対談 高村光太郎と現代:『選集』全六巻の刊行にあたって 掲載誌(紙・書)名 光太郎ルーツそして吉本隆明ほか 編集 曽我純子 出版社 文治堂書店 出版地 東京 掲載頁 103-131 区分 対談 キーワード 高村光太郎 注記等 初出:「春秋」1982年1月号、『吉本隆明全対談』第12巻収録。
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1904 標題 江藤淳氏を悼む/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(18) 叢書名 吉本隆明資料集 184 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 ハンセン病と日本的「聖卑一体」の考え方 聞き手 山本哲士(『吉本隆明が語る戦後55年』第11 巻。2003年7月10日発行) 必ずうつるといわれていたハンセン病に死を覚悟で奉仕した人たちの存在/川端康成のハンセン病 者の文学への評価 恐れと尊敬の相まざった意識/天皇制にも通じる聖と卑が一体となった日本的 な考え方/聖なる病の風習と日本人が天皇を尊重してきた理由との同一性/戦中派が抉ろうとしな い日本的な根深い伝統と習慣/西洋の資本主義と東洋の資本主義の違い そして日本的資本主義の 神道的な要素/日本的な構造の絡みの起源から考えていく方法/第三次産業が大部分を占めて段階 論が通用しない時代に入っている/社会のあり方と政治的国家のあり方は対応しない/民族という 概念には元々根拠がない/構造主義の主張と小泉構造改革には何の変わりもない(2001年5月25日) 再生もしくは救済物語について:「死」体験の意味 聞き手 高橋康雄(『潮』1984年5月号) 私小説体験とフイクションのあいだで/事実性を押えた想像力の飛躍/いい子すぎる主人物/死の 定義へのこだわり/『千年の愉楽』と『新しい人よ眼ざめよ』の対照性/救済物語のむずかしさ 親鸞の死のとらえ方が好きだ:私とブッダ(NHKスペシャル『ブッダ 大いなる旅路3』[1998年 11月30日発行]月報) 輪廻転生/一念義/親鸞の死のとらえ方/不徹底な救済/「向こう側」から見る方法を模索する/ 死ねば死にきり (談) 江藤淳氏を悼む:共存した「革新」と「保守」(『山梨日日新聞』1999年7月23日) (談) 明快に解く老いと死の悩み:本よみうり堂 著者来店 幸福論(『讀賣新聞』2001年4月8日) (久) 超資本主義の新事態 (『北日本新聞』2001年10月8日) 貧富の差/新しい倫理 (注ーこのインタビューは共同通信社の配信です。これは「米同時テロと報復」として『山梨日日 新聞』や『高知新聞』などは掲載しています[「資料集」156集収録]。しかし、『北日本新聞』 は扱い方が異なりますので、別に収録しました。) 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2001.5〜2002.11] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1904 標題 追悼私記 完全版 掲載誌(紙・書)名 講談社文芸文庫 出版社 講談社 出版地 東京 区分 追悼文 キーワード 人間論/死/追悼 見出し・語録 梶木剛=梶木剛 追悼* 小川国夫=小川国夫さんを悼む* 清岡卓行=清岡卓行を悼む* 清岡卓行=詩人清岡卓行について* 大塚睦=清冽な色彩と繊細な線に守られた前衛画家 川上春雄=川上春雄さんを悼む* 川上春雄=川上春雄さんのこと* 本多秋五=本多秋五さんの死* 島成郎=「将たる器」の人* 大原富枝=いちばん鮮やかにのこる姿を偲ぶ 大原富枝=碑文* 江藤淳=江藤淳氏を悼む* 江藤淳=最後の立ち姿のイメージ 奥野健男=あの頃二人は* 埴谷雄高=悲哀を悲劇にまで高めた一徹さ 宮田勘吉=別れの言葉 山口瞳=「現代評論」の頃 小林平和=「地を継ぐ」柔和な人 谷川雁=詩人的だった方法 中上健次=比類のない文学思想 井上光晴=井上光晴の声 今西錦司=ただ一度の出会い 小山俊一=純乎とした覚者の死 小川徹=天と地がすこし寂しく 菅谷規矩雄=弔辞 三浦つとむ=別れの言葉* 三浦つとむ=かがやかしい独学像* 美空ひばり=偉大な哀しさ 手塚治虫=昭和の死を象徴する死 昭和天皇=最後の偉大な帝王 磯田光一|鮎川信夫=ひとの死、思想の死 鮎川信夫=別れの挨拶 島雄敏雄=戦後世代のおおきな砦 黒田喜男=倫理が痩せ細らせた ミシェル・フーコー=現存する世界最大の思想家が死んだ 橋川文三=告別のことば 小林秀雄=批評という自意識 小野清長* J・P・サルトル=「静かな絶望」のなかの死 対馬忠行=駆けぬけた悲劇 遠山啓=西日のあたる教場の記憶 平野謙=平野さんの神々 竹内好=反近代の思想 村上一郎=哀辞 三島由紀夫=重く暗いしこり 三島由紀夫=「檄」の後先* 岩淵五郎=現存するもっとも優れた大衆が死んだ 岸上大作=『意思表示』* 岸上大作=時代の風圧の証し 吉本政枝=姉の死 あとがき[1993年宝島社] 増補版のためのあとあがき[1997年洋泉社] 文庫版あとがき[2000年筑摩書房] 著者に代わって読者へ ハルノ宵子 もう一つの追悼私記 高橋源一郎 解題 松岡祥男 注記等 本書は、1997年7月洋泉社から発行された『増補 追悼私記』に新たに二編を加え再編集 された『追悼私記』(2000年8月、ちくま文庫)を底本とし、今回新たに*印を付した「追悼文」 が追加収録された。
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1904 標題 吉本隆明全集 19:1982ー1984 出版社 晶文社 出版地 東京 区分 全集 キーワード 見出し・語録 I マス・イメージ論 変成論 停滞論 推理論 世界論 差異論 縮合論 解体論 喩法論 詩語論 地勢論 画像論 語相論 あとがき II ポーランドへの寄与ーーレーニン以後はじめての社会主義構想ーー 先進資本主義社会の動向と日本の行方 「反核」運動の思想批判 反核運動の思想批判 番外 情況への発言ーー「反核」問題をめぐってーー[1982年9月] III 空は閉ぢられる[『野生時代』連作詩篇40] クイナの話[『野生時代』連作詩篇41] 言葉は[『野生時代』連作詩篇42] 好きな眼[『野生時代』連作詩篇43] 木の泡[『野生時代』連作詩篇44] 霽れた衣[『野生時代』連作詩篇45] 雨という帽子[『野生時代』連作詩篇46] 「欅」という舟[『野生時代』連作詩篇47] 「鶫」という駅[『野生時代』連作詩篇48] 地名がくずれ堕ちる[『野生時代』連作詩篇49] 「鳥」にむかって出発[『野生時代』連作詩篇50] 絵本のうしろ[『野生時代』連作詩篇51] 『衣河』見に[『野生時代』連作詩篇52] 冬が繙く[『野生時代』連作詩篇53] 楡という木[『野生時代』連作詩篇54] 木の行方[『野生時代』連作詩篇55] 字画の挿話 鳥について[『野生時代』連作詩篇56] 橋という字[『野生時代』連作詩篇57] 掌の旅(異稿) 「祖母」という樹 紡錘形に[『野生時代』連作詩篇58] 「無口」という茶店[『野生時代』連作詩篇59] 嬰児の旅[『野生時代』連作詩篇60] 祖母の字[『野生時代』連作詩篇61] 祖先の話[『野生時代』連作詩篇62] IV 死は近づくか[鮎川信夫] 親鸞における言葉 現代語訳親鸞著作(抄) 歎異鈔 書簡 教行信証 西村博美論 古井由吉について わがファウスト 幼児性の勝利ーー映画『E.T.』を観るーー 自己慰安から渇望まで 小林秀雄について 《遠野物語》別考 田村隆一についての覚え書 ジョバンニの父とはなにか 川崎徹小論 ふたつのポルノ映画まで V 『野性時代』アンケート 今、あなたにとってテレビとは * 伊藤聖子『新宿物語』 山本かずこ『渡月橋まで』 高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』 やさしい装いをした高度な構築物[三浦つとむ] 対談「古典をどう読んできたか」あとがき[大岡信] 映画〈きつね〉註記 宍戸恭一『三好十郎との対話』に寄せて * 吉本隆明が選んだ日本を読むための25篇 * 『「反核」異論』後註 『素人の時代』あとがき 『教育 学校 思想』まえがき 焦慮のドラマーー『相対幻論』あとがきーー 『〈信〉の構造』序ーー〈信〉についてのメモーー 『〈信〉の構造』あとがき 『試行』第58〜61号後記 解題 (間宮幹彦) 注記 ISBN978-4-7949-7119-7 月報:小池昌代「父の内なる言語」・島亨「「軒遊び」と「生命呼吸」のこと」・ハルノ宵子「境 界を超える」
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1905 標題 文学の原型について 叢書名 吉本隆明資料集 185 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 文学の原型について(『吉本隆明〈未収録〉講演集』第11巻2015年10月10日刊所収) 日本の物語の最初の原型/物語の淵源としての『古事記』/人間の生死と物語のかかわり/ ハイデッガーの死のとらえ方/サルトルのハイデッガー批判/現代文学において「死」はど う考えられているか/物語の「作者」とは何か/作者と作中人物の関係/堀辰雄の小説にお ける「死」の意味/死の考察が現代文学における基層 (1980年8月15日) 吉本隆明氏を囲んで(『同行衆通信』第24号[1986年2月]〜第28号[1987年2月]) (1980年8月16日) 触れられた死ーー序にかえて(『死の位相学』1985年6月10日刊) 言葉からの触手(1) 気づき 概念 生命(『文藝』1985年10月号) 言葉からの触手(8)思考 身体 死(『季刊文藝』1986年冬季号11月) 都市に関するノート(『最後の場所 』第3号1979年3月発行) 感性の都市/住宅/国民性と国際性/「おだやか」あるいは「おそすぎる」?/「発生」と 「起源」 <反逆>は内向するーー田川建三著『イエスという男』を読む(『週刊読書人』1980年4月2 8日号) 福島泰樹論:風姿外伝(現代歌人文庫『福島泰樹歌集』1980年6月刊解説) わたしの本はすぐ終わる(『新潮』1993年3月号) 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book Section 著者 吉本隆明 著者 高橋源一郎 刊行年月 1905 標題 なぜ太宰治は死なないか 掲載誌(紙・書)名 KAWADEムック :永遠の太宰治 生誕110年記念総特集 出版社 河出書房新社 出版地 東京 掲載頁 132−151 区分 対談 キーワード 太宰治 注記等 初出:『新潮』1988年9月号、単行本収録:『五つの対話』1990年新潮社刊。
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1906 標題 まかないめし。/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(19) 叢書名 吉本隆明資料集 186 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 まかないめし。:今でしゃべったまんまのインタビュー。 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イ トイ新聞』1998年12月25日〜1999年7月4日) 目の手術つのことなど/からだを治すということなど/科学的っていうこと/気効治療のこと など/一歳未満のときの苦労/無意識の荒れ/アメリカのことを話している/アメリカのこと を話している・2/アメリカのことを話している・3/これからの経済的幸福像って?/ぽっ くりと逝っちゃう時って/親鸞の影響と親の背中/じぶんへの修正/ロシア文学は退屈である /さんまと広告とインターネット/そして、タモリ 身体のイメージについて(主催・アスベスト館・アスベスト館改築開館柿落とし記念行事「ア イコンとしての身体」における発言 1990年9月6日) 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2002.12〜2004.3] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1907 標題 言葉はだれのものか/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(20) 叢書名 吉本隆明資料集 187 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 まかないめし 二膳目。 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イトイ新聞』2001年7月31日〜9月 19日) こりゃ、あぶねえんじゃねえか。/「商売」と「おもしろさ」は矛盾するか。/若い人の質は、 あがってきてるんじゃねぇえか。/その精密さは、むだなんじゃねえか。/曲芸ができたって 、問題にならねえんだ。/十年間、毎日、ずうっとやってて、それでモノにならなかったらク ビやるよ。/イチローの練習量は、たくさんじゃねえか。/なぜ俺はもてねえのか。/よせば いいのに、評論家に寄っちゃう。/自己評価より下のことは、何だってしてもいい。/二度と 行きたくねぇところ。/逸らさないってのは、すげえもんです。/何だったら、俺に、金、か さねえか?/転向じゃねえんだ、転入なんだ。 言葉はだれのものか 糸井重里・吉本隆明(『ほぼ日刊イトイ新聞』2001年11月26日〜12月 3日) 言葉が生まれたところは、どこか。/まっとうだから、頭がおかしく。/吉本さん、そうとう 気にしてますね?/テレくさいんですよ。/もう、やけっぱちだぁ。 まかないめし 番外。 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イトイ新聞』2003年6月18日〜6月2 4日) 佃島っていうところは。/転べば、とまる。/精神を知るための行動って。/中のことを、中 でもってわかること。/猫だって人語を解する。/おあつらえむきに、いくもんか。 地獄と人間(1975年9月29日主催・朝日カルチャーセンター 人間を考えるコース・講座「地 獄の思想」における講演) 現代に於ける身体のイメージ 中上健次・吉本隆明(1990年9月6日アスベスト館主催「アイ コンとしての身体」における対談) 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2004.4〜2005.3] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1907 標題 ふたりの村上:村上春樹・村上龍論集成 編集 小川哲生 出版社 論創社 出版地 東京 区分 作家論 キーワード 村上春樹/村上龍 見出し・語録 イメージの行方 村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』 解体論 村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 像としての文学(一) 像としての文学(二) 走行論 村上龍『ニューヨーク・シティ・マラソン』 村上龍『愛と幻想のファシズム』 村上春樹『ノルウェイの森』 村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』 瞬間論 現在への追憶 反現在の根拠 村上春樹『国境の南、太陽の西』 「現在」を感じる 村上春樹『ねじまき鳥クロニカル』第1部・第2部 村上春樹『ねじまき鳥クロニカル』第3部 形而上学的ウイルスの文学 村上春樹『アンダーグラウンド』批判 * 編集後記にかえて……小川哲生 解説……松岡祥男 注記 ISBN978-4-8460-1828-3 初出一覧 (1)文芸時評 イメージの行方(『作品』1981年1月号)→『空虚としての主題』福武 文庫 (2)豊穣かつ凶暴なイメージの純粋理念小説ーー村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』 (『海』1981年2月号)→『吉本隆明全集』第18巻 晶文社 (3)マス・イメージ論 解体論(『海燕』1982年9月号)→『マス・イメージ論』講談 社文芸文庫 (4)村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(『マリ・クレール』1 985年9月号)→『言葉の沃野へ 書評集成・上 日本篇』中公文庫 (5)(6)ハイ・イメイージ論 像としての文学(『海燕』1985年11、12月号)→『ハ イ・イメージ論 I 』ちくま学芸文庫 (7)ハイ・イメージ論 走行論(『海燕』1986年12月号)→『ハイ・イメージ論 I 』ち くま学芸文庫 (8)新・書物の解体学 村上龍『ニューヨーク・シティ・マラソン』(『マリ・クレール』 1987年1月号→『言葉の沃野へ 書評集成・上 日本篇』中公文庫 (9)新・書物の解体学 村上龍『愛と幻想のファシズム』(『マリ・クレール』1987年1 1月号→『言葉の沃野へ 書評集成・上 日本篇』中公文庫 (10)新・書物の解体学 村上春樹『ノルウェイの森』(『マリ・クレール』1987年12月 号→『言葉の沃野へ 書評集成・上 日本篇』中公文庫 (11)『ダンス・ダンス・ダンス』の魅力(『新潮』1989年2月号)→『言葉の沃野へ 書評集成・上 日本篇』中公文庫 (12)ハイ・イメージ論 瞬間論(『海燕』1989年6月号)→『ハイ・イメージ論 III 』ち くま学芸文庫 (13)イメージ論1992 現在への追憶〈村上春樹『TVピープル〉(『新潮 臨時増刊 最 新日本語読本』1992年4月)→『現在はどこにあるか』新潮社 (14)イメージ論1992 反現代の根拠〈村上龍『イビサ』〉(『新潮』1992年6月号)→ 『現在はどこにあるか』新潮社 (15)消費のなかの芸『国境の南、太陽の西』の眺め(『CUT』1993年1月号)→『消費の なかの芸』ロッキング・オン (16)時代という現場 2人の村上から「現在」読む(『山梨日日新聞』1994年5月17日) →『わが「転向」』文春文庫 (17)消費のなかの芸『ねじまき鳥クロニクル』第1部・第2部(『CUT』1994年7月号) →『消費のなかの芸』ロッキング・オン (18)消費のなかの芸『ねじまき鳥クロニクル』第3部(『CUT』1996年1月号)→『消 費のなかの芸』ロッキング・オン (19)形而上学的ウィルスの文学ーー村上龍『ヒュウガ・ウィルス』(『新潮』1996年7 月号→『吉本隆明資料集140』猫々堂 (20)村上春樹『アンダーグラウンド』を読む どちら側でもない(『群像』1997年6月 号→『大震災・オウム後 思想の原像』徳間書店
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1909 標題 日本の子ども/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(21) 叢書名 吉本隆明資料集 188 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 2008年について 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イトイ新聞』2008年2月19日〜2月27日) 敵も味方も、同じ時代。/アメリカのドラマを見れば、そりゃ早い。/「非いろいろ」に進ん でる。/とにかく民主党を見てるといい。/人気者はいつも「根拠地型」の保守と決まってい る。/あまり遠くを見なくても、世界の動きは占える。/町の人、吉本隆明。 日本の子ども 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イトイ新聞』2008年4月28日〜5月9日) 責任が取れるのは、誰?/いじめを解決するのは?/いじめられた子の親はどうすればいいか?/ 先生は何をするのか?/「ふつう」がわからないときは?/豊かさに誰が気づくのか?/教育の 行く先は?/家族の問題に法律は必要か?/両親から学んだことは?/子どもはどこから学んで る?/吉本さんの子育ては?/我儘を学ぶには? ふたつの目 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イトイ新聞』2008年7月7日〜8月24日) ほんとうの教養。/距離を超えた時代。/目を覚ましている時間。/詩人の目。/専門の目。/ 美点と弱点。/モーターボート。/大切にしてきたもの。/ほんとうの考えと嘘の考え。/伝え ようとはしないで。/自分がわかる。/新しい発見。 日本文学の現状について(ノートルダム清心女子大学1974年11月4日講演) 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2005.4〜2006.9] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1909 標題 吉本隆明全集 20:1983ー1986 出版社 晶文社 出版地 東京 区分 全集 キーワード 見出し・語録 I 祖母の影絵 メッセージ[『野性時代』連作詩篇63]] 風文字[『野性時代』連作詩篇64] 字の告白 「さよなら」の椅子[『野性時代』連作詩篇 最終回] 余談 声の葉 深さとして 風のいろとして 活字のある光景 活字都市 II 大衆文化現考 ロック・グループの世界/ビートたけし 芸の変貌/「戦場のメリー クリスマス」/地崩れして動く劇画/現在の名画の条件/「YOU」の 中の糸井重里/リンチ機械としてのテレビ/小劇団の場所/三浦和義 現象の性格/オモチャ・ショー/「オールナイトフジ」論/ロス五輪 私感/夏を越した映画/エレクトロニクスショー/光る芸術のこと/ ハイ・コミュニケーションに触れる/ファッション・ショー論/クイ ズ番組論/テレビCMの変貌 季評・大衆文化 科学万博印象記/映画の話/ふたつの出来事/退場にあたっての弁 n個の性をもった女性へ 告別のことばーー橋川文三ーー 未踏の作業ーー渡辺寛『流され王の居場所』ーー 映像から意味が解体するとき 情況への発言ーー中休みのうちに[一九八四年五月] ミシェル・フーコーの死 スケベの発生源 『ゴルゴダのことば狩り』について 山本育夫小論 ファッション 情況への発言ーー中休みをのばせ[一九八四年一一月] 江藤淳についてのメモ 私の町ーー谷中・団子坂・駒込吉祥寺ーー 政治なんてものはないーー埴谷雄高への返信ーー 元祖モラトリアム人間 思い出の劇場ーー海辺の劇場ーー 北川太一の印象 重層的な非決定へーー埴谷雄高の「苦言」への批判ーー 情況への発言ーー中休みの自己増殖[一九八五年七月] マラソンについて 触れられた死 異論を介しての『火まつり』 現代電波絡繰試論 ニューヨーク・ニューヨーク 一枚の絵ーーカンディンスキイ「バラ色の諧調」ーー 佃ことばの喧嘩は職業になりうるか 文化の現在 現在を読む120冊の本 現在・準現在・準古典・古典 中沢新一を真っ芯で。 恐怖・不安・孤独ーー近未来と恐怖映画ーー 遇わなくなってからの清岡卓行の詩 松岡祥男について 阿蘇行 「黒澤充夫・辞典のための挿絵展」のために 本について たった一つの黄金風景 詩について 10年先の、僕の恋人たちの風景 『それから』という映画 文学者と戦争責任について 情況への発言ーー雑多な音響批判[一九八六年二月] 食うべき演劇 イエスの方舟・千石剛賢 高橋留美子『めぞん一刻』 「主題」という幻化または「幻化」という主題[山崎哲] 少年の日の界隈 高村光太郎の書 編集者としての安原顯 こだわり住んだ町 『アンチ・オイディプス』論ーージル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ批判 傾面の映画ーー『山の焚火』ーー 『日本の原像』註記 ふた色の映画 表現機械としてのワープロ 国語の教科書 わたしの現況 蠢めく家族ーー安田有『スーパーヒーローの墓場』ーー 鮎川信夫ーー別れの挨拶ーー 島尾敏雄氏を悼む 権力についてーーある孤独な反綱領ーー 情況への発言ーー海路の日和ーー[一九八六年一一月] 歯について III 『野性時代』アンケート 電話アンケート スターリンがメジャーになるには? 『夕刊イトイ』復刊お祝いコメント 坂本龍一コンサート「MEDIA BAHN」 執筆者コメント * ウイークリー・データ一九八四・九・一〇ーー一六 ボクの二十代 「書店」を語る 原子力エネルギー利用は不可避 * 田原克拓『続・性格と心の世界』 山崎龍明『仏教の再生』 親鸞理解に不可欠の存在ーー石田瑞麿ーー 野戦攻城の思想[橋川文三] 田原克拓『初期・性格と心の世界』 E・M・シオラン『歴史とユートピア』 文芸史の新しい波ーー『日本文芸史』 「問いと答え」ーー『室生犀星未刊行作品集』 * 『対幻想』まえがき 『死の位相学』あとがき 『重層的な非決定へ』あとがき 『難かしい話題』あとがき 『恋愛幻論』あとがき 『さまざまな刺戟』あとがき 著者のことば ーー『吉本隆明全集撰』ーー 結合についてーー『白熱化した言葉』序ーー イメージとしての文学ーー『白熱化した言葉』あとがきーー 対談を終えてーー『知のパトグラフィー』あとがきーー 『都市とエロス』あとがき 『漱石的主題』まえがき 『試行』第六二〜六六号後記 解題 (間宮幹彦) 注記 ISBN978-4-7949-7120-3 月報:中島岳志「「和算」について」・ 岩阪恵子「書く習慣」・ハルノ宵子「'96夏・狂騒曲」
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1910 標題 テレビと落とし穴と未来/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(22) 叢書名 吉本隆明資料集 189 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 テレビと落とし穴と未来 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イトイ新聞』2008年12月25日〜12月 31日) 心残り。/「観客のため」という要求/価値になりにくいもの。/やりやすい、励みになる、飯の 種になる。/価値、無価値、反価値。/文化はいいことだ、の落とし穴。/高村光太郎のペンギン。 ほんとうの考え 聞き手 糸井重里(『ほぼ日刊イトイ新聞』2009年4月16日〜2011年4月24日) 買い出し/人間って何なんだ/本気/考える姿勢/どこの家に、どういう境遇に生まれたか/片思 い/流れ/老い/しゃべり/演技/日本人/地続き/「死」の周辺/ものごとのつかまえ方 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2006.10〜2008.4] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1911 標題 ハイ・エディプス論(上)/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(23) 叢書名 吉本隆明資料集 190 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 ハイ・エディプス論ーー個体幻想のゆくえーー 聞き手 島 亨 第一日・胎児期一 「ほんとうのこと」の起源 生まれたことの意味/人間の「性」と「食」のあり方 転換について/女性の「養う」経験について /飢餓感の根源は〈母との物語〉のなかにある/人間はなぜ家族をつくるのか/家族制度と出産に関 するバロウズの言葉をめぐって/家族の公共的管理および福祉の理念について/事物の現実感の起源 と乳胎児期/視蝕感的な受容と了解について/「ほんとうのことをいったら世界が凍る」とは/「ほ んとうのこと」が払底される場所/自分が悪であるよりすこし余計に悪ぶる/親鸞とシモーヌ・ヴェ イユの思惟 第二日・胎児期二 〈母〉との物語 胎児期の第一義的重要性と女性の負荷について/胎外で子供を産むことをめぐって/フーコーの個体 生命論について/睡眠・夢・労働の生物史的意味/人間的な規模の善悪や生死がみえるところ/〈大 衆の原像〉と〈社会の死〉/〈個人の死〉と〈社会の死〉/乳胎児期での〈母との物語〉と出生・出 自について 第三日・乳児期 視線の病理 乳児期の断絶性・連続性をめぐってーーラカンとドルト/反映論的な心の層と構造論的な心の層/思 春期ーー第二の胎児から乳児への転換/パラノイア論ーーフロイトとラカン/「視線」の過剰あるい は過少、「視線」の根源/ベイトソンーー乳児の「高原状態」について/二分割される心の層は性し かない 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2006.10〜2008.4] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子
刊行形態 Book 著者 吉本隆明 刊行年月 1912 標題 ハイ・エディプス論(下)/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(24) 叢書名 吉本隆明資料集 191 編集 松岡祥男 出版社 猫々堂 出版地 高知 区分 キーワード 見出し・語録 ハイ・エディプス論ーー個体幻想のゆくえーー 聞き手 島 亨(『ハイ・エディプス論』言叢社19 90年10月刊) 第四日・乳児期・学童期・倫理の起源 「軒遊び」と「外遊び」/「学校」と「遊び」の同一化/最初の記憶の意味/ふたたび「遊び」につい て/悪の意識の起源/学童期というのは 第五日・思春期・成人期以後 権力・重力から〈無効の生へ〉 近親憎悪と友情/「育ちが悪い」という感情/純粋友情、葛藤としての友情/学校の起源と秘密結社/ 「種族の母」観念の起源/〈党派性〉と〈無効性の観念〉/思春期と成人期以後の精神の病/〈権力〉 と〈重力〉/精神だけの領域での死/ 第六日・まとめ 個体と社会の臨界 「現在を止揚する視座」と「死からの視線」/現代ファシズムと一般大衆の理念/「普遍化された理念」 としての神/実体化されない死の場所について/親にだんだん似てくるのは/まったく新しい精神の形 態への臨界/人間はなんのために生きるのか 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[2009.6〜2012.3] 編集ノート 注記等 挿画 ハルノ宵子 『吉本隆明資料集 』は第191集が最終となり、あと別冊1〜2が予定されている。 猫々堂「吉本隆明資料集」バックナンバー在庫状況 【三月書房の「<吉本隆明>本 新刊のお知らせ 2019/11/08」現在】 発行所に在庫が無いのは ・第003集。この号は「鼎談・座談会篇」残り全26冊購入の方には コピーを無料提供 ・第039集(『試行』26号復刻)。この号は『試行』復刻版の残り全 12冊購入の方にはコピーを無料提供 発行所に在庫が少ないのは ・第28集(『試行』総目次・編集後記) ・第42集(「文学者の戦争責任」ほか) その他の号はじゅうぶんな在庫があるそうです ※当店の在庫は半分程度ですが、在庫していない号も発行所に在庫があれば 仕入れは可能です。
刊行形態 Book Section 著者 吉本隆明 著者 見田宗介 刊行年月 1912 標題 根柢を問い続ける存在 掲載誌(紙・書)名 超高層のバベル 見田宗介対話集 叢書名 講談社選書メチエ 出版社 講談社 出版地 東京 掲載頁 41−67 区分 対談 キーワード 注記等 初出:『東京新聞』1997年1月3〜13日号に8回分載、2012年6月中央公論新社刊『吉本隆明の世界』 に「対談 世紀末を解く 吉本隆明ーー見田宗介」として再録。