十字路で立ち話(あるいはワッツニュー)

最終更新日:2007/07/03

梅雨の渡しで(07.06.29)

加速する老化みたいにノートPCや
iPodのバッテリーの持ちが落ちてきた昨夕
帰った玄関で入院中の娘からとどいた生花の
シンプルでシャープなアレジメントに見とれた。

ぶっ叩くような雨足が遠ざかるごとに
網戸の外が明るくなったり暗くなったり
年金受給直前のおじさんたちの耳に響くは
「64歳になっても必要としてくれて、まだ飯も食わせてくれるか?」
40年ほど前に1ヶ月あまり毎日聴いたビートルズのLP
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」で
ポール・マッカートニーが尋ねていたようだったが。

梅雨の中休みみたいな午前のバス乗り継ぎで
待ち合わせにバス停近くの公園をぶらぶら歩けば
間を空けて散歩する老夫婦が近づいてきたり
携帯で話しつづける女や酔っぱらったホームレスが
ときたまファインダーに入り込んでくる静けさ。

ときおりまばらな笹舟観光客を乗せて上り下りする
船頭よりもっと低く飛ぶツバメの姿は一枚も写せず。

〈漏れ〉履歴(07.06.26)

オンライン注文の24時間対応のよさに
慣れてしまったせいか毎日使う給湯器など
とりわけ週末故障時の業者の対応がはがゆい。

ここんとこネット注文の発送漏れも
重なったりしてるからいずこも同じか
払い込んだ年金の記録漏れじゃないが
わが人生最初の〈漏れ〉記憶は採用試験合格後に
なぜか採用予定者リストから落ちていたこと。

高卒初任給が他職種より高かっただけでなく
採用時に1年東京で学ばせてくれるのも魅力で
選んだ税務職の採用通知は待てど暮せど
引揚げ母子家庭の高卒予定者に届かなかった。

おふくろと連れ立って金沢の国税局で
もはや税務職新規採用はならぬと押し切られ
一般職にたらい回しされてからも音沙汰無し。

見かねた担任教師が斡旋してくれたのに
税理事務所の先輩の鞄持ち修業ができず
税理士への道も閉ざしたぷー太郎に採用案内が。

東海北陸の通勤不可能な財務局や税関など
見送ってばかりの勤務地に混じって地元の
国立大学の面接を受け働いた図書館も中退に。

梅雨の出入り(07.06.22)

梅雨入り前の夏日を洗い流すみたいに
降りしきる雨の中につち音が響き渡り
わが家の裏手でしっとり家が建ちはじめ。

くたびれてきた身体をほぐすように試み
続けてきた体操や呼吸法のおかげかどうか
治ったみたいな肩や腰の痛みも疼きだしそう。

空調の効いた教室だとなんともないのに
蒸し暑い図書館だと身体が落ち着かず
じっくり読んでもいられないなんてことも。

でも新着棚の握り損ねたおにぎりみたいな
新書判のWeb2.0本につき合ったりしたら
『思考のための道具 : 異端の天才たちはコンピュータに何を求めた』や
『新ネットワーク思考ー世界のしくみを読み解く』など
書架から取りだしてきて口直しできるのが図書館のいいところ。

学んだり教えたりは年金暮らしのようにいかず
手を上げたり寄ってきたり学生に質問されると
なんとも自分の喋りが届いてないのは毎度のこと。

昆虫採集もどき(07.06.19)

いつの間にかたて混んだ家並の向こうに
北アルプスの稜線も隠れてしまい山並みの
どのあたりから日が出てくるか見えにくい。

日曜の朝早く近所の田植えをしていない
水田に飛来したサギを撮り逃がしついでに
写した日の出は毛勝三山のまだ北寄りから。

いつになく刈り込み過ぎたような庭にも
緑が茂ってこれまでの双眼鏡に持ち替え
小さな昆虫をデジカメのマクロレンズで。

小学生の頃の虫ピンで標本できなかったような
小さな蜘蛛の巣が朝露に輝いているファインダーの
ピント合わせがなんだかネット宇宙を覗くようだ。

幾つになっても田舎住まいのガキ時代から
ちっともかわり映えのしないようなことを
どこか隠し持ちつづけてきたみたいだが。

季節を巡って部屋に差しこむ陽射しが
伸び縮みするように見え隠れするから
定まらない影を追いつづけるしかない。

五月雨通信(07.06.15)

梅雨入り前の空模様に惑わされたように
手もとに読みさしが何冊もあるのに
つい図書館ではまった本を借りたり。

食卓を飾った山菜についで果物が
おいしくなってきたように季節を
喉ごしの風景みたいに味わったり。

家を出てアパート住まいもつかのまに
うつがひどくてわが家に戻って半年余り
病院へ居場所を移した娘のメールの後味。

家の外へ出歩けなくなったおふくろは
どう食い気を消化するか持て余しぎみ
どんな妄想も徘徊も人間だけがすること。

親や師が老への吸い込み口を開き
子や弟子が幼への吐き出し口へ導き
かろうじて当面の風通しが保てようか。

どんな端っこに見えようとも五臓六腑を
ひっくり返すみたいに入り口と出口を
見つけて保てないと真ん中が見えない。

気を自在に(07.06.12)

昨夕は隣で郭公が鳴いているよとヨメに
呼びだされて飛び立つ姿を撮ったつもりの
画像には屋根のテレビのアンテナがくっきり。

泳ぐ魚や羽ばたく鳥の見事な動きが分かる
そんな一瞬を写すかわりみたいに庭を飛ぶ
小さな昆虫を写そうとして失敗してばかり。

飛んでる距離にピントを合わせておいて
捉えたつもりでもなかなかうまくいかず
飛び回る虫の後追いに呼吸も乱れそう。

ある距離だとヨメと掌や足裏の気が通じるみたいに
見かけた野鳥や昆虫の気を読むにはどうしたらいい
iPodなんかしていると邪魔になってきてしまう。

何らかの型にはまってしまうと身心ともども
そこで居着いてしまって動きも窮屈になるから
気が滞ったみたいに交感できなくなってしまうのか。

托卵から孵った郭公の雛が養い親の卵を
目も見えないのに巣の外へはじき出して
居座り続けるような気働きもあるというのに。

データ消さなきゃ(07.06.08)

なんだか老いて死ぬ理想の形みたいに
10年あまり使い慣れたPCがポックリ
ウンともスンとも動かなくってしまった。

さて処分する前に内部データを消す
ソフト処理作業が出来そうにも無いから
解体してハード的に壊すしかないみたい。

手持ちPCすべてネットに繋いでどれでも
作業データを双方向同期保存できて便利だったが
個人がらみのデータなどPCに残すべきじゃない。

かって図書館に職を得て図書整理作業をやりはじめ
作った目録カードすべて担当係長の点検を受けたし
その目録ケースへの配列も他係員に組み込み点検された。

民間の金融機関などそこまでやるかみたいな
人名表記や読みそのほか取扱データの精査や
ペナルティまで作業に組み込まれているようだ。

社保庁の年金関連データ処理のシステム化で
どのようなチェック機能を組み込んできたか
カード目録からコンピュータ目録作業になった
書誌データ作成現場では入力と精査のワンマン化だ。

寄せと退きの間で(07.06.05)

甥とか姪とかあるいは孫連れじゃなく
ヨメと二人で祭り見物なんて久しぶり
800余りも並んだ露店番も国際化していた。

神社の境内から路地へと埋め尽くすように
香具師が軒を列ねた雑踏を行き来したりすると
市内でも日本古来の独特な感触が甦るようだ。

郊外を散歩してて行き交う車に追い立てられ
あぜ道みたいなところへ入り込んだりするが
かって住みなれた田舎の手触りは見つけにくい。

遠くのものや近くの細かいものを眺めたり
いろんな道具が増えるのも楽しめていいけど
その時々の標準となるフツーを見失いがちに。

家庭を営み仕事に出かけたり時には病で
入院したりしながら食や性や物への欲望を育む
バランスが狂ったり無意識の座が歪むからか。

格安の交換レンズを手に入れたのはいいが
老眼で遠近両用メガネを使いはじめたみたい
デジイチの足元が危なっかしく妙な写り具合だ。

向きを変えれば(07.06.01)

国内のどこかの公共図書館の資料購入費が
今年度から9割削減なんてニュースには
実質ゼロじゃないかと言うしかないけど
財政難で公共図書館すべて閉鎖なんて報道も。

図書館目的税なる増税を課すことによって
図書館再開館の是非を問うジャクソン郡の
住民投票では6割弱の反対で存続ならず。

米国オレゴン州ではジャクソン郡以外でも
ことごとく同様な否定があいついだようだが
インターネットそのほか図書館によらない
情報サービスで間に合うとする住民の判断か。

ネットワーク社会の図書館サービスだけじゃなく
日本の図書館の開館時間や人員の削減のその先も
アメリカの図書館がが実現してしまっているようだ。

教卓を挟み学生と向き合いながら図書館の
情報サービスの授業をしていたりすると彼らの
父兄がどう思っているかこっちが聞きたくなる。

P.サイモンのステージ(07.05.29)

かなり長かった会社勤めをおっぽり出し
専業主婦やパートを繰り返したヨメはだいぶ前に
社保事務所に出かけ年金記録の確認修正したという。

まさかそんなことが五千万件を超えていたなんて
この危なっかしさはそもそも国家の施しめいた
カネを頼りに食い繋ぐあてど無さに由来しないか。

定年退職者それぞれが長年培った様々な技能と
肩書きじゃなく退職金の一部を持ち寄った地域で
会社経営の分担に応じた見返りを手にする夢物語。

破綻しかけた制度や家族のしがらみに拠らず
生計が営めるような老い先の生活設計どころか
身体を壊してリタイアするしかなかったていたらく。

テレビのスタジオ・ライブで見かけた
P.サイモンは優れたメンバーと共に
いいパフォーマンスで老いを演じていた。

自らの曲作りがあっての歌作りにおいて
同世代のディランやヤングとも話したことも
なさそうな気構えがみなぎっていたようだ。

新緑を洗う雨(07.05.25)

三日続きの夏日に海辺のサイクリングに
出渋ってて連日出現したらしい蜃気楼を
見逃し写し損なったのがちょっと残念。

ぶらぶらデジカメ片手に散歩してたりしてて
いま・ここ撮りたい呼吸が合わないというか
間合いをやり過ごし気付いたときはもう遅い。

田舎少年の頃の夏に家の床下に潜り込み
蜘蛛の巣の迷路をひんやり動き回ったり
自在な木造家屋の縁の下感覚を思いだした。

地面に流し込んだ型枠コンクリートに
木材をボルトで締めつけた土台に建てて
木造家屋に住んでるように思い込んだり。

日々を暮らす立ち居る舞いの座である
身体操作もそんな縛りに捕われていては
思い込みに居着いた分だけ自在な動きの妨げ。

身体のどこも滞らせたりしない動きで
腰や肩の痛みも消し去るような毎日なら
気働きの歪みや不愉快も洗い流されよう。

その場の捌きで(07.05.22)

去年のように予約し忘れなんてこともなく
地区センターで定期検診を済ませたけど
元痔主としては造影剤の排泄が気がかり。

明治生まれ医者嫌い祖父は検診無し99歳で往生
ひと頃病院の薬袋と一体だった大正生まれのお袋は
ここ数年通院も止めたし検診にも関心がなさそう。

リタイア後の息継ぎがはっきりしないみたいな
過呼吸について聞けそうもない複数問診の場では
共同トイレ待ちみたいに流れない受診者の列がギクシャク。

圧倒的に女性が多かった昭和生まれ受診者だが
親の世代と子どもの世代の双方とのぶつかり合いで
修羅場のひとつもくぐり抜けて身につけた捌き方を。

ワンマンカーの許容定員内の乗車混雑ぶりだったら
後乗り前乗りかまわず前後のドアを開けたりできる
運転手と乗り合わせたら積み残されず遅れもあるまい。

それでも駄目なら紋切り型のマニュアル発言より
奥に詰めてみんなが乗り終えるまで発車できませんから
とかなんとかその場のみんなの気持ちも身体も動かさないと。

見えないパスコース(07.05.18)

授業帰りのキャンパス・バス停も高校生や短大生で
混雑時のバス乗車マナーはほめられたものじゃないが
北のJRローカル駅で通勤通学時の乗客を積み残し
車内奥へ詰めようとしない高校生が全国ニュースに。

車両を増やせと言った高校教師には生徒の振る舞いが
これまで規律でがんじがらめにされてきたことへの
無言のパスワークになっているのが見えないのだろう。

教室内での飲食や携帯使用禁止もどこ吹く風
私語を絶やさず授業を聞いているのかいないのか
とにかく拒否姿勢維持が彼らのチームプレーなのだ。

会津若松で高校生が切断した母の頭部を携え
ネットカフェでマリリン・マンソンのDVDを観賞し
その後にタクシーを呼んで警察に自首だなんて。

「酒鬼薔薇聖斗」あるいは「少年A」によって
10年前に神戸の中学校校門前に置かれた生首が
コースを変え蹴り込まれたらギョッとするしかない。

中学生や高校生が家庭や学校からはみ出す
パスワークでつながれるボールが目指している
敵陣を守るキーパーの後ろにどんなゴールがあるのか。


ご意見・感想:kyoshi@tym.fitweb.or.jp

「高屋敷の十字路」に戻る