詩集『道草』

松岡祥男

   朝の歌

日がのぼる
朝の匂いを
胸いっぱい吸い込んで
ペダルを踏む
まだ眠っている街
おれは挨拶しない
街灯のわびしい明かりを
通り越して
現場にむかう
くらい地下のように
閉ざされるわけじゃないが
せまい
そこが日の入口なのだ


   春の日

桑の葉を摘む
母のかたわらに
坐り込んで
雲をながめてた
(きょうも学校を休んでしまった
男は田の力だ
米の一俵も担げんもんは男じゃない
地声がひびく
身体機械は心理システムと連結しているから
おれは百姓になれっこない
春はぼんやり
向かいの穴内山がかすんでる
草をむしって
投げつけてから
尻をはらって立ちあがる
桑籠を背負い
前屈みにゆっくり
山道をたどりはじめる
しばらく行くと
もう息切れがする
この険しい道を踏みしめて
ひとはくらしてきたのだ
そんなあたりまえのことが
ずっしり重りかかる
(きょうも学校を休んでしまった


   おれのラビリンス

デートたって
デパートの屋上で話するだけだった

天気はいい
それだけで晴やかだった

無邪気に遊ぶ子供たちのように
会話ははずんでくれない

それでもおれはけんめいに語り
ヤスコはひたむきに聞いていた

わかれるとき
胸の前で小さく手も振った

そんな休日もあった
おれのラビリンス

欲望を解き放つには
しみったれた露地がいるのだ

くらい通りにさそいこんで
いきなり抱きつくしかないさ

村に帰ったときは
柴折り地蔵に柴をあげよう

心のくらがりをひろって
迷わず歩けるように


   みちくさ

疲れた
すべてが影絵になる

みんな やっつけてやる
エイ、エイ、エーイ!
雑草をなぎ倒しながら
あぜ道をたどる
道草ばっかりくってると
雨が降ってくるぞ
なまめかしい風が云ってく
カエルのやつが
うれしがって鳴きだしたから
わかっちゅう
傘なんかなかったっち
たいもの葉があらあ
ザァーザァーザァー
降ったらええが
ザァーザァー降って
ぬれたっち
誰にも怒らりゃぁせん
おらあ どうでもええがやき

たれさがる電線をひきずって
電信柱も立ち去った
街の流れははやく
風景は激しく明滅する
疲れていても
へたりこむ空隙もない
ソラリゼーション
ちょっとめまいがしただけさ


   夜のすきま

障子の破れから 
月あかりがさしこんでいる
外気をつれだって
おかやんも サブ兄も ヤス兄も シゲも
みんなねむっている
そおっと戸をあけて
縁側へでる
月はやしろの松の上
山から谷をつくってながれおちる水の
音が遠くきこえる
みんな ひっそり休んでます
庭に下りると
月影が友達になる
杉のかきねをつたい
影と一緒に遊びにゆこうか
村のはずれまで


   藪の中

「中屋」のカツも「前」のサダも通った
道からはずれて
竹藪にはいりこみ
孟宗竹の林の岩蔭にすわる
ザザザザ 竹が
たえまなく風の歌をうたっている
(家の者は畑へ行ったろうか?
竹の葉が舞い降りてくる
ひとつ、ふたつ、みっつ……
目で追いながら
うすぼんやり
時の流れをながめてる
ひかりはあわく
(一時限目の授業はもう終わったろうか?
野ねずみが
ガサガサかけまわる
藪の中から
道がみえる
学校がみえる
教室がみえる


   薄暮の川

あなたのセックス・フレンドになってあげるわ。
(なにを誤解したのか
(おれは独り身じゃないんだ
(よしてくれよ、ひやかしは。
川風にあたれば
少しは気分も洗われるだろう
うさんくさい文字の
手紙を封筒にしまい
家をでた
さびれたアーケードをぬけ
大通りを横切り
人や自転車をかわしながらせまい歩道を急ぐ
(ナルちゃん パラちゃん
(こんにちわ
(ともだちになろうね。
やっと川にでた
この流れに愛着はない
川辺にたたずんでも
向こう岸で手を振ってくれるひとも
空に映るものもない
(やつらは鋭敏だから
(かぎわけるんだ
(病者は病者が友なのさ。
たばこをつぶして
ふりかえると
ここも洲だ
(フン
(なにをいまさら
(どぶればいいだけのことさ。


   椿の茶床で

山の千枚田
茶床から煙がたっている

きょうは田んぼの草とりだ
ひざのあたりまでふみこみながら
腰をかがめ
稲のあいだの
浮草や水草を取り除いてゆく
ひとしきりつづけると
芯まで冷える
おかやんの唇は紫色になっている
あぜにあがり
背をのばして
少し日光をあびたら
また田にはいる
そのくりかえし
春先にいっぱいいた
腹が赤くて気味の悪いいもりのやつらは
何処へ行ったんだろう
ぼくは茶の枝を折ってきて
火にあぶり
沸騰したヤカンに突っ込んで
お茶をわかす
もうすぐお昼なんだ
大きな岩と
しげった椿の木でできた茶床で


   台風

山の上を雲がびゅんびゅん飛んでく
雨も断続的にたたきつけ
坪はいちめん雨花の園だ
台風がくるぞ
雨戸を打ち
兄やんたちが丸太で家につっかい棒をする
おとやんは田を見に行った
おかやんは水を汲んでいる
びゅうびゅう風は垣根を吹きあげ
竹林や雑木がさけび声をあげている
台風がくるぞ
ツネはじっとしちょれ!
暗いわらぶきのなか
雨戸の節穴からもれてくる明かり
ガタガタ鳴る戸やゴォゴォ轟く谷の音に
ひとり興奮してる
台風がくる
台風がくる


   青空

サケ
酒じゃ
手がふるえる
ベイやんはアル中だ
小型のバキュームカーで酒屋の裏手に乗りつけ
午前中から一杯ひっかける
お〜い、松。
おんしゃもジュースでも飲めや!
おれはホースをかかえて突撃する
狭い露地がおれたちの専門で
すぐに満杯になる
臭くたって気楽なのがいちばんよ
ベイやんは飲んだって酔いはしない
それでも心配なのか
牛乳やコーラをにおい消しにする
松、事故らんかぎり
つかまりゃせんき。
いい天気だ
きのうの休みは海へ行った
妻と波打ち際を歩いたり
砂浜にしゃがみこんで
水平線をながめてすごした
快調さ。

 (『アジアの終焉』大和書房・一九九〇年一月刊所収→『続・最後の場所』7号(二〇一九年一一月発行再掲載) 


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「詩集『道草』 松岡祥男」 ファイル作成:2023.05.13 最終更新日:2023.05.17