十字路で立ち話(あるいはワッツニュー)

最終更新日:2004/07/02

骨身は削りたくない(04.06.29)

骨のあるなしなど歳とともにどうでもよくなりがち
だが中原中也大詩人に入れ込んだりしていた頃に
「骨」の詩を読んだりして気になったのが口腔内の突起。

ノミでカツンとやったら簡単に削り取れるそうだが
じゃやってくださいとは歯医者に言い出しにくくて
入れ歯をしにくい位置に骨が生えたりすると事だね。

この期に及んで指摘されたりすると舌触りが気になったり
しないこともないが邪魔になるほどのものでもないから
幾つぐらいから生えたのかも知らずそのうち忘れていた。

多少の気骨を育てるにこしたことはないかもしれないが
できれば骨身を削るような苦労に出会わないほうがいい
といっても避けられないからこそどうしようもないことに。

倒産報道のあったWBCスーパーフライ級タイトルマッチで
一年前に判定負けを喫した徳山チャンピオンを1回にTKOした
川嶋新チャンピオンの楽屋裏を感じさせない勝ちっぷりがいい。

某私大で9名の職員で動かしてきた図書館の業務を書店に
全面(8名)委託し500万円の経費削減を見込めたとのこと
ようやく図書館労働者も新たな競争の場でしのぎを削ることに。

ぬかるむ季節をくぐり抜け(04.06.25)

半夏生もしっとり雨に濡れ
かすかに紫陽花が揺れ動いて
梅雨の肌触りに潤う庭の眺め。

霧雨の向こうへ消えていく影を追いかけるように
片岡義男『影の外に出る』の日付のある頁をめくれば
強くなった雨足が日本とアメリカの関係を洗いだす。

日本という国の〈戦後政治〉の立ち姿が
「総合的な見地から判断する」
「日本が主体的にきめていくこと」
「大局的な観点から」
「さまざまにある選択肢のなかから」
「慎重に見きわめていきたい」
「関係各国との話し合いのなかで」
「理解と協力を求めていくことに変わりはない」
「一日も早い解決をめざして」
「日本の役割はきちんと果たす」
「日本自身の判断としてやっていきたい」
こうした言葉が繰り返し首相に続く日本政府の面々により
いろんな状況や文脈で多用されている現実の中にあったりして。

先の見えないオフロードのハンドルの握り具合みたいに
行き着く先を見出すその捌き加減を誰がナビゲートできようか。

議論をつくそうにももはや責任の発生のしようもないくらいで
問題の局面が各自の立場や都合の中で曖昧に薄められる袋小路ばかり
誰もが共有するこの居心地の悪さの由来を解き明かす手だては?

目立たず騒がず(04.06.22)

能登沖を通り抜けたにしては“台風一過”という言葉もそぐわない
澄みきって見える立山連峰が台風6号の暴風雨をシャットアウト
ということで平凡でありがたい家族に恵まれたような今朝の高屋敷界隈。

昨日なんか台風めがけて家を建てはじめているのを見かけたけど
おふくろの実家が新築中に台風に襲われ建て直すことになったり
なんてことにならないことを見越して上棟式をやったのだろうか。

日本野球の大打者が監督する中日ドラゴンズの戦いぶりはどうだろう
攻めも守りも取り立てた数字を挙げていないようなのに首位を争って
いられるのは何としてもゲームの流れを相手に渡さないように戦う姿勢。

巨人相手に首尾陣形が裏目に出てやらずもがなの点を与えたりしているようでも
まず先制して1〜2点差で逃げ切れる守りの形がしっかりしてきているから
相手チームに中継ぎ投手を思いのままに使わせない形にもっていけているのだ。

強風下で傘が裏返ったりするどうしようもなさなんて誰にも避けられない
だが何をやるにしろ人間の行為には公私の役割分担がついてまわるから
いかに受け身のようでもイラク邦人誘拐事件の人質でも自己責任はありだろう。

接骨院に通ったりしている理由なんてそれこそさまざまだが
70才近くなって仕事を辞めてからあちこち痛むなんて耳にすると
とにかくなんとか定年をクリアしてでも働き続けるのがまっとうのようだ。

抜き加減が難しい(04.06.18)

どうやら梅雨のうっとおしさに立ち戻ったようだが
EURO2004各グループリーグのいろんなゲームをつまみ食い
させてくれるリピート放映が欧州を近く感じさせるようだ。

欧州連合が25カ国に拡大されて拡大EUになって一ヶ月半というところ
どうやらサポーターの騒ぎっぷりは国別対抗意識丸出しみたいだし
ゲーム中の選手も相手に唾を吐きかけるなどやりたい放題だね。

冷戦終結から10年余り経って中東欧各国その他の新加盟国は
庶民の経済生活面で遅れを取らざるを得なかった地域になるから
宗教や政治の軋轢に生活水準の落差が加わってますます混乱しているのでは?

拡大EU加盟各国の民族国家としての壁が取り払われるのはいつになるか
欧州選手権をめぐる各国チーム&サポーターの戦いぶりを見るかぎり
予想もつかないというか欧州再統合のこれからはサッカーを観ててもわからない。

とても一昨年の日韓共催ワールドカップの余韻どころじゃないが
近鉄オリックス来期合併で日本プロ野球界再編がどうなっていくのか
いっそのこと韓国や台湾その他球団と一緒にアジア・リーグとして東西に分け
日本シリーズをアジア・シリーズに発展解消させるってのはどうだろう。

そんなことよりスポ少の子どもたちがシャトルをもっとしっかり打てる
ような肘の使い方というか抜き方の習得が切実でしょうがないからか
『落合博満の超野球学』の“バッティングの理屈が”導きのパスファインダー。

土壇場の妙技(04.06.15)

先週末から始まったEURO2004会場のポルトガルの
好天が高屋敷にも引っ越してきたような爽やか続きで
早くもビックリするような緒戦の出来事にたまげた。

NBAファイナルも真っただ中で一週間ほど前の第2戦で
主導権を握ったレーカーズが第4クオーターでピストンズに
逆転される展開になり残り2秒というところでブライアントが
同点スリーポイントを決め延長で逃げ切ったゲームも凄かったが。

映画と同じようにスポーツのテレビ観戦も当りより外れが多いが
ひょいとフランス―イングランド(6/13、リスボン)みたいな
ゲームに当ったりする運の良さもイングランドにとって不運でしかない。

前半終了近くにベッカムのフリーキックをランパードが頭で決め
後半にルーニーの突っ込みで得たPKをベッカムが蹴ったんだが
なんとコースを読んだフランスのキーパーが防いでしまったのだ。

それでもイングランドは90分よく守りよく攻めていたから負けはない
と誰しも確信したロスタイムにまさかまさかのゲーム展開になろうとは
ペナルティ・エリアに向かってドリブルで突っ込んだマケレレが押し倒され
ジダンが右足で蹴ったボールがイングランドの壁を滑るよう越えてゴールネットを揺らした。

たぶんイングランドのキーパーはボールを見ることもできていなかった
そんな起死回生の同点ゴールの直後にまたもや信じられないことが起こって
イングランドの不用意なバックパスにとびついたアンリがキーパーを
ドリブルでかわそうとしたときにキーパーの手で足をはらわれたように見え
ジダンが蹴ったPKがゴールネット左隅に突き刺さるまで3分とかからなかった。

梅雨の晴れ間に(04.06.11)

市内を横切る路線バスを乗り継ぎ短大に出かけたり
歩いたり自転車で通院先から寄り道したりあちこちで
目につく帽子姿のほとんどが女といってもいいくらい。

なぜかサングラスは男に多いように見えるが僕はといえば
その二つとも身に着けたりして“果物系”のコンピュータ雑誌を
買うつもりが“窓系”の物を買ってしまったつり銭に渡された
二千円札をまるで偽札でも手にしたかのようにしげしげ眺めたり。

とうとう日本の出生率が1.3を割ったようだけど生めないのか
産まないのかどういう具合かわからないが娘の交友範囲だと
ほとんどが二人以上の子持ちが多いが夫婦仲まではわからない。

部下を人前で平気で叱る男やだれかれかまわずジコチュウで
ヒステリーばらまき女が帰る家に子どもがいなくて救われる
みたいな気持ちにさせられる夫婦ものの姿なんて見たくもない。

母の日に帽子を父の日にサングラスをなんてのもありだろうけど
久しぶりに帽子を新調したりすると幼い頃にカブトムシが群がる木や
ぶら下がったコウモリの群れをとっさに帽子で押さえた感触が生々しい。

そうだ今の時期はNBA'03〜'04ファイナルの中継もあったりして
雨が降れば降ったでテレビの前で昼飯を早くはじめたりすると
ビシッと決まったジャズクインテットの演奏みたいな素晴らしさが。

痛みの散らし方(04.06.08)

湿っぽくなったら緑が薄い庭の一角に鉢物から
適当な一本を移植しようかなとグズグズしていたら
北陸も梅雨入り発表があったりしてせかされた感じ。

頚椎圧迫からきているといわれた左肩の痛みが
治まった分だけ左の二の腕に降りてきたようで
部屋や風呂の掃除以上の力仕事がおっくうなのだ。

久しぶりに「情報探索デスク」や「国内大学個人文庫」の
リンクチェックソフトを走らせリンクエラー先を更新する
単純作業をやったりしてみても痛みで手が止まったりしそう。

アンテナが壊れかかったテレビ画像みたいにサラリーマンが黄昏ている
しりあがり寿『ファンタジー、おじさんをつつむ。』を読んでみたり
FMで耳にした「Los Lobos / Ride」をCDで響かせれば気も紛れる。

サーブの速さを競うような手合や体力が取り柄のパワーヒッターが
姿を消してくれた全仏オープンテニス中継も夕食後の痛み止めというか
取り立てて決め球を持っていない受け身のラリーを切り返して勝ち上がった
ファイターというよりボクサータイプの男女シングルスが連夜の楽しみだった。

そこそこ耳目による慰みのネタも一段落みたいになって取りだした
使い古しの膝サポーターを試しに痛い腕に嵌めてみたり接骨院に通ったりしても
レントゲン撮影の際に近所の整形で処方してもらた薬は飲んでいないのだ。

振り返れば地球儀が(04.06.04)

数年前に手にした退職金でヨメと世界一周クルージングでも
とりあえず数ヶ月ながら家事を忘れてみるのも悪くなさそうな
思いつきも9.11をめぐる世相でうやむやになってからか
ほとんどどこにも出かけないようなことになってしまっている。

週に一度のスポ少の子どもたちや司書課程の学生さん以外に
ここんとこ通院先で年配者に混じるることがあるもんだから
母子家庭育ちの自分がいつの間にか“祖父”というものに
なっていることに気づかされるがその実はなんとも頼りない。

週に何回か近所の接骨院と歯医者へ通うのが定番になり
今週のような好天続きだと帰りはついあちこち散策しがち
新たに出現した“高屋敷ヒルズ”からは風に乗ってやたら槌音が響き
立山連峰を背景に立ち並ぶ新築家屋の多さに比べて幹線道路に
出入りする狭く曲がりくねった道路が元のままじゃ渋滞になり事故も増えそう。

どうかすると終日机に向かっていたりすることになりがちだから
地図帳を開くより振り向いた高さに見合う地球儀が好きなのだが
さしあたって拡大鏡で眺めるのは南西諸島あたりということになる。

もう出不精それとも引きこもりなんてことはどうでもいいが
日頃から心身をあちこち移住させたり執着しないとやっていけない。

水鏡の底を抜く(04.06.01)

高屋敷の5月はいつも雨だったという実感はないのだけど
いつのまにやらリスニングルームの平屋根に降った雨が溜まり
雨上がりの風や空を映しだす趣は浮かんだ水鏡の風情だった。

梅雨を控えて防水ペイントも塗り直してもらったばかりだし
離れの2階の窓から小屋根を渡って水を抜くことも先延ばし
不意に出現した水鏡はまるで屋根にはめ込んだディスプレイ。

昨日の雨降りに接骨院から帰って水が伝い落ちない鎖の雨樋を眺め
思わず揺すってみたら丸太棒みたいな勢いで雨水が抜け落ちてきて
いそいで2階にあがって見たが惜しむ間も跡形も無く消えてしまった。

春先からの黄砂がいつの間にか雨樋の鎖を留めた金具にまとわりつき
僅かな傾斜で溜まった雨水の落ち口を塞いでしまっていたのだろうけど
拍子抜けするくらいあっけなく緑の屋根が剥き出したらもう6月に衣替え。

富山地方気象台の観測史上で最多の5月の降水量だったそうだが
残雪をノミで削り落とすような勢いで山肌が露になってきたりして
日によってはひときは山が大きく呼吸しているように見えたりもした。

抜け落ちた天水とともに屋根から消えてしまった水面が
張りめぐらすように湛えていた影もあたりの緑に吸い込まれ
遠く見えだした山肌に心細い線となってまだ雪が残っている。

痛みの放散源は(04.05.29)

医・薬系図書館で働いていた頃に聞いた話だと
ヒトの身体についてその10数パーセントぐらい
それ以上のことはまだまだわからないことばかり。

なんだかキーボード作業もおっくうになるくらい
ここんとこどうも左肩あたりが痛んでしょうがないから
いつもの接骨院で診てもらったら頚椎の様子がおかしい。

午後2時を待って近所の病院の整形でレントゲン写真を頼んだら
第5・6番に圧迫があるということで午前に接骨院でしてもらった
左肩のテーピングを剥いで(痛み止めの)注射を一本打たれ
3種類のリハビリを施され内服薬を2種類処方されたが治まらない。

服を着替えたりギターをいじったりラケットで打ってみたり
刀を振り回したりさしあたって不都合はなさそうでも痛みは
やっぱり邪魔になるというより骨格や筋肉の不調の兆しだね。

転んだとか頭を打ったこともまったく思い当たらないから
持病の腰痛が首にやってきたようなものなのだろうか?
それにしても頚椎そのものを触診されても痛くも痒くもない。

以前に件の病院の内科へ通っていた頃のおふくろが吐血して
緊急入院なんてことになった原因がなんと投薬過剰というか
薬物による胃潰瘍ということで入院先の医者が書いてくれた手紙を
日頃おふくろを診てくれていた医者に届けたりしたこともあった。

ようやく五月晴れに(04.05.25)

今年は春がやって来るのがひときわ早かったのに
どうやら五月晴れが続かなかったようで用水が冷たいのか
おたまじゃくしやアメンボがやけに小さいじゃないか。

週末のニュースの流れは小泉首相の二度目の訪朝の成果云々になったが
それにしても前回から要した1年8ヶ月の間は一体なんだったんだろうね
拉致家族の父母をめぐる政の捌き方に現政権の実行力の典型を読み取るべきか。

日曜朝の自転車散策で県立近代美術館の「野見山暁治展」をのぞき
夫婦ともどもチョット暗い立ち上がりからの“様変わり”と“とまどい”を前にし
八十歳を過ぎて持ちこたえている作風にどうやら納得させられたようだ。

独特な考えや表現する力を養うだけじゃなく時代とともに持続するのも
そりゃ並大抵じゃないんだろうけど自己模倣の穴ぼこにはまらないで
見たり聴いたり読んだりする者を揺り動かす“力”がもたらす元気のよさ。

まだ海辺のサイクリングで一度も蜃気楼を見たことがないけど魚津に
日テレ「The 鉄腕DASH!」の日本一周!ソーラーカーがやってきて
繰り出した船で見事に蜃気楼に写し出た父をその子が見るなんておバカ番組の真骨頂!

絵を見た帰りに買った新譜「上原ひろみ/ブレイン」と「山中千尋/マドリガル」の
2枚のピアノ・トリオ演奏を部屋いっぱい響かせたら一気に空気が五月晴れに広がり
身体にのめり込む閉塞感を描いた芥川賞受賞二作家の作品を読んだ身体を包んでも余りそう
じっと泣くだけひたすら言いつのるだけじゃない女の姿がこれからもっと映えるといいな。

庭石菖も揺れて(04.05.21)

近づく梅雨を先取りしたような空模様から
抜け出したように明るい陽射しが若葉を揺らす
そよ風にのってまぶしく輝いてきたお昼どき。

今週も学内行事で先週に続き休講となった日に
はじめて地区センターでの健康診断を受けてみたり
小雨の夕方に夫婦で久しぶりに寿司盤を愉しんだり。

きんきや勝浦のマグロそのほかで赤ワインもうまく
味噌マヨで食べたすすたけが今年の山菜をしめくくり
食後にいただいた焼酎と蒸し海鞘にはじけてしまった。

たかがアルコールなどというなかれとはよくいった
ネットショッピングした1968ヴィンテージ・カスクの2000年手詰めの1本だが
樽詰めされた頃はまだ一緒になっていなかった二人の誕生日も
やがて近いがどっちの日に栓を抜くことになるんだろうか。

過ぎ来し方なんて夜空の光を見上げるようなもの
だけど宛先がわかったりすると便りをしたため
食前の散歩がてらに投函する行く手の雲間から
見えはじめた山肌の残雪がいろんな似姿で見え隠れ。

遅すぎた宿題の仕上がり(04.05.18)

ひと雨ごとに庭木が萌え雑草も伸び放題だが
そんな勢いに押されたみたいなキーボード作業で
ようやく遠い昔のゼミの卒業レポートを作り直した。

書き上げた時の解放感も遠くなった頃だったが
日本語版『賃労働と資本』にかかわる書誌的新事実を
知らせていただいた先生は関西の教壇に立っておられたはず。

どうやらウェブ版の書誌解題として公開にこぎつけ
恩師に知らせるべきかなとネットで調べてみたが
すでに定年退職され名誉教授欄に連絡先はなかった。

腐るほど時間はあったはずなのに何も今さら
取り立てて言うほどのことでもないのだが
何事も流れとかタイミングを外しちゃいけない。

一昨日の「情熱大陸」での江連忠プロゴルファーじゃないが
見たところ“静”から“動”で打ってるようだが止まって見える
身体の中にはすでにさまざまな動きが用意されているのだ。

いつだって気づくのに遅すぎることはないだろうが
不用意に溜め込んだり無為に居着いてしまったり
しがちな不器用さからなかなか逃れられそうにない。

立ち枯れるまえに(04.05.14)

庭の隅の一本が虫にやられて丸坊主になりそう
なところへお世話になっている庭師が薬剤散布に
絶妙なタイミングで退治してもらえてよかった。

ラジオからスガシカオの新曲“ヒミツ”が流れ
柔らかく濡れた緑に目を休めたりしながら
飛び交う鳥の影にハッとするような日の立ち上がり。

景気を引っ張るとかいわれる“新三種の神器”の
世帯普及率が3〜5割になったということだが
大型テレビやデジカメやDVDの売れ行きをよそに
ここ十年近くコンドームの国内出荷数が4割も
減少したりラブホテル業界の売り上げも3割近く
落ち込んだりしているってのはどうなんだろう。

セックスレスなライフ・スタイルが定着してきたのか
それとも日本人の繁殖力自体が衰えつつあるのか
いずれにしろ景気うんぬんだけじゃすまないご時世だね。

回復が思わしくないと伝えられる皇太子妃の様子を
うかがわせる皇太子の“率直発言”だけじゃよくわからない
夫婦の成り立ちや先行きそのものが不分明な象徴みたい。

まったりとした雨上がりの合間で(04.05.11)

明るさを増してきた空に萌える緑がまぶしく
目を細め耳をそばだて見聞きするひとときに
ふとPCを立ち上げニュース・サイトを覗く。

“女性問題”や右翼団体との交際疑惑で辞任した
前任者のあとを受けた官房長官が国民年金未納と
未加入問題での対応不手際で辞任するにあたって
「風のごとく来りて風のごとく去る。こんなところじゃないか」
が挨拶だなんていったいどんな季節感の吹き回しなんだろう。

世の東西を問わず左翼崩壊の定番だった女の問題とか
仕事や生活上のうらみつらみの噴出が保守でもあたりまえだね。

連休中のネットワーク事情を賑わしたウィルス“Sasser”の
作者として18歳の学生が密告者によって独警察に逮捕されたが
なんと作成のきっかけがウィルス対策ソフトのプログラミングの
過程でウィルス退治が新たなウィルス誕生につながっただなんて。

他人様の恋の取り持ちを頼まれて当事者になってしまったみたいで
“Winny開発者を京都府警が逮捕――著作権法違反の幇助容疑”では
インターネットでいろんな情報を直接やりとりできるすぐれもの
そんなファイル交換ソフトを“開発”しただけなのに法的責任が問われたり。

老・幼をつなぐメビウスの輪(04.05.07)

空模様も崩れた連休後半のわが家は子どもの日
というより“孫と老人の日”みたいな過ごし方で
リクライニングで読書なんかしていられない。

15Kgほどになったマー君にのしかかられたり
腹の上で眠られたりすると重苦しいくらいだが
身体を眠りに解体させるときの重さの分散そのままに
なんとか運動時の身体の捌き方に使えないものか。

無意識ならあたりまえみたいな身体内が崩れるまま
力まず構えず身体各部の重さの浮き沈みや倒れ込みを
意識的にいろんな運動目的に合成できないものか。

80も歳の差があるのに四畳半でなんだかんだと
それなりにかなり長い間を過ごす老・幼そのままな
二人の様子から老人ホームと幼稚園の並立を勧める
詩人・批評家の意見もいけそうな気がしてきたよ。

片時も休まず喋り動きそして働きやがて身体の
不都合や痛みで動くのもままならなくなるまで
身体に埋め込まれた見えない結び目を感じたり
そっと解きほぐすようなことにどうやら気づいた。

連休の裏話も前倒し(04.05.04)

今年は好天続きの連休前半だったが2階の窓から
郊外の眺めへとサイクリングしたらますますはっきり
やっぱり農作業の響きより半月あまり季節が前倒し。

ひとっ走りして2年ぶりに立ち寄ったんだが
例の蕎麦屋の“生ビール”に“天ざる”の喉ごしが涼しく
その後も閑散とした市内を二人で走るのもいい感じ。

家族ともども体調を持ち直しまずまずといったところが
なんと連休前に夜の歯磨きでポロッと歯が抜け落ちたり
寿命が尽きたのか歯槽膿漏なのか判断もつきかねている。

いまさら買ってまで食べようとは思わないけど4月の内から
二度三度と歯に優しく匂う筍を姉夫婦や知人からいただいたり
山菜を売って小遣い稼ぎをしていた頃の連休とは変わってしまった。

この春にリタイアはめでたいが病気や事故で亡くなられたり
返す言葉も見つからない知らせがあったりするめぐりあわせなのか
いつもの夜が迎えられきまった朝食を続けられればなにより。

これまでの「男の方が楽しみが多い」が第11次国民性調査でなんと
はじめて「生まれ変わっても女がいい」にひっくり返っただけじゃなく
年収一千万円で人生の勝ち負けや60代の勝ち逃げ云々も語られている。

「奇」はチョット気になる“記”(04.04.30)

大型連休だからといっても遠出が似合わないようで
記憶に残っているのは持ち山の下草刈りに出かけたり
山菜取りなんかに縁が無くなってからの手作り作業。

玩具からはじまってラジオやアンプの自作と続いたが
ジグソーパズルやプラモデルに混じってリナックスなど
どれもこれも連休に集中してやったりすることもなくなった。

ペーパークラフトとか切り絵なんかはドラマーみたいに
手足で刻みだすリズム感で作っていけばいいようなんだが
夢見たりイメージしたものを描き出すってのはどんなからくり?

サイクリング日和だった“みどりの日”に出かけもしないで
めくり続けていたこのほど本になった大久保亜夜子『奇的』は
ひと呼吸で仕上げる手書きコピーを“亜夜つった”手作業の賜物か!

“ハコ”を被った“ぼっつ”をめぐるペン書きされたキャラが3ページで
一話コマ割り“絵日記”の線の一本一本が見えない糸のように作者が
イメージを書き上げた指先から体内の細かな筋肉の動きに繋がってる。

2001年に宇宙船の旅は無理でも船で世界一周でよければその気だったが
やらず仕舞いのままになってて世界一周クルーズのデジカメ日記を覗いたり
追っかけたりしながら船内暮らしで身体内の動きを掴み取る手ごたえも気になる。

OPACと雑誌記事検索のこれから(04.04.27)

“立ち騒ぐ若葉響かせ夜の雨”みたいな一夜が明け
大学図書館ではガイダンスや利用説明会も一段落するころ
新入生の何人かがOPACでやってしまう“春の間違い”があった。

雑誌の記事検索を所蔵しか調べられないOPACでやってしまう
初歩的なミスについて話したりしてて脱線を重ねた思いつき
雑誌発表を集めた図書のOPACデータが収録文の初出一覧を含むこと。

で、雑誌記事検索で調べた書誌データにその文献の収録単行本表示があれば
利用者は無用なILLや無駄にコピーをしなくてもいい場合が増えることになり
このほど公開された「東京関係雑誌記事索引」を試したりしてもそう思う。

たまたま吉本隆明著作を調べその記事を収録した単行本と突き合わせてみたのだが

〔番号.記事・論文名 著者名
雑誌名 巻 号(通巻) 出版者  発行年月次 掲載頁
(収録単行本名)〕
1. 大川いまむかし 吉本隆明 / 小林信彦
東京人 Vol.1  No.1 (1)  都市出版  1986.1 p.62-73
(『吉本隆明全対談集第11巻』所収)
2. 鴎外、漱石の見た東京 吉本隆明
東京人 Vol.1 No.2 (2)  都市出版 1986.4 p.92-101
(『像としての都市:吉本隆明・都市論集』所収)
3. 水辺の記憶 洲崎の方と大川の方 吉本隆明
東京人 Vol.4 No.4(21) 都市出版 1989.6 p.81
(『余裕のない日本を考える』所収「子供のころ眺めた水辺」改題)
4. 桜について 吉本隆明
うえの No.4(408)  上野のれん会 1993.4 p.6-8
(『余裕のない日本を考える』所収「桜についての記憶」改題)
5. おみくじ「兇」の年 吉本隆明
うえの No.12(416) 上野のれん会 1993.12 p. 6-8
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収)
6. 私の行った学校 都立化学工業高校 吉本隆明
東京人 Vol.9 No.3(78) 都市出版 1994.3 p.22-23
(『余裕のない日本を考える』所収「都立化学工業高校の思い出」改題)
7. 上野界隈の半世紀 吉本隆明
うえの No.1(429) 上野のれん会 1995.1 p.10-12
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収「ホームレスに想う平和の象(イメージ)」改題)
8. 阪神大震災のこと 吉本隆明
うえの No.4(432) 上野のれん会 1995.4 p.6-8
(『余裕のない日本を考える』所収「阪神大震災が日本社会に残したこと」改題)
9. 墓地に眠る猫さんへ 吉本隆明
うえの No.1(441) 上野のれん会 1996.1 p.9
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収)
10. 新年雑事 餅つきから竹馬つくりまで 吉本隆明
うえの No.1(465) 上野のれん会 1998.1 p.26-28
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収)
11. うえのの四季 吉本隆明
うえの No.2(490) 上野のれん会 2000.2 p.6-8
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収「四季の愉しみ」改題)
12. うえのの夏 吉本隆明
うえの No.8(496) 上野のれん会 2000.8 p.10-12
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収「精養軒のビア・ガーデン」改題)
13. 忘れ得ぬ上野の人々 吉本隆明
うえの No.1(501) 上野のれん会 2001.1 p.30-32
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収「提灯のあかりに」改題)
14. 上野のかたつむり 吉本隆明
うえの No.6(506) 上野のれん会 2001.6 p.6-8
(『日々を味わう贅沢:老いの中で見つけたささやかな愉しみ』所収)

こんなふうな検索結果になってて収録単行本名のクリックによって都立図書館の
OPACの所蔵事項にリンクしていれば14件ヒットした雑誌掲載吉本著作に
ひとつひとつあたらなくても収録本を4冊手にするだけですべて読めることに。

本の目次内容が調べられるOPACも無いことはないが見てのとおり
単行本収録時に「改題」されることも多々あるから表題変遷も漏らさず
記載済みの初出一覧データが図書データに含まれるようにならないとね。

行きつ戻りつ(04.04.23)

バスで出かけた昨日は南風が邪魔になるような真夏日で
チューリップ・フェアも開幕したのに明日は山沿いが雪模様に
なりそうなむちゃくちゃな雲行きはギャグマンガの頁めくり。

ケーブルや電源コードをつながないノートPCの手軽さで
ついつい朝ご飯を食べながら各社ニュース・サイトの記事を
読んだりしていると新聞紙を広げていた出勤前の頃が浮かんで消え。

ここんとこ朝食後の愉しみのひとつはMLB野球中継じゃなくて
関ヶ原の戦いから明治までを人物群像で連ねた『風雲児たち』の
ワイド版全20巻をちょっと読みしてからめくりはじめる日々かな。

十数年前に読んだ小説のひとつに新宿を舞台にして数十人の
登場人物がひたすら300年を突っ走るのがあったりしたけど
この漫画を読み終えたあとでちょっと読み返してみたくなるかも。

先週からまた通うことになった司書課程の授業ネタを準備してて
ちょっと残念だったのは過去10年ほど共同通信配信記事が調べられ
重宝していた佐賀新聞のオンライン記事検索が使いにくくなったこと。

かっての朝日新聞のように記事検索サービスを有料化したのなら
それなりに納得できるが一地方紙掲載の今月のIDとパスワードで
無料記事データベースを使わせるなんて販促狙いとしてもおかしい。

“無謀と無責任”の後味(04.04.20)

穏やかな日和で明けた日曜(4/18)の朝は娘からお袋宛に
暖かな色合いが匂う盛り花が“今日も元気”で誕生日を祝ってくれたり
ケタ違いな歳の差が交差する顔ぶれで昼を囲めて言うことなし。

先週末に“復讐と美味い料理は後を引く”映画を見直したが
話せばわからずもつれるだけだからこそ言いたいことが喋れたら
よかったのに〈イラク人質解放〉3人の帰国記者会見はキャンセルされた。

一触即発で殺られた2人の政府関係者の場合とは違い
報道された人質映像を追いかけるように“自作自演説”も流れたり
イラクで無事解放された3人と家族への風当たりが強いようで
日本へ帰っても地域や家族の中での居心地はどうなんだろうか。

国内ではよってたかったように元人質の“自己責任”が問われ
国外では「事件は、外国まで人助けに行こうという世代が
日本にも育っていることを世界に示した」みたいな記事が仏紙に。

十年前にアメリカでのホームスティとカンボジアでの国連ボランティアと
場所や状況を違えて息子さんを射殺された二人のおやじさんが前後するように
それぞれの処世をはみ出し事件後の新たな生き方を見せてくれていたが。

その後も阪神大震災で一線を画した社会状況に身を投じる流れもあったり
あの服部そして田中おやじさんらの息子にあたる世代のさまざまな動きの底から
そんな両おやじさんの背中を見て育ったような姿が遠い波がしらに見え隠れ。

景色を縫い合わせる風に(04.04.16)

新学期が始まったキャンパスへ路線バスで往復する
窓外の街路樹の緑はこれからだが神通川を渡って
匂い立つような呉羽丘陵の緑を抜け出た眼下に梨畑。

いずれが“新高”、“豊水”、“幸水”の花かわからないが
近く遠く敷き詰められた絨毯が陽射しに揺らめいて
昨年の小雨に浮遊して見えた時期より早い開花だった。

去年とは違って講義&演習ノートや教材用資料すべてを
ファイルにしてノートPCに詰め込んでみたらどうやら
カバンが軽くなったけど学内の無線LANが使えなかった。

今年になってコンピュータ教室備え付けの端末を使わない
PC持参の学生さんも増えたようで機種を見れば“窓”系ばかり
ということでいつか“果物”系ノート持参者が入学したら対応可能に?

数日前だったか「ほぼ日刊イトイ新聞」の「今日も金魚は」を
覗いた“水槽”の向こうに“果物”系ノートPCで何かやっている
谷川俊太郎大詩人の姿を見かけついでに“テキスト・ライブ”にはまった。

自分からメールするほど熱心な読者じゃないからよそ様が
書き込まれた核心に手短に反応されるキーボードさばきを
ちょっと遅れて届く実況みたいに再読み込みするコマ落としの風景。

見比べた「発言」から(04.04.13)

ひとりでに窓を開けたくなるような日和の割れ目から
舞い込んでくるのは季節の薫りや鴬の鳴き声だけじゃなく
キーボード作業の合間に成り行きを調べたりする不穏なニュース。

なんだか不確かさばかりが先行しているようだからこそ
出張っている自衛隊の去就を云々する前に無辜の邦人3名の
命を何事にも先立って確保する手だてとはどのようなものか?

かって無関係のままに米中枢同時テロ事件に巻き込まれ
犠牲となった日本人をはじめ多国籍の無辜の人たちへの
謝罪や賠償といった基本的な事柄をないがしろにしてきた
日本政府のとりこぼし政治姿勢のツケがどこまでもついてまわる。

あれから国内外を問わず何が起こってもおかしくない布石を
打ってきた小泉内閣が負うべきツケをどうやって支払えるか
イラクで人質にされた当事者とその家族に見せてくれるかどうか。

「(1)米軍などの情報収集能力と、特殊部隊の突入作戦を行う。
  (2)地元の有力者、聖職者、部族長に情報の収集と、
人質解放交渉を依頼する。しかしこれには工作資金が必要です。
(3)日本政府の関係か、日本政府が依頼した人質交渉会社を使って 人質の解放交渉を行う。

以上ですが、最も安全度が高いのは(2)ですが、(3)も
人質の安全に配慮しながら身代金を値切るので安全度は高くなります。
フィリピンで若王子さんが誘拐されたとき、時間はかかりましたが
この方法で解決しました。日本政府にそのようなノウハウがないので、
外国の人質交渉会社に依頼する方がベターだと思います。」

という神浦元彰軍事評論家の発言の対局にあるのがアルジャジーラを
通じてイラクに流されるかもしれない川口外相の発言要旨とみなされた
「あなた方が人質にしている3人は純粋の民間人でイラクの友人です」
この後イラクの復興支援に触れ「自衛隊もこのために派遣されている」。

たったいま日本政府が用意できる“人質交渉術”とはこんな程度のものなのか?

春の草むらから(04.04.09)

雉の鳴き声と羽音の目覚ましがめぐってきた
朝間野球TV観戦で見とどけたかったのが初打席の
松井稼頭央メジャーリーガーの意思表示だった。

スプリング・キャンプでは草むらにでも隠れていたのか
渡米3年目の田口外野手ほどにも目立たない数字だったが
まったく気にしていない姿を「情熱大陸」で見せていて。

番組の終わりで“初打席の初球は絶対(バットを)振ります”と
野球ひとすじ少年の熱い言葉でしめくくっていたとおりの
開幕戦ではその一振りで初球を外野スタンドに打ち返した。

うっかり朝ご飯が炊けてなかったりしたもんだから
思いがけずヨメが買ってきたカツサンドとビールの味わいは
プレイボールホームランを届けてくれたたうまさだったな。

試合中の投手や打者の好不調はとても見分けにくいようでも
球を投げたり打ったりする瞬間の“ひっかかり”具合を接点に
緩急を生かしてコースに投げそして打ち返すやりとりの内容でわかる。

春が際立つ山肌に雪面を“とらえて”滑る名残雪の感触がまぶしく
打てば響く会話みたいにラケットで交わすラリーの手触りが爽やかに
身体を吹き抜けてゆくひとときがあったりする日々の訪れに。

イン・アンド・アウトで花見(04.04.06)

花見散歩にも出られなかった空模様の日曜にやってきて
元気を持て余すマー君の最近のお気に入りDVDだが
『キリクと魔女』の再生にもノートPCが威力を発揮。

LD、CD、DVD対応の使い込んだプレーヤーが不完全で
いつの間にか再生できないアルバムがたまってきても
ユニバーサル・プレーヤーに買い替える必要はなさそう。

新調ノートPCをオーディオ&ビデオ・ケーブルでアンプと
モニターにつないだら聴けない観れないものはなくなって
今どきのノートPCのマルチメディア対応は意外と使えるね。

たかが幼児の集中力だが70分の長尺物でも単純明快に
作り込まれた作品だと3歳児にも伝わるようであなどれない
毎回エンドクレジットまでじっと観て飽きないようだ。

就職、進学そしてリタイア組にもそれぞれ新しい週の始まりは
月曜の午前の窓の外へ誘われるようにサイクリング車に跨がり
いたち川から松川へと散り際の水面を眺めながらお昼にしたが。

出がけに量販店で買った白ワインを冷やしながら花見弁当は
夫婦ともどもコンビニや弁当屋よりデパ地下を覗くことに決まり
立ち寄ったら売り切れ品もあってチーズ&キノコ入りパンも買ったり。

あちこち場所とりシートを踏み分け運良く空いてた二人掛けベンチへ
陽射しを覆うようにさしかかかる枝から舞い落ちる花びらがワインに
ゆるゆる帰ったら外歩きもままならないお袋にせめて花見弁当だけでも。

節目の渡り鳥に(04.04.02)

花見日和の弥生から鴬の初音で卯月の幕開けへ
ひとりふらふらっと未知の姿勢で入り込むように
新しい足場からどんな俯瞰視線で浮遊が愉しめるか。

気になってた映画「WATARIDORI」をテレビで観たら
映像と音楽とナレーションのアンバランスな作り込み
次から次へ映し出される渡り鳥がただひたすら飛び続け。

気がつけば出自どころか肝心の行き先もわからない
年度替りの通信をはじめるキーワードを何にしようか
いまだに初恋の名前しか浮かばないようなていたらく。

一応の準備を済ませた後の忘れ物が思い出せないように
とりあえずというよりとにかく抜け出してしまったら
勤めあげた年代物のコルク栓が抜けラベルも剥がれた。

頼まれ仕事などはなんとか携帯PCに詰め込んだら
しっかり作り込んでいけるようにガードをしたり
ときには智慧を働かせ不意の飛沫をしのげないと。

夢で憧れてもどうにもこうにも翔べないようでは
なんだか何処かへ堕ちたり落ちゆく快感みたいな
しっかりしたあてどなさで何処までも続く視界の向こうへ。

季節の切れ目に戸惑う(04.03.30)

なんと3月最後の週明けに夏日の桜開花だなんて
人知れず季節が移ろう引き継ぎ事項も戸惑ったように
あちこちの庭や空き地で先を争って咲き乱れている。

いいかげん年金予備軍というか執行猶予組としては
「国民年金がもらえなくなるかも、って言ったの、誰!?」と
呼びかけていたテレビコマーシャルに食傷気味だったが
社会保険庁のコマーシャルがとんだ騒動になったもんだ。

OLの掃き溜めと呼ばれていた満帆商事総務部庶務二課の
“坪井千夏”の切り口上が色あせポシャってもしようがない
一皮むけば取りこぼしたり継ぎはぎだらけの徒花が見もの。

花見散策ついでに立ち寄った本屋で「噂の眞相」休刊号に
とある作家が「いったいわたしが何をしたというの」と
引導を渡していたが消えて惜しむものなどどこにもない。

シーズン開幕直前のMLBプレシーズン戦でNYヤンキースが
点差をつけた対巨人戦最終回にリベラを登板させてくれたが
阪神タイガース戦では控え投手陣を打ち崩され予想外の面白さ。

思惑外れの破れかぶれみたいに季節が移ろう心地に
ひと足先に金脈も人脈も途絶えてしまえばそれっきり
季節を接ぎ木できないようなところでうろうろしながら
どこか下駄を預けた身軽いあてどなさも捨てたもんじゃない。

息を継げた大谷さんの面影に(04.03.26)

日々読みたいメールが“ウィルス”メールを含む“迷惑メール”受信の増加に
かき消されそうで“迷惑メール”フィルタを教育から設定モードに変えたが
学習能力イマイチのメール・ソフトの取りこぼしにこれから気をつけないと。

過日も自動振り分けされた“迷惑メール”ボックスの一挙ポイ捨てを
踏みとどまったみたいに見出しだけをザッと流し読んでホントよかった!
未知の訪問者から届けられた「大谷さんのこと」を読まずに失わなくて。

どのようなきっかけでかこのWebサイトのとある日付の雑書きを
読まれたうえお勤めの短大開学時に大谷さんの助力もあって首尾よく
図書館の開館に至った想いを鮮やかな筆力で書き送っていただけた。

あちこち渡り歩いても図書館の増改築や新築開館の現場に
立ち会えるなんてことはめったにあることじゃないから
いろんな事例に関わったり場数を踏んだ知恵袋が心強い。

ときには日常の図書館業務で起きた仕事の解決を出入りの業者に
次年度の契約を餌に丸投げしたりするのがあたりまえみたいな
見慣れた風景を忘れさせてくれる図書館立ち上げの「掌編」が旅路に。

大谷さんとの「途切れたままの別れ」で手が届かない空白を
充たして溢れる日々をもたらしてもらったのに応えられる
何ものも持ち合わせていないがこの上ない「捧げ物」の手触り
金沢で一緒にぶらぶらした兼六園の桜ももうすぐ咲くだろう。

前後左右に四股の踏み加減(04.03.23)

どうやら春先お定まりの寒暖が交代する日々になり
夕刻のTVローカルニュースからゲレンデ情報は消え
わが家は二人揃ってスキーウェアを洗濯に出してしまった。

年々スキーやバドミントンへのこだわりも薄らぎそう
とはいえ腰痛持ちのリハビリみたいに続けてきただけで
どんなスキー板やラケットを使っても上達に縁が薄そう。

体力の下り坂でノーマルからカービングにスキー板を
乗り換えてますますはっきりした滑りや歩きや走りの要は
開き加減の両足裏の隔たりにどのように体躯を割り込ませるか。

デューク更家“ウオーキング・ドクター”の歩き方と
甲野善紀“古武術研究家”の歩き方のいずれが疲れにくく
日常の立ち居振る舞いはもとより運動にも適っているか。

おかげで以前ほど疲れを覚えずに山頂から麓まで
なんとかスピードをコントロールしながら一気滑りを
愉しむのに振り込まず回し込まない全身使いが気持ちいい。

衰えて鍛えられなくともまだ身体に残っている運動能力を
どうやって無理無駄ムラなく使いこなせるようにするかが
中高年になって続けるスポーツの面白さの一つかもしれない。

曖昧にはためく日々(04.03.20)

思いがけない訃報から交渉史を振り返った大谷之夫さんは
大学生のとき「サルトル」をよく勉強されていたようで
同人誌には「三島由紀夫論」を書き下ろし連載してくれた
ということで故人のためにも前回の書き間違いを正しておこう。

今週の半ばは初夏みたいな陽気でサイクリングを愉しめ
なんとその翌日には雪が降ったりしてスキー板を磨きあげ
一夜明けた快晴の立山山麓の新雪で今シーズンの滑りおさめ。

一日リフト券も半額で極上の雪上散歩が愉しめることになって
気温−7度の山頂から遠くお気に入りサイクリングコースも見え
湖のように凪いで見える富山湾の向こうに能登半島がくっきり。

昨秋オンラインショッピングサイトで中古輸入CDを見つけ
お金を振り込んだのに送られてこなかった現物が今年始めて訪ねた
市内の中古レコードショップで見つかってようやく聴けたのだが。

昨年聴いてベストワンとおもったグループが見られるか
採りおいたグラミー授賞式の録画を再生したが出演してなくて
懲りずにオンラインショッピングしたCDがキーボード作業のBGMに。

富山3回目になるジャズシンガーの前売りチケットを求めに
プレイガイドに出かけたヨメが空振りで帰ってきてガッカリだったが
ファンクラブに入らないと入手しにくいメジャーに成り上がったかな。

途切れたままの別れ(04.03.16)

とかく3月は思いがけない風信にネットで出会う
毎週土曜の朝定番のFM音楽番組(3/13)を聴いてて
気に入ったCDを調べついでにニュースも見たり。

ふと目に留まった訃報欄から遠い交友が吹き抜け
今は無い富山営業所や金沢支店勤めの大谷之夫さんとの
数十年前の得難い交流の場面が確かな手応えで響いた。

何を話し何処を眺めときには飲んだり食べたり
その頃かかわっていた同人誌『呪海』に寄稿してくれた
“サルトル論”もなくしてしまいもう読み返せない。

金沢の料亭の2階で夫婦して歓談した時だったか
4人して出しあって支払いを済ませた後はどうしたか
今じゃもう思い出せないくらい懐かしいことばかり。

医薬大図書館に勤めていた頃に東北への転勤の挨拶に
見えたのが多分十数年前のことだったとしきりに偲ばれるが
年賀の習慣も無い筆無精にとって最後の別れになったようだ。

翌日曜(3/14)の晩は綾戸智絵ライブが放映され
とりわけアンコールのボブ・ディランの“風に吹かれて”など
聴いたりしたら遠い夕暮れの街に消えていく後ろ姿に優しさが。

春はどんな列車で(04.03.12)

3月も中旬の入試や卒業式をめぐる雪がどうなることやら
インフルエンザで騒がれている鳥たちの動きに空模様を尋ね
そろそろ庭の雪吊や背戸の雪囲いを外したものかどうか。

床や自転車を磨いたりするみたいにどこか遠くへ
出かけたくなるような映画や音楽などでことのほか
くつろいだ気分になれたりする季節にさしかかったが。

年度の変わり目に似せてか3月はどこか天候も不安定で
朝早く晴れ渡った立山山麓のゲレンデに出かけてみたら
雪煙が舞う尾根筋の突風でゴンドラ・リフトが終日運転中止に。

あぶくみたいな春闘で路線バスが止まった自転車通勤みたい
ペアやシングル・リフト3本を乗り継いでゆっくり山頂までの眺め
いったい何者が掘ったかというようなところに雪洞が口を開け。

居眠りしたらリフトから転げ落ちそうな陽気に身体をあずけると
どこからか水音が響いてきて暖かい風がウサギの足跡を追いかけ
谷筋の雪面を流れる樹木の影絵もいつの間にか春を忍ばせていて。

つい最近マドリードで同時無差別列車爆破テロによる無辜の死傷者の
ニュースに接するとあの地下鉄サリン事件や阪神大震災と地続きのようで
朝に行ってきますと出かけて確実に帰ってこられない世相も顔をのぞかせ。

端っこはどこでどうなってる?(04.03.09)

暖冬の2月末がことのほか暖かかったせいなのか
雪模様に切り替わった3月上旬ががとても寒く感じて
日曜(3/7)のスポ少バドのお別れ会の体育館は格別だった。

20年以上やってきて初めての親子バドミントンも加わって
盛り上がってよかったのだが娘二人掛け持ちのお母さんが
ネット際に落とされたシャトルを拾い損ね左足首を痛め残念。

予期してもいけるかどうかとっさに見極めるのはとても際どく
ここんとこちっぽけな木造2階建てのわが家で無線LAN試し
十部屋もないのにすべてがホットスポットにはならないようだ。

江戸末期というか幕末を舞台にした“サムライ”映画をテレビで
立て続けに観たりしたんだが生活感覚の端っこにひっかかって
「たそがれ清兵衛」も「壬生義士伝」も時と所を移し換えれば
どちらもサラリーマン物といってもさしつかえなく見えてしまう。

いずれどんな生活者といえども無意識では縄文期あたりまで
もっとアジア的どころかアフリカ的段階まで遡ったりしながら
あちこちでその人なりの現在を刻んでいるに違いなかろう。

どこでもLANで家の隅々までニュースが届き辞書が使えたり
意識や無意識それぞれが里帰る端っこのあたりを探索したり。

開けてビックリ(04.03.05)

玄関ドアを開けたら春の淡雪じゃない真冬モードで
今朝のゴミ出し前の庭の除雪がサラサラしていて
融雪装置がうまく作動しなかった道路はガチガチ。

今朝のニュースを開けば“ミスター、脳卒中で入院”!
日本の中高年の“元気印”の病状が軽いといいのだが
オリンピックの野球の日本代表監督続行は二の次でいい。

あれこれ古い吉本著作品を探しあぐね手当たり次第に開けた箱から
記憶も薄らいだ校友会誌に載った卒業レポートのコピーに混じって
失礼していたゼミの恩師からの(新)資料一式が紙袋に納まっていた。

河上肇初訳に先立つ笹原訳の発掘を真っ先に教えられていたのに
放り出したままにしていた書き直しをやるには間の抜けすぎだが
マルクス『賃労働と資本』日本語版目録の再編集にもとりかかったり。

自前サイトの索引や目録などの作業時間をとっておきたいから
常勤への移行どころか担当科目の追加もご辞退申し上げたとは言え
今年度の4科目は引き続きやらなきゃならない新学期をどう準備しようか。

講義ノートや参考資料をパソコンに入れて持ち歩こうにも
使い古したモバイル・パソコンのネットワーク接続を直しても
とにかく老眼にはちょっと厳しい画面サイズをどうしたものか。

ということで昨日の午前にオンラインショッピングした注文先から
届いた箱を開けてすぐ使える優れ物が十数万円で買えることにも驚いたり。

これはどうしたものか(04.03.02)

かなり古びても手放せないテレビやパソコンなんだが
どうにも使えなくなったらブラウン管その他を取り外して
木やプラスチックのケースを置物として使いたいのだが。

それぞれの画面にピッタリな水槽を探す根気もないから
衝動買いしてしまった3Dバーチャル水槽をマー君に見せたら
本物そっくりに動き回るいろんな魚を見て“ニモ”はどこ?

この頃になって夜学に通っていた頃のゼミの卒論テーマで
取り組んだマルクス『賃労働と資本』邦訳版の書誌&解題に
やり残したことがあったことに気づくなんてどうしたものか。

当時は本邦初訳と書き記した河上肇版に先立つ事実と資料が
見つかったと十数年後にゼミの恩師からお送り頂いてびっくり
折り返し礼状を出したままになっていたことに今になって気づいた。

たまたま買った本で河上肇の著作その他の書誌を作り続けた
天野敬太郎という人の書誌活動を改めて読み返したりしたのが
きっかけで私的な20年を超える物忘れを呼び覚まされたのかな。

せっかく提供された著作関連書誌との出会いを見殺すようじゃ
数少ない著作(者)との関わりを限りなく明らかにするために
必要なその著作(活動)に見合った書誌の作成や編集は望めない。

なだめられるひと時も(04.02.27)

目まぐるしい寒暖の変わりようで落ち着かない2月下旬だが
火曜日(2/24)に快音を放ったような立山山麓ゲレンデの見晴らし
能登半島もくっきりすっきり富山湾を望むパノラマに滑りも忘れたよ。

待ってたDVDが発売になり仏アニメ『キリクと魔女』を
見たんだがアフリカの“一寸法師”譚に癒されたというより
どこかへ帰り着いてなだめられるようなひと時が素晴らしい。

たまたまチェックしたNHKの「トップランナー」で見かけた
『大西ゆかりと新世界』の“ライブ”でもなだめられたというか
触れず語れずとり出せない何かをひそかに歌い込んでいたな。

それとなくさぁやるゾ!というほどのことではないが
その気になってやり続けさせてくれるものがあったりするのも
トレードも補強もしない中日・落合監督みたいなチームの姿というより
誰とも視線が交差しないようなところから表に現れる単独者のあり方が匂うから。

つかの間の晴れ間に庭木の虫よけをやってもらったのはいいが
その後の数日が近所迷惑なくらい臭っていたのもおさまったようで
ほんとうは隣近所町内中の散布ができるようになるといいんだけどね。

朝から時々テレビやインターネットでオウム真理教松本(麻原)被告の
判決公判の報道を見聞きするうちに雪も上がり雲間から見え隠れする
見慣れた立山連峰も今日は午後の日差しにいっそう際立っているようだ。

古びたポケットも空っぽに(04.02.23)

なんと2月22日の市内は20度を超すバカ陽気になり
おかげでTシャツにハーフ・パンツでバドミントン競技に臨め
ダブルス試合にありがちな“魔女狩り”の的にならずゲームを愉しめた。

60近いチーム(3ダブルス)数で100試合以上をこなす過密な
タイムテーブルに初参加の新潟出身のメンバーも驚いたようだが
9時からエントリー枠のリーグ戦3試合を終えるのに8時間という長丁場。

そんな待ち時間も退屈させなかったのが市の総合体育館の近くの
娘夫婦の所からヨメが連れ出してきた3歳児のマー君がお守りみたいで
手作りの巻きずし弁当やおやつや果物なんかでゲームの合間を過ごせた。

夕暮れの強風にあおられオデコ全開のマー君を待つ娘のもとへ
連れ帰ったらお風呂は沸いてるし越前ガニや娘の手料理が並び
離乳を果たしたミーちゃんも愛想をふりまき疲れも抜けたようだ。

乗客もまばらな市内バスで家に帰り着いた途端に凄い土砂降りで
電話してきた娘の予想に反して僅かなタイミングで濡れ鼠にもならず
濃過ぎず薄過ぎない石原江里子の新譜のピアノとヴォーカルが心地よい。

たちまち裏庭の根雪も空っぽにするようなフェーン風にあおられ
雪囲いもひっくり返りそうになっててこのまま外してしまいそうに
ならないのが北陸に住み着いてる生活者の習性だったりするようだ。

転がる日々に(04.02.20)

今週半ばからどこかに冬を置き忘れたような毎日で
雪もすっかり溶けた屋根の傾きや見かける車も
どこか薄汚いのはいつの間にか黄砂が降ったに違いない。

寝起きにうっかり段ボールのゴミ出しで腰を痛めそうになったり
日曜日には戦力外だが員数合わせで出るバドミントン団体戦が控えていたり
今週はゲレンデに通わず16年度も続けなきゃならない司書授業の準備等々。

図書館業務で覆われたサラリーマン・トンネルから抜け落ちてしまい
いつの間にかアレコレ余禄みたいな頼まれ事をこなさなきゃならないなんて
ヒトそれぞれ上がりのこない双六のサイコロを振りつづけるしかないのかな

暇つぶしによしもとばななの新作“失恋”短編集だけじゃなく
雑誌で十代の手になる芥川賞受賞2作品を読んでみたら
二進も三進も行かないところで息づく男女の一瞬のつながりが切ない!

どこか〈法〉みたいになった“家庭内暴力”が家庭から学校へ
そして巷へと触手を伸ばすように物語られるようになってきて
それも男じゃなく若い女の言葉で創られた作品の続きが読みたいね。

群れないでそれぞれわけあうみたいに気心を通わせられず
かといって皮膜に傷をつけたり背中を蹴っ飛ばしたりしても
餡が見えない食えない葬式饅頭みたいな心がころころ転がっているようだ。

成績や運動の出来なんて(04.02.17)

先週末に早々とやってきた“春一番”が
あちこちの除雪の痕跡を溶かし込んで
歩きにくかった歩道もすっきり散歩できる。

“友引”しか休めないパートタイマーを始めたりして
娘の子連れ訪問がない日曜もスキーにいけるかな
だったけど荒れ模様でとてもスキーどころじゃなかった。

おおよそのところ400キロメートルを超えるぐらいが
ヨメとの1シーズンの滑走距離の目安になっていたのに
だんだんじり貧になってきて今年はまだ200キロも滑っていないね。

昨年あたりから志賀高原スキー場など県外にも出かけてないが
たまたま二人して板やブーツを携えたりしている車内や町内で
声をかけられ立山山麓で滑ってきたと返すとなーんだという顔をされがち。

人それぞれ“老い一番”みたいなことに出会ってから
運動や食生活をとやかくしはじめたってしょうがない
ヒトは胎内で意識を持ち始めた時すでに身体生理に“死と生”が点在している!?

それぞれの生涯を持ちこたえる心というか意識のパターンも
決まってしまいそうな思春期以後の暮らしの中での運動をバカにすると
あとになって老後の身体の捌き方にもツケがまわってくるんじゃないかな。

やるだけやったね(04.02.14)

「中島みゆきが吉野家(屋)の牛丼を歌い込んだのは
いつの頃の何という歌かネットで調べなさい。」

とにかく待ってた約束の期限には間に合わなかったのだが
終わった授業の演習課題をやるだけのことはやった学生の
勢いが郵送されてきてまた検索演習課題を思いついたり。

火曜金曜と中二日で移動性高気圧がやってきてスキーが愉しめ
昨日のゲレンデのお昼は居合わせたスキー実習の高校生が
160食の牛丼と豚汁をたいらげた勢いに圧倒されてしまった。

一時的な“別れ”を惜しむような報道が溢れかえったりするのは
まだ牛丼が家庭の味として定位置を占めるようなものじゃないからか
Googleの2004年1月の検索キーワードランキングの首位は「吉野家」。

今週の唯一運動抜き日だった木曜の晩は日本対イラクの
サッカー親善試合を観たくて故障中のBSデジタルチューナーを
アレコレいじってどうにか映った途端に試合終了ということに
いったんOFFにすると映らなくなりそうで電源を入れっぱなし。

外務省がイラク選手の渡航費用に一千万円出したとか聞くが
日本代表相手にどんなゲームを見せてくれたのだろうか
きっとやるだけのことはやり尽くすゲームになっただろうね。

庭の雪吊も傾いたり(04.02.11)

今じゃ道路は融雪装置があるからいいんだけど
玄関先の庭や滑り落ちるや根雪で埋まった裏庭の
ちょっとした除雪作業にもアレコレ身体さばきを工夫。

たいした量でもないが雪が重く絞まらない朝のうちに
腰痛が再発したりしないように気をつけてやっても
腰に違和感が残らないやり方が見つからずに終わった。

そんなことより除雪作業疲れをほぐすのにうってつけだったのが
雪もやんだ日曜の朝に届いた“オールマン・ブラザーズ・バンド”の
昨春のビーコンズ・シアターにおけるライブDVDと赤ワインだったりして。

とりわけ5月に来日するとか言われているデレク・トラックスの
クールなスライド・ギターを包み込むようなジャム演奏が出色の出来栄えで
特典映像のメンバー全員へのインタビューからもバンドの好調が窺えるね。

昨日は移動性高気圧の到来に合わせて立山山麓のゲレンデへ
カービング・スキーも3シーズンめになると捻ったり振り込んだり
回し込んだりしない運動の仕方が疲れずに愉しむ秘訣ということになりそう。

相変らずスパムメール(いわゆる迷惑メール)に混じってMyDoomなど
ウィルス・ワームに感染した結果のエラー・メールが後を絶たないようだが
ヘッダのfrom行に僕のメールがアドレスが書かれていたりすることがあるみたい。

悪気じゃなくウィルス感染ご忠告メールを寄越されたりするんでしょうが
ウィルスチェックもちゃんとやってるしネットワーク絡みは“窓系”を使っていない
まぁ善意と無知は隣り合わせということもあるから相手にせずにすべてゴミ箱行き。

降り積む雪に(04.02.06)

中国で空から小鳥がボトボト落ちてきたらしく
なんとその数が1万羽という眉唾みたいな数字を
バード・ウオッチャー総動員で数えたんだろうか。

お気に入り「バイオハザード」の日本語吹き替え版を
愉しんだ後にそんなニュースを見たりしたもんだから
雪空になんかあるんじゃないかなどと勘ぐりそうになる。

ここんとこ高屋敷界隈に降ってくるのは雪ばかりで
まぶしい窓に背を向けるようにキーボード打ち込み
滞っていた吉本著作遡及リストやリンク集の見直し
大学の個人文庫データの追加もぼちぼち進めたり。

無用の用みたいな暇つぶしにしかならいのだけど
やりだすとこれでいいというめどがはっきりせず
あれこれ中途半端で夕方に投げ出しては明日に持ち越したり。

わが家では年金予備軍みたいな暮らし向きの安定が課題になり
娘夫婦のような家計では二人の子育てをどう確保してゆくか
まっさきに課題なんだろうけどこの二つが切実なのが今だ。

たまたまアイザック・B・シンガーの『悔悟者』を読んだりすると
もう一つ〈信仰〉も老いの課題として立ちはだかっているようだ。

小さな声で(04.02.03)

雪も溶けゆく雨上がりの節分だけどわが家で豆まきをしなくなった
十数年前のことだったがカンボジアへPKOがらみで自衛隊が初出動し
そして今日の午後には陸上自衛隊の本体が政府専用機でイラクへ向かう。

“不況は内、自衛隊は外”みたいな呪文をばらまく小泉純一郎首相が
ここへきて宮崎県の高校3年生から武力に頼らないイラク復興支援の
署名活動を寄せられたそうだがどんな説明するか聞き耳を立てたら
請願書を読んで答えずに「学校の先生がちゃんと教えていない」だなんて。

小泉首相は息子に「親父のやっていることはおかしいじゃないか」と
詰め寄られたりしても「学校教育がなっていない」とかわしてみせるのかな
国民の同意を取りつけずなし崩しにイラクへ自衛隊を派遣したことの重大さも。

こんなことで国内の都市や地方の住民がいつも死に晒されるような
情けない成り行きには誰だって真っ先に反対するより手だてがない
あまりにも無為無策なままブッシュ政権に骨抜きの日本国政府のやり方にも。

請願した高校生を相手に「学校教育」を云々するのが精いっぱい
なんとも無残でみすぼらしい主をいただいた日本国はどこまで
世界に物笑いの種をばらまき続ければ気が済むというのだろうか。

とりあえず問われたことにきちんと答えてみせなきゃ物事は
ちっとも前に進まないのにそんなあたりまえな受け身の姿勢も
持ち合わせないで難しくなる一方の内外の局面にどう対応できるのか。

除雪や圧雪さまざま(04.01.31)

1週間前の雪による渋滞が嘘みたいな木曜(1/29)に
後期最後の授業に出かけたら車道の除雪で歩道が埋まってて
バス停からキャンパスまでの行き来に車道を歩くしかない。

集団下校時の娘が車道の除雪で堆くなった路肩から滑り落ち
たまたまちょうど通りかかった市のゴミ収集車に足を轢かれ
職場から病院へタクシーで駆けつけたなんてこともあった。

市の担当者に電話してもあまりにもいいかげんだったから
じゃ町内の市会議員に相談するといったらやっと善処します
ということで通学路が道幅いっぱいに除雪されたことがあった。

そのうち事故現場に歩道が設けられたりしたがいずこも同じ
郊外の歩道は車道の除雪の雪捨て場みたいで散歩もままならない。

久しぶりの除雪作業で掌に血豆ができストックが握りにくかったが
閑古鳥が鳴いて久しい立山山麓スキー場のゲレンデ状態が
隣り合わせの雷鳥バレーと極楽坂では滑り心地が微妙に違う。

小・中学生のスキー実習で賑わっていた昨日(1/30)はとくに
よく整備された雷鳥バレーのゲレンデをより多く滑ってばかり
聞くところによれば使っている圧雪車の善し悪しに左右されているね。

どうなってんだろう×2(04.01.27)

昨秋あたりからハードディスクの1980年代の吉本著作の
書誌データの整理に取りかかったりしたらいつの間にか現物や
コピーが行方しれずになってて一向にはかどらない有り様だが。

現役図書館員時代に怠らずもっと現物確認など調べておけば
とっくに吉本著作リストを遡及する書誌事項のデータ整理も
できたのに満期定年退職前に現場を離れいっそう当て外れに。

仕事のふりはきちんとしてとにかくやり過ぎないよう勤める
何であれ現職のコースを完走する秘訣はそれに尽きたのに
そんな簡単なこともどっかで狂ったりするのが現実だったり。

最初の吉本書誌入力に使った娘のマックが世に出て20年とか
当時のCMが“The Computer For the Rest Of Us”だったが
「落ちこぼれのためのコンピュータ」にしてはずいぶん高価なのに
医学部あたりで流行って文献データ編集ソフトウェアをいただいたよ。

やりようによってはうまくいきそうなことでもどこかで行き詰まったり
ままならないことになるみたいに本格的な寒気に覆われた途端に居間の
ファンヒーターが不調になって試しに故障廃棄品に取り換えたらなんと使えたり。

デジタルチューナーのリセットが効かず衛星放送の受信も駄目になりそうな
一方では画面が崩れたり消えたりしていたパソコンがしっかり使えるように
あちら動けばこちら壊れるモグラ叩きみたいなわが家の家電製品がおかしい。

“火星人”にはあんな石ころが“ワサビ”の原っぱの“刺し身”や“寿司”に見えるのか?
リアルな夢みたいな映像を愉しませてくれた火星探索車“スピリット”が故障で
ちょっと残念がっていたらすかさず2号車の素晴らしい映像が眺められるなんて
予想もしなかったけどJavaを使って成功させるNASAの技術力もたいしたもんだねぇ〜。

そのうちやり直せるうちに(04.01.23)

大寒めがけた今シーズン三度目の寒波来襲が
昨日の後期最後の授業担当日にかぶったりして
市内の西から東へ夕方のバスで帰るのに3時間。

それにしても市西部で南北に横たわるる呉羽丘陵を
境にしてあんなにも降雪&凍結状態が違うなんて
無職になって味わう通勤カンヅメ状態が妙だった。

うまく座れたバス内で「まだ呉羽山を越えてない」と
自宅に連絡を入れたり終わった授業の資料を読み返したり
まるでサラリーマンに戻ったみたいに時間を潰すしかなくて。

図書館の窓口から眺めた医薬大や富大の学生とは
また違う富短の学生風景から学ばせてもらったのは
歩む道や居場所を問わずいつどこでもやり直せたら生きる力が。

己か異性か仲間相手かこの三つのどれかを相手にしか
失敗する場所がないわけだけど年を食うほどにやり直す巾が狭まり
話題の退職&年金離婚だなんて実人生の出涸らしの絵柄みたい。

冷えて家に帰り着けば活きのいい魚介と熱燗で心身が温もったり
いい感じで雪に引きこもった昼にはアンコウ鍋と赤ワインで時が流れ
どんな所作事をやり通すにしても〈型〉が行為と持続の要と思い知る。

ちょっと運動不足かな(04.01.20)

1月も半ばを過ぎたのに雪不足気味な今シーズンは
日祭日が晴れるようだが実家を訪れる娘と幼子の
ぬくもりの向こうへゲレンデも遠のいたりしているよ。

先週は平野早矢香卓球選手の全日本優勝や金原ひとみそして
綿谷りさ両作家の芥川賞受賞などスポーツ・芸能レポーターの
視野の外で十代女性の新芽がきらりと輝いたり日曜の晩には若い力で
日本代表チームがアジア女子バスケ準決勝を競り勝ってアテネ五輪出場を決めたね。

そんな日常風景からはるか遠くで自衛隊が戦闘地域へ着々と歩を進め
国内ではちょっと騒がしかった成人式に続いて大学入試センター試験も終わり
どこを探しても学生運動や大衆運動のかけらも無さそうですっきりしたもんだ。

わくわくする眺めといえば何といっても火星探査車から届けられる映像を見たり
七ヶ月も飛びつづけて触覚や聴覚や視覚をやすやすと遠隔化しながら動きだす
働き者の昆虫みたいな探査機の必見ビデオにベラ・フレックとホルストの音楽がぴったり。

おじさんDJじゃないけどベラ・フレック&フレックトーンズが演じる“ビル・モン”こそ
その気にさせるというか番組持ってたりしたらきっとテーマ音楽にぴったりくるなんてのは
ずいぶん前だが十代の曲がり角のテーマ音楽みたいに響いたテディ・ウィルソンの
短いバンド演奏“ブルーズ・イン・Cシャープ・マイナー”を聴いて以来かも。

冬場は特に狭まる身体の行動範囲に風穴を開けるみたいに
楽器をいじったり時には刀を振り回してみたり板の間や畳の上で
身体を動かしたりバドミントンやアメフトなどスポーツ漫画も面白い。

見た目の乗り違え(04.01.16)

世の移り変わりかはたまた歳のせいなのかどうなのか
しめ飾りを外すみたいに正月気分もあっという間だが
そんなもん飾らん家もどんどん増えてきているようだ。

曙が3億円でボブ・サップが800万だったとかいわれる
民放の格闘技番組とNHK紅白とをザッピングしたように
ハレとケの切り替えもどんどん早回っているのだろうか。

とある昼休みに小汚い作業姿で郵便局へ行ったら門前払い
新婚旅行で懐に三十万あったのに着たきり雀の成りだったせいか
銀座の料亭であんたらの来るところじゃないと言われたことも。

一身二世を生きるなんて夢のまた夢だがある日ある時に限って
とんでもない風体にみられたもんだなんてことも多々起きるが
最近も某日某所で「ベンツにお乗りで」だなんていわれ吹き出しそうに。

古くはジャニス・ジョプリンが歌い上げた“MERCEDES BENZ”(邦題「ベンツが欲しい」)
新しいところでは消防車もベンツみたいな“北の将軍様”の超マニアぶり
ぐらいしか知らない僕が乗るものといえばもっぱらバスにタクシーだけだ。

いろんな輩に見間違えられたりしてきたってことは
それ以上に自分も数限りない見間違えをやってきているはず
どこまでも額面以下で誰にも評価されない事だったら手を染めてもいいかな。

“丸腰”の行方(04.01.13)

年明けに引き続き三連休も娘がやって来るもんだから
スキー日和もそっちのけでマー君の遊び相手をあれこれしたり
ミーちゃんに振り回されたり立ち食い蕎麦を喰うみたいに日が過ぎる。

あっちこっちで“荒れ模様の成人式”がぶり返したようだけど
公に苛立ったり茶化したりする場として定着したりしても
それもやがて飽きられて違う形のものに様変わりしていくな。

巷じゃ食卓を囲んで自衛隊のかわりに正式の高齢者をイラクへ
だなんてブッシュ政権の付き人たらんとして大真面目になれば
なるほど小泉内閣の対北朝鮮やイラク政策には冗談で応じるしかない。

もしテポドンが市内に飛んできたりしたら真っ先に逃げ出すのは
どんな奴らか明らかだし隣県に駐屯する陸・空自がかけつけ被災者や
庶民の暮らしを助けたりしないことも戦争を生きた世代にはミエミエなのに。

持ってしまった世界第3位の軍事力から環日本海の力関係を
どんなに“有事立法”として取りだしたりしたっていざという時には
そんなものただの紙切れにしかならないことが分かりきっているのに。

食うや食わずの田舎暮らしの子供の頃だったが
戦争帰りの大人たちの手柄話には飽き飽きしたけど
今じゃ戦争を知らない大人たちが“派兵”を自慢話にしている。

お年玉は何だったか?(04.01.10)

ここんとこ腰痛とも肩や首筋の凝りとも縁がないな〜
だったのに明け方に右肩が疼いて目が覚めたのだが
天地ともに飛び抜けたゲレンデ・コンディションだった
昨日の立山山麓の初滑りで痛めた覚えも無いのになぁ。

蝉殻も起き出すような冬木立が暖冬を際立たせていたが
−7度で高度1000メートル位の山に身体を馴染ませるのに
思いのほか時間がかかって寄る年波を覚えさえられたり。

帰って一風呂浴びチョイと飲んで食べたあとゴロンと寝ないで
小津映画「麦秋」で婚期を逸しかけた娘の縁談を期に揺れる三世代
七人家族が核家族に分散する様に「朝鮮戦争」の頃の小学生気分に戻ったり。

この頃の小学生だと「サザエさん」の替え歌

「戦争しようと町まで、出かけたらぁ♪
戦車を忘れて、三輪車で突撃♪
あっちは機関銃、こっちは水鉄砲♪
ル〜、ル、ルルル
今日はお葬式♪」

などと歌ったりしているようだが、

思いがけない宝くじのおすそ分けにありついて入手したばかりの
「コンサート・フォー・ジョージ」DVDを聴いて見てびっくり
故人の生涯と音楽を偲んだ珠玉のライブコンサートがお正月の隠し球になった。

お正月モードから立ち上げ(04.01.06)

孫らを引きつれ娘が帰って静けさが戻った昨夜は
なぜか大晦日に上手くいかなかったセカンドマシンの
ファームウェアのアップデートとOSのアップグレード。

“窓系”と“果物系”の切り替えなんてのもあったけど
手帳やカレンダーを取っ換えるようにお正月休みの間に
パソコン環境の入れ替えをやったりするようになったよ。

暮らしの月や年の変わり目に験を担いだり願を掛けたり祈念する
ということが歳とともに積み重なるなんてことはどうでもよくなり
渾沌から明晰への構図なんてモノがいかにも眉唾に見えてしょうがない。

福箱を見切りカジュアルなワイン12本セットをオンラインショッピングし
朝昼晩のワイン付き食卓以外はテレビと添い寝見たいなお正月気分だからか
意識朦朧としていながら気分があちこち飛び回りいろんなアイデアに浮き沈む。

そう言えば普段だって何となく寝付かれないような寝入り端とか
抜けにくい起き抜けの一歩手前の縦横無尽な半睡半醒がすばらしく
後でバラバラに砕け散る前にハードディスクに保存したいと思ったことか。

誰にもある幼少時からの夢幻様感覚が忘れられないというか甦らせるみたいな
いろんな作品に出会ったりすることがあるから観たり聴いたり読んだりしたりせず
心身ともにいずれの方向にもギアが入っていないニュートラルな状態に気づく。

ずいぶん前にあれこれ相手をしてバドミントンの打ち方を覚えかかっては
次の週にはまた最初からのやりやり直しだけで終わったりした子供がいて
自転車が壊れたとかで担いでその子が案内するままに訪ねた家庭環境が壊れてた。

習い覚えたり何者かになったりしたくなさそうなあの時あの子の姿勢が
ひょっとして家庭の事情への防御体制としての構えとして一大事だったから
生きていく上でどうでもいいバドミントン的な心身の捌き方に馴染む余裕もなかった。

できるできないから利口かバカかまですべて心身の基本状態の破れ目のひとつ
とりあえずそうでもしないとおかしな考えや物言いばかりが大手を振ったり
悪く良くない方へ傾きがちな現実だからこそそれぞれが心身の有り様を際立たせる。

暖かなすべり出し(04.01.02)

元旦は予報とは違って抜けるように晴れ上がり
車で来た娘を立山山麓あたりへ誘ってみたが
初詣でと初滑りのセット提案が無視されて残念。

市外の大型SCで男110cmサイズの福袋を探してから
市内に戻り運良く鳥居の近くで駐車スペースにめぐり合せ
小一時間あまり暖かい日差しの境内でのんびりと並んだり
これじゃスキー場に出かけた方がよっぽど空いているはず。

そこいらで携帯を玩んだり地べたに座り込んだりいちゃついたり
見慣れた若者風景が目に入らないのが不思議な時間帯だったかな。

あれこれ各地の初詣でのご利益を見比べたりすると
いろいろあるようでもそれぞれの土地柄がうかがえたり
生活感が集約されているようだがさて今年はどんな展開に?

稼ぎやら世間体やらその他諸々もどっかへ置き忘れたようで
その時々のさまざまな年越しモードに流されるままというか
なんだかサラリーマンの頃とは違ってきた普段着のお正月の味わい。

あれこれ保たなきゃならない物事をどんどん脱ぎ捨て
どうしても放り出せない事柄からどれだけ距離を保てるか
なんてことも溶けかかるほろ酔い気分で一日を過ごしたり。


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