猫々堂(高知市)から『吉本隆明資料集』A5判(各冊約90頁直接頒布1000円、約200頁の第28集は2000円、第29〜34集1200円、第35集〜1250円、40集のみ1300円)が第41集まで刊行済み。引き続き42集より「初出・補遺篇」刊行中。
[直接購読は猫々堂(〒780-0921 高知県高知市井口町45 松岡祥男 方 猫々堂)まで!(〒780-0921 高知県高知市井口町45 松岡祥男 方 猫々堂 電話 088-873-2479 郵便振替01680-1-58207松岡祥男)]


【猫やしき】@「猫々だより 173」2018.6

 第176集は「変容する都市と詩/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(14)」です。
▼最近はちょっとしたことで怪我するようになりました。この間も自転車で転倒。手と膝、それにハンドルで胸部を強打、幸い骨折はしていませんでした。やっぱり注意力も運動能力も落ちているのだと思いました。皆さんも気をつけてください。
 第177集は「八十五歳の現在/柳田国男から日本、普天間問題まで」で、7月下旬発行予定です。    (松岡)


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【猫やしき】@「猫々だより 172」2018.5

 第175集は「親鸞の最終の言葉/身近な良寛」です。
▼先日、ある人から、「お前は吉本隆明の理解者のつもりかもしれないが、自分の身丈でなぞっているだけだ」と言われました。この指摘は当たっているとおもいます。いまは「資料集」の発行をやり遂げることが、自分にできることだとおもっています。
▼第176集は「変容する都市と詩/宿沢あぐり「吉本隆明年譜(14)」で、6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 171」2018.3

 第174集は「日本の現在・世界の動き/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(13)」です。
▼第173集収録の「『最後の親鸞』ノート」の聖徳伝説に関する《「魏志倭人伝」のなかにそのことが出てきていいはずなのに出てこない》という個所について、金廣志さんから次のような指摘がありました。
 《93ページに『魏志倭人伝』とありますが、『古事記』の間違いのように思えます。『魏志倭人伝』とは時代も内容も一致しません。『日本書紀』には厩戸王(聖徳太子)の記述がありますが、『古事記』にはありません。吉本さんはこのことを言っているのだと思います。》
 底本とした『増補 最後の親鸞』(春秋社1984年4月刊)をそのまま踏襲したのですが、この指摘は正しいと思います。
▼第175集は「親鸞の最終の言葉/身近な良寛」で、5月上旬発行予定です。    (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 170」2018.2

 第173集は「鶴見俊輔/文学の芸術性」です。
▼「資料集」の校閲を手伝ってくださった、北島正さんが逝去されました。前立腺に癌が見つかり、手術をし、闘病生活をされていましたが、抗癌剤などによる手当の甲斐もなく、2月3日に亡くなりました。享年71歳。毎年のように夏には、お世話になっている川村さんの家に集まっていまhした。いつも北島さんの熱弁に圧倒されました。その姿が思い浮かびます。『こころの誕生』(ボーダーインク刊が遺著です。
▼第174集は「日本の現在・世界の動き/宿沢あぐり「吉本隆明年譜(13)」で、3月下旬発行予定です。   (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 169」2018.1

 第172集は「日本人の「場所」/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(12)」です。
 新しい年になりました。本年も宜しくお願いします。          (松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定

第173集 「産業循環の速さと日本的情緒との」(08年1月)「駆け込み訴え」(08年5月)「「心的現象論」序」(08年7月)「日常的探検冒険論」(08年8月)「賢治と光太郎」(08年8月)「一九四五年八月一五日のこと」(08年9月)「永瀬清子」(08年9月)「無形の蓄積が重要だ」(08年9月)「不変の軸を貫く」(08年10月)「清岡卓行について」(08年11月)「鶴見俊輔」(08年11月)「太宰の親密さ」(08年12月)「鶉屋書店の想い出」(08年12月)「文学の芸術性」(09年1月)「『最後の親鸞』ノート」(71〜73年)談話・七篇(08年)
A5判176頁 頒価1800円(送料共) 2月発行予定

第174集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(13)」/「日本の現在・世界の動き」(90年)「大拙の親鸞」(92年)「万博マス・イメージ論」(86年)
A5判208頁 頒価2000円(送料共) 3月発行予定

第175集 「敗戦に泣いた日のこと」(09年2月)「内村剛介」(09年2月)「谷川雁」(09年3月)「親鸞の最終の言葉」(09年5月)「辻井喬全詩集によせて」(09年4月」「身近な良寛」(09年6月)「これからの詩どうなる」(09年6月)「今、死をどう考えていますか?」(09年8月)「天皇制・共産党・戦後民主主義」(09年10月)「受賞のひとこと」(09年9月)「大衆の選択」(09年10月)「清岡智比古『東京詩』」(09年11月)「人はなぜ?を語る。」(10年2月)「マタイ伝を読んだ頃」(10年2月)「遊々ライフ」(09年4月)「朔太郎に通ずるエロと比喩」(09年5月)「太宰治の場所」(09年6月)「著者に会いたい」(09年7月)「思索的渇望の世界 第一部・第二部」(75年)
A5判176頁 頒価1800円(送料共) 5月発行予定

第176集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(14)」/「変容する都市と詩」(86年)「フリーター、パラサイト・シングル、家族」(00年12月)「清岡卓行の言葉」(06年)
A5判200頁以上 頒価2000円(送料共) 6月発行予定

第177集 「アジア的なものと民主党政権の現在」(10年4月)「資本主義の新たな段階と政権交代以後の日本の選択」(10年6月)「母校生誕百周年万歳」(10年6月)「60年安保半世紀後の問い」(10年6月)「八五歳の現在」(10年6月)「宮沢賢治の生き方を心にきざむ」(10年7月)「やっぱり詩が一番」(10年7月)「柳田国男から日本、普天間問題まで」(10年7月)「谷川雁再びの息吹」(10年2月)「思索的渇望の世界・第三部」(75年)
A5判176頁 頒価1800円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 168」2017.12

 第171集は「秋山清と〈戦後〉という場所/『最後の親鸞』からはじまりの宗教へ」です。本集が今年、最後の発行となります。読者の支援に感謝します。
 編集上、変更があったことをお伝えしますと、発行開始の当初は、除外することにしていた単行本に収録された鼎談や座談会の記録も収録しています。『吉本隆明全対談集』から漏れたものは、その殆どが絶版になっていますので、再録することにしました。
 第172集は「「日本人」の場所/宿沢あぐり「吉本隆明年譜(12)」で、1月中旬発行予定です。      (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 167」2017.10

 第170集は、「イメージの世界都市/宿沢あぐり『吉本隆明年譜』(11)」です。
▼「吉本隆明資料集」の発行も最終段階を迎えています。吉本さんの遺された、著書に未収録の著作から談話までを基本的に対象としていますが、その収録が完了するのと、宿沢さんの「年譜」が完結するのとは、これまでの分量からいって一緒にはならないように思われます。そこで、今回から「年譜」を二集に一回のペースで掲載してゆきたいと思います。
 第171集は「秋山清と〈戦後〉という場所/「『最後の親鸞』からはじまりの宗教へ」で、12月下旬発行予定です。   (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 166」2017.9

 第169集は「〈心的なもの〉の根源へ/日本語の詩とはなにか」です。
 次集(第170集)は、「イメージの世界都市/宿沢あぐり「吉本隆明年譜(11)」で、10月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 165」2017.8

 第168集は「超人間、超言語/9条と日本の戦後思想」です。
▼暑いです。「真夏日」に「猛暑日」、「熱帯夜」。これが常態といった感じに、日本列島の気候も変化してしまったのでしょう。雨だって、1時間に100ミリなんて豪雨があちらこちらで降ります。いずれはこれにも慣れるのでしょうが、なかなかきついものがあります。
 第169集は「心的なものの根源へ/日本語の詩とはなにか」で、9月下旬発行予定です。                            (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 164」2017.7

 第167集は「宗教と思想のはざま/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(10)」です。
▼本集150頁最終行と151頁1行目が印刷過程で部分的に消えています。それをここに掲載します。申し訳ありません。   (松岡)
 「A propos des ecrivains et de leur responsabilite face a la guerre」(文学者と戦争責任につい
て)『JAPON DES AVANT BARDES 1910ー1970』(『前衛芸術の日本 910−197

『吉本隆明資料集』続刊予定

第168集 「吉本隆明が語る1〜7」(03年7〜10月)「もう一山当てたい人も」(06年7月)「ぼくのしょうらいのゆめ」(06年7月)「小説、古典の選び方」(06年8月)「この先の日本」(06年8月)「超人間、超言語」(06年9月)「現代の老い」(06年9月)「たたかってきた男」(06年8月)「現代詩最後の古典」(06年9月)「9条と日本の戦後思想」(08年12月)「大病を見つめ未踏を思索」(06年7月)「辺見庸」(06年8月)「物書きより生活者として」(06年12月)「人間消費社会」(06年12月)「文学・石仏・人性(下)」(74年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 8月発行予定

第169集 「銀座の思い出」(07年4月)「まだ考え中」(07年4月)「考えること忘れた日本人」(07年4月)「長老の智慧」(07年3月)「西川徹朗「無灯艦隊」(07年6月)「身近な平等から考えよう」(07年4月)「『心的現象論』を書いた思想的契機」(07年4月)「左翼・根拠地そして親鸞」(07年5月)「心的なものの根源へ」(07年6月)「日本語の詩とはなにか」(07年7月)「私の下町」(07年7月)「面影ラッキーホール」(07年7月)「9条は先進的な世界認識」(07年8月)「日本の家族を蝕む第二の敗戦」(07年9月)「船大工の親父が教えた戦場の死」(07年9月)「本多弘之『浄土』序文」(07年9月)「力振り絞った解説」(07年3月)「てんとう虫インタビュー」(07年4月)「若い詩人と自然」(07年4月)「この国はどこへいこうとしているのか」(07年6月)「歴史と宗教」(75年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 9月発行予定

第170集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(11)」/「ハイ・イメージ論」(86年)「イメージとしての世界都市」(86年)「スターリンがメジャーになるには?」(84年)
A5判200頁以上 頒価2000円(送料共) 10月発行予定

第171集 「秋山清と〈戦後〉という場所」(07年10月)「漱石と私」(07年10月)「僕達の親鸞体験」(07年10月)「老人は死を前提とした」(07年7月)「わたしと仏教1・2」(07年12月)「私の人生と読書」(07年12月)「『最後の親鸞』からはじまりの宗教へ」(08年1月)「私の三作」(07年12月)「サブ・カルチャーと文学」(85年)
A5判176頁 頒価1800円(送料共) 12月発行予定

第172集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(12)」/「日本人の場所」(88年)「1970年代の光と影」(90年)「宗教思想家親鸞」(90年)「わたしと仏教3」(07年12月)
A5判200頁以上 頒価2000円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 163」2017.6

 第166集は「歴史の「事実」をめぐって/言語論要綱」です。
▼待望の『吉本隆明全集』の「川上春雄宛全書簡」が刊行されました。
 吉本さんはわたしに、『試行』の復刻版(創刊号から第十五号)の刊行について、「あれで少しは川上さんに恩返しができたようにおもう」と言われた。それは長い間の川さんの労に報いることができたという安堵を語っているように、わたしには思えました。
▼第167集は「宗教と思想のはざま/宿沢あぐり『吉本隆明年譜(10)』で、7月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 162」2017.5

 第165集は「夏目漱石を語る/路地の家に移り住んで」です。
▼連休前に、久しぶりに屋根のトタンと外部の木部のペンキ塗りをやった。かなり痛んでいた箇所もあったけれど、まあ、これで当分はだいじょうぶだろう。ただ体調を第一に考えて、無理はせず、作業は午前中。残った分は日を空けて、余裕をもってやった。もう初夏だ。
▼第166集は「歴史の事実をめぐって/言語論要綱」で、6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 161」2017.3

 第164集は「鮎川詩の問題/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(9)」です。
▼フジ系列で『嘘の戦争』という連続ドラマがあったけれど、それよりも大阪の「森友学園」をめぐる一連の〈嘘の戦争〉がはるかにおもしろい。こんなことで怒ったり、呆れたりしても、仕方ないので、野次馬として見物するほかない。「アベ友学園」から「イナ(ダ)友学園」へ、また「アベ友学園」と嘘のポイントは移動し、登場する政治役者の下手な演技と、神国日本という虚妄の「大義名分」より〈利権〉と〈保身〉が優先するところがいい。これが日本の現状なのだ。
▼第165集は「夏目漱石を語る/路地の家に移り住んで」で、5月上旬発行予定です。
(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 160」2017.2

 第163集は「中原中也について/イエスとはなにか」です。
▼京都・三月書房の宍戸恭一さんが1月22日(享年95歳)が逝去されました。
 宍戸さんは、私の初めての著書『意識としてのアジア』の刊行に際してはご助力くださいました。また、その出版記念会にもわざわざ上京してくれました。そのとき一緒に新宿ゴールデン街の「まえだ」に行きました。「まえだ」の女主人が三好十郎の劇団の役者をされていたとのことでした。べつだん劇団のことや三好十郎の話はされませんでした。ただ顔を見にいったという雰囲気で、その温厚な姿が宍戸さんのお人柄を物語っているようでした。
 ご冥福を心より祈ります。

▼第164集は「鮎川詩の問題/宿沢あぐり「吉本隆明年譜(9)」で、3月下旬発行予定です。
(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 159」2017.1

 新しい年になりました。本年も宜しくお願いします。
 第162集は「〈真の人間解放〉とはなにか/心と言葉、そのアルケオロジー」です。
▼前集〈161集〉の「編集ノート」「現代にみる親と子」に関する事項を次のように、訂正いたします。
 *会場 愛知芸術文化センター
 *資料提供 宿沢あぐりさんを介して、公益財団法人愛知県文化振興事業団からご提供いただいたものです。
  (松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定

第163集 「中原中也について」(04年11月)「恋愛に残る明治の残滓」(04年11月)「江藤淳よ」(05年2月)「イエスとはなにか」(05年2月)「『広告批評』アンケート」(05年3月)「哲学者の食卓」(05年3月)「吠えた」(05年6月)「コンビニまで」05年5月)「頭が危なっかしくなったら」(05年7月)「天皇および家族をめぐって・前編」(89年)「超恋愛論」(04年11月)「雑音だけでなく」(04年12月)
A5判168頁 頒価1800円(送料共) 2月発行予定

第164集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(9)」/「文学の現在的課題」(74年)「鮎川詩の問題」(76年)「坂本龍一ツアー」(86年)
A5判212頁 頒価2000円(送料共) 3月発行予定

第165集 「藤井東先生のこと」(05年6月)「夏目漱石を語る」(05年7月)「老いの幸福感」(05年6月)「理想の可能性」(05年8月)「新約聖書」(05年8月)「石川九楊『二重言語国家・日本の歴史」(05年9月)「浮海啓第一詩集を推す」(05年9月)「どう生きる?これからの十年」(05年10月)「高次の短歌的表現」(05年11月)「路地の家に移り住んで」(05年12月)「日本人の宗教観」(06年1月)「太宰治との出会い」(06年1月)「肉フライ」(06年11月)「天皇制および家族について・後編」(89年)
A5判168頁 頒価1800円(送料共) 5月発行予定

第166集 「秋山清賛」(06年1月)「わたしの毛利ユリ」(06年1月)「原点は教育だった」(06年2月)「歴史の事実をめぐって」(06年4月)「文学交歓」(06年6月)「あの行動力の背後」(06年6月)「移行する身体」(06年6月)「言語論要鋼」(06年7月)「『文学・石仏・人性』座談(上)」(74年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 6月発行予定

第167集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(10)」/「宗教と思想のはざま」(79年)「先進資本主義社会の動向と日本の行方」(82年)「解体表現の段階にきたCM)(83年)
A5判200頁以上 頒価2000円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 158」2016.12

 第161集は「連合赤軍事件をめぐって/宿沢あぐり『吉本隆明年譜』(8)」です。
▼本集が今年最後の発行です。今年は発行を少し前倒ししました。どうしてかというと、昨年、お歳暮シーズンということで、朝8時半に連絡したのですが、集荷に来たのは夜10時でした。当方も待ちくたびれましたけれど、集配の人も気の毒なくらい疲れた様子でした。その轍を踏みたくないと思ったからです。
 皆さん、良いお年をお迎えください。
 第162集は、「〈真の人間的解放とはなにか〉/心と言葉、そのアルケオロジー」で、1月下旬発行予定です。             (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 157」2016.10

 第160集は「『遠い自註』に浮かぶ舟/持続あるのみ。やめたら、おしまい」です。
▼NHKの『とと姉ちゃん』を最初から終わりまで見ました。その関連番組で、モデルの大橋三姉妹の二女にインタビューしていました。「出演している人でどの男の人が良いですか?」という質問に、九二歳の彼女は「向井(理)さんです」と答えました。向井は風来坊の彼女たちの叔父役でした。ちゃんと見ているうえに、じぶんの好みもはっきりしていて、いいなあと思いました。
 第161集は「連合赤軍事件をめぐって/宿沢あぐり「吉本隆明年譜(8)」で、12月上旬発行予定です。
(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 156」2016.9

 第159集は「『行人』をめぐって/精神の考古学」です。
▼印刷ミスで、61ページと103ページの文字が部分的に消えていました。刷り直しも考えましたが、一人でやっている印刷所で、いつもお世話になっていますので言いにくく、貼って直しました。ご了承ください。
 第160集は「「遠い自註」にうかぶ舟/持続あるのみ。やめたらおしまい」で、10月下旬発行予定です。
 (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 155」2016.8

 第158集は「喩としての聖書/宿沢あぐり『吉本隆明年譜』(7)」です。
▼沖縄から発行されている『脈』90号は、「吉本隆明の『全南島論』」という特集を組んでいます。その中の宮城正勝さんの「『全南島論』の「まえがき」を読む」という論考に、「(テキストに対する敬意について)」という指摘があります。
 それを読んで、身が引き締まりました。
 第159集は「『行人』をめぐって/精神の考古学」で、9月下旬発行予定です。
 (松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 154」2016.7

▼第157集は「川上春雄さんを悼む/存在倫理について」です。
 雨と暑い日がつづいています。皆さんのご健康を祈ります。   (松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第158集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(7)/「新約的世界の倫理について」(68年)「喩としての聖書+質疑応答」(77年)
A5判208頁 頒価2000円(送料共) 8月発行予定

第159集 「別れの言葉」(02年8月)「『行人』をめぐって」(02年8月)「トルコ戦で負けて考えたこと」(02年8月)「知っている限りでSMAPのこと」(02年10月)「石原吉郎『北條』(02年12月)「戦時中と似てきた日本」(02年12月)「戦後史の難点とは」(02年12月)「谷川雁のことなど」(03年1月)「順おぢ第三台場」(03年1月)「精神の考古学ーー中沢新一『チベットのモーツアルト』」(03年4月)「負けるとわかっていても」(03年5月)「檀一雄『太宰と安吾』(03年5月)「三好十郎のこと」(03年6月)「島・列島・環南太平洋への考察」(03年6月)「天皇制と日本人」(03年6月)「国民は国家から自由だ」(03年8月)「メタファとしての現代」(85年11月)
A5判168頁 頒価1800円(送料共) 9月発行予定

第160集 「わたしのものではない〈固有〉の場所に」(03年9月)「遠い自註に浮かぶ舟」(03年10月)「折口信夫のこと」(03年10月)「高橋源一郎について」(03年10月)「沈黙しないという原則を作ってくれた人」(03年11月)「わが秘なる東京」(03年11月)「自己慰安から普遍性へ」(03年12月)「持続あるのみ、やめたら、おしまい」(03年12月)「詩と人生」(03年9月)「批評の骨格にあった詩」(03年10月)「いきいき大人見聞録」(03年12月)「情報と像」(88年)
A5判176頁 頒価1800円(送料共) 11月発行予定

第161集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(8)/「国家と宗教のあいだ」(70年)「連合赤軍事件をめぐって」(72年)「戦後思想の頽廃と危機」(72年)対談「現代における親と子」(94年)
A5判200頁以上 頒価2000円(送料共) 12月発行予定

第162集 「真の人間的解放とはなにか」(03年12月)「心と言葉、そのアルケオロジー」(04年1月)「詩と思想の六0年」(04年3月)「空閑地」(04年3月)「大衆の味方媚びず美化せず」(04年7月)「清冽な色彩と繊細な線に守られた前衛画家」(04年8月)「自分だけのあの味を求めて」(04年9月)「散歩者インタビュー」(04年11月)「そんな批評でいいのか」(88年)「批評と無意識をめぐって」(88年)「歴程賞」(03年12月)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 153」2016.6

 第156集は「死線を超えて/同時多発テロと戦争」です。
▼雨の多い季節となり、家の狭い庭は草木が生い茂って、消毒をしない関係で、かたつむりや毛虫がいっぱいです。
 第157集は「川上春雄さんを悼む/存在倫理について」で、7月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 152」2016.5

 第155集は「国家論/宿沢あぐり『吉本隆明年譜』(6)」です。
▼どうしても眼ばかり使うせいもあって、本を読めなくなっている。そこでもっぱらテレビだ。「とと姉ちゃん」「ラブソング」「重版出来」などのドラマ中心。「ラブソング」の藤原さくらが抜群にいい。
 第156集は「死線を超えて/テロと戦争」で、6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 151」2016.4

 第154集は「現在に見る理想社会への道/本多秋五さんの死」です。
▼春の明るい陽光と爽やかな風の中に立っていると、やはり季節のめぐりは心身にもよい影響を与えてくれるような気がします.
 第155集は、「国家論/宿沢あぐり「吉本隆明年譜(6)」で、5月上旬発行予定です.(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 150」2016.2

 第153集は「西川俳句について/討議 近代詩史」です。
▼「お詫びと訂正」(別紙))の通り、第152集収録の講演「幻想ーーその打破と主体性」に脱落がありました。
 京都の三月書房で購入された方からのご指摘で判りました。原因ははっきりしています。入力し校正したデータを保存していたUSBメモリーが壊れ、この講演のデータも失われました。体調が悪いこともあって、再入力しないで、最終段階の校正プリントを使って、版下を作成したからです。その復元作業の過程で、この大きなミスが発生したのです。
 これまで小さなミスは数々ありますけれど、これほど大きなミスは初めてです。今後、このようなことのないよう心がけます。

 第154集は「現在に見る理想社会への道/「本多秋五さんの死」で、3月末発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 149」2016.1

 第152集は「幻想ーーその打破と主体性/宿沢あぐり『吉本隆明年譜』(5)」です。
▼新しい年になりました。本年も宜しくお願いします。
 「イスラム国」に対する〈空爆や無人機による攻撃〉と〈無差別テロ〉とは、絶対に等価です。これはもう宗教対立の次元を超えた〈戦争〉です。わたしたちは難民であるかのように、その両方を否定する道を模索していくしかないと追います。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第153集 「西川俳句について」(00年7月)「討議 近代詩史」(74〜75年)
A5版184頁 頒価1800円(送料共) 2月発行予定

第154集 「現在に見る理想社会への道」(00年11月)「新しい資本主義が生み出す曖昧な個人」(00年11月)「親密な親子関係をどうつくるか」(00年12月)「私が選んだ二〇世紀の三冊」(00年12月)「本についての悪」(01年1月)「孤高の美」(01年1月)「つながりを生きる」(00年1月)「創像新世紀」(01年2月)「二十一世紀の最初の一日」(01年2月)「本多秋五さんの死」(01年3月)「絶対に違うことを言いたかった」(01年4月)「日本近代文学の名作をめぐって」(01年5月)「埴谷さんの訓戒」(01年5月)「どう考えたって僕も閉じこもりです」(01年7月)「小林秀雄の近代批評」(01年8月)コメント2つ
A5版168頁 頒価1800円(送料共) 4月発行予定

第155集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(6)」/幻想としての国家(67年)「国家論」(68年)
A5版200頁以上 頒価2000円(送料共) 5月発行予定

第156集 「老い、障害、呆け、死とは」(01年7月)「ファーブル『昆虫記』」(01年8月)「人は年をとる」(01年8月)「荒地とその時代」(01年8月)「死線を超えて」(01年8月)「全講演ライブ集序」(01年9月)「アジア的ということ」(01年9月)「ゆとりを掲げるなら」(01年10月)「宰相論」(01年10月)「見識を持つ」(01年10月)「世界の窓を開く表現」(01年10月)「米国テロと報復」(01年10月)「夢たちに寄せて」(01年10月)「同時多発テロと戦争」(01年11月)「テロと戦争」(01年12月)「表現にとっての現代」(79年5月)「書店を語る」(86年5月)「超資本主義段階の商環境デザイン」(94年7月)
A5版168頁 頒価1800円(送料共) 6月発行予定

第157集 「川上春雄さんを悼む」(01年12月)「川上春雄さんのこと」(01年12月)「克服紀」(01年12月)「浄土と老齢」(01年12月)「存在倫理について」(02年1月)「『日本書史』を読む」(02年1月)「反骨の数学者遠山啓」(02年2月)「秋元戯曲のある特色」(02年2月)「ニッポンを覆う戦後ボケ」(02年2月)「田中真紀子更迭劇」(02年3月)「精神分析事典」(02年3月)「メディアを読み解く技術とは」(02年5月)「私の視点」(02年6月)「まだ子供の政治」(02年7月)「私の文学」(02年8月)「メタファとしてのクラック」(85年9月)「ほがらか」(02年7月)
A5版168頁 頒価1800円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 148」2015.12

 第151集は「TVを読む/マルクスはヘーゲルを超えたか」です。
▼一年は早いです。歳をとったせいでしょう。
 日本も世界情勢も、混迷をきわめています。ますます困難は増すような気がします。そんな中でも、じぶんを見失わず、健やかに情況に対していくしかないように思います。
 みなさんのこの一年のご支援に感謝いたします。
▼第152集は、「幻想ーーその打破と主体性/宿沢あぐり『吉本隆明年譜(5)』」で、1月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 147」2015.11

 第150集は「江藤さんの特異な死/贈与の新しい形」です。
▼「資料集」は150集になりました。それと同時に、収録対象が発行を開始した2000年となりました。これ以降の吉本さんの遺された未収録の著作や発言はそんなに多くはありません。「資料集」の発行も《最終段階》に入ったといえます。
 そこで、今後の編集方針についてお知らせします。未収録のものを網羅するということは変わりません。
 それと、これまでは『吉本隆明全集』に収録されない主要な講演を再録してきました(本集でいえばヴェーユとホフマンスタール)。しかし、インターネット上で「183の講演」が公開されましたので、その必要は無くなりました。ただ、そこから漏れている講演については(『〈未収録〉講演集』のものは当然除きます)、できるだけ再録したいと考えています。
 もうひとつは、鼎談・座談会の記録を収録することから始めたこともあって、現在では入手しがたくなっている単行本として刊行された鼎談を〈初出形態〉で収録したいと思っています。
 ▼前号の「編集ノート」の、山崎博昭が殺された羽田闘争は1967年の間違いです。申し訳ありません。
 ▼第151集は、「TVを読む/マルクスはヘーゲルを超えたか」で、12月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 146」2015.10

 第149集は「知識人の自立の問題/宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(4)」です。
▼前号(148集)に収録の、弓立社『心とは何か』を底本とした「身体論をめぐって」について、次のようなご指摘がありました。

 「身体論をめぐって」の157〜158Pにかけて、精神医学者として〈リンサルナ〉というお名前が回ほど出てまいります。この精神医学者は〈ビンスワンガー〉ではないでしょうか?

 実は、以前『心とは何か』を読んだ時に〈リンサルナ〉って誰だろうと疑問に思いました。ネットや辞典等をみてもその名前は見当たらず、疑問はそのままでした。
 その後、読み返す機会があり、その時に『心的現象論本論』の「身体論4フッサール・ヤスペルス・ビンスワンガーの身体論」の43P〜44Pの記述と類似していることに気が付きました。

 そして、『吉本隆明五十度の講演』の中の「21 心的現象論をめぐって」、これは元になった講演だと思いますが、再度聞き返してみたところ、たしかに〈リンサルナ〉と思って聞けば〈リンサルナ〉と聞こえないこともないのですが、〈ビンスワンガー〉と思って聞くと〈ビンスワンガー〉と聞こえてきました。
 話の内容〈夢の中での身体の上昇や落下〉から判断しても〈ビンスワンガー〉で間違いないのではないかと思います。


 ご指摘くださった酒井さんに感謝いたします。
 ▼第150集は、「江藤さんの特異な死/贈与の新しい形」で、11月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 145」2015.8

 第148集は『近代の果て、現在の果て/日本文化の特質』です。
▼吉本さんと鮎川信夫との決裂については、いろんなことが言われています(芹沢俊介や瀬尾育生など)が、本集収録の「交友を絶つ決定的な“その日”」は、吉本さんがそれについて率直に述べたものと考えます。
▼第149集は、「知識人の自立の問題」と「宿沢あぐり「吉本隆明年譜(4)」で9月末発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 144」2015.7

 第144集は「日本アンソロジーについて」/「未来への手がかり」です。
▼政府が現行憲法を遵守しないという無法政治状態に陥っているにも関わらず、平然と居直り、言論統制を強化し、ファシズムの道を突き進んでいます。大衆は支配体制を〈模写〉し、国家はその〈鏡〉であるという、根深い敗北の構造を打破することは難しいと言えるでしょう。わたしたちはおのれの尊厳において、この情況に真向うしかないと思います。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第148集 「近代の果て、現在の果て」(99年3月)「親鸞、そして死」(99年5月)「交友を断つ決定的なその日」(99年6月)「不況とリストラの話」(99年6月)「テレビばっかり観てるぜ」(99年6月)「日本文化の特質」(99年6月)「敗戦の日本人にとっての意味」(99年8月)「高度消費社会への過渡期」(99年8月)「私のなかの少年」(99年9月)「少年はあくまでも少年なんですよ」(99年7月)「時制こだわり文体づくり」(99年7月)「色彩論」(69年)「思想としての身体」(69年)「身体論をめぐって」(85年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 8月発行

第149集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(4)」/「自立的思想の形成について」(67年)「調和への告発」(67年)「個体・家族・共同性としての人間+質疑応答」(67年)鼎談「知識人の自立の問題」(63年)
A5判204頁 頒価2000円(送料共) 9月発行予定

第150集 「江藤さんの特異な死」(99年9月)「大衆の原像を求めて」(99年10月)「贈与の新しい形」99年10月)「2000年を前に」(99年12月)「カリスマ的」(00年1月)「田近さんは日本で屈指のインタビュアーだ」(00年2月)「本当の国防とは」(00年2月)「考えるべきいちばんのポイントとはなにか」(00年3月)「私のテレビ日誌」(00年5月)「中学生の教科書」(00年6月)「シモーヌ・ヴェーユの意味」(79年7月)「ホーフマンスタールの視線」(79年11月)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 11月発行予定

第151集 「TVを読む」(00年4月〜01年3月)「書斎と茶の間からみたテレビ」(83年11月)「映像はどこへ行くのか」(88年4月)「考えるということ」(00年6月)「ひとつの感想」(00年8月)「日本資本主義に逆らう独立左翼」(00年9月)「マルクスはヘーゲルを超えたか」(00年9月)「掲示板」(00年10月)「将たる器の人」(00年10月)「大人になるということ」(99年9月)「自分の実感から解決の糸口を」(99年10月)「明石町」(94年12月)
A5判168頁 頒価1800円(送料共) 12月発行予定

第152集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜(5)」/「幻想ーーその打破と主体性」(67年)「再度情況とはなにか+質疑応答」(67年)「人間にとって思想とはなにか」(67年)
A5判200頁以上 頒価2000円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 143」2015.6

 第146集は「宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(3)」/国家・家・大衆・知識人」です。
 だんだんボケてきているようで、ミスが多くなっています。しかし、わたしはそれを言い訳にするつもりはありません。殊に、経理事務で不審に思われた場合はご一報くださるようお願いします。
 第147集は、「日本アンソロジーについて」「未来への手がかり」で7月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 142」2015.5

 第145集は「あの頃二人は/戦後思想の系譜」です。
▼『吉本隆明全集』第8巻「言語にとって美とはなにか」が刊行されました。これは角川ソフィア文庫版を底本として、『試行』初出、勁草書房単行本、全著作集版、角川文庫版、角川選書版のすべてを参照し、本文を画定しています。また引用についても綿密な校訂を施し、まさに〈決定版〉といえるものです。この機会に再読したいと思っています。
 第146集は「宿沢あぐり『吉本隆明年譜(3)』/国家・家・大衆・知識人」で、6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 141」2015.3

 第144集は「中原中也・立原道造/小林秀雄を読む」です。
 作業に使っていたUSBメモリーが突然開かなくなりました。それにはこの半年くらいの入力や校正のデータが入っていて、それが〈全滅〉という事態に直面したのです。それで業者にデータの復旧を依頼したのですが、一部しか復元されませんでした。フロッピーと違って、USBメモリーは壊れにくいと思っていたのが甘かったです。気を取り直して、少しづつやり直しています。もちろん、作業はデスクトップでやり、二つのメモリーに保存することにしました。皆さんも気をつけてください。
 第145集は「あの頃二人は/戦後思想の系譜」で5月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 140」2015.2

 第143集は「知識人ーその思想的課題」「宿沢あぐり『吉本隆明年譜(2)』」です。
 宿沢さんの「吉本年譜」では、これまで知られてなかったことが幾つか明らかにされています。「仁木郁蔵」名義の編著もそのひとつです。
 第144集は「中原中也・立原道造/小林秀雄を読む」で3月発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 139」2015.1

 第141集は「写生の物語(下)/実朝論」です。
▼新しい年になりました。本年も宜しくお願いします。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定

第143集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜1951〜1959」/「日本文学の現状+質疑応答」(66年)「自立の思想的拠点」(66年)「知識人ーーその思想的課題+質疑応答」(66年)
A5判192頁 頒価1800円(送料共) 2月下旬発行予定

第144集 「三木成夫「ヒトの身体」に感動したこと」(97年7月)「中原中也・立原道造」(97年7月)/「文芸批評とはなにか」(70年5月)「小林秀雄を読む」(86年10月)「小林秀雄と古典」(87年11月)
A5判176頁 頒価1800円(送料共) 4月発行予定

第145集 「江東往還」(97年6月)「日本のジャーナリズムを考える」(97年9月)「称名ホテルの一夜」(97年9月)「僕が考える純愛のゆくえ」(97年9月)「私と文春文庫」(97年12月)「私の好きな歌」(98年1月)「たけしへの手紙」(98年2月)「あの頃二人は」(98年2月)「戦後思想の系譜」(98年3月)「ニュースキャスターはダメなのばっかりですよ」(98年3月)「自著への想い」(98年5月)「太宰治を読む」(98年6月)「評論生活を総括」(98年1月)「本と人」(98年2月)「豊かな人類史の母体を示す」(98年6月)/「高村光太郎と夏目漱石+質疑応答」(67年)「高村光太郎について」(68年)
A5判180頁 頒価1800円(送料共) 5月発行予定

第146集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜1960〜1963」/「情況とはなにか」(66年)「国家・家・大衆・知識人+質疑応答」(66年)「現代とマルクス 質疑応答」(67年)
A5判180頁 頒価1800円(送料共) 6月発行予定

第147集 「日本アンソロジーについて」(98年9月)「死について語る」(98年12月)「未来への手がかり」「不透明な時代から」(98年1月)「特殊」(99年2月)「ホームページを開くにあたって」(99年2月)「保存板は文庫で」(99年1月)「吉本さんの話」(99年1月)/「北村透谷と近代」(68年)「近松論」(74年)「谷川雁論」(72年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 138」2014.12

 第141集は「荒木写真とはなにか/村上春樹『アンダーグラウンド』批判」です。
▼来年1月10日(土)にNHKのEテレで「戦後史証言プロジェクト・吉本隆明」が放送される予定と聞いています。
 今年のご支援に感謝いたします。皆さん、よいお年をお迎えください。
▼第142集は「写生の物語(下)/実朝論」で1月下旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 137」2014.11

 第140集は「フーコーについて/プレ・アジア的ということ」です。
▼みっともないことですが、本集の「編集ノート」に脱字がありました。それは164頁4行目です。そこを《目が不自由なため、》と訂正します。
 ミスは〈つきもの〉と考えていますが、それにしても‥‥‥と思います。
▼第141集は「荒木写真とはなにか/村上春樹『アンダーグラウンド』批判」で12月中旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 136」2014.10

 第139集は「表現論/『宿沢あぐり「吉本隆明年譜」(1)」です。

▼朝晩、涼しくなりました。年のせいだと思いますが、最近は疲れやすくなっています。いまさら急ぐことはありませんから、疲れたら、休むようにしています。
 皆さんの健康を祈ります。
▼第140集は「フーコーについて/プレ・アジア的ということ」で11月上旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 135」2014.8

 第138集は「文学の戦後と現在/『死霊』考』です。

▼高知は8月に入ってから豪雨続きです。台風12号の雨で家の前の旭川というどぶ川は氾濫寸前になりました。高知市は1日から4日まで803ミリ、年間雨量の3割以上。
 さらに台風11号は高知県を直撃し、大荒れでした。土砂崩れや亀裂が生じた地域は、住民がいまだに避難しています。
 地球温暖化の影響でしょうが凄いものがあります。

▼第139集は「表現論/宿沢あぐり『吉本隆明年譜』(1)」です。9月下旬発行予定。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 134」2014.7

 第137集は「日本的なものとはなにか/詩はどこまできたか」です。
▼「集団的自衛権の行使」を自民党と公明党が閣議決定しました。
 わたしは高村光太郎の「根付けの国」という詩を痛切に思い起こしました。
 日本も日本人もどうしようもなく〈卑屈〉です。もちろん、わたしもその一人です。
 「日本国憲法 第二章第九条」には、

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 とあります。
 これは明確な規定であって、どのように拡大解釈しても「集団的自衛権の行使」などというものに行きつくはずはありません。
 負け犬根性の抜けない国粋主義者や歴代の姑息な政権担当者がいうように、この憲法は占領軍に押しつけられたものであり、また現在の愚劣で切実な国際情勢に適合しないものだというなら、堂々と〈主権在民〉の憲法に則って、国民投票によってその〈総意〉を問うべきです。
 それを卑劣にも回避した「解釈改憲」などという政治的手段を弄するところに、この国の腐敗は極まったといえるでしょう。だいたい、「国民」を欺いて「国を守る」もなにもあった話ではないのです。
 全部が共犯なのです。このツケは必ずわれわれの歴史のうえにはね返ってくると、わたしは思います。安倍首相は、岸信介と同じように、いわば未来の戦犯であるといっても過言ではありません。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定

第138集 「池の蓮・エノコロ草・八ツ頭」(96年1月)「ヨブの主張」(96年1月)「文学の戦後と現在」(96年2月)「私の好きな三島作品」(99年7月)「『死霊』考」(71年3月)「文学における初期・夢・記憶・資質」(70年11月)「言葉の顔」(96年2月)「山下菊二展」(96年3月)「ニュースの読み方」(96年6月)「安くして多くの人に」(96年3月)「自由価格本」(96年6月)「モノの値段は消費者が」(96年10月)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 8月下旬発行

第139集 宿沢あぐり「吉本隆明年譜」[1924〜1950]/「戦闘の思想適度第について」(61年)「情況と文学」(62年)「情況への発言」(63年)「情況が強いる切実な課題とはなにか+質疑応答」(63年)「反権力の思想的情況批判」(63年)「国家のイメージと大衆ナショナリズム」(65年)「表現論」(66年)「表現論(続)」(66年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 9月発行予定

第140集 「小説がここから始まるために」(96年4月)「二〇世紀の名著1〜3」(96年5月)「プレ・アジア的ということ」(96年4月)「母型論と大洋論」(96年4月)「フーコーについて」(96年6〜8月)村上龍『ヒュウガ・ウィルス』」(96年7月)「日本語の遺伝子をめぐって」(96年8月)「『神の仕事場』をめぐって」(96年10月)「二十一世紀への提言」(96年9月)「辺見庸『赤い橋の下のぬるい水』」(96年11月)「荒川洋治」(96年11月)「稲川方人」96年11月)「溺体始末記」(96年10月)
A5判168頁 頒価1800円(送料共) 11月発行予定

第141集 「安原顯について」(96年11月)「包括的な倫理の構築を目指す」(96年11月)「世紀末を解く」(97年1月)「大塚英志『彼女たちの連合赤軍』(97年1月)「現代を語る」(97年2月)「いつもの年の晴れの日」(97年3月)「普遍的なポエジーへ向けて」(97年3月)「賢治の世界」(97年3月)「夏目漱石『硝子戸の中』(97年5月)「村上春樹『アンダーグラウンド』批判(97年6月)「戦後価値観をひっくりかえしたオウムと大震災」(97年5月)「放送にとって批評とはなにか」(97年6月)「荒木写真とはなにか」(97年7月)「現代詩の孤立を擁護する」(66年)「戦後詩とはなにか」(67年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 12月発行予定

第142集 「写生の物語(下)」(『短歌研究』1997年1月号〜11月号)「おふでさきの世界」から「短歌の現在」まで/「実朝論」(69年)
A5判180頁 頒価1800円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 133」2014.6

 第136集は「情況との対話3/現在をどう生きるか」です。
▼四国も梅雨入りしました。蒸し暑い日が続いています。
 前回、できるだけ〈講演〉を再録していきたいと言ったのですが、その際、講演のあとの「質疑応答」が残されているものは、併せて収録したいと考えています。
 それが「資料集」の発行意義のひとつだと思っています。
▼第137集は「日本的なものとはなにか/詩はどこまできたか」で7月下旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 132」2014.5

 第135集は「ヘーゲルについて/廣松渉の国家論・唯物史観」です。
▼「吉本隆明資料集」は、いつまでつづくのかと思われている人は多いでしょう。
 わたしは、自家製の「未収録リスト」に基づいて、順次入力していって、所定の頁数に達したら、それを〈1集分〉とするという方法を採っています。従って、いまの段階で、いつまで、第何集までと明確にいうことはできませんけれど、現状は報告できます。
 現在、校了になっているのは第142集まで。入力作業は第150集目(年代でいえば2000年)をやっています。それ以降の吉本さんの未収録の著作や発言は少なくなっていますから、最終段階に近づいているといえます。
 ただ、晶文社の『吉本隆明全集』が講演や対談については、主要なものしか収録しないことになっていますので、〈講演〉についてはできるだけ再録することにしました。
 それともうひとつ、講演の録音は存在していても、一度も文字化されていないものがあります。これらは貴重ですが、残念ながら〈労力〉的にも〈資金〉的にも、わたしの力では無理だと思っています。
 わたしは、発行を〈引き伸ばす〉つもりも、〈切り上げる〉つもりもありません。事情の許すかぎり、これまで通り、おつきあいいただければありがたいです。
▼第136集は「情況との対話3/現在をどう生きるか」で6月中旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 131」2014.3

第134集は「写生の物語(上)/古代歌謡論」です。
▼来月から消費税が上がることもあって、今回は発行を早めました。これは書店で購入されている方の負担を増やさないためです。
▼待望の『吉本隆明全集』の刊行が始まりました。綿密な編集作業により〈本文〉を確定した決定版だと思います。そして、なによりも勁草書房の『全著作集』と比較すると、判型も、文字も大きく、はるかに読みやすくなっています。
 他人に推奨するよりも、自分が読むことが優先すると思い、読み始めました。
 わたしの場合、吉本さんを同時代的に読んだのは1970年代からです。それ以前のものは、詩と主要なものを除けば、右も左も判らない状態で、しかも中腰で辿った記憶しかなく、ほんとうに読んでいるとは言い難い面があります。この機会に、ちゃんと読むことにしました。
 第6巻は、若い大江健三郎や石原慎太郎などの批判から始まっています。それはとても〈現在的〉な気がしました。反原発の旗頭の大江、また日本維新の会の共同代表でナショナリズムへの回帰を推進する石原、それらへの評価は、すでにこの時点で根底的になされていると思いました。
▼第135集は「ヘーゲルについて/廣松渉の国家論・唯物史観」で5月上旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 130」2014.2

 第133集は「『全共闘白書』を読んで/根柢への出立に向けて」です。
▼4月から消費税が上がることもあって、「資料集」は各集1800円という頒価になりました。これは5冊分で、以前刊行されていた『吉本隆明全講演ライブ集』1号分(CD6枚とテキスト)と同額ということです。それに匹敵するかどうかは分かりませんが、これが頒価の限界線だろうと思っています。

▼経理事務は、間違いのないように心掛けていますが、それでも、ときどきミスがあります。例えば、振替用紙を間違って封入してしまうようなミスです。おかしいと思われましたら、遠慮なくご連絡ください。

▼第134集は、「写生の物語(上)/古代歌謡論」で3月下旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 129」2014.1

 第132集は「幸田文について/大衆の原像」です。
 新しい年になりました。本年も宜しくお願いします。
 世の中はきびしさを増すと思いますが、初志を忘れずにがんばります。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定

第133集 「『全共闘白書』を読んで」(95年3月)「大学論」(69年1月)「自立と反逆の拠点」(69年3月)「敗北の構造」(70年6月)「擬制の終焉以後十年』(70年7月)「共同観念の文化と創造』(70年11月)「世界ー民俗ー国家空間と沖縄」(71年6月)「思想的課題としての情況」(71年6月)「国家・共同体の原理的位相」(71年12月)「根柢への出立に向けて」(72年1月」
A5版184頁 頒価1800円(送料共) 2月下旬発行予定

第134集 「写生の物語(上)」(『短歌研究』(1995年4月号〜96年8月号)「起源以前のこと」から「明石海人の場合」まで/「古代歌謡論」(74年)
A5版180頁 頒価1800円(送料共) 3月発行予定

第135集 「哺育器の中の人間」(95年7月)「現代という時代=状況論」(95年7月)「『セキュタリアン』インタビュー」(95年7月)「いじめの時代の子どもたちへ」(95年8月)「ほんたうの神様と科学」(95年8月)「戦後を超える指向」(95年8月)「廣松渉の国家論・唯物史観」(95年8月)「戦後50年から8・15を見る」(95年9月)「ヘーゲルについて」(95年9月)「ハムレットについて」(95年)
A5版168頁 頒価1800円(送料共) 5月発行予定

第136集 「情況との対話・3」(『サンサーラ』1995年10月号〜97年4月号)「フランス・中国の核実験をめぐって」から「従軍慰安婦問題考」まで/「現在をどう生きるか」(95年9月)
A5版184頁 頒価1800円(送料共) 6月発行予定

第137集 「日本的なものとはなにか」(95年10月)「角川春樹『檻』」(95年10月)「近代国家の枠を超える力」(95年10月)「私の野茂秀雄論」(95年11月)「詩はどこまできたか」(95年11月)「より普遍的倫理へ」95年12月」「全共闘おじさんオウム・サリン事件を語るに応えて」(95年12月)「親鸞の造悪論」(95年11月)「島尾伸三『生活』」(95年11月)「日本の小説が変わるために」(95年12月)
A5版168頁 頒価1800円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 128」2013.12

「吉本隆明資料集」第131集は「総論 柳田国男」です。
▼「特定秘密保護法案」が自・公・みんなの党の賛成で、衆議院を通過しました。こんな悪法は「主権在民」という憲法に反するものであることは歴然としています。また、NHKを筆頭にテレビを中心とする報道機関は、政府御用機関と化してきています。
 東アジアの全体的な情勢は、閉塞感を増し、欧州共同体のように国家を開く方向ではなく、国家を閉ざし、ナショナリズムを煽り、反日の度を深める封鎖に向っています。
 こんな情況に対する批判の声は、たとえ一人であっても有効です。なぜなら、少なくとも自分はこう思っているということだからです。これは本質的に「マス」とは真逆であると思います。
 第132集は「幸田文について/大衆の原像」で1月中旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 127」2013.11

「吉本隆明資料集」第130集は「心について/自衛隊「合憲」論の歴史的犯罪」です。
▼自民党安倍政権は「集団的自衛権」の拡大解釈をはじめとして、「積極的平和外交」などと称して戦争体制の構築を着々と推進しています。この大日本帝国への先祖返りの目論見と島国根性の画策は上滑りすることは確実です。なぜなら、すでに日本は高度消費社会に突入しており、少子高齢化が進んでいますので、いくら命令系統の法的整備をしても、その笛で踊ることはないと思われるからです。しかし、国家支配の強化によって、圧迫感は増しています。もちろん、来年4月からの消費税の増税もその一つです。
 「資料集」の発行も、その影響を避けることはできません。でも、できるだけ読者に負担をかけないようにしたいと考えています。
▼『思索と生活』の第2号(1961年12月発行)を探しています。ご存知の方は連絡ください。
 第131集は、「総論 柳田民俗学」で12月上旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 126」2013.10

「吉本隆明資料集」第129集は、「政治・経済・社会を讀む/鴎外と漱石」です。

 吉本さんの『老いの流儀』や『老いの幸福論』『老いの超え方』などは、元気なうちは他人事のように思えるところもあったのですが、還暦をすぎて、しだいにじぶんが〈老い〉に直面するようになってくると、その痛切さが増してきました。
 吉本さんの思想論や文芸批評とは関係ない、老齢の人が読んでいると知り、その意義はやはり大きいのだと思いました。それこそが思想の〈底力〉ではないでしょうか。

 第130集は、「心について/自衛隊合憲論の歴史的犯罪」で11月上旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 125」2013.7

「吉本隆明資料集」第128集は、「消費のなかの芸・下」です。

 まだ暑い日が続いています。高知県の四万十市の江川崎が41度になり、国内で最高気温を記録しました。盆地的な地形で、冬は寒く、夏は暑いところなので、そうなったのでしょう。また降水量も少なく、ダムの貯水量は減り、水不足が懸念されています。庭の草木も焼けた感じになっています。でも、日がだんだん短くなりますので、凌ぎやすくなるはずです。

 第129集は、「政治・経済・社会を讀む/鴎外と漱石」で9月下旬発行です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 124」2013.8

「吉本隆明資料集」第127集は、「情況との対話2/現代とマルクス」です。
 暑いです。この夏はとくに暑いような気がします。みなさんのご健康を祈ります。(松岡)


『吉本隆明資料集』続刊予定

第128集 「消費のなかの芸・下」(『CUT』1994年7月号〜98年1月号)
「ねじまき鳥クロニクル」から「アニマル・ロジック」「患者よ、がんと闘うな」「突破者」「闇に消えた怪人」「崇徳伝説殺人事件」「失楽園」「神戸タンク山事件」「HNNAーBI」「カール・セーガン科学と悪霊を語る」/「障害者問題と心的現象論」(79年)「浜田知章小論」(56年)「感想」(60年)「つぶやきにのる俳句」(90年)
A5判172頁 頒価1800円(送料共) 8月発行予定

第129集 「政治・経済・社会を讀む」(『八重洲レター』15号(94年7月)〜26号(97年1月)/「鴎外と漱石」(71年)「漱石をめぐって」(83年)「漱石のなかの良寛」(84年)「鴎外・漱石の見た東京」(86年)「ぼくの見た東京」(87年)
A5判180頁 頒価1800円(送料共) 9月発行予定

第130集 「まだ飲まないコーヒーの話」(94年9月)「追悼にならない追悼」(94年10月)「『ねじまき鳥クロニクル』は愚作中の愚作か」(94年10月)「原子力・環境・言葉」(94年10月)「遥かなる米沢ロード」(94年10月)「金杉忠男と中村座の初印象」(94年11月)「心の理路について」(94年11月)「大学をよくする方法」(94年12月)「三島由紀夫と戦後50年」(94年12月)「土俵は舞台、力士は役者」(95年1月)「戦後思想史から現代思想史へ」(94年1月)「自衛隊「合憲」論の歴史的犯罪」(95年1月)「心について」(95年1月)「源氏物語と現在」(86年)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 11月発行予定

第131号 「総論 柳田民俗学」(94年12月)「共同幻想論の空間と時間」(86年)「詩魂の起源」(87年)「わが歴史論」(87年)「幻の王朝から現代都市へ」(87年)「遠野物語別考」(83年)
A5判180頁 頒価1800円(送料共) 12月発行予定

第132集 「生命について」(94年12月)「敗戦から50年経った」(95年1月)「幸田文について」(95年1月)「社会的な死と自然な死」(95年1月)「東京論」(95年1月)「赤瀬川原平の路上観察学」(95年1月)「美しき哀愁アナクロ人間への旅」(95年2月)「消費が問いかけるもの」(95年2月)「世紀末を語る」(95年2月)「大衆の原像」(95年3月)「萬有対談」(95年5月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 123」2013.6

「吉本隆明資料集」第126集は「論争の流儀と決着の仕方/室生犀星」です。

▼「資料集」を続けていて良かったと思うのは、今回の「室生犀星」のような、一般には知られていない講演などが見つかることです。宿沢あぐりさんのお蔭です。

 第127集は、「情況との対話2/現代とマルクス」で、7月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 122」2013.5

「吉本隆明資料集」第125集は「あかるい太宰、くらい太宰」です。

 待望の吉本さんの「全集」が刊行されることになりました。
 来春刊行開始予定で、版元は晶文社、編集は間宮幹彦さんです。

 第126集は、「論争の流儀と決着の仕方/室生犀星」で6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 121」2013.3

「吉本隆明資料集」第124集は「二葉亭の文學/三木成夫さんについて」です。

 前号の宿沢あぐりさんの「入試問題に採用された吉本さんの作品」に関連して、読者からデータが寄せられました。その人の集められたデータによれば、99件もありました。

 また、宿沢さんの資料蒐集も滞ることなく持続されています。『銀行員の詩集』に寄せられた「感想」という一文と、俳句についてのエッセイが新しく発見されています。

 第125集は、「あかるい太宰、くらい太宰」で5月中旬発行予定です。(松岡)


 [松岡祥男「吉本隆明さんと高知」(『高知新聞』2013年3月18日号「所感雑感」欄)コピー掲載]

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【猫やしき】@「猫々だより 120」2013.2

「吉本隆明資料集」第123集は「物語の中のメタファー・心の病の時代」です。

 過日、読者から『食べものの話』に収録した「わたしが料理を作るとき」に間違いがあるという指摘がありました。
 それは「資料集120」53頁です。「そして家事から解放されたり、解放されなかったりする女たちを」は「解放されたがったりする女たちを」だったというのです。その人は原稿を見たことがあるから確かだと言われました。
 わたしは、初出の『マイ・クック』、『詩的乾坤』(国文社)、さらに採録の『Q』、丸山学芸図書版の『食べものの話』にあたりましたが、すべて「資料集」と同じです。その人の言われる通りだとすれば、初出段階で間違ったものと思われます。これは、いまさらどうすることもできないと思います。

 第124集は、「二葉亭の文学・三木茂夫さんについて」で4月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 119」2013.1

 「吉本隆明資料集」第122集は「イメージ論1993〜1994」です。
 新しい年になりました。今年もよろしくお願いします。
 裏面の「毎日新聞」の吉本さんの講演の要約紹介記事は、脇地炯さんが執筆されたものです。当時の反応を知るうえで貴重と思い、掲載することにしました。(松岡)


『吉本隆明資料集』続刊予定

第123集 「出口裕弘『夜の扉』」(93年4月)「吉本ばななをめぐって」(93年5月)「諸悪の根原は民主・平等の思想」(93年5月)「『鳩よ!』に寄せる言葉があれば」(93年6月)「茂吉の短歌を読む」(93年7月)「物語の中のメタファー」(93年8月)「心の病いの時代」(93年9月)「ブッダの実在性から究極の宗教的倫理まで」(93年9月)「笠原さんのいちばん重要な思想」(93年9月)「私の京都感」(93年10月)「こころの世紀」(93年12月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 2月下旬発行予定

第124集 「二葉亭の文学」(93年9月)「外側の文学としてのビジネス書」(93年10月)「三木茂夫さんについて」(93年11月)「『共同幻想論』を語る」(93年12月)「社会党あるいは社会党的なるものの行方」(93年11月)「青年とはなにか」(66年)
A5判180頁 頒価1800円(送料共) 4月発行予定

第125集 「あかるい太宰、くらい太宰」(『ちくま』94年1月号〜4月号)
「物語のドラマと人称のドラマ」(88年10月)「今、なぜ太宰治なのか」(88年10月)「心身健康な時期の太宰治」(06年11月)
A5判180頁 頒価1800円(送料共) 5月発行予定

第126集 「平林一様」(93年11月)「佐藤泰正著作集」(94年4月)「論争腺の話」(94年5月)「論争の流儀と決着の行方」(94年5月)「自然と倫理の中の透谷」(94年6月)「芥川龍之介」(94年7月)「最近の日記から」(94年9月)「言語と経済をめぐる価値増殖・価値表現の転移」(94年10月)「室生犀星」(88年)「イメージとして都市をとらえる」(90年)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 6月発行予定

第127集 「情況との対話2」(『サンサーラ』1994年6月号〜95年9月号)
「政治過程の病理」から「票の構図」まで/「現代とマルクス」(68年8月)
A5判184頁 頒価1800円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 118」2012.12

 「吉本隆明資料集」第121集は「社会風景論」です。
 今年も終わりです。3月に吉本隆明さんが亡くなられ、10月には奥様の和子さんが亡くなられました。ほんとうにつらい年となりました。
 吉本さんの遺された単行本未収録の著作や講演などを蒐集し、誰でも容易に読めるようにすることが「資料集」発行の目的の第一です。宿沢あぐりさんの驚異的な探索(努力)により、樋口和彦さんとの対談「未来元型を求めて」や、日本近代文学館における講演「室生犀星」も発見されています。これらも順次収録していきたいと思っています。
 みなさん、良い年をお迎えください。
 第122集は、「イメージ論1993〜1994」で1月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 117」2012.11

 吉本和子さんが、10月9日に逝去されました。
 心からご冥福を祈ります。
                         松岡祥男
   [写真略]
     (写真中央が和子さん。撮影は藤井東さん。1999年8月7日土肥)

 「吉本隆明資料集」第120集は「食べものの話」です。
 本集の巻頭の「卵をめぐる話」は、わたしの大好きな吉本さんのエッセイです。『食べものの話』が刊行された時に、版元の人にこのエッセイのことを言ったのですが、増補版にも収録されませんでした。
 第121集は「社会風景論」で12月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 116」2012.10

「吉本隆明資料集」第119集は「情況との対話1」です。
▼いま、吉本さんに関する二つの資料を探しています。
 ひとつは大学入試問題に『言葉という思想』の中から「幻想論の根柢」が使われたことがあったと記憶します。もうひとつは共産同叛旗派が分裂した際、三上治が「個人的政治集会」を開き、吉本さんを講演者として招いています。それに先立って神津陽らが講演を中止するよう申し入れを行ない、吉本さんはその時神津陽らに文書を手渡しています。その一部が機関誌「叛旗」に掲載されていたと記憶します。
 この二つについて、ご存じの方はご一報ください。
▼第120集は、「食べものの話」で11月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 115」2012.9

「吉本隆明資料集」第118集は「死の概念の変遷/日本語を遡行する」です。
▼最近、気がついたのですが、吉本さんの古くからの読者は、どうしても主要な著作を主に考えます。そのため、例えば『ひきこもれ』や『13歳は二度あるか』などの語りをベースにした本が、若い人に与えている影響を見過ごしがちです。でも、じぶんが『敗北の構造』を読んだ時のことを思えば、本質的には変わらないはずです。わたしたちは「否応なしにこの世界で生きていかねばならない」のですから。
▼第119集は、「情況との対話1」で9月末発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 114」2012.8

「吉本隆明資料集」第117集は「時代という現場・茂吉短歌の初期」です。

▼吉本さんが亡くなられてから、新聞や雑誌などでたくさんの発言がなされています。それは、その影響力の巨大さを示すものですから、当然だと思います。しかし、死者を悼む気持ちすら喪失したような、恥知らずで、手前味噌なものも少なくありません。
 わたしが読んだ中で、これが〈ほんとうの追悼文〉というものだと思ったのは、田中眞人「吉本隆明さんのかすかな思い出をたどって」(『Myaku』第12号)でした。
 その反対に、もっとも卑劣なのは芹沢俊介でした。彼は、完全に〈デマゴギーの徒〉へ転落したのです。
 吉本さんは、それぞれの思い出と、遺された著作や発言の中にしかいません。そこに吉本さんは確かに生きています。(松岡)
                                     

『吉本隆明資料集』続刊予定

第118集 「死の理念の変遷」(93年3月)「二度きた北山修さん」(93年3月)「宮沢賢治 詩と童話」(93年2月〜6月)「日本語を遡行する」(93年4月)「〈死〉の構造」(88年6月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 8月下旬発行予定

第119集 「情況との対話1」(『サンサーラ』93年4月号〜94年6月号)「小びとたちの大騒ぎ」から「政治過程の病理」まで/「〈アジア的〉ということ」(79年)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 9月発行予定

第120集 「食べものの話」(『Q』30号1994年12月〜63号2000年1月)/「卵をめぐる話」(93年4月)「そば開眼」(98年11月)「佐渡、洗練の味」(03年9月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 11月発行予定

第121集 「社会風景論」(『産經新聞』93年4月〜94年7月)/「シモーヌ・ウ゛ェイユの現在」(93年1月)「ハイ・イメージ論と世界認識」(93年9月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 12月発行予定

第122集 「イメージ論1993〜1994」(『新潮』93年9月号〜94年8月号)「奇妙な世界に行く」から「経験値の世界」まで/「ドストエフスキーのアジア」(81年)「未来元型を求めて」(89年6月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 1月発行予定 

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【猫やしき】@「猫々だより 113」2012.6

「吉本隆明資料集」第116集は「漱石的時間の生命力・『遠野物語』と『蒲団』の接点」です。

▼吉本さんが逝去されてから痩せました。身長は162くらいなのですが、体重が47キロくらいになったのです。ご飯はちゃんと食べているのですが‥‥‥。それに加えて、「追悼文」をどうしても見てしまいますので、それが精神衛生上も、健康自体にも悪いような気がします。頭で考えるよりも、内蔵で考えるようなタイプなのか、胃に来るのです。

▼第117集は、「時代という現場・茂吉短歌の初期」で7月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 112」2012.4[5]

「吉本隆明資料集」第115集は「ハイ・イメージ論9」です。
▼入力や校正作業中はそれなりに集中していますから、いいのですが、ふと顔をあげた時、吉本さんはもういないのだと思います。
 わたしにできることは「資料集」の発行をつづけることです。それが吉本さんの言われた表面層・中間層・核の、吉本さんのすべてに渉るものであればと願います。
 第116集は、「漱石的時間の生命力・『遠野物語』と『蒲団』の接点」で6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 111」2012.4

 吉本隆明さんが、3月16日に逝去されました。
 心からご冥福を祈ります。         松岡祥男

  [吉本氏と松岡氏お二人の談笑写真](『鳩よ!』1990年11月号)

【猫やしき】
 吉本さんに生きていて欲しかったです。わたしの思いはそれに尽きます。
 わたしのような一読者に「資料集」の発行を許可された吉本さんのご厚意に酬いるためにも、また自分自身のためにも、発行を続けたいと思います。
 第114集は「いま、何を考えるのか」です。
 前号の「猫々だより」の宿沢あぐりさんの「井之川巨に宛てた手紙」に脱落がありました。ここにお詫びするとともに訂正いたします。それは「井之川巨に宛てた手紙」の1頁下段3行目です。《井之川巨・浅田石二・城戸昇の三人共同の『詩集』(南部文学集団叢書No.3『詩集』と題した三人の共著であり、一九五七年十月一日にガリ版印刷で刊行された)の意見として掲載されたものである。》(太字部分が脱落)
 第115集は、「ハイ・イメージ論9」で5月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 110」2012.2

『吉本隆明資料集』第113集は「イメージ論1992〜1993」です。
▼本集が、『試行』の復刻版を除外すると、100冊目にあたります。
 東日本大震災の影響に始まって、政治の混迷、経済の冷え込みなど、ますます世の中は厳しさを増してゆくような気がします。じぶんでじぶんを励ますより仕方がないでしょう。みなさんのご健在を祈ります。
 第114集は、「いま、何を考えるのか」で4月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 109」

 『吉本隆明資料集』第112集は「国男と花袋/世界観権力の終焉と言語」です。
 新しい年になりました。本年も宜しくお願いします。昨年暮れ、還暦を迎えました。じぶんでもびっくりします。そのせいかどうか分かりませんが、ミスが多くなっています。前号は振替用紙をいくつか間違えて入れてしまいました。なるべくミスのないようにしたいと思っていますが、おかしいとおもわれた時は遠慮なく言ってください。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第113集 「イメージ論1992〜1993」(『新潮』1992年4月増刊〜93年6月号)「現在への追憶」から「お伽話の距たり」まで/「家族の問題とはどういうことか」(92年8月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 2月下旬発行予定

第114集 「芥川における反復概念」(92年4月)「成熟を阻むもの」(92年5月)「像としての都市」(92年6月)「二十一世紀の世界をさぐる」(92年6月)「バタイユの「悪」について」(92年6月)「前登志夫の呪術性と野性」(92年7月)「いま、何を考えるのか」(92年7月)「文学論」(87年7月)「過度期を読む」(92年7月)「家族はどこへ行くのか」(92年7月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 4月発行予定

第115集 「ハイ・イメージ論9」(『リテレール』1号(92年6月)〜5号(93年6月)「贈与論」「定義論」「起源論」/「わが月島」(92年10月)「鴎外と東京」(92年11月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 5月発行予定

第116集 「漱石的時間の生命力」(92年9月)「選者の弁」(92年10月)「比類のない物語の力」(92年10月)「青春としての漱石」(92年10月)「『遠野物語』と『蒲団』の接点」(92年11月)「中原中也&長谷川泰子」(92年12月)「90年代の対幻想」(92年12月)「清岡卓行の大連」(92年12月)「清水さんの社会学」(92年12月)『ドゥマゴ文学賞授賞式」(92年10月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 6月発行予定

第117集 「時代という現場」(93年1月〜94年11月)「茂吉短歌の初期」(93年1月)「私の実朝像」(93年1月)「戦後50年ほど掘りつづけてきた場所」(93年1月)「不安な漱石」(93年2月)「テレビ論」(93年1月)「メディアの進展と既存経済学からの脱却」(93年3月)「恋愛について」(88年)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 108」

『吉本隆明資料集』第111集は「ハイ・イメージ論8」です。
▼本集が今年度最後の発行となります。本年もお世話になりました。
 『吉本隆明資料集』は発行を継続しているかぎり、絶版にはしないつもりです。(『試行』の復刻版は別です)。現在、第4集と第6集の増刷を発注しています。ただし、〈増刷〉即ち〈すべて在庫〉ということになりますので、不本意ながら増刷分については、値上げしています。第4集第6集の場合ですと、頒価1000円を1200円に。
 第112集は「国男と花袋/世界観権力の終焉と言語」で、1月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 107」

「吉本隆明資料集110」は「消費のなかの芸・上」です。
▼東日本大震災の深刻な影響で、紙やインクなどが高騰しています。発行開始からずっと世話になっている印刷所から、先日はじめて15%の値上げの要求がありました。継続することを念頭において、ぎりぎりで頒価を設定していますので、これは直撃です。しかし、頒価を上げることは難しく、いろんな対策を講じながら、現在の設定を崩さず、できるかぎり頑張りたいと思っています。
 第111集は「ハイ・イメージ論8」で、12月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 106」

「吉本隆明資料集109」は「三島由紀夫の思想と行動・詩的な喩の問題」です。
▼なんだかバタバタして、ゆとりがなくなっています。そのため、「猫々だより」への寄稿をコピーして貼り付けるような状態になっています。ほんとうは自分で入力して校正すれば、縮小するようなこともなく、読み易いものになるのですが‥‥‥。
 落丁・乱丁などの不備がありましたら、ご連絡ください。
 第110集は「消費のなかの芸・上」で11月初旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 105」

▼暑いです。完全に夏バテ気味です。気象条件が変わったのかもしれませんが、人間の体温を超える猛暑となっている所もあります。残暑もきびしいかもしれません。みなさんのご健康を祈ります。
▼第109集は「三島由紀夫の思想と行動・詩的な喩の問題」で9月末発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 104」

「吉本隆明資料集107」は「都市、時代そして自然」です。
▼わたしが『吉本隆明全著作集』(勁草書房)に収録されていない鼎談や座談会の記録を、誰でも読めるようにしたいと思った時、第一に直面したのは、座談会に出席した各発言者の許諾の問題でした。端的にいって、正規の手続きを踏んでいたら、発行は不可能だと思いました。
 座談会には吉本さんの論敵も多く参加していて、収録を拒否される可能性があります。現に、映画監督山本薩夫の遺族は、対談「『地下水道』の意欲」の『吉本隆明全対談集』(青土社)への収録を、「反核運動」をめぐる対立を理由に拒否しています。誰か一人が拒否すれば、その座談会は収録することができません。
 つぎに、出版社でもない、わたしのような素浪人が許可を求めても、相手にされず無視される可能性もじゅうぶんあります。それに参加者はノーベル文学賞受賞作家から世界的ミュージシャンまでにわたっていますから、多忙等で返事が貰えないケースも考えられます。いずれの場合も、収録を断念するしかありません。
 そこで、わたしは考えました。鼎談や座談会は公表されたものです。つまり、すでに客観的に存在しています。その意味では〈オープン〉なものです。ここは、じぶんが〈責任〉を負えばいいと考えたのです。
 その際、「事前に許諾を得なかったこと」への抗議があれば、真摯に謝罪すること。そして、その要求に従って対処すること。最悪の場合は回収(廃棄処分)も辞さないこと。また、吉本さんにご迷惑が及んだ場合は、ただちに発行を中止すること。
 この〈覚悟〉のもと、発行に踏み切ったのです。もちろん発言者全員に送りました。
 実際に抗議があったのは北川透と瀬尾育生の二人だけでした。抗議は当然の権利です。しかし、北川透のアピールは、その権利(「著作権」の権限)を逸脱した不当な〈中傷行為〉だと、わたしは思いました。
 それが『快傑ハリマオ』第6号のわたしの発言の根拠です。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第108集 「ニッポンの現在」(『熊本日日新聞』1990年9月〜91年12月)「宮沢賢治は文学者なのか」(90年11月)s「渦巻ける漱石」(90年11月〜91年1月)「文学の現在的課題《質疑応答》」(75年9月)「『林檎園日記』の頃など」(88年)「わたしの地名挿話」(87年)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 8月下旬発行予定

第109集 「檄のあとさき」(1990年12月)「三島由紀夫の思想と行動」(90年12月)「『超近代』という時代」(91年2月)「濃密な圧力感を生命力とする映画」(91年2月)「些事を読みとる」(91年3月)「ニーチェ『偶像の黄昏・アンチクリスト』」(91年3月)「鶴見さんのこと」(91年5月)「俳句表現のアポリア」(91年6月)「詩的な喩の問題」(91年6月)「宮沢賢治の文学と宗教」(89年11月)
A5判156頁 頒価1600円(送料共) 9月発行予定

第110集 「消費のなかの芸・上」「『CUT』1991年3月号〜1994年5月号)「沈黙の艦隊論」から「奥泉光『石の来歴』から『滝』へ」まで/「旧来の知識世界は壊滅状態にある」(91年11月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 11月発行予定

第111集 「ハイ・イメージ論8」(『マリ・クレール』1991年5月号〜11月号)「母型論」から「語母論」まで/「農業から見た現在」(91年11月)「『清水幾太郎著作集』推薦文」(92年)「究極の左翼性とは何か」(87年9月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 12月発行予定

第112集 「『智恵子抄』の愛の真実」(91年10月)「中島みゆきという意味」(91年11月)「安原顯『編集者の仕事』を読んで」(91年11月)「資質をめぐる漱石」(92年1月〜5月)「国男と花袋」(92年2月)「世界観権力の終焉と言語」(92年3月)「現代社会と青年」(92年3月)「隅田川昨今」(92年4月)「都市美の伝統と現在」(92年5月)「ずれを生きた良寛」(92年8月「リトル・トリー」推薦文(92年10月)「岸上大作宛書簡」(60年)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 103」

「吉本隆明資料集106」は「匂いを讀む」です。
▼大震災いらい、全体的に重い感じです。気が晴れるようなこともなく、鬱々としていたのですが、先日宿沢あぐりさんから、新たに見つけ出された吉本さんの作品が届きました。もちろん、初めて読むものです。わあ、宿沢さんは凄いなあ、と思うとともに、気持ちが久しぶりに浮き立ちました。それを紹介しますと、「岸上大作宛書簡」(1960年)「『林檎園日記』の頃など」(1988年)「わたしの地名挿話」(1987年)「「ずれ」を生きる良寛」(1992年)などです。宿沢さんの快諾を得ましたので、「資料集」に収録してゆきます。ご期待ください。
▼第107集は「都市、時代そして自然」で、7月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 102」

「吉本隆明資料集105」は「加速する変容・宮沢賢治を語る」です。
▼福島第一原発の壊滅的な状態は、チェルノブイリの事故と同じ「レベル7」ということになっています。その被害は、日々深刻の度を増しているような気がします。廃炉の方針のもと、放射能の流出を止めることが急務なのではないでしょうか。東京電力の対応の拙さもあるだろうと思いますが、それ以上に、政府が責任をもって速やかな対応を講ずるべきだと思います。
 「がんばれ、日本」というサッカーの試合の応援のような合唱をテレビなどで見せつけられると、そんな問題じゃないはずだとおもってしまいます。「被災者とは、被災者たることの困難にいま直面している人間のことである」(吉田光夫「震災論」『試行』第73号)という言葉は、ごまかしのエールやいい加減な口舌に対して屹立しているように思います。
▼第106集は「匂いを讀む」で、6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 101」

「吉本隆明資料集104」は「猫の話そのほかの話」です。
▼東北・関東大震災には仰天しました。地震と津波で亡くなられた方々のご冥福を祈ります。ただただ被災された人々の無事と復興を願うばかりです。でも、地震による福島第一原発の壊滅状況が収束しないかぎり、震災は続行中なんだと思います。政府の決断力の無さが被害を拡大させていると思わざるをえません。
 なにも手につかないという感じで、「資料集」の刊行も少し送らせました。
 第105集は「加速する変容・宮沢賢治を語る」で、5月中旬発行予定です。

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【猫やしき】@「猫々だより 100」

「吉本隆明資料種103」は「ハイ・イメージ論7」です。
▼「猫々だより」もこれが100号ということで、ハルノ宵子さんにお願いして、『東京人』の「たまに集まるこんな店」というコーナーに、たくさんの写真とともに発表された文章を再録させていただきました。なお、初出で傍点が附されたところは太字にしました。

▼日本社会は、政治を始めとして閉塞し、しだいに疲弊の度を深めています。その象徴が、菅「不幸拡大」民主党内閣といって過言ではありません。法人税を下げておいて、消費税をあげるつもりなのですから。「資料集」も、こんな社会情勢と残念ながら無縁ではありません。
 それは「頒価」の上昇に如実にあらわれています。もっと安くしたいのですが、現実ではこれが持続してゆくための限度という感じです。ただ、一冊の「頒価」は上がっていますが、一頁あたりの単価は抑制するように心掛けています。たとえば、第1集が88頁1000円で一頁あたり11.3円でした。今号は160頁1700円ですので、一頁あたりは10.6円です。厳しくても、そういう可能な努力は怠らないようにしたいと思っています。
 第104集は「猫の話そのほかの話」で、4月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 99」

「吉本隆明資料集102」は「新・書物の解体学3」です。
 新しい年になりました。「資料集」は100集を超えたのですが、そんなことは関係なく、新たなスタートを切るような、フレッシュな気持で続けたいと思っています。本年もよろしくお願い致します。

 吉本さんには「島―宇宙の島」という論考があります。『新潮』1978年8月号に発表されています(『初源への言葉』所収)が、この一回かぎりです。でも、この『新潮』誌上におけるシリーズは、他の執筆者の場合、一冊の著書にまとめられています。そこから推測すると、吉本さんの「島」も連載の予定だったのではないかと思われます。
 吉本さんは、物質の起源をたどるうえでも、人間の未来について考えるうえでも、宇宙論を注視することが大事だと考えています。また「島」というテーマについても、固有のこだわりをもっているようにみえます。胎内の宇宙(『心的現象論』)から「南島論」や天草の島(『記号の海の伝説歌』)というように。

 北川透は『現代詩手帖』2010年11月号の、北川透・藤井貞和・細見和之の「いま詩的六〇年代を問うということ」という鼎談において、七〇年代前半の新左翼間の内ゲバに関して、「内ゲバ停止の声明」に「吉本隆明」まで名前を連ねた、というデタラメな放言をしています。
 この発言に対して、読者から雑誌編集部宛に抗議があり、北川透は『現代詩手帖』2011年1月号に「詩的六〇年代」の訂正と補論」という文章を書いています。
 しかし、この北川透の一文は、間違った発言で〈他者〉の思想と軌跡を傷つけたことへの謝罪とは言い難いものです。頽廃は底なしなんだと思いました。

 経理事務は厳密を心掛けていますが、それでも、ミスはあります。不審に思われた時はご一報くださるようお願いします。  また、落丁・乱丁についても、一冊一冊点検しています。偶数のノンブル(頁数)だけを見ていくのですが、この作業は単調なわりにきついです。途中でボーッとなってしまい、白紙などは判るのですが、頁が脱けている場合などは見落とすこともありました。もし不備があった場合はご連絡くだされば、再発送します。(松岡)


『吉本隆明資料集』続刊予定
第103集 「ハイ・イメージ論7」(『海燕』89年10月号〜90年7月号)「エコノミー論」「幼童論」「消費論」/「ポエム インタビュー」(90年1月)「委細面談」(90年7月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共)2月下旬発行予定

第104集 「猫の話 そのほかの話」(『詩の新聞ミッドナイトプレス』6号(90年5月)〜14号(93年12月)/「ほんとうの詩、うその詩など」(89年10月)「三浦和義・科学の現在、そして詩の」(94年10月)「阪神大震災、いじめ、大江健三郎」(95年5月)「未知の普遍的な言語へ」(96年5月)「猫の肉球に関する考察」(05年7月)「大きい猫と小さい子供の話」(08年3月)「吉本さんとフランシス子」(09年4月)
A5判140頁 頒価1500円(送料共)4月発行予定

第105集 「高次産業社会の構図」(89年10月)「加速する変容」(91年1月)「川端要壽『春日野清隆と昭和大相撲』」(90年1月)「写真術のはじまり」(90年1月)「魔術師のうしろから」(90年2月)「魔術師からおくれて」(90年3月)「宮沢賢治を語る」(90年2月)
A5判148頁 頒価1500円(送料共)5月発行予定

第106集 「匂いを讀む」(『パルファム』第76号(90年12月)〜第100号(96年12月)/「現代における匂いとは何か」(96年4月)「芥川・堀・立原の話」(79年4月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共)6月発行予定

第107集 「イメージとしての都市」(90年4月)「都市、時代そして自然」(90年4月)「ポストモダンとは何か」(90年5月)「熱中TV討論」(90年4月)「小栗康平監督「死の棘」」(90年6月)「戦時中の恋愛心理ドラマ」(90年6月)「希有なつよい生活の意志力」(90年6月)「変容する都市空間」(90年7月)「永遠なる、究極なる」(90年9月)「対話について」(90年10月)
A5判124頁 頒価1400円(送料共)7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 98」

「吉本隆明資料集101」は「時代をどう超えるか」です。
▼五年半ぶりに上京して、吉本さんとお会いしました。吉本さんは午後2時ごろ起きられて、夕方までは来客などの相手をされたりするそうです。夕食後、原稿を執筆されるとのことで、その時間がいちばん充実していると言っておられました。
 第102集は「新・書物の解体学3」で、来年1月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 97」

 「吉本隆明資料集100」は「ハイ・イメージ論6」です。
 本集で100集になりました。最初はこんなに出すことになるとは思っていませんでした。『吉本隆明全著作集』(勁草書房)に収録されていない鼎談と座談会を、誰でも読めるようにしたいと思っただけでした。それが『試行』の復刻版、「初出・拾遺篇」と発展してきたわけです。

 発行にあたって、吉本さんにお会いして許可を頂こうと思ったのですが、西伊豆での海の事故の後遺症で体調がすぐれないということでした。そのため、電話で許諾を得ることになりました。吉本さんは「本を出したいということですか」と言われ、少しだけ説明すると、「好きにやってください」と言われました。それから始まったのです。
 ここにあらためて、吉本さんの御海容に感謝致します。

 そして、10年以上も発行を支えてくださっている購読者の方々に敬意を表します。
 ふつうは収録分の字数などを計算して、各集の構成や頁数、全体の構想を決定するのですが、わたしの場合、自分で入力や校正をやっている関係もあって、そういうふうに計画を立てると、苦しい気がしました。自家製の「著作リスト」に従って、順番に入力して行って、所定の頁数になれば、それを一集分にするというやり方です。それで行けるところまで行くというのが、自力発行にふさわしいと考えたのです。
 それは、資金の面からも同じことが言えます。第1集を出したときから、もし次の印刷代をはじめとする発行資金が得られなければ、そこで終わりです。ここまで継続できているのは、ひとえに購読の皆さんのお蔭です。
 一見、独力のように見えても、ほんとうはたくさんの人のご協力によって成り立っています。宿沢あぐりさん、藤井東さん、川村寛さん、長谷川博之さん、吉田恵吉さん‥‥‥お世話になっている方々を思い浮かべると、それがじぶんでもよく分ります。
 第101集は「時代をどう超えるか」で、12月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 96」

 「吉本隆明資料集99」は「南島論」です。
 『共同幻想論』の「母制論」で、吉本さんは「久高島はわが南島で神の降臨した最初の島として信仰された島である。ここでは古代、男たちは漁撈にしたがい、女たちは雑穀をつくっていた。この条件は規模はべつにしても、わが列島のすべての地域で古代にはほとんど変わりがないものであったと推測できる」と書いています。たぶん、これが南島論のはじまりであり、モチーフの大きな柱だと思います。久高島への論究(「アジア的ということ」(6)(7)や「イザイホーの象徴について」など)だけでも、じゅうぶんに日本列島の村落の起源の像が浮かびあがってきます。
▼第100集は「ハイ・イメージ論6」で、11月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 95」

 「吉本隆明資料集98」は「岡本かの子・「新しい」という映画」です。
▼今年の夏は暑いです。高知は連日真夏日です。それだけでバテます。この暑さ疲れには、睡眠をじゅうぶんとるのが、いちばんの対処法だと思っています。
▼「資料集95」に収録した『われらの文学』の扉の揮毫の出典は、空海の『秘密曼荼羅十住心論』(830年頃成立)です。
 前号に「続刊予定」を掲載したのですが、その後、追加収録するものができましたので、お知らせしておきます。
 第100集に「松岡祥男宛書簡(2002年10月7日消印)」(北川透批判)
 第102集に「消息」(『和樂路 第三集』昭和18年8月23日)
 「消息」は宿沢あぐりさんの提供です。
 あらためて言うこともないのですが、「資料集」は年10回の発行を目標にしています。編集はほぼ年代順です。また、新たに未収録の作品が見つかった場合は適宜収録していきたいと考えています。
 第99集は「南島論」で9月末発行予定です。ご期待ください。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 94」

 「吉本隆明資料集97」は「ハイ・イメージ論5」です。
▼6月17日に梶木剛さんの奥様から電話をいただき、梶木剛さんが5月19日に亡くなられたことを知りました。梶木剛さんは『試行』の主要執筆者であり、私が『試行』の購読を始めた頃からでも「夏目漱石論」「折口信夫の世界」「柳田国男の思想」を連載しています。また「猫々だより」にも「その頃」という『試行』同人解散の頃についてご執筆いただきました。「柳田国男論――内側の視線の構図」という吉本さんの柳田論の書評も忘れられません。心よりご冥福をお祈り致します。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第98集 「古井由吉『槿』」(88年7月)「森山公夫の場所」(88年9月)「スピード時代の芸術」(88年9月)「漱石論としての位置」(88年11月)「異境歌小論」(89年1月)「天皇制とポスト・モダン」(89年2月)「いそいで岡本かの子」(89年2月)「岡本かの子―華麗なる文学世界―」(89年8月)「「新らしい」という映画」(89年3月)「横溢する生命エネルギーとの交歓」(93年12月)
A5版124頁 頒価1400円(送料共) 8月下旬発行予定

第99集 「南島論序説」(89年2月)「南島論 前提」(89年8月)「南島論 表出としての神話」(89年11月)「おもろさうし」(92年2月)「おもろさうしとユーカラ」(92年3月)「イザイホーの象徴について」(93年1月)「それぞれの南島論」(89年2月)「南島歌謡研究の方法と可能性」(92年12月)
A5版204頁 頒価2000円(送料共) 9月発行予定

第100集 「ハイ・イメージ論6」(『海燕』89年4月号〜9月号)「舞踏論」「瞬間論」「モジュラス論」/「文芸雑話―太宰治と森鴎外―」(75年7月)「人物日本列島」(89年8月)「気になるスケジュール」(89年8月)
A5版156頁 頒価1600円(送料共) 11月発行予定

第101集 「不易流行の太宰治」(89年4月)「漂泊者の地誌」(89年6月)「論理の体温」(89年7月)「荒木経惟写真集『写真論』」(89年8月)「時代をどう超えるか」(89年8月)「賢治・短詩型・南島論」(90年1月)
A5版136頁 頒価1400円(送料共) 12月発行予定

第102集 「新・書物の解体学3」(『マリ・クレール』89年8月号〜91年3月号)「ニューロン人間」から「ある精神病者の回想録」/「日本農業論」(89年7月)
A5版160頁 頒価1700円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 93」

 「吉本隆明資料集96」は「人間の死 自然の死 農業の死」です。
 乱丁・落丁などの不備がありましたら、ご連絡ください。「吉本隆明資料集」第97集は「ハイ・イメージ論5」で、7月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 92」

「吉本隆明資料集95」は「新・書物の解体学2」です。
▼今年は殊に天候不順で、4月の半ばも過ぎたというのに、高知県でも山間部では雪が降りました。そうかと思うと、25度を超える「夏日」もあります。体調の維持が難しい気がします。新潟の読者からのお便りによりますと、桜が咲くのは4月の終わりの頃とのことです。高知は桜は散り、ひとひらも残っていません。すっかり葉桜です。この地域差に劣らないくらいに寒暖の差が激しいのです。皆さんのご健康をお祈りします。
▼「吉本隆明資料集」第96集は「人間の死 自然の死 農業の死」で、6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 91」

「吉本隆明資料集94」は「ハイ・イメージ論4」です。
▼わたしはソビエト連邦崩壊後のロシアの展開について、これはどういうことなんだろうかと、漠然と思っていました。吉本さんは「ほぼ日刊イトイ新聞」の「ほんとうの考え12・時代」の中で、ロシアの「プーチンは一生懸命資本主義と結びついたファシズムにしようとしています」と語っていました。確かな世界認識に基づいた吉本さんの健在を示す発言だと思いました。
▼もし、落丁や乱丁などの不備がありましたら、ご連絡ください。
「吉本隆明資料集」第95集は「新・書物の解体学2」で、5月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 90」

「吉本隆明資料集93」な「心と身体の物語・共同体への視点と文学」です。
「吉本隆明資料集」第94集は「ハイ・イメージ論4」で、4月上旬発行予定です。なお、白川静『孔子伝』(1972年)の推薦文を追加収録します。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 89」

「吉本隆明資料集92」は「視線と解体」です。
 「資料集」の発行は2000年3月から始まっていますので、もうすぐ、まる十年になります。今年も宜しくお願いします。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第93集 「現在について」(87年9月)「『寿歌西へ』について」(87年9月)「心と身体の物語」(87年10月)「磯田光一の批評」(87年10月)「モダンな隠遁者」(87年12月)「一行の物語と普遍的メタファー」(87年12月)「井上英一」「情報と像」(88年2月)「前登志夫「吉野の桜」(88年2月)「エロス・死・権力」(88年3月)「共同体への視点と文学」(88年3月)「高村光太郎の存在」(76年)
A5判124頁 頒価1400円(送料共) 2月下旬発行予定

第94集 「ハイ・イメージ論4」(『海燕』87年12月号〜88年8月号)「幾何論」「自然論」「分散論」「パラ・イメージ論」/「ミニコミ誌の意義とは何か」(88年6月)「安吾を語る」(89年10月)
A5判152頁 頒価1600円(送料共) 4月発行予定

第95集 「新・書物の解体学2」(『マリ・クレール』88年1月号〜89年7月号)「フーコー」から「デンデラノ」まで/「『世界認識の方法』註」(80年6月)「『われらの文学』扉」(69年10月)
A5判148頁 頒価1500円(送料共) 5月発行予定

第96集 「人間の死 自然の死 農業の死」(88年3月)「ことばの力、うたの心」(88年4月)「世紀末のゆるやかな大革命」(88年4月)「知識でもって立つ孤独さ」(88年5月)「西川徹郎さんの俳句」(88年7月)「イメージが脳梁を渡る」(88年8月)「農村の終焉」(87年11月)
A5判156頁 頒価1600円(送料共) 6月発行予定

第97集 「ハイ・イメージ論5」(『海燕』88年9月号〜89年3月号)「段階論」「視線論」「表音転移論」/「エリアンの詩とうた」(83年10月)「行くカネ来るカネ」(89年1月)
A5判164頁 頒価1700円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 88」

「吉本隆明資料集91」は「漱石が創った女たち・家族の幻像」です。
 本号が今年最後の発行になります。この1年のご支援に感謝いたします。できるだけ無駄な負担(労力)を減らし、余計な経費は削り、少しでも頒価を低く抑えたいと思っているのですが、思うようにはなりません。でも私は、「文化資本」などと称して法外な定価を設定していいなどと、考えたことはありません。
▼「吉本隆明資料集92」は「視線と解体」で、1月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 87」

「吉本隆明資料集90」は「ハイ・イメージ論3」です。
▼吉本さんは、第19回宮沢賢治賞を受賞されました。ごく初期から関心をずっと持続している宮沢賢治の名を冠した賞の受賞は、ほんとうによかったと思いました。

▼詩人の奥村眞さんが9月26日に亡くなりました。享年60歳。奥村眞さんは、「同行衆通信」時代からずっとわたし(たち)のやっていることにつきあってくださっていました。また、この「猫々だより」にも三回執筆してくれました。そのいずれも、無理を言って短期日のうちに書いていただいたものです。一度しかお会いしたことはありませんでしたけれど(泊めてもらいました)、わたしにとって奥村さんは心優しく、真摯な人でした。「資料集」の校正をやっていて、もう奥村さんに読んでもらえないんだと思うと、つらいです。ご冥福を祈ります。
 奥村さんが出版された4冊の詩集のうち『換気扇』『かまいたち』『分別の盛り場』が手元にあります。じっくり読み返したいと思っています。

▼「吉本隆明資料集91」は「漱石が創った女たち・家族の幻像」で、12月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 86」

「吉本隆明資料集89」は「シモーヌ・ヴェイユについてのメモ」です。
▼衆院選の民主党の勝利には、溜飲がさがりました。自民党の大敗は、一般大衆をなめたからだと思います。
▼「資料集」の制作作業でいちばんきついのは、いったん入力し、校正して、かなりでき上がったデータが、保存しているフロッピが突然開かなくなったり、あるデータがいつの間にか消失している場合です。これはショックです。はじめからやり直しになるわけですから。職業的にやっている人なら、こんなことでめげることはないでしょうが、わたしの場合、気持ちの立て直しがなかなか難しいです。長い間つづけているのですから、いろいろあるのは当然ですけれど。
▼「吉本隆明資料集90」は「ハイ・イメージ論3」で、11月初旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 85」

「吉本隆明資料集88」は「芥川・太宰・三島の「自殺の運命」・石川九楊論」です。
▼今年は庭に朝顔を植えました。東隣の家屋が取り壊されて駐車場になり、アスファルト舗装されたので、その暑さ対策ということもあります。蔓と葉ばかりが繁っていましたが、遅い梅雨明けとともに花が咲きはじめました。朝、それを見るのが楽しみです。
▼「芥川・太宰・三島の「自殺の運命」は、1986年12月9日午後6時30分から竹の塚社会教育館で行われたものです。講演の原題は「作家の死 芥川〜三島」。東京足立区の区民大学公開講座です。これは宿沢あぐりさんからご教示いただきました。
▼「吉本隆明資料集」第89集は「シモーヌ・ヴェイユについてのメモ」で、9月末発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 84」

「吉本隆明資料集87」は「ハイ・イメージ論2」です。
▼齋藤愼爾さんの『ひばり伝』を読んでいて、宮城賢さんが亡くなられたことを初めて知りました。今年3月25日死去。享年79歳。癌の手術をされたことは知っていましたけれど、その後も熊本市から出ている詩誌『アンブロシア』でご活躍でしたので、ほんとうに驚きました。ご冥福をお祈りいたします。
▼本集74頁4行目の「(ノロ、接司)は「按司」だとおもわれます。これは単行本も文庫本も全部「接」になっていますけれど。(松岡)

『吉本隆明資料集』続刊予定
第88集 「高村光太郎の書」(86年6月)「編集者としての安原顕」(86年6月)「かっこいいということ」(86年7月)「放射能とわたし」(86年8月)「『日本の原像』註記」(86年8月)「文化のパラドックス」(86年9月)「著者のことば」(86年9月)「蠢く家族」(86年10月)「執筆者のコメント」(86年11月)「芥川・太宰・三島の自殺の運命」(87年2月)「石川九楊論」(87年2月)
A5判128頁 頒価1400円(送料共) 8月下旬発行予定

第89集 「シモーヌ・ヴェイユについてのメモ」(『吉本隆明全集撰』月報86年9月〜88年4月)「革命と戦争について」「最後のヴェイユ」(92年2月書き下ろし)/「ヴェーユの現代性」(91年6月)「よみがえるヴェイユ」(08年7月)「新約書の話」(03年10月)
A5判152頁 頒価1600円(送料共) 9月発行予定

第90集 「ハイ・イメージ論3」(『海燕』87年3月号〜11月号)
「形態論」「拡張論」「多空間論」/「猫が評論家を見る目は」(87年5月)「現代透視する世界視線」(89年6月)「人物日本列島」(84年10月)
A5判156頁 頒価1600円(送料共) 11月発行予定

第91集 「マラソン42キロの人生体験」(87年3月)「必然の力をもった形」(87年4月)「執筆者のコメント」(87年4月)「漱石が創った女たち」(87年5月)「北川透のイメージ」(87年8月)「家族の幻像」(87年8月)「瞬間に成り立つ物語」(87年8月)「お茶の時間」(87年8月)「科学技術を語る」(87年10月)
A5判128頁 頒価1400円(送料共) 12月発行予定

第92集 「視線と解体」(『TBS調査情報』87年9月号〜89年9月号) /「『視線と解体』」の連載をおえて」(89年10月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 83」

「吉本隆明資料集86」は「西行 歌人論」です。
▼吉本さんの著作は膨大な量に達しているのですが、本格的な体系的著作も、短いエッセイも、それぞれに魅かれます。
 むかし、晩秋だったと思いますが建築現場の仕事帰りに、書店で「江藤淳についてのメモ」を読みました。これは『江藤淳文学集成』の月報として、本に挿入されていたのですが、持ち合わせがなく、立ち読みしました。わたしは立ち読みは殆どしない(=できない)のですが、このときは違ったのです。「そこでは江藤淳は、落ちこぼれや、劣等の学生たちの無意識に、優しい内面の歌を唱うことができていない」という結びの言葉が胸に響きました。そして、「ヘテロジェニアス」「ホモジェニアス」という言葉を反芻しながら、充実した気分で帰宅の途に着きました。そういうふうに、ある情景と痛切に結びついたものもあります。
▼「吉本隆明資料集」第87集は「ハイ・イメージ論2」で、7月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 82」

「吉本隆明資料集85」は「本について・食うべき演劇」です。
▼この集の収録範囲に、『あんかるわ』第73号(1985年9月)に掲載された。「メタファとしてのクラック」(聞き手北川透)がありますが、収録を見合わせました。「資料集」第25集に「菊屋まつりフリートーク」(『菊屋』第34号所収)を収録した際、瀬尾育生から抗議があり、また北川透は何ひとつ質しも確かめもせず、いきなり各方面に「資料集」と松岡を誹謗中傷する文章を送付しました。そして、それについての当方の編集方針と意志表明に対しても、何ら応答することなく、今日に至っています。私は北川透の行為とその後の態度を容認しません。これが収録保留の理由です。
裏面 ▼この集でひとつの疑問があります。それは「本について」の中(64頁)の引用部分です。引用の全8行のうち、最初の3行は、『カフカとの対話』からの引用ではなく、吉本さんが著した本文ではないかと思いました。『カフカとの対話』が手元になく確かめることができませんでした。ご教示いただければと思います。‥‥‥こう書いたあとで、
 宿沢あぐりさんに話したところ、彼が『カフカとの対話』(筑摩書房)に当たって調べてくれました。そして、推測どおり「本について」の64頁の引用部分の始めの3行は吉本さんの文章であると判明しました。版元は講談社、著者は安原顕(当時中央公論社編集者)、それでこんなミスが見過ごされていたことになります。(裏面[挿入画像]参照)
 宿沢あぐりさんに感謝いたします。
 また「『吉本隆明ヴァリアント』インタビュー」の中の「萩本欣一」はすべて「欽」の間違いです。申し訳ありません。自分もこんなものです。
▼「吉本隆明資料集」第86集は「西行 歌人論」です。なお饗庭孝男著『西行』の書評を追加収録します。発行は6月上旬予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 81」

【猫やしき】@「猫々だより 81」
「吉本隆明資料集84」は「ハイ・イメージ論1」です。
▼ある時点から日本の自殺者は交通事故による死亡数を超えています。そして、今年一月の自殺者は二千六百人以上。他人事ではありません。これは第二の産業(エレクトロニクス)革命ともいうべき社会の地殻変動の影響といえるでしょう。吉本さんは「ハイ・イメージ論」でいちはやく、この事態を予見し分析しています。しかし、国家も政党も、そして労働組織も、この社会の構造的変化になんら本質的に対応せず、旧態の価値観と制度へ押し込めてきました。それが今日の状況をもたらしたのです。これはもう政治(思想)の貧困による〈社会的扼殺〉といえるのではないでしょうか。しかし、ほんとうに困難なのは、それが内在性のように精神の病や絶望感として〈自己切迫〉してくることだと思います。人間の持つ自然性(生命力)を信じるほかないのかもしれません。
▼「吉本隆明資料集」第85集は「本について・食うべき演劇」で、5月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 80」

「吉本隆明資料集83」は「新・書物の解体学1」です。

▼年齢のせいでしょうが、しだいに視力が衰えてきて、きつくなっています。そこで、少しでも目の負担を減らすため、A4サイズでプリントしたものをB4サイズに拡大コピーして、校正をやっています。これでだいぶ楽になりました。同時に誤植も少なくできるといいのですが‥‥‥。

▼アメリカに「黒人」初のオバマ大統領が誕生したことは画期的なことだと思います。わたしがものごころついた頃(六○、七○年代)に伝え聞いた「黒人差別」を思い起こすと、隔世の感があります。世界の歴史を支配してきた「白人」たちは、「黒人」を家畜かなにかのように扱い、日本人を含めた「黄色」人種を「イエロー・モンキー」とみなしてきたことは、その言動や歴史事実から透けてみえるようでした。アメリカはもとより、ヨーロッパの中の「黒人」たちも歓喜のうちにあるでしょう。その影響は、アメリカが国際社会をリードしている範囲で〈世界〉に及ぶのではないでしょうか。それはオバマ大統領が、これから実際になにをやるかとは別途に言えることです。それは同時に、黒人大統領だからということで擁護することもいらないということです。このだからが、歴史の錯誤と転落を生んできたように思います。

▼前集に収録しました「「現在」ということ」は山梨県石和町中央公民館での講演ですが、これにつづいて、芹沢俊介さん、村瀬学さんと吉本さんの座談会が行われたとのことです。わたしの手元にはありませんが、録音テープは存在すると聞いています。テープ起こしの作業は大変ですから、いまのところどうしようもありません。
 資料の蒐集はつづけています。情報をお寄せください。

▼『吉本隆明資料集』第84巻は「ハイ・イメージ論1」で、4月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 79」

「吉本隆明資料集82」は「いま、どんな時代なのか」です。
▼社会情勢は凄まじいことになっています。アメリカのサブプライム問題に端を発した金融破綻は、自動車産業を先頭に、企業防衛のための「派遣」や「期間」労働者の容赦ない切り捨てに到っています。そもそも「派遣」はコンピュータ・プログラム作成のような特定の職種に限定して法制化され、それが「規制緩和」の名目で、どんどん拡大されていったものです。これは労働基準法の骨抜きであり、労働者の権利や抵抗を個々別々に分散するための方策と、「派遣」会社の介在による二重の収奪構造をもつことは確実です。この反動的な流れの中で、資本のリストラ攻勢に直面しました。私もその一人です(「資料集」の発行も、その後の失業状態によるものです)。この社会的暴力に、有効に反撃する組織も運動もありませんでした。そしていまも、政党はもとより、労組の連合体も場当たり的な対処をするだけで、本気で闘う構えは殆どありません。さらに悪いことに、社会管理は高度にシステム化され、誰もが経済の噴流に巻き込まれ、逼迫し、身を寄せる余地が失われています。これが世界第二位の経済大国の実状なのでしょうか。そんなことはないはずです。富の独占と無能の政府がこの事態を演出しているのだと思います。トヨタやキャノンの態度がそれを如実に物語っています。
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 こんなに、ひどい世の中になるとは思っていませんでした。石油・食品を筆頭に、物価の高騰は止まるところを知りません。原料価格の上昇が基底にあるため、商品の値上げは仕方の無いことのようにみえます。それでドミノ倒しみたいに、次から次へと値上がりしています。それによって、貧富の格差は広がり、低所得者層は貧困にあえぐようになっています。まるで新貧困社会の到来のようです。
 ところで、その物価の高騰の原因に何があるのかを問うと、原油を例にすれば、決して産油国が産出量を減らし、価格をつりあげているわけではありません。株式の投機的な投資によって市場価値が浮遊化し、原油は二重価格化しているのです。これをコントロールするには、政府が調整策を実施するしかありません。
 ところが、ガソリンに課せられた暫定税が期限切れになり、一時無効になると、政府はすぐにも道路財源が枯渇して、道路整備がまったく出来なくなるがごとく言い、また地方の行政機関も、それが財源不足につながるとして、税の復活を要望する有様でした。根本的な考えが間違っているとしか思えません。
 社会の主役は、今生きている人々です。この社会の基層を形成する人々が活気づくことが、世の中の全体の活性化につながることは自明です。社会が疲弊し、人々が困窮していても、国家や地方行政は安泰などという、逆立ちはあり得ないことです。この困難を乗り切るには、一時的にでも税率を下げ、救治策を打ち出すべきなのです。
 また、企業はリストラに始まり、社員の正規採用をどんどん減らし、派遣や臨時やパート労働などでまかなうことで、利潤の確保を図っています。これは社会保障費を支払わず、働く者に犠牲を強い、使い捨てていることを意味します。こんな基本的人権さえ侵しかねない企業エゴは、社会の基礎を破壊するに止まらず、人心を荒廃させます。衝動的な凶悪犯罪を多発させている大きな原因として、これら政府や企業の姿勢があるのではないでしょうか。その全体的な圧迫感と産業の循環速度が、多くの人からゆとりや潤いを奪い、そのはけ口を他へ転嫁するほかないように追い込むからです。
 私は自分を半人前と思っています。それで、ちゃんと生活している人に接すると、相手の方が年長者だと思ってしまいます。自分よりも遥かに、しっかり生きているように見えるからです。
 そんな私でも、例えば関西のある知事の「幹部職員の自衛隊への体験入隊も考えている」などという発言を聞くと、さすがに「この若僧が」と思わざるをえません。行政の職員は、その仕事を真っ当に遂行することが公務です。それ以上の職務への責任はないはずです。まるで専制君主まがいの独裁的な発言であり、その幼稚さを物語っています。社会的な立場として上に立つことと、人間的な存在価値とは別のことです。そんな人と人とのあり方の基本すら知らないように見えます。  暗い話しになってしまいましたが、私は、人間だけが自然やこの世界に立ち向かうことができるのだと思います。(松岡祥男「新貧困社会について」『高知新聞』2008年8月22日朝刊)
▼『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』という映画を見ました。陳腐な映画だといえば終わりです。いまさら森恒夫や永田洋子を悪者に仕立てて、何になるのでしょう。それなら、最初から理念の錯誤に呪縛されていたというべきです。私は、あの闘争(事件)でいちばん立派だったのは、人質になった牟田泰子さんだと思っています。映画の中でも「あなたたちには従いますから、裁判になっても私を絶対に証人として呼ばないということを約束してください」というセリフがあったように、彼女は解放された後も、「かれらは紳士的でした」といい、それからはマスコミに顔を出すことはなかった、と記憶しています。若松孝二監督よ、この映画の特集を組んだ雑誌『情況』よ、なにが「みんな勇気がなかったんだ」だ、暗いうちは人は崩壊しないのだ。お前らには、いまもみえない籠城がつづいているという思いはないのか。そう思いました。(松岡)
●『吉本隆明資料集』続刊予定
第83集 「新・書物の解体学1」(『マリ・クレール』1985年1月号〜87年12月号)『私説東京繁昌記』から『ノルウェイの森』まで24篇。/「〈愛〉に寄せて」(76年4月)シオラン「歴史とユートピア」(85年9月)「対談「古典をどう読んできたか」あとがき」(83年4月)
A5判128頁 頒価1400円(送料共) 2月下旬発行予定
第84集 「ハイ・イメージ論1」(『海燕』1985年7月号〜86年4月号)「映像の終わり」「ファッション論」「像としての文学」「映像都市論」「地図論」/「人間関係をどう読むか」(85年9月)「愛って知で解明できますか?」(85年12月)「パワー・ミドルの存在感」(86年2月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 4月発行予定
第85集 「田原克拓『初期・性格と心の世界』」(85年9月)「松岡祥男について」(85年11月)「『吉本隆明ヴァリアント』インタビュー」(85年11月)「本について」(85年12月)「詩について」(85年12月)「阿蘇行」(85年12月)「「黒沢充夫・辞典のための挿画」のために」(85年12月)「僕は、就職と失業の権威なんですよ」(86年1月)「十年先の僕の恋人たちの風景」(86年1月)「理屈のない面白さがいま最も過激である」(86年2月)「愛と性の現在」(86年2月)「食うべき演劇」(86年3月)「文芸史の新しい波」(86年4月)「主題という幻化または幻化という主題」(86年5月)
A5判124頁 頒価1400円(送料共) 5月発行予定
第86集 「西行 歌人論」(『短歌』1986年1月号・4月号・87年10月書き下ろし)「西行歌における劇」「心と世」「花と月」/「短歌の謎」(99年1月)「西行の色」(00年1月)
A5判120頁 頒価1400円(送料共) 6月発行予定
第87集 「ハイ・イメージ論2」(『海燕』1986年5月号〜87年2月号)「人工都市論」「像としての音階」「連結論」「走行論」/「本を語る」(86年10月)「猫の名前を呼ぶ時は」(86年12月)「タモリか、たけしか」(86年11月)
A5判160頁 頒価1700円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 78」

「吉本隆明資料集81」は「柳田国男論」です。
▼宿沢あぐりさんの、吉本さんの著作や資料の探索と蒐集はすごいです。最近も川端要壽編著『東京・深川 府立化工物語』(東京都立化学高等学校化工同窓会・1994年6月26日刊)を見つけ出しています。この本の中には、吉本さんの学校時代に関する談話が幾つか挿入されています。
 これは「資料集」に収録することは難しいと思います。宿沢さんの了解を得て、ここでお知らせすることにしました。
 本集が今年最後の発行です。この1年のご支援に感謝いたします。
 第82集は「いま、どんな時代なのか」で、1月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 77」

「吉本隆明資料集80」は「ジョバンニの父とはなにか・未踏の作業」です。
▼よく読者がいなければ、あらゆる表現は価値がないように言われますが、俗説にすぎないと思います。〈書く〉ということは自己対象化であり、それは少なくても本人にとっては、外化された作品となり、己が第一番目の読者になるのです。それが他者(世間)に通用するものであるかは、まったく別だとしても。
 吉本さんは『ハイ・イメージ論』の「拡張論」のなかのソシュールの言語論に言及したところではっきり述べています。「聴く乙の群れは甲の話す言語の場面を離れ、話す甲は乙の非在の場面で話すことにはじめてであった。話す甲は〈聴く甲〉を想像して話すという行為にはいる。このときはじめて言語は「美」に入る。わたしたちにいわせれば話す甲が〈聴く甲〉を想像して話すという行為にはいることは、自己表出の成立にほかならない」と。
 これは〈読む〉という行為にも繋がっていると思います。読むことの内部で、他者の表現をたどりながら、その過程のうちに体験(あるいは思想)が交換されるところがきっとあるはずです。そうでなければ、すべては他人事であり、他者の表現は有効的に利用するための(参照)材料にすぎないことになると思われます。幸か不幸かわかりませんが、その有用性を越えることで、わたしたちの精神の営みは成り立っているのではないでしょうか。それが「資料集」の持続の根拠のような気がします。読者におかれても。
 第81集は「柳田国男論」で、12月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 76」

「吉本隆明資料集79」は「大衆文化現考・天皇制について」です。なお、本集の18頁4行目の「スットプ」は「ストップ」の間違いです。
▼『猫びより』9月号のハルノ宵子さんの連載で、シロミという猫が吉本さんの机の上でいつも寝ているそうですが、この猫は体に障害があり、尿を漏らすそうです。ある日机に積まれた封筒や本を宵子さんが除けてみると、なんとおしっこのしみこんだ吉本さんの原稿が‥‥‥。そのことを話しても「いいよいいよ!」という、表現したものに執着しない吉本さんの様子が描かれています。私のような、吉本さんの著作や発言に追っ掛けが存在するのは、もしかすると逆に、ここに根拠があるのかもしれないと思いました。
 第80集は「ジョバンニの父とは何か・未踏の作業」で、11月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 75」

「吉本隆明資料集78」は「マス・イメージ論(下)」です。
▼吉本さんの7月19日の昭和女子大学人見記念講堂での講演(「言語芸術論」)には行けなかったのですが、行った人の話によれば、会場は満員で、吉本さんは三時間もぶっ通しで話されたそうです。凄いなあ、と思いました。
 第79集は「大衆文化現考・天皇制について」で、9月末発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 74」

「吉本隆明資料集」第77集は、「マス・イメージ論・上」です。
▼ガソリン・食品を筆頭に、物価の高騰は止まるところを知らない状態だ。政府は「救治策」を打ち出す考えなど毛頭なく、収奪の強化(増税)を画策している。誰のための、何のための、「政治」なのか。
 その一方で、地球温暖化を憂える大合唱がマスコミや社会を席捲し、まるでエコ・ファシズムの様相を呈している。そんなにも「地球の未来」が心配なのか。わたしたちは現在を生きているのだ。そこには過去も未来も内在している。「地球温暖化」の最大の元凶は先進各国であり、その政治責任と、文明史の必然を抜きに問題は成立しない。その意味で、エコ唱和は第一命題を欠落したペテンではないのか。
 また、北京オリンピック、チベット問題、四川大地震と中国が国際的な注目の的という観がある。そんなとき、詩の出版社(思潮社)から「四川大地震」の義援金の要請(振替用紙同封)が送られてきた。発起人は谷川俊太郎・大岡信・北川透などだ。私も地震による被災に対する思いは人後に落ちないつもりだ。義援金は慈善団体・マスコミはをはじめ公共の各種団体が募っている。そのうえに、一出版社(およびこれら「詩人」たち)が敢えてそんなことをする必要がどこにあるのか。ほんとうにやるべきことは他にあるだろう、というのが私の批判だ。面倒なことや困難な課題を回避して、「良いこと」だけを言いだしたり、「我を忘れて」やりだすのは、退廃の第一歩なのだ。「エコ」なんて、人間の本質的課題にとって腰抜けのヘコヘコなのと同じように。
▼諸物価高騰の圧迫で、これまでの頒価では苦しくなっています。ギリギリのラインを設定しながら、発行を継続してゆきたいと思っています。情況との緊張なしに、どんな営為も成立しないようです。(松岡)
●『吉本隆明資料集』続刊予定
第78集 「マス・イメージ論・下」(『海燕』1982年9月号〜83年2月号)「解体論」「喩法論」「詩語論」「地勢論」「画像論」「語相論」/「山本かずこ『渡月橋まで』」(82年10月)「高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』(82年10月)「言葉が失われた時代」(85年10月)
A5判136頁 頒価1500円(送料共) 8月下旬発行予定
第79集 「自己慰安から渇望まで」(83年2月)「今、あなたにとってテレビとは」(83年2月)「大衆文化現考」(83年3月〜85年3月「季評・大衆文化」(85年5月〜86年2月)「純文学の世界は‥‥お葬式」(83年4月)「天皇制について」(1967年)
A5判124頁 頒価1400円(送料共) 9月発行予定
第80集 「田村隆一についての覚え書き」(83年6月)「ジョバンニの父とは何か」(83年6月)「わが賢治」(83年7月)「個の想像力と世界への架橋」(83年9月)「田原克拓『続・性格と心の世界』」(84年1月)「未踏の作業」(84年3月)
A5判116頁 頒価1300円(送料共) 11月発行予定
第81集 「柳田国男論」(『國文学』84年4月号〜87年6月号断続連載)「体液の論理」「縦断する「白」」「動機・法社会・農」「旅人・巡回・遊行」/「『遠野物語』の意味」(92年4月)
A5判212頁 頒価2000円(送料共) 12月発行予定
第82集 「今、どんな時代なのか」(84年7月)「昔の街は小さく見える佃島」(84年11月)「お祝いコメント」(84年12月)「巨人の青春、刻んで一つ」(85年2月)「古い日本語のむずかしさ(講演要旨)」(85年2月)「北川太一の印象」(85年3月)「日本国憲法第1条は廃止すべし」(85年4月)「ボケ論争」(85年6月)「マス・イメージをめぐって」(85年7月)「「現在」ということ」(85年7月)「広告とシステム」(85年8月)
A5判124頁 頒価1400円(送料共) 1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 73」

「吉本隆明資料集76」は「物語の現象論・若い現代詩」です。
▼まだ『試行』が出ていた頃の話ですが、吉本和子さんが「『試行』の発送用の封筒は厚いものを使っているのよ」と言われました。中身を保護するためにそうされていたのです。以前はほんとうに荷物の扱いが乱暴で、よく梱包してあるものでも本の角が傷んでいることがありました。それに較べるといまは滅多にそんなことはありませんが、『資料集』は念のため、校正等に使った紙(ヤレ)で少しでもガードするようにしています。
▼宿沢あぐりさんの粘り強い尽力により、二分冊に増補された『新編 今氏乙治作品集』が発行されました。連絡先は〒405-0011山梨市三ヶ所290−6宿沢あぐりさんです。
 前号の藤井東さんの文章の下段4行目の「情報神体」は「情報身体」の誤りです。ほんとうに申し訳ありません。
▼第76集は「マス・イメージ論(乗)」で、7月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 72」

「吉本隆明資料集75」は「源氏物語論」です。
▼これまでに、使い潰したワープロ2台、パソコン2台。すべて中古でしたが。そう思うと、長い間続けているんだな、と思いました。ほんとうに不器用で、遠い昔の話ですが、小学校にあがる直前に、何と言うのか知りませんが登校して読み書きや工作みたいな事をさせられました。その時、付き添ってくれた年の離れた姉に「お前は鋏みも使えないの」と云われた記憶があります。で、入力は2本の指でやっています。その事を友だちに話すと、その友だちはブラインド・タッチできないのは「そうする気がないからですよ」と言いました。う〜ん‥‥‥不器用に固まっているだけなのかもしれません。まあ、逆にいえば、そうだからこそ続けられているのかもしれませんが。
▼第76集は「物語の現象論・若い現代詩」で、6月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 71」

「吉本隆明資料集74」は「文芸時評・下」です。
▼毎回の発行にはいろんな作業があるのですが、その一つに落丁・乱丁のチェックがあります。最初の第1集を出した時、点検をせずに封入して発送しました。ところが、その中に何冊か落丁(白紙頁)本があり、返送されてきました。それからは、毎号、発送前に全頁チェックしています。
 不備や不審な点(経理的ミスなど)がありましたら、遠慮することなくお知らせください。
▼第75集は「源氏物語論」で、5月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 70」

「吉本隆明資料集73」は「文芸時評・上」です。
▼「心的現象論」の未刊分を「資料集」として発行しようと思ったとき、『試行』連載46回分を一人で入力することができるだろうかと思いました。やる以上は、他のものとは違って、途中で放棄することはできないと思ったからです。でも、なんとかやり遂げることができました。
 あらためて言う必要はないのかもしれませんが、この機会に資料集(「初出・拾遺篇」)の編集方針を書いておきます。
 (1)主要作品の初出復元と、単行本未収録の著作・講演・対談・談話等を網羅することを目指す。
 (2)吉本さんを煩わすことなく、じぶん(松岡)の全責任でやること。
 この二つです。あとのことはその都度、実際的に対応すればいいと考えています。
▼第74集は「文芸時評・下」で、4月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 69」

「吉本隆明資料集72」は「心的現象論 了解論III」です。本集で「心的現象論」は完結です。正直、ほっとしています。頑張りますので、本年も宜しくお願いします。(松岡)
●『吉本隆明資料集』続刊予定
第73集 「文芸時評・上」(『空虚としての主題』初出『作品』1980年11月号=81年5月号)「書き出しの現象学」「抽象的と具象的」「イメージの行方」「背景のしくみ」「感性による否認」「固執された〈意味〉」「持続された思惟」/「『文学者』という画像」(81年3月)「川端要壽のこと」(81年6月)
A5判116頁 頒価1300円(送料共) 2月下旬発行予定
第74集 「文芸時評・下」(『空虚としての主題』初出「作品特別号」1〜5、『海燕』82年1月号)「さまざまな自然」「『私』および『彼』の位置」「『私』小説に出あう」「物語を超えて」「嫌悪としての描写」「小説の条件」/「均質化時代の入口で」(82年1月)
A5判116頁 頒価1300円(送料共) 4月発行予定
第75集 「源氏物語論」(『国文学ー解釈と鑑賞』1981年5月、7月、9月、12月号初出)「与謝野晶子訳『源氏物語』(談話)」(85年3月)
A5判140頁 頒価1500円(送料共) 5月発行予定
第76集 「吉本隆明氏を囲んで(佐賀)」(1981年11月)「物語の現象論」(1982年4月)「色の重層」(82年6月)「伊東聖子『新宿物語』」(82年8月)「古井由吉について」(82年9月)「若い現代詩」(82年11月)
A5判112頁 頒価1300円(送料共) 6月発行予定
第77集 「マス・イメージ論・上」(『海燕』1982年3月号〜8月号初出)「変成論」「停滞論」「推理論」「世界論」「差異論」「縮合論」/「日本を読むための25篇」)82年9月) A5判112頁 頒価1300円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 68」

「吉本隆明資料集71」は「現代詩の思想・村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』」です。
▼「初出・拾遺篇」30冊目にして、やっとというのか、ついにというのか、わかりませんが、吉本さんと初めてお会いした時点に到達しました。それが「資料集」発行の起点になっていることは確かです。
 吉本さんは、第30回高知市夏季大学(主催 高知市教育委員会・高知新聞社・高知放送[実務 高知市立中央図書館]。期間8月1日〜17日[内1日は休講日]。会場 県民文化ホール・オレンジ)の16名の講師の一人として来高しました。吉本さんの講演日は、1980年8月15で午後6時から7時半までの予定でしたが、予定時間を30分以上オーバーする熱のこもった講演でした。吉本さんは飛行機で来高し、宿は城西館でした。吉本さんは到着後、関係者の案内で市内の観光地をめぐり、桂浜の近くの種崎海水浴場では泳いだようです。わたし(たち)は講演終了後、翌日の「囲む会」の打ち合わせのため、楽屋を訪ねました。こういうことは地元の者でないとわからないと思いますので、記しておきます。
 第72集は「心的現象論 了解論III」で、1月下旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 67」

「吉本隆明資料集70」は「横光利一論・南方的要素」です。
▼吉本さんは『dancyu』の連載で8月13日夜意識不明で救急車で病院へ運ばれたときのことを書いています。それを読んでも心配するだけで何も出来るわけではありませんけど、〈生涯現役〉で貫き通そうとする姿勢は、全く変わることなくそこにもあると思いました。
▼「資料集」をずっと扱ってくれていました東京・神田の書肆アクセスが11月17日に閉店します。ほんとうに残念です。お世話になりました。
 第71集は「現代詩の思想・村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』で、12月中旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 66」

「吉本隆明資料集69」は「戦後詩における修辞論・小林秀雄をめぐって」です。
▼「資料集」の第2集が品切れになり増刷しました。発行を継続しているかぎり(『試行』の復刻版は別として)絶版にはしないつもりです。殆どが既刊の本には収録されていないからです。現在すべての在庫があります。第70集は「横光利一論・南方的要素」で、11月初旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 65」

「吉本隆明資料集68」は「心的現象論 了解論 II」です。
▼地方小出版流通センターを介して、ジュンク堂池袋店で「資料集」を扱ってもらうことになりました。取り扱い書店は現在、東京は八重洲ブックセンター本店、書肆アクセス、模索舎。それに京都の三月書房です。現物を手にとっていただける機会はとても少ないのですが、現状では仕方ないと思っています。これまで通り、一人一人の読者とのつながりを大切に持続してゆきたいと思っています。
▼第69集は「戦後詩における修辞論・小林秀雄をめぐって」で、9月末発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 64」

「吉本隆明資料集67」は「賢治文学におけるユートピア・「死霊」について」です。
▼「資料集」はシンプルな作りの冊子なのですが、その利点もあります。「通勤の電車で読んでいる」というお便りが寄せられるからです。悩みの種は校正です。前集は念入りに校正をやったつもりでしたが、それでも誤植がありました。居直りではなく、神経症的にならないよう、それが自分の実力と思うことにしています。第66集の誤植個所は、29頁7行目「もともと「処女」である母性と形容矛盾」は「」、71頁14行目「足につわる」は「」です。多にもあるものと思います。(松岡)
●『吉本隆明資料集』続刊予定
第68集 「心的現象論 了解論 II」(『試行』第54号〜第62号)
A5判132頁 頒価1500円(送料共)8月下旬発行予定
第69集 「戦後詩における修辞論」(1978年3月)「三上治『幻想の革命』」(1978年6月)「講演「詩について」質疑応答」(1978年8月)「『戦後詩史論』について」(1978年9月)「小林秀雄をめぐって」(1978年10月)「宗教について」(1978年12月・79年1月)
A5判112頁 頒価1300円(送料共)9月発行予定
第70集 「横光利一論」(1979年4月)「私の横光利一体験」(1999年4月)「〈土着〉について」「生活と情況をめぐって」(1979年8月)「南方的要素」(1979年12月)
A5判112頁 頒価1300円(送料共)11月発行予定
第71集 「起伏」(1979年12月)「現代詩の思想」(1980年1月)「ある塹壕」(1980年1月)「三島由紀夫と太宰治」(1980年3月)「「幻想論の根柢」序文・質疑応答」(1980年4月)「末次弘『漱石文学論』」(1980年5月)「文学の原型について(講演要旨)」(1980年8月)「夢・その他」(1980年10月)「村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』」(1981年2月)「現代社会と詩的喩法」(1969年)
A5判100頁 頒価1200円(送料共)12月発行予定
第72集 「心的現象論 了解論 III」(『試行』第63号〜第74号)「情況への発言 東北語と西南語の脱音現象について」(『試行』第73号)
A5判228頁 頒価2400円(送料共)1月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 63」

「吉本隆明資料集66」は「歳時記・季節論」です。
▼久しぶりに電話で吉本さんとお話ししました。元気そうな声で安心しました。山本哲士氏らによって『心的現象論』が刊行されるようですが、『試行』連載の再録で、吉本さんの手は入っていないとのことです。また「あとがき」等も書かれていないとのことでした。「資料集」は、昔でいえば私的な写本みたいなものです。いまはパソコンがありますから、こういう形態になっただけです。入力・校正・版下までを作り、印刷所に渡し、それから発送から経理事務までを自分でやっています。
▼第67集は「賢治文学におけるユートピア・「死霊」について」です。7月下旬発行予定。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 62」

「吉本隆明資料集65」は「心的現象論 了解論 I 」です。なお、『心的現象論 了解論』は3分冊です。「 II 」は製作作業はほぼ完了しており、8月に発行できると思います。「 III 」は現在入力中です。吉本さんがミシェル・フーコーと対談した折、吉本さんがその対話のために「幻想」という概念を「意思」という概念に転換したかのように言った人がいましたが、本集を読めば、そうではないことが歴然とします。ヘーゲルを主なる対象として、ここに「意思論」が展開されているからです。
▼先号に「一時期」をご執筆いただいた脇地さんのお名前が間違っていました。(誤)火同→(正)炯です。大変失礼いたしました。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 61」

「吉本隆明資料集64」は「小林秀雄・芥川龍之介における虚と実」です。今回は1977年のものを収録しました。この年度で一つ指摘しておきます。思潮社の『鮎川信夫論・吉本隆明論』の巻頭の「鮎川信夫論」の末尾に(「ユリイカ」・77・2)とありますが、この論考は1957年2月に第一次「ユリイカ」に発表されたものです。20年も間違っています。また『吉本隆明詩全集』第6巻の「吉本隆明年譜(3)」に、1977年2月〈「鮎川信夫論」を「ユリイカ」に発表〉とありますが、これはその間違いを踏襲したものとおもわれます。
▼第65集は「心的現象論 了解論 I 」で、5月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 60」

「吉本隆明資料集63」は「戦後詩の体験・宮沢賢治論」です。
▼「初出・拾遺篇」は、年代順に主要な著作の初出の復元と、発行時点で吉本さんの著書に未収録の、著作から談話記事までを対象としています。但し、全く活字化されていない講演については、労力的にも資金的にも当方では難しく、現段階では除外しています。
 今回の収録内容が1976年のものですので、現在からは約30年前の地点を進んでいることになります。気が遠くなるところもありますが、制作作業は楽しく充実しており、焦らず着実に発行してゆきたいと思っています。
▼第64集は「小林秀雄・芥川龍之介における虚と実」で、4月上旬発行予定です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 59」

 「吉本隆明資料集62」は「西行 僧形論・武門論」です。
▼続刊のことでお知らせしておきます。第67集に予定している「『死霊』について」は1976年5月10日札幌での講演の記録です。『吉本隆明全講演ライブ集』に同じく講演「『死霊』について」の収録が予定されていますが、版元に問い合わせたところ、これは翌11日の仙台での講演とのことです。吉本さんがまったく同じことを話すことは考えられませんので、重複することはないと思います。
▼第55集に載録しました「初期歌謡」の底本とした『和歌の本質と展開』は再刊本でした。(奥付にその旨の記載はありません)。『和歌の本質と展開』の初刊は1973年4月15日です。高橋忠義さんのご教示に感謝します。(松岡)
●『吉本隆明資料集』続刊予定
第63集 「ショウリョウバッタの音」(1976年)「戦後詩の体験」(1976年12月)「宮沢賢治論」(1976年12月)「政党政治、ロッキード事件からUFO、スマートボールまで」(1976年)「現代における政治過程にとってその自立とは何か」(1971年)
A5判88頁 頒価1200円(送料共) 2月下旬発行予定
第64集 「小林秀雄」(1977年1月)「芥川龍之介における虚と実」(1977年5月)「痛切な仕事」(1977年)
A5判120頁 頒価1300円(送料共) 4月発行予定
第65集 「心的現象論 了解論I」(「試行」第46号1976年9月〜第53号1979年12月)
A5判128頁 頒価1500円(送料共) 5月発行予定
第66集 「歳時記」(『月刊エディター』1977年4月号〜78年3月号)「季節論」(1979年7月)
A5判100頁 頒価1200円(送料共) 6月発行予定
第67集 「宮沢賢治の世界」(1977年)「映画批評はここから出発する」(1977年)「『死霊』について」(1977年)「慈円について」(1977年)「賢治文学におけるユートピア」(1978年2月)
A5判116頁 頒価1300円(送料共) 7月発行予定

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【猫やしき】@「猫々だより 58」

 「吉本隆明資料集61」は「太宰治試論・情況の根源から」です。本集が今年最後の発行となります。この1年のご支援に感謝いたします。第62集は「西行 僧形論・武門論」で、1月下旬発行予定です。それから、転居の際はご一報ください。
▼皆川勤さんの奮闘により「66コンミューン・春の講座」での吉本さんの講演「表現論」が文字化されました。定価1000円。連絡先は東京都新宿区1−30−12−302アナキズム編集委員会です。(松岡)

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【猫やしき】@「猫々だより 57」

 「吉本隆明資料集60」は「色材論・初期科学論文です。
▼クロネコ・メール便が、「重さ」から「サイズおよび厚さ」に変更され、料金が安くなりました。A4サイズ1センチまでが80円、A4サイズ2センチまでが160円です。物価が値上がり傾向にあり、少しずつ苦しくなっていましたから、助かります。
▼発行を継続していて嬉しいのは、私の知らない吉本さんの作品や発言が、見つかったり、寄せられたりすることです。「資料集」は基本的に年代を追って編集していますので、時期が来ましたら収録したいと思っています。第61集は「太宰治試論・情況の根源から」で12月中旬に発行予定です。(松岡)

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【猫屋敷】@「猫々だより」  ファイル作成:2006.12.06 最終更新日:2018.02.19