ニャンニャン裏通り(その1)

松岡祥男

    〈序〉

 この『ニャンニャン裏通り』と『吉本隆明さんの笑顔』の二冊の冊子は、『吉本隆明資料集』の発行を長い間〈購読〉というかたちで支援してくれた方々に、お礼として配布するために作りました。
 『ニャンニャン裏通り』は、『資料集』挿入の「猫々だより」に書いたものと長野県千曲市在住の根石吉久さんが主宰した『快傑ハリマオ』という雑誌に連載したものです。それを推敲してまとめました。
 根石さんのお誘いがなければ、こんな好き勝手なことを書く機会はなかったと思います。一緒に〈遊ぶ〉ことを目的にしたもので、とても愉快でした。わたしの発言で、そのとばっちりが彼に及んだこともありましたけれど、そんなことはどうってことはないはずです。
 根石さんとわたしのいちばんの共通点は、世間に対してうまく折り合いをつけることができないというところでしょう。それでも、それぞれにおのれを貫いてきたのです。それがことばの表現であろうと、日々の暮らし方であろうと、同じです。
 じぶんでじぶんの冊子を作るのは、詩集『ある手記』以来です。『ある手記』は一九八二年一月二五日発行ですから、三七年ぶりということになります。あのときは和文タイプライターの練習のために作ったのですが、鎌倉諄誠さんが表紙の絵と跋文を書いてくれました。「はるかな前途よ これが貧しい一歩である」と「あとがき」に記していますが、わたしはそこから歩をすすめているでしょうか。
 時代とともに情況は大きく変わりましたが、ただ〈世界〉と向き合うことはやめなかったような気がします。
 じぶんのものは、何度見返しても、間違いや誤字や脱字を見落としてしまいます。
 菅原則生さんにお願いして校閲して貰いました。記して感謝いたします。
     (猫々堂版「あとがき」2019年12月)

 自家発行した冊子が手許に無くなりました。そこで、吉田恵吉さんのご厚意に甘えて、ここに掲載することにしたしだいです。
     (2023年12月)

 1 ニャンニャン裏通り

     (1)[二〇〇六年一二月]

 先日、本屋で『丸山真男回顧談』という本を覗いたら、「悪いけど吉本隆明など愛読して」書くとみんな「評論」になるという意味のことを言ってた。なにが「悪いけど」なのかは知らないが、このおやじ、無条件に「評論」よりも「論文」の方が上等で、「評論家」よりも「学者」が偉いと思ってたんだ。勘違いもはなはだしいよ。学生運動がいにしえの物語となり、表立った波乱もなくなって久しいから、またぞろ、安逸な処に全体が収まってしまっている。橋爪大三郎なんかがその典型だ。その昔、演劇かなんかをやってはしゃいでいた自分よりも、大学教授の椅子に収まった今日の自分を偉くなったと本気で思ってやがるんだ。そこで何をやるかが、ほんとの勝負処だとしても。
 大学? 無知無学のお前には、そんなの、雲の上のことだろ。どうだって、いいじゃねえか。そのうえであえて言えば、丸山真男が吉本隆明の「評論」なんか足元にも及ばない、立派な「論文」を物すればいいだけだ。ところが、お前の言うように、六〇年以降、社会的地位にもたれかかり、くだらねえことしか言わなかったし、やりもしなかった。また、丸山をもちあげたい奴は、滝村隆一なら滝村の丸山批判をちゃんと正面にすえて、その上で再評価やればいいんだよ。前の職場で頭の良いねえちゃんが働いていて、「大学では何を勉強してたの?」って聞いたら、河合隼雄系統のユング心理学だというんだ。それでどうして続けなかったのというと、「お金が続かなかったから」というんだ。その時わしは、何も知らないから、学問に金なんか関係ないだろ、本人の意欲の問題と思った。だが、実際はどうも違うらしい。「学者」や「研究者」になりおおせるには、金があり、生活が安定していなければ到底無理、そういう世界なんだって、だんだん判るようになった。結局、丸山真男なんかがご大層に「学者様なんだぞ」って、威張ったって、そんなもの、特権的な自己満足にすぎない。だいたい「思想の科学」一派はそんなのばかりだ。鶴見俊輔は例外的なのかも知れないが。まあ、大学も再編で安穏とはいかなくなってるだろうがな、どっちにしろお前は、都合の悪いことには頬被りするのが気に入らないだけだろ。
 しかし、そんなところから始まって、どんどん嘘化してるだろ。高校が事実上、大学の予備校で、必修科目を教えてなかったなんてのは、公然のことだろう。それをいまさら大騒ぎしているし、それを理由に自殺する校長まででる始末だ。高知県でも私立高校が必修をすっ飛ばしてて、なんだかんだ言っているが、そんなの現場ではみんな知ってたはずだ。それで、「過去三〇年間、履修科目については県に報告してきた」とはっきり言ったのは一校だけだ。あとは「申し訳ありません」「生徒に負担のかからないようにします」というだけで、実態を覆い隠した言い逃れ大会でしかないよ。ウチは進学校を売り物に商売している、だから進学率を上げ、競争に勝つには受験に必要のない文部科学省の指導通りやっていたんじゃ、とうてい成り立たない。高校教育なんてものには、いまや独自の位相は無いんだ。そうはっきり言えばいいじゃないか。お上のご機嫌伺い、世間体ばっかり取り繕いやがって。
 たしかに、なんか寄ってたかってカマトトごっこしてるな。自殺なんてあんまりだぜ。死んだら終わりなんだ。死んだって、なにひとつ、片がつくわけじゃない。学校教育の実態も、生徒が置かれている状態も、客観的な事態は少しも変わることなく、厳然としてそこに在るんだ。そのことの責任を一身に負う謂われもないし、負えるわけもない。嫌なら校長という役を降りればいい。それでも足りないんなら、教職なんか投げ捨てればいいんだ。「いじめ」で自殺する子供だって、死んだら、みんなが自分の方を向いてくれると錯覚してる。死んだら、そんなもの無い。じぶんというものが無くなるわけだから。「いじめ」の最大の元凶は学校だ。その責任をすべて子供になすりつけようとしている。何が処分の「登校停止」だ。何が制裁の「奉仕活動」だ。ふざけるな。「えい。解散を命ずる」と言いたくなるぜ。
 おれが現役の高校生の時なんか、夜間高校ってこともあっただろうけど、先生はとにかく単位をとらせ卒業させるために、試験前になると、テストに出る問題を丸ごと集中的に教えていたからね。知識だとか学力だとか、そんなもの二の次さ。そんなことより、世間で中卒じゃ、どうしても不利で見下されるから、せめて高卒という肩書きがあればという生徒の願望をかなえようとしてたんだ。おれはそれでいいと思う。そういうことがわかっていた先生が人望もあり、いい先生だった。生半可に教育しようなんて思っている教師は面白くもなんともない公務員にしか見えなかったね。まあ、おれの通っていたのは普通校だったから、看護婦見習いの女子が多かったんだけど、正規の看護婦になるには国家試験があるから、それで真面目に勉強してた。その点、おれなんか別に目標があるわけじゃないから、まともに授業を受けてなかったね。
 あげくに、学校に楯突いて退学か。カマトトってことでいえば、「談合」なんて騒ぐのもおかしいぜ。昔から土木工事は税制上も優遇されてきて、それは〈アジア的〉な特性の名残かもしれない。で、大きなトンネル工事やダム建設ともなれば、大規模工事だから、地元の土建屋じゃ、技術的にも資金的にも、工事を請け負う力量は無いからな。そうなると、大手ゼネコンの独占ということになる。それじゃ、地元としては納得できないだろ。そこで、大手を骨格にして、人手の手配なんかになるとやっぱり地元の土建屋の方が都合がいいから、いくつかの業者で根回しをして、共同企業体を作るんだ。その段階でもう「談合」がなければ、事が始まらない。野次馬でしかないマスコミは、入札時を捉えて「談合」と言っているだけだ。全体の構造を考えないで、エセ社会倫理で社会をリードすれば、ろくなことになるはずがないぜ。
 そういうふうに言うなら、村上春樹がノーベル文学賞の候補になっていただろう。だけど、大江健三郎が受賞しているから、まだ日本に廻ってくるはずがないよ。作家や作品が第一の世界じゃないのさ。だいたい賞なんて、日頃からその界隈や選考委員と「おつきあい」してないと廻ってくるはずがない。所詮人脈金脈さ。それはいじけた地方の文学賞まで一貫していることだ。違うのは稀だと思うね。なかには賞の権威づけや選考委員の今後のために、賞を押しつけるケースだってあるんじゃないのか。村上春樹が文芸評論家を毛嫌いするのはわかる。確かに無原則ずるずるの左翼商売[スガ=糸編に土二つ]秀実だとか、業界小僧の富岡幸一郎だとか、あんなのを文芸評論家というなら、反吐が出そうで相手にする気がしない。だけどね、そうだからといって『少年カフカ』みたいな、ファンクラブの雑誌を作って悦に入るのもおかしいよ。それが村上春樹の通俗性さ。そんな多数派工作なんかやらずに、有無をいわせぬ作品で勝負すればいいことだ。生原稿流出の件だって、慇懃に「私は正しいです」とアピールしてるだけじゃないか。
 同じことだ。宇宙衛星の打ち上げだってな、「また日本人宇宙飛行士が誕生しました」なんて、大喜びしているだろ。あれはアメリカのNASAを中心とする宇宙産業が崩壊に瀕していて、どうにもならなくなっているから、資金を提供した処に席を譲っているだけだろ。別に宇宙飛行士にケチをつける気はないし、まして、ひとびとの夢に水をぶっかけるつもりもないが、そんなに浮れることでもないぜ。
 左翼のことでいえば、いまだにエンゲルスをはじめとしたマルクス主義の教条を信じていて、私有財産の廃止、産業の国有化が「革命」と思っている連中がいるからね。ソビエト連邦が崩壊し、事実上社会主義国家が潰え去ったということもあるけど、国家体制の問題を別にしても、産業の国有化の功罪なんてものは、国鉄(現JR)、電電(現NTT)、郵政(現日本郵政)の三公社の解体と実態を見れば、たちどころにわかることじゃないか。JRなんて偉そうな上に、サービスは悪く事故だって決して少なくない。NTTにしたって、ほんとうは独占で、シェア率一〇〇%だったのにという考えが抜けないから、他社の攻勢に対して、渋々対応するように値下げしたりして追従しているだけだ。なんら利用者を優先する積極的な策を打ち出すことが出来ない。これが官製の体質であり、いまだにその弱点を引きずっているのさ。郵政なんか見てみろ、クロネコがA4サイズ厚さ1センチまでを八〇円にした。これは普通の手紙と同じ料金だ。同じ物を郵便で送ってみろ。四倍以上の代金になるケースだってある。それで何をやっているかといえば、通信文や納品書や請求書の同封はまかりならん、という行政的な規制だ。要するに嫌がらせだよ。
 まあな。エンゲルスなんか共同(体)の論理と倫理だけで済ましているからな。だがな、サービス向上は結構だけど、働いている者は低賃金のうえに超ハードかもしれない。だから、トータルに考えないといけないぜ。それに良い処もある。郵便局でいえば、振替の手数料なんか銀行より安いし、郵便配達は郡部では地域の住民と密着していて、ただ物を届ける以上の面ももっているからな。顔なじみでひと声をかけるなんて、機能主義からすればなんの意味も価値も無いかもしれないが、ほんとうは違うな。

     (2)[二〇〇七年一月]

 みんな、何処だ。おれはここにいるぞ。
 なんだ、お前、ビックリするじゃねぇか。悪い夢を見て魘されたみたいに。「みんな」って、誰と誰らのことだ。「ここ」って、どこなんだ。寝惚けたことを言うなよな。
 そうじゃないよ。おれには、どこにも帰属するところがないってことだ。あらゆる関係からこぼれ落ちて、最初の忌避でひきこもる幼児みたいに、資質の地に舞い落ちたってことさ。べつに孤立的なことに悲鳴をあげているわけじゃないよ。
 まあ、どこでもはぐれ者だからな。どうしようもねえな。いまさら、やり直すこともできないし、隊列を組んで突撃するような場面が再来することもあり得ない。じぶんがじぶん以上のものに拡大された解放感ってのは、それは大きい体験に違いないさ。しかし、そんなものはひと夏の夢と思った方がいいぜ。たとえお前の思いが、共通の疼きみたいなものだとしてもな。ところで、一連の北朝鮮をめぐる動きによって、日本もどんどん取り込まれて北朝鮮化してきたな。政府はテレビ・メディアに対して、すっかり政治の具となった拉致問題を口実に、「国民の安全」の観点から「命令放送」もありうるとまで言い出したぜ。それで「北京」や「平壌」の日本向け放送と同じように、短波を使って呼びかけまでやりだした。
 はじめの頃、マスコミは北朝鮮の公式発表などを嘲笑的に取りあげていたくせに、相互規定的に引っ張られて、似たり寄ったりになりつつあるね。「命令放送」以前に、すでにそんなものは、内部通達があり、これまで実施されているさ。反北朝鮮キャンペーンから「皇室報道」まで、毎日必ず時間を割いているからね。
 ファシズム的な法整備にも、野党は批判の声すらまともに挙げないし、異論は表面に出ないように封殺されている。だけどな、これはまず全左翼の無策と無能の結果だと思うな。日本共産党や社民党などは、なんら現実的なビジョンを示すことができず、組織的な保身しか考えてこなかったから、思想的に痩せ細り自己凋落したんだし、新左翼はマルクス主義の旧い図式から抜け出すことができず、社会の裏面を這い廻っているだけだ。大衆の命運を正面に据えて、状況を切り拓くことなんかできっこないぜ。泣き言を言う資格ははじめから無いんだ、自他ともにな。
 どこも組織形成の時期で、思想と運動形態が出来あがり、それ以降はそのまま硬化するか、俗化してゆく以外の路線をとることはないね。その段階で思想は打ち止め。あとは状勢的な反映があるばかりじゃないのか。たとえば、左翼的な通念として「宗教は阿片である」ってあるだろ。おれもある面で真理だと思う。精神の大いなる収奪という意味でね。しかし、そこで思考を停止し、この考えが制度的に固定化されるとどうなるかっていえば、「禁圧」するしかないことになるのは必定さ。それはソビエトのロシア正教に対する政治的な弾圧でもわかることだ。さらに個人レベルでいえば、宗教を信仰するものは迷妄に捕われた愚かな存在だと見下しはじめる。しかし、その一方で自分だって墓参りはするし、冠婚葬祭の時にはそれに従っているだろ。これは習俗とはいえ矛盾だし、そこから当然「宗教は阿片である」じゃ済まないことは嫌でもわかるじゃないか。宗教を思想へ、霊魂を精神へと止揚しようとする思考の展開は、ほんとうはその前の観念形態を大きく包括したものじゃなければ、おかしいよ。
 それの反対の現象もいくらでもあるな。宗教団体の勧誘と寄付集めの戸別訪問は凄まじいぜ。他人の家に勝手に入り込んできて、玄関先で「神の使いでやって参りました」「あなたに救いの手を差し伸べます」なんて厚かましくやられると、うるせえ、放っといてくれ。二度と来るな、バカと思うのは日常的だからな。詐欺セールスの連中と同じで。
 話をもどすと、「命令放送」ってことは、権力の隠然たる強要から、報道統制へと次元が移行することになるよ。もともとテレビをはじめとするマスメディアは体制迎合的なんだけど、村上春樹に「TVピープル」って短編があるだろ。作品としてはそんなに優れたものとは思わないけれど、その中の「TVピープル」という奇形性の定義は悪くない。「TVピープルの体のサイズは、僕やあなたのそれよりはいくぶん小さい。目立って小さいというわけではない。いくぶん小さいのだ。だいたい、そう、二割か三割くらい。それも体の各部分がみんな均一に小さい。だから小さいというよりは、縮小されている」これがテレビの本質かもしれないよ。テレビはちっぽけで閉じられたスタジオの世界でしかないよ。そこから情報を発信する、それはあらかじめ選択された情報や意図的に制作された番組であると同時に、情報としての現実だ。だから、その世界に染まると、精神の平板化と現実性の縮小化を免れないような気がするね。個人的にはテレビのスイッチを切って見なければいいんだけど、それでも電波は行き渡っているから、その影響と誰も無関係ではあり得ないね。
 そうかな、その方が固定観念って気もするな。そんなことを言わなくても、金廣志が書いてた(「猫々だより五三」)高知を襲った台風の時、わしんとこは床上浸水を経験しているんで、覚悟してチャンネルを変えながら、テレビにかじりついていた。台風情報は一晩ぶっ通し流された。雨雲の動きなんかがわかって良かったんだが、しかし、どの局も高知市東部が水没しているという事実は全く伝えなかった。そのとき、ほんとのところでは空っぽなんだと思ったな。そんなことより、「テロ資金対策」などとぬかしてATMでの振込を十万円までに規制し、それ以上になると窓口で身分証明が必要としたことだ。大嘘のもとに、金融資本の利益(手数料稼ぎ)を推進しているだけじゃねえか。これは一般的な自由の阻害という意味では、大手銀行の倒産危機の際に政府資金を投入したことよりもひどい。
 「テロ」という明確な定義づけもない、馬鹿げた名目の、大衆への〈圧制〉だ。なんでも有りの、この傾向は強まる一方だと思うよ。個々の民衆が社会の主人公だ。それを無視して何処へ行くつもりなんだ。

     (3)[二〇〇七年四月]

 お前、「疎明書」って、知ってるか。
 なに、それ。
 わしもいままで知らなかった。「疎明」というのは、辞書で引くと裁判用語みたいだが。それは「地方公務員法第十六条(欠格事項)」に基づいたものだ。それの(5)には「日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入したもの」とある。で、「私は、上記の条項いずれにも該当しないことを疎明します。」という「疎明書」に署名・捺印して提出しないといけないんだ。これが最近では、臨時や非常勤の者までに及ぶようになっている。
 「レッド・パージ」と同じじゃないか。それは、公務員なら憲法を遵守しますってことは、採用の前提になるだろうが。
 驚くぜ。第一「日本国憲法施行の日以後」って具合に、時間を遡って、規定しているところが恐ろしいよな。日本は基本的人権によって、思想・心情の自由は保障されているはずなのに、この条項は明らかな転倒で、法的矛盾だ。また過去に遡ってということは、それには時効というものが無いことになるぜ。かつて「暴力革命」を唱えて、その組織に加盟していたものは、その後、どのように転身しようが、立場や思想が変わろうが、全部パージされることになるからな。
 いや、それは単に時制的な上限を言ってるだけかも知れないね。でも、その「政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体」と言ったって、それを組織綱領として掲げているならば明瞭だろうが、そうでなかったら、そんなものは指定できないはずだ。もちろん、現在の権力は「破壊防止法」によって、その対象を指定している。その中には日本共産党まで含まれているよ。だから、国家や政府の意向で、いくらでも拡大解釈可能なものだ。こんなもの通常は、無効の紙切れだろうが、状況が切迫するようなことになったら、当然拡大適用されることになるね。
 なんで、こんなものが表面に出るようになり、いわば末端にまで及ぶようになったのかといえば、国家や行政権力が社会の根底的な崩壊に対応できなくなってきたから、表向きを整えておきたいからだ。まあ、「和を以て貴しとなす」がその初めだからな。
 でも、こんな条項があろうが無かろうが、国家や政府は、倒れるときは倒れるのさ。それが暴力的表現になるか、穏便な形態になるかは、その状況に規定されるだけのことだ。また、それを反国家的意志を持っているものが担うかどうかも、そんなことは当面しないかぎり、判りっこない。無論、国家を越える構想は、つねに流動的に描かれているべきだけどね。逆に、政府を国民投票で直接リコールする条項の獲得とかね。
 混ぜ返せば、いくらでも云うことはあるからな。政府は日本国憲法を遵守せず、憲法に違反してイラクに派兵した、その責任はどうなるんだという具合にな。いまやアメリカの属国だからな。なんでもアメリカのご機嫌伺い、ご都合主義で通している政府だから、まあ、せいぜい破綻のない経済的な舵取りができるかどうかだけが、自他の関心の範囲のような気がするぜ。
 まあね。ホリエモンに対する、フジ・産経を筆頭とする財界の意趣返しだって凄いね。およそ法の下には平等という建前さえない有様だ。日興の粉飾決算は容認されて、ライブドアは世論から裁判まで袋叩きだからね。
 ホリエモンも、リクルートの江副の失敗を見ていただろうから、懸念はもっていただろうが、甘かったな。わしは、小泉に選挙に担ぎ出された段階で、やばいと思ったな。あれで勝ってれば、まだ持ちこたえただろうが、落選を機に、仕返しを目論んでいた連中は勢いづき、一気に潰しにかかった。日本はまだまだ〈アジア的遺制〉をひきずっているから、財界に食い込むには、摂関制の藤原氏みたいに縁戚関係を結びながら、着実に地歩を固めていかないと、新参者は、出る杭は打たれる式にやられるに決まっているさ。あと、それがいいのか悪いのか、わからないが、少し叩かれると、すぐに組織が瓦解し、内部で離反と対立を生むことだ。ライブドアの場合でも、宮内取締役をはじめとする幹部連中の屈服や離反があり、ホリエモンが、それにもめげず裁判で突っ張っているのはいいぜ。
 経済界の奥底では、相変わらず旧財閥が仕切っているわけかい。縁遠い世界で、野次馬といえばそれまでだけどね。それより、社会はどんどん錯綜化しているというのに、社会倫理的には反対にどんどん平板化しているね。高知市でこの一年くらいの間に、学校の生徒や保護者のデータの盗難が三件あったんだけど、これに対する教育委員会の謝罪が、「このことにより、教育の信頼を傷つけたことは遺憾であり、今後このような不始末がないように致します」のワン・パターンだ。その三件というのは、一つは、教員がパチンコをやっていて、その駐車場に停めてあった車から盗まれたものだ。二つ目は、家庭訪問かなんかの仕事の途中に学校へ帰り、学校の駐車場に停めてあった車から盗まれたものだ。三つ目は、図書館のトイレへ行ったとき鞄を置き引きされたものだ。この三つを同等に扱うことはできっこない。なんでも謝って置けばいいってもんじゃないよ。まず第一に、盗んだ奴が悪い。次に学校の敷地内で盗まれたなんてのは、本人の不注意とは言えないものだ。こいつら、事の軽重を全く考慮していないんだ。ちゃんと事情を説明し、擁護すべきは擁護し、その上で非は非で認めるということでなければ、頽廃は深まるばかりさ。この、どアホウ。それが他方では、総体的な管理と抑圧として個々に押し付けられるって寸法さ。そのひとつが「疎明書」みたいなものになるのさ。やっちゃいられないよ。
 それは政府からマスコミ、市民社会にまで及んでいるな。高知県の東の端っこにある東洋町の田嶋町長は、住民の意思も議会も無視して、国の「高レベル放射性廃棄物の最終処分施設の設置可能性を調査する区域」に独断で応募した。この町長の浅ましいのは、誰の目にも明らかなように、その調査で出る交付金が目当てというところだ。このバカは、それで町の赤字財政を補填しようとしている。これまでの無策をそのままに、町の財政を自力更生するような努力もせず、その気概も持たずに、事の重大さを考慮することもなしに、銭欲しさに独走したのだ。それに、事は東洋町だけに留まるものではなく、近隣地域一帯に切実な問題となることを全く視野に入れず、我が町さえなんとかなればいいという貧しい発想にすぎない。それで、金を貰って町の財政を立て直してから、最終的に拒否も可能だと安易に考えている。国の意向や施策が、四国の片田舎の町長の浅知恵に翻弄されるほど甘いはずがないぜ。
 ほんとうに救いようがないね。第一、町の財政が破綻し潰れたって、人々の生活は無くなりはしないよ。みんな、それぞれに生きてきたように、これからも、それぞれが生活の活路を見出していくさ。国に縋ったって、ほんとのところでは助けてくれはしないし、ましてや町の行政なんて、その必要上、便宜的に出来あがっているものだ。その運営の失敗を、住民が全面的に負う謂われはないさ。
 その精神のだらしなさがたまらんぜ。日照りのときに、天の神様に祈るのならわかるが、こいつは自分らの無能無策を棚上げして、天を見上げて札束が舞い降りてくることを待ち望んでいるんだ。
 そのためなら、放射能だって浴びるってか。誰もが嫌がる物を進んで受け入れるというなら、住民の意思を何よりも尊重し、しっかりしたビジョンを示すことだ。そんなもの、微塵ももっちゃいない、元日本共産党の馬鹿オヤジだ。

     (4)[二〇〇七年五月]

 お前、『吉本隆明に関する12章』という本に「吉本隆明と論敵」を書いただろ。
 うん。
 その中の柄谷行人のところで言いたいことがある。わしの知るかぎりでは、柄谷の野郎がいちばん先に「吉本は兵役逃れのために理工系に進んだ」というデマゴギーをふりまいたんだ。それが小熊英二みたいな思想的屑が口移し的に繰り返している元凶だ。それがデマゴギーであることは、吉本隆明の『初期ノート』一冊読めば、誰にだってわかることだ。
 うん。
 「うん」じゃないぜ。こいつらの嘘と、こんなデマを捏造し流布する輩がインテリ面し通用する場面を粉砕しないことには何も始まりはしない。
 わかっているさ。しかし、全情況の上でいえば、柄谷行人や小熊英二なんて知的な泡沫にすぎないよ。こいつらが徒党的に立ち廻ろうと、大衆の命運にかすりもしないことは自明だ。百歩譲って、やつらのデマである「兵役逃れ」や兵役忌避の何が悪い。時代の状況は大衆的な規模で個人を呑み込んでゆくものだ。それは大義名分と正義を独占した圧倒的な力で殺到してくるはずだ。それに逆らうことは難しい。なぜなら、それは共同体の命運や同胞を裏切ることになるからだ。とくに自己意識が未分化なアジア的な共同性の中では宿命のように個々を捉えるはずだ。個の意思なんて、そこでは草葉の露よりもはかないものとして無視されるんじゃないのか。こいつら、こんなことも考慮に入れないから、支配者の密偵みたいな転倒した発想に転落するんだ。また諸個人の生誕の環境やその軌跡は本来的に受動的なもので自己責任を全面的に負うことはできない。おれが山間地の農家に生まれ、中学卒業と同時に就職して底辺労働者として働くことになったことは、おれの資質や能力もあるにせよ、時代や家庭環境から強いられ、その軌道の中で決定されたことだ。そこから出立するしかないとしても、そのことをどうこう言うことも、他からとやかく言われる筋合いもないよ。だから、この連中はそこでも人倫的屑なんだ。たとえば労働運動みたいなものに対する幻想があるだろ。だけど、あんなもの、すぐに翼賛団体に転化するんだ。おれは仕事で、自治労関係の機関誌を作っている会社で働いていたから知ってるんだけど、労組なんて何もほんとうは考えていないぜ。おれが働いていた頃、ちょうど自民党に担がれて村山内閣が誕生したんだ。それで自治労上りの総理大臣に大喜びだった。その村山が「自衛隊は合憲である」と国会で公言したときも、それまで「護憲」を唱えていた自分たちの姿をまるっきり忘れたように、それを容認し、村山内閣を批判する自治労傘下の組合は殆ど無かった。それで当時の小沢一郎を機関誌の四コマ漫画で「野党が板についてきましたね」なんて我を忘れて風刺してた。この迎合体質ひとつとっても、何も期待することはないさ。それで、組合費は給料から天引きだから、どんどん入ってくる。結構資金的には潤っているんだ。もちろん、職場闘争なんか皆無に等しいから、予算は余っている。傍からみていると、余った金は組合員に返すか、災害支援とか有効に活用することを考えればいいのに、上納金と十年一日のような無内容の機関誌の発行に湯水のように使っているだけ。なんの横へ拡がる社会構想ももっちゃいない。組合離れは当然さ。
 そうだな。七〇年代の認識のまま横すべりしている連中もたくさんいるからな。あれから、今までどう生きてきたかを少しでも内省すれば、嫌でもこの間の社会の変容と自分のポジションが明らかになるはずなのに、相変わらず、昔の好みで宜しく頼みますなんて言われると、うんざりするからな。
 いつも同じような話じゃつまらないから違った話をしたいな。むかし鈴木志郎康が白土三平の『カムイ伝』を批判して主人物以外は無造作に殺されるので気持ち悪いといって、当時の白土ブームに水をぶっかけたことがあった。
 覚えている。
 その鈴木志郎康のことだけど、あの評言は良かったが、『ユリイカ』の「少女マンガ」の特集の「少女マンガ 気分の擁立」(一九八一年)という文章で、《少女マンガは構造と描線さえきちんとしていれば、人類のどの時代でもどこの国でも舞台に選ぶことができるのだ。こんな自由が許される表現は他に見ることができないのである。この自由こそが、現実の責務に心を縛られているものにとっては、耐えることができないのである》と結語した。おれはそれまで割りと鈴木の詩を読んでいたんだけど、この一文を読んでいっぺんに嫌になった。鈴木のプアプア詩なんてナンセンスの極致じゃなかったのか。その優れたギャグ・マンガに匹敵するような過激さが魅力であり、それがまた時代に連動していたんじゃないのか。逆さまなんだよ。現実に縛られているからこそ、その憂さを一時的でも逃れたいから、ある一面ではマンガや文芸もあるんじゃないのか。それを抜かしたら、詩も歌もその魅力は半減する。芸術は人生の教科書じゃない。鈴木のような、こんな半端な倫理こそ否定されるべきなんだ。
 悪しき主題主義や文学の効用性の誤謬に足元をすくわれたのさ。これも古い話題なんだけど、画き手の小島剛夕亡きあと、原作の小池一夫が『子連れ狼』の第二部の連載を始めたのには呆れたな。読者をバカにするな、大五郎に拝一刀以上の父親(代り)がいてたまるか。小池はもう新しい作品や人物を創造する力も意欲ももっていない。だから、安易に昔の栄光に縋って、その栄光すら汚しているんだ。大阪芸大教授でゴルフ三昧でいいじゃないか、折角の作品を台無しにする必要がどこにあるというんだ。
 「高レベル放射性廃棄物の最終処分施設」の調査の是非を問う東洋町の町長選挙も終わったね。町長選というよりも、事実上その是非を決する住民投票だった。投票率は九〇%近くで、反対派の擁立した候補の一六〇〇対七〇〇の圧勝だった。だいたい、誰の入れ知恵で始まったのかわからないが、住民の意思も議会の決議も無視した独断が通用するはずがないぜ。国側は応募した前町長の応援に、その安全性をアピールする啓蒙用のバスを送り込んだが、民意の前には役に立たなかった。
 やれやれだな。

     (5)[二〇〇七年六月]

 おい、おまえも加わっている『吉本隆明に関する12章』の、四方田犬彦の「吉本隆明と漫画」はひどい曲解と誤読だ。これはわしの許容範囲を超えている。黙って見過ごすことはできないぜ。
 ‥‥‥‥。
 なにか、差支えでもあるのか。
 いや、べつにそんなものはないさ。ただ四方田犬彦は、吉本隆明を「末っ子」と書いたことがある(四方田犬彦「吉本隆明の月島ソース料理」)くらいだから、その事実誤認はいまに始まったことじゃない。それに、おれは大枠でいえば、四方田にそんなに悪い印象を持っていないからね。そんなに多くのものを読んでいるわけじゃないけど。
 お前、それ、本気で言っているのか。言論なんて、そりゃあ、人の生き死にや生活の実質からすれば、あやかしいものかもしれないが、それでも、それをも左右する〈何か〉を内在的に孕んでいるかもしれないぜ。それで、言説は遠くかけ離れたものとは接点がないから無関係に存在してしまう。で、関心がクロスするところで、認識の差異や評価のズレが問題となってくるのは不可避といえる。それを回避することはマジなほどできないはずだ。思想的な対立が近親憎悪的な様相を呈するのはそのためだ。お前、もし、なあなあでいいんなら、物書きの真似ごとなんかやめるんだな。
 そんなに怒るなよ。
 《吉本隆明の名前を初めて知ったのは一九六九年、十六歳のときだった。(略)『COM』に掲載されていた、岡田文子の『邪悪のジャック』という漫画に、彼の名前が突如として登場していたのである。まずこの漫画について、簡単に説明しておこう。/舞台はどうやらパリらしい。どんな人間でも、その手を握るだけでたちどころに絶命させてしまうという、悪魔のような右手を持った少年がいる。彼は暗黒街の組織に雇われ、俳優やら著名人やらを、次々と暗殺してゆく。だがその手ゆえに、愛する少女を抱きしめることができない。少年は寝台に横たわり一人きりになると、呟くのである。「ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって ぼくは廃人であるそうだ」。/かっこいいなあ! この独白に「吉本隆明」と出典が添えられていたことが契機となって、わたしは『転位のための十篇』という詩集の存在に廻りあった。》(四方田犬彦「吉本隆明と漫画」)。まず、冒頭のこれからして、うまい作り話じゃないのか。岡田文子の「邪悪のジャック」に使われていた吉本の詩の一節には「隆明」としか表記されていなかった。当時、夜間高校二年で農協で働いていた無知なわしは、この「隆明」をみて、中国の漢詩人かなんかで「隆」と「降」との区別もつかず、諸葛孔明みたいに「コウメイ」と読むのだろうかと思ったくらいだ。もちろん、頭のいい四方田はここから「吉本隆明」にたどりついたかもしれないがね。
 うん。引用のコマの吉本の詩の一節が、四方田のいうように「呟き」なのか、主人公の内面の思いなのか、それとも作品の中のナレーションなのか、安易に確定することはできない。それに、「邪悪のジャック」のストーリーの要約だって、全然正確じゃない。ジャックが触れると花が萎れ、それゆえ恋人を抱きしめることができない。それで煩悶するようなコマがつづき、そして、ベッドに横たわったところで吉本の詩がでてくるのだ。暗殺云々が展開されるのはその後だ。こんな粗雑な要約しかやらないくせに、漫画批評の権威のような口ぶりはおこがましいというものだ。
 重箱の隅をつつくような、そんな細部はほんとうはどうでもいい。それよりも問題なのは、吉本の本格的なマンガ論のひとつである「語相論」に言及したところだ。「それにしても吉本隆明は、どうして漫画のテクストを一頁丸ごと、つまり絵柄も含めて掲載しなかったのだろうか。思うに担当編集者は、著作権問題の煩雑さを恐れて、コマの内側を空っぽにしてしまった。しかし言葉だけを辿っていって、はたして漫画の全体の構造が掌握できるだろうか。これでは分析の対象であるテクストが変わってしまうではないか」。これが許せねえ曲解の第一だ。「語相論」をまっとうに読めば、吉本が意図的に絵を
岡田漫画_コマ比較
消去して、その言葉の位相から漫画作品を取り上げているのは明瞭だ。「担当編集者」「著作権」、事情通ぶった知ったかぶりの詐欺はやめるがいい。吉本は同じ『マス・イメージ論』の先行する「縮合論」で、萩尾望都「訪問者」や糸井重里・湯村輝彦「情熱のペンギンごはん」を対象に、「縮合」という観点から迫っている。「語相論」はその深化と展開だ。吉本は、山岸涼子の「籠の中の鳥」の作品構造を緻密に解析し、それが小説作品と比しても、少しも遜色がないものとして、同列に扱っている。また、ここでの「籠の中の鳥」の主題は、吉本が『空虚としての主題』で取り上げた幾つかの作品と連続しており、また「心的現象論」の「了解論」で探求されていた臨死(魂)体験の主題とつながるものだ。そこでは吉本はマンガだからといって指標を、全くずらしていない。
 そうだね。四方田の、吉本が庶民から知的な上昇を遂げ高等な知識人になったとする通俗的な吉本像そのものが、おれにいわせれば虚像だ。それは、おのれの世代体験に安易にもたれかかり、そこでの知識や教養をひけらかし、自分の漫画体験が絶対に優位だと思い込んでいることの証拠さ。すべてが自分の世代体験を誇示するための道具のような気さえするからね。だいたい、四方田がこれらをなめてかかっていることは、吉本隆明が漫画を知らないごとく云ってるところや、それこそ、こいつのいうところのテキストの読みの杜撰さに現れているよ。
 お前もいうじゃねえか。そうじゃなくっちゃ、おもしろくねえ。

     (6)[二〇〇七年七月]

 「邪悪のジャック」の「廃人の歌」の一節をどうして憶えているかといえば、実はこれを書き写して、女の子に送ったことがあるからだ。
 おっ、青春してたんだ。四方田は、吉本が「語相論」で対象とした岡田文子の「いとしのアンジェリカ」を「ほとんど支離滅裂な失敗作である」と言っている。おれはそうは思わない。メローは愛した彼女が死んだので、その喪失感から旅へ出て、戸口に倒れているところをアンジェリカの館に運ばれた。一夜泊ったあと、地下室へ案内されて、愛したジェーン・バーキンの死骸を見せられる。そして、アンジェリカからここは「死の世界の入り口」だと告げられる。メローはアンジェリカに魅かれてゆくが、美しい死神ともいえる彼女は彼を地下の世界へ落とすのだ。どこが「支離滅裂」なのだ。青年前期に恋人を失った喪失感は全的な傾斜を持つものだ。それがふられた場合でも、この作品のように相手が死んだ場合でも、とても切実で、死の淵を彷徨することも、ちっとも不思議じゃない。一般に死体安置所が地階と相場が決まっているように、また死の世界は地下にあるとアイヌなどで伝承されてきたように。館が「死の世界の入り口」に設定され、それが地下に通じることは、ある面、普遍的ともいえる。もちろん、吉本の「語相論」はそのすべてを踏まえて論じている。四方田は外野の野次馬じゃない。岡田の作品集を編集したこともあるくらいだ。それがどうして、こんな的外れのことを言うのか、おれには全く分からない。
 確かに岡田文子の漫画はむずかしい。「伊賀の影丸」や「サスケ」から『ガロ』にたどりついたわしには、せいぜい白土三平、水木しげる、なんとかつげ義春が理解できたくらいだ。文学なんか知らず、しかも日々、向かいの山の稜線を眺めたり、山野をめぐり、木の枝を振り回して草をなぎ倒して育ったわしには、岡田作品の異邦的な雰囲気は無縁のものだった。朝日ソノラマの新書判で持ってはいるが、いまでもほんとうにわかったという気はしない。ただ、漫画が単なる子供の娯楽みたいなところから自己表現へ脱却してゆくところに、つげ義春や岡田文子の作品があったことは、当時の愚鈍なわしでもわかった。そうじゃなかったら、こんなところまで誘い出される謂われはなかったはずだ。
 もちろん、岡田史子の代表作は違うかもしれないし、好きなものも別だといえる。おれはむかしから「墓地へ行く道」が好きだ。それは「語相論」で吉本はつげ義春の「庶民御宿」を対象としているけど、つげの代表作は別だと思う。そんなことは「語相論」では重要な問題じゃない。マンガ作品を〈現在〉という視座から言葉の位相で捉え、画像との関連性を解析した画期的な作品構造論なのだ。
 まあ、四方田なんて「くだらねえこと言って、利口ぶるんじゃねえ」と少しからんだら、すぐに先生に言い上げるタイプだろ。表向きはものわかりのいい顔をしていても、その実、権威におもねり地位にすがる嫌な奴さ。要するに四方田犬彦の「吉本隆明と漫画」は、自惚れと怠慢の一文ということでおしまいよ。
 四方田は引き合いに鶴見俊輔を出したり、上野昴志のシマを荒らされたヤクザのようなつまらない反発に同調しているが、冗談じゃないぜ。鶴見の漫画論は啓蒙と座興、いわば知性の軟化がその本質じゃないのか。「サザエさん」への言及にしたって、その意義は認めるにしても、朝日(新聞)文化に乗っかっただけのもので、朝日新聞を購読していないものには縁の薄いものかもしれないからね。おれがガキの頃、村で朝日新聞を取っていたのは、母の実家の伯父だけだった。山間地だったから、朝日は二日遅れの配達だ。古新聞さ。おれんとこなんか新聞は取っていなかったし、近所は地元紙が主だった。鶴見の言説がしばしば嫌味に転化するのは、その特権性と甘さからだ。上野なんて『ガロ』の座付きだったという以上の存在感はない。その『ガロ』のことに関しても、雑なことしか書いちゃいない。例えば『木造モルタルの王国』の解説で、「カムイ伝」の作画は小島剛夕から岡本鉄二に移行したで済ましている。「カムイ伝」の作画は二人の他に、小山春雄や谷郁夫もやっている。読者の目は節穴じゃないよ。四方田も、所詮格好つけた人脈主義なのさ。人と人とのつながりを大切にすることと、その間を巧く立ち廻ることとは違うことだ。
 じゃあ、四方田の『白土三平論』はどうなんだ。
 嘘の作り話も多々ある、それがほんとうはマンガを小馬鹿にしている証拠なんだけど、そんなに悪いものじゃない。白土の功績は、それまで消耗品同然だった漫画を作者自身が大事にするべきだと言い、原画を手元に置くようにした。また、白土は親の代から日共なんだけど、しかし資本主義の搾取構造を破ろうと、作画スタッフにその印税を新たな版が発行される度に、応分にちゃんと支払っていると言われている。労働は資本に蓄積され、労働者は使い捨てられる。代表者や顔役は協力者の存在を抹消して、すべて自分の業績のように収奪する。それが社会通念であっても、また当事者間で暗黙のうちに了解されているとしても、官僚主義的な悪しき習慣だということを忘れるべきじゃない。そんな仕組みを白土は内在的に超えようとしてきた。それは『忍者武芸帳』をはじめとする作品の先駆性に照応するものだ。

     (7)[二〇〇七年一一月]

 物価が値上がりしてるな。
 困るね、貧乏人としては。プリントに使っている用紙が、税抜きで五〇〇枚三〇〇円だったのが、先日買いに行ったら三三〇円になっていた。一割の値上がりだ。光熱費からカップ麺、トイレットペーパーまで、ドミノ倒しみたいにつぎつぎ上がっている。アメリカ・ブッシュ政権のイラク侵略戦争の、石油資源強奪の目論みが外れて、イラクは泥沼化した。それで原油価格が世界的に高騰し、そのあおりで、物価は値上がり傾向にあったんだけど、ここにきて、堰を切ったみたいに上がりだした。
 賃金は上がらないというのに。最低賃金が全国平均で一五円底上げされたが、高知県なんて七円だぜ。物価の上昇と全く釣り合わないぜ。おれたちにとって時給が一五円上がるか、七円しか上がらないかは切実な問題だ。若い連中だって、安い賃金じゃ、やる気が起こらないんだよ。
 まあね。よく行くスーパーマーケットのレジ係が頻繁に代わるんで、そんなに職場の雰囲気は悪いように見えないんで、どうしてだろうと思っていたら、どうも、バイト代でその店の商品を買わないといけないようにしているみたいだ。それは主婦のパートなら、働いたカネで日用品や食品をその店で買って、手元に殆ど収入として残らなくても、まあ我慢できるかもしれない。しかし、若いものはそんなもの、必要じゃないし、それよりも自分の好きに使いたいに決まっているさ。そのために働いているんだから、そういうふうに半ば強制的に店の物を購入させられるとなれば、ばからしくて続かないのは当り前だろ。
 だいたい、日本国家は財政的には大赤字で、経済的には完全に破綻しているんだ。実質、政府倒産だよ。ところが、日本という共同意識は近年ずっと強化されつづけている。消費税の税率アップは確実だろうな。消費税の導入の時、政府は財源を所得税から消費税へ転換させるとうたっていた。その方が経済過程から言えば、妥当な考えだった。わしなんか、できるだけ税金を納めたくないから反対だったがな。ところが、政府は所得減税なんて最初だけで、とうに旧に復している。結果的には、別名目の増税に過ぎないことになったんだ。無策のうえに、戦後一貫したアメリカ追従政策のあげく、アメリカの戦争の後方支援で莫大な税金を支出し、おまけに防衛庁を省に昇格させて、必要もない軍事費に予算を投入したりして、全体的な財政赤字を消費税アップで場当たり的に対処しているだけだ。以前にも言ったことがあるが、日本の領海を侵犯したという「不審船」を海上保安庁は追っ払えば済むのに、追跡し、撃沈した。さらに、その撃沈した「不審船」を海底から引き上げて、展示までしたんだ。何億円という費用を使ってな。国の基盤は完全に脆弱化しているのに、空々しい国威を内外に誇示したって、全体的な疲弊はどうなるものでもないぜ。
 小泉政権は郵政民営化はよかったけど、規制緩和の構造改革路線は、明治の「地租改正」の時の下層農民みたいに、小商工業者を下方分解へ導いた。地方のいたる所の小商店は店を閉じ、軒並みシャッターを降ろすことになったんだ。救治策なんてどこにもない。そこへ安倍を経て、福田政権だ。これは派閥利権政権で、なんの構想も持っちゃいないとしか思えないね。
 まあな。郵便局なんて、親方日の丸の官制の欠陥丸出しで、権威的で偉そうなうえに、サービス精神なんて皆無だった。いまだにトロイ局員がいて、自分たちがおかれている立場にまるで無智で、競争相手がどんな料金で、荷物を扱っているか、知りもしない。先日も、「冊子小包」を持っていくと、「開封してないのは困ります」などと言うんだ。他の局員の時は何も云わないのに、この女の局員は違う。まあ、この局には日頃世話になっているから波風を立てたくないんで、とぼけた風を装って済ましたけれど。
 「困ったちゃん」はどこにもいるものね。昔、吉本さんがやっていた『試行』に「予約切れ」の通知を挿入してたら、駄目だと言われて、全部、完全に開封させられたと「後記」に書いていたけど、それからいうと、隔世の感があるね。でも、いまでも役所体質が染みついているんだろうな。反対のことでいえば、現場の配達員なんか労働強化で大変だと思うよ。
 そうだろうな。
 この間、「岡井隆への提言」という討議の記録(『現代詩手帖』二〇〇七年六月号)を読んだら、北川透教授が、そこでの発言の冒頭にこんなこと言ってたよ。《どこかの国の厚生労働大臣が『女性は子どもを産む機械だ』と言った。これで機械の評判が落ちちゃったんですね》って。岡井隆を「歌を産む機械」と言いたいためのさわりなんだけどね。今風の嫌な決まり文句で言えば「何様のつもり」なんだと思ったよ。
 偉くなったもんだな。「どこかの国の厚生労働大臣」だって、バカか。じぶんらの政府の柳沢大臣だろうが。寝惚けたことを言うんじゃねえよ。よく言えるな。少なくとも、わしなら、こんなことをいう男が政府の主要なポストを占めていることに、怒りをおぼえるとともに、おのれの無力を想う。「産む機械」もへちまもあるもんか。今の日本は、住宅事情から生活時間まで、子どもを作り育てる社会環境をどんどん喪失しつつある。学校の給食費さえ払えない家庭が増えているんだ。子供を狙った犯罪だって、明らかに増えているはずだ。社会基盤を健全化する方策もとらずに、女性に「産む機械」として励めって言ったって、通用するはずがない。
 おれ、七人兄姉の末っ子だけど、父親が早く死んで、貧しかったが、山の農家で、村も家も牧歌的で、山野がおれらの庭だった。その意味じゃ、いい子ども時代だったと思っているよ。村上春樹の『東京奇譚集』の「どこであれそれが見つかりそうな場所で」は、いまの〈風俗〉や〈民俗〉を象徴しているような気もするからね。

   「犬は好き?」と私は尋ねた。
     彼女はそれには答えず、別の質問をした。「おじさん、子どもはいる?」
    「子どもはいない」と私は答えた。
   女の子は疑り深そうな目で私の顔を見た。「子供のいない男の人とは口をきいちゃいけないって、うちのお母さんが言っていた。そういう人はカクリツ的にへんてこな人が多いんだって」
    「そうとも限らないけど、でもたしかに知らない男の人には注意をした方がいいね。お母さんの言うとおりだ」と私は言った。
    「でも、おじさんはたぶん変な人じゃないよね」と女の子は言った。
    「違うと思う」
    「急におちんちんを見せたりしないよね?」
    「しない」
    「小さな女の子のパンツを集めたりもしてないよね?」
   「してない」
 おまえはどうなんだ。
 う〜ん、じぶんでは「出来損間違い」と思ってるけど、所謂「変態」じゃないとおもうけど‥‥‥。それにフロイトの指摘をまつまでもなく、ヘンタイ的要素ってのは、みんな持ってるもんだからね。


     2 村上春樹『1Q84』をめぐって[2009年7月]

     (1)

 長野の根石吉久さんから何か書けと云われて、すぐに「やってみます」と答えたんだけど、ほんとうに書けるかどうか。
 安請け合いするからだ。
 うん。業務的だったら書けるけど、あらたまって書くとなると、どうしても助走がいるんだ。それで、その助走の過程では、やたらと用事をつくって、庭の木を伐ったり、草を引いたり、本を片づけたり、いろいろな雑用をやって、その気になるのを待つ感じだね。
 まるで作家センセイみたいじゃないか。
 やっぱり怠け癖がついているんだろうな。依頼がないと何もしないからね。それで、狭い庭なんだけど、金木犀、ヤツデ、山吹、桃、椿、柿、楓、南天、月桂樹、雪やなぎ、沈丁花、それに枇杷まで所狭しと植わっている。普段は殆ど手入れなんかしないんだけど、こういう時になると、にわかにがんばる。
 そんなこと、どうでもいいが、わしらはいまもさまざまな迷蒙に取り囲まれている。その制約からちっとも自由じゃないぜ。また、この迷蒙を打ち破ることは難しい。けど、これを社会風景のひとつとみることも、それを批判することもできる。最近の政治的な動きでいえば、民主党の代表だった小沢一郎が政治資金をめぐる「不正」ということで、辞任した。でも、小沢はそれを認めたわけじゃない、政治情勢的に退いただけだ。云うまでもないが、国家が発生した段階から、「政治とカネ」、その運用と活動のための資金ということはつきまとっている。税金だってそうだ。戦国時代ならそこら辺の村を襲って掠奪してただろうし、貢物という形をとった時もあるだろう、また郷党が供出する場合もあるだろうな。今回の場合、小沢の公設秘書が逮捕されて、あたかも「不正」がなされたかのごとく喧伝されたが、小沢はその圧力に抗してよく頑張ったな。
 だいたい、マスコミから世間までそうだけど、嫌疑や容疑の段階からすぐに、被疑者は犯罪者であるがごとくみなすからね。ひどいものさ。政治資金についての現行法に照せば、小沢に落ち度があったとも、逸脱があるともいえないと思ったな。それなのに、他党やマスコミは「充分な説明がなされていない」などと批判してた。バカ! 政治活動資金をめぐって明確に答えられる者など誰一人としているはずがないよ。だから、下手に口を開けば墓穴を掘るに決まっているさ。労組からの政治献金は良くて、企業献金は悪などということはないのさ。また、資金無しに活動することは誰も不可能さ。そうだろ。生活するにしたって、金が無けりゃたちまち干上がるよ。
 霞を食って生きてる仙人ならともかくな。
 おれは、この小沢降ろしは周到に準備されていたような印象を持ったね。ゼネコン内部ではB級の西松建設、おれは昔建築現場で働いていたから、西松建設の現場で仕事をしたことが何回もある、一現場労働者というところからでも、その工事内容や現場環境などから、その建築屋がどんなレベルか実感的にわかるよ。滑稽なケースもあったな。ゼネコンナンバー1の鹿島建設の高知営業所が売上を伸ばすために、パチンコ屋だの、モーテルだのに手を出して、手痛い目にあったのを目の当りにしたこともあるよ。常識的にいって、こんな仕事は地元の顔利きの仲介や、あるいは日頃施主と付き合いのある地元業者がやる仕事だろ。馬鹿な営業がそんなものに手を出して、仕事を取ったあげくに、やれ設計変更だ、やれここが気に入らないなどとクレームをつけられて、工事は大混乱。工程は目茶苦茶になって、工期は遅れるし、現場は泥沼化した。出入り業者のおれらも大変さ。それで、何をやっているかといえば、会議、会議の連続だ。バカじゃねえのって思ったね。それでとうとう高松の四国支社から幹部が派遣されたんだけど、結局大赤字になり、現場責任者は小笠原へ飛ばされた。まあ、小笠原行きってことは、実質辞めろってことだろうが、関係者はみんな左遷されたね。それでも、大手は金があるから、潰れるようなことはないけどよ。ダムやトンネル工事みたいな、でっかい公共工事となると、資金力からいっても技術力からいっても、大手ゼネコンじゃないと、担えっこない。それでなんとなく棲み分けができてったんだ。それを越権するからこういうことになるのさ。いまは知らないけどね。なにしろ、防衛大臣も歴任した現役議員を擁する高知の有力建築屋が倒産したくらいだから、小泉内閣の構造改革路線は凄まじいものだ。公共工事が極端に減ったんで、潰れた土建屋は数知れずさ。商店街が軒並シャッターを降ろしたようにね。そして、これだけ人々に犠牲を強いて国家の赤字解消を目論んだ小泉改革は、それにつづいたアナクロ安倍、福田の政権投げ捨て、アホの麻生まできて、元の木阿弥の旧態の政治構造に舞い戻ってしまった。結局、何も変わらず、泣きをみたのは社会の側だけって寸法さ。
 話をもどすと、まず西松建設の海外での利益のプール分の秘密裡の持ち込みが摘発された。そんなことはどこでもやっていることじゃねえのか。それで西松=不正ゼネコンというイメージが流布されて、その敷設のうえに、今度は西松の政治団体の政治資金の提供が問題にされたのさ。それで小沢の秘書だけ逮捕されて、同じように西松から献金を受けていた自民党の議員はお咎め無しだからね。これを穿っていけば、その政治意図と隠れた小沢降ろしの黒幕の所在が浮びあがるかもしれない。でも、おれは自民党も民主党もその他の政党も大差ないと思っているから、そんなことはどうでいい。ただ、こんな茶番劇で大衆を騙すな、といいたいだけさ。
 「定額給付金」だって、そうだな。莫大な経費を使って、集めた「税金」をばらまいただけだ。それでも、国連の同意も支持もない、一方的な言いがかりのアメリカの「ブッシュの侵略戦争」に加担して、イラクのサマワに自衛隊を派兵し、無意味に「税金」を水のようにオリエントの砂漠に撒いたよりはましかもしれないけどよ。田中真紀子の言によれば一日一億円ってんだから、半端じゃないぜ。
 おれ、派兵にあたっての自衛隊中堅幹部の決意表明をテレビで見たよ。「イラクの曙のために寄与します」ってね。なにが「曙」だ。何もわかっちゃいねえ。イラクの固有性も、歴史の段階性も、自分たちがどういうふうに動かされているかも、なにも判らず、何も知らず、命令に従っているだけだ。なにが「寄与」だ。憲法違反のうえに、無益に金を使ってアメリカに追従し、駐留しただけだ。
 でもな、その本質が命令で動くだけの殿中女中だとしても、実際の現場では誤作動を超えて、意志的に振舞うからな。街頭デモで対峙した時の機動隊がそうであったように、憎しみをもって行動するぜ。やつらは指揮者の命令を逸脱して暴走することだってある。デモ隊へのリンチ暴行、ただの通りすがりの市民にだって暴行を加えていたからな。本来はしがない公務員でも、残虐な集団意志はいつでも付随しているぜ。また組織のキツイ上下支配の鬱屈の転嫁、その憂さを晴らす側面もあるからな。だから兵士だって、状況が切迫してくれば、平気で民衆に発砲するさ。ましてや馴染のほとんどない中東で、反アメリカ反政府のゲリラ兵士や自爆テロ要員とイラクの市民の区別なんかつくはずがない。だから、サマワで呑気に土木作業の真似事をして済んだのは、一面からいえば、良かったのさ。これはあくまでも派兵した政府の政治責任の問題だ。
 「世界同時不況」とかいって、自動車産業を筆頭に「派遣」労働者や期間社員の首切りが続いているけど、これももともと小泉内閣の「規制緩和」と称した「派遣」業種の無原則的な拡大が、労働基準法を骨抜きにして、企業が自分たちの都合でいつでも解雇できるようにしたのが大きな原因だ。政党からマスコミに至るまで、表面的な同情のふりをするが、肝心なことは言わない。おれが聞いた話では、ある自動車メーカーは「派遣」労働者に一日の賃金を二万二千円くらい出していたらしい。ところが、間の斡旋した「派遣会社」がピンはねして、実際に働いている労働者が受け取る日当は八千円だそうだ。その八千円から食費から宿泊費までの経費を差引かれると、手取りは微々たるものさ。「派遣会社」は一人の労働者から一日に一万四千円もピンはねしているんだ。そんなことは、マスコミから労組の連合体である巨大な「連合」なんか何も言わないだろ。もちろん、大企業は「派遣会社」を間にはさむことによって、雇用責任を免れるうえに、労働保障など負担も要らないし、労務管理も楽だし、どんな職場支配をやっても、労働者との直接的な雇用関係は無いからストライキをはじめとする抵抗も起らない。それに、正規社員と「派遣」や臨時社員の待遇の格差は、労働者の分断にも繋がっているからね。おれは階級闘争至上主義じゃないけど、これを完全なブルジョワジーの階級意志の貫徹と言わずに何をそう言うんだ。
 ところがその一方で、「連合」なんか失業者を救済するために、とか言って街頭カンパを集めたりしている。わしもそうだったから知っているが、左翼も労組も集めたカンパを何に使ったか、どこで活用したか、そんな収支報告なんてやったためしはない。全く恣意的に扱って平気なんだ。民営化が足踏みしている郵便局の労組なんか、日本郵政が新規採用を現業部門では全くといっていいほどしない状態を容認し、ノルマの過重に対しても、企業防衛という名目に屈服して、いいなりだ。そのうえ、採用に向けての取り組みなど一切やっていないのに、臨時職員をただ組合費を調達するために労組に勧誘している。期限がくれば、臨時職員はお払い箱だ。組合は組合費をとっただけで、その還元も餞別も、「ありがとう」の一言もありはしねえ。まるで詐欺じゃないか。組合に加入して組合費を払うくらいなら、貯金した方がずっといいぜ。巨大労組の連合体は巨額の運動資金をプールしているくせに、それを一般労働者のために活用することなんか考えもしない。その殆どが政治(選挙)資金に流れているだけだ。「政治とカネ」の問題なんていうのなら、このシステムだって、ふざけた遣り口じゃないのか。そのくせ、臨時の電話相談などを開設して、さも問題に取り組んでいますってポーズをつくっているだけだ。
 この亀裂や矛盾や対立を隠蔽する安寧構図も考えずに、柄谷行人みたいな左翼くずれのインテリは、「世界=共和国」なんて言ってる。バカの骨頂としか言いようがないよ。もうひとつ、愚の骨頂の裁判員制度なんかやめろ。こんなことまでアメリカ(陪審員制度)の真似をする謂れはないよ。アメリカ人と日本人はあきらかにその精神性は違う。それを無視して、こんな制度を作りやがって。一般大衆の八割近くが嫌がっているんだ。日本人は事無かれ主義の引っ込み思案が習癖かもしれないが、その美質だって当然あるんだ。おのれに関わりのない事件を裁くなんてできないし、やりたくないに決まってんだ。それでその裁判の秘密を守る義務だって一生ついてまわることになっている。冗談じゃないよ。少なくとも裁判員になることを拒否する権利は絶対に認めるべきなんだ。国家の人権拘束じゃねえか。国家が人間の上にあるんじゃない。国家はこれまでの歴史の展開と人々の思い込みによって出来上がっているだけさ。そんな国家に、これ以上拘束されるのも、義務を負わされるのも、ご免だぜ。
 そうだな。深夜、泥酔して公園で裸になって喚いていたSMAPの草[ナギ=弓編に前と刀の上下]のことにしても、あんなもの、諭して家に帰せばいいだけだろ、誰に危害を加えたわけでもないんだから。それを逮捕したうえに、家宅捜索までやった。明らかに越権の不当捜査だ。ところが、テレビのコメンテーターは、あれで釈放が早くなってよかったなんて言ってた。人間の自由や権利、法の位置づけについて、おまえらは考え直した方がいい。腐った口から悪臭を放つまえに。それにしても、もっと楽しい話はないのかよ。
 会津の友人がマンガの本をたくさん貸してくれたんで、それを読んでいるよ。島田虎之助の『ラスト・ワルツ』とか、石川雅之の『もやしもん』 とか、いがらしみきお『かむろば村へ』などだ。
 マンガのことでいえば、わしなんか月刊漫画誌から週刊誌に転換するころに、読者になったような気がする。もちろん、貸本も読んだけど。まあ、なんといっても、『少年』だろうな。「鉄腕アトム」はあまり好きじゃなかったけど、「鉄人28号」や「サスケ」だな。それと白土三平のいまは『忍法秘話』にまとめられている短編が良かった。「寄生木」や「くぐつ返し」や「無名」などだ。「寄生木」は秘剣岩砕きという相手を刀を折って切り倒す話なんだが、なんのことはない、コンビを組んでいる忍者が相手の所に忍びこんで、剣に細工をして、刀が折れるように仕組む、それが秘剣の秘密だ。こども心にこの細工のからくりが面白く、いまでも記憶に残っている。「くぐつ返し」は人をあやつることが白土の主題なんだろうが、赤目の観世音という女の忍者が麻薬を使って、中毒にして操る話なんだが、けし畑が印象的だった。「無名」は白土作品では珍しく人を殺すことが主な展開ではなくて、長屋を舞台に観世音と不動の二人組と新堂の小太郎の駆け引きが作品の魅力だ。縁側に寝ころんで熱中して読んだな。兄や友達と夢中になってやったヘボ将棋と同じだ。でもよ、近年なんだか知らないが、大学の先生みたいなのがマンガの「学会」を作ったと聞いてるけど、マジかよと思うぜ。わしもマンガ好きだし、それに映画や文学作品と同じように語りたいところもある。でもな、研究の対象にするほど倒錯する気はないな。大学の連中は文学に〈当為〉を持ち込むだけでは飽き足らず、マンガにまでそんなものを持ち込もうとしている。だいたい「政治と文学」という主題の設定が破産してるというのに、その焼き直しでしかない「政治とマンガ」グループもあれば、高尚ぶって表層文化的に扱う四方田犬彦みたいな連中までいる始末だ。
 なあに、儲かるからさ。日本のマンガ文化は世界に輸出できる外貨を稼げる産業だって言ってるよ。高知だって、「マンガ甲子園」を毎年開催しているし、「横山隆一記念館」だって市が作っているぐらいだ。地場産業ってわけさ。でも、これに関わっている天下りの関係者がマンガを好きとも、読んでいるとも到底思えないね。まあ、こちらも素寒貧。小説も映画もマンガも見ずに、もっぱらテレビの世話になっている貧乏人の典型だけどね。しかし、なんでもいいが、やるんだったら、徹底的にやれってことさ。世界認識から沈黙まで包み込むようにね。
 しかし、文学だってちっとも上等じゃないぜ。「高知文学学校」だの「高知ペンクラブ」だのというのがあって、偉い文教族あがりの方々が集まってやってる。もちろん、おまえなんか忌み嫌われていて、お仲間に入れてもらえないだろうがな。それで、ちょっと書いたものを覗いてみると、これが凄まじい。あなた方が文学ならわたくしは金輪際文学ではありません。もし、こちらが妄想してるものが文芸だとしたら、あなた方はカフカの『城』の測量師Kのように永遠に到達しないでしょう、ってぐらいだ。なにしろ、評価の基軸の第一は「まじめ」って言うのだから、たまらないぜ。
 「まじめな文学」、なんだ、それ。どんな言い方したっていいんだけど、文学もマンガも映画もテレビドラマも、そのままで何かと思っちゃいけない。それがほんとうに作品になっているかどうかだよ。初心ってことも含めてね。

  中学生の頃、両親が田舎に行き、私一人で東京に居た時のこと。ある夜、ムラムラと鰻重が食べたくなった。出前を取ろうかノノ一人で取って食べても、何かつまんないなあノノそうだ、近所に有名な鰻屋があったっけ、あの店は出前をしないから食べたことはないが、いつも前を通ると、いい匂いがしてくる、行ってみよう、高そうだけど。しかし、板塀に囲まれた高級そうな店だから、普段着で行くわけにいかない。早速よそ行きに着替え、母の赤い口紅を塗り、おしろいを顔にはたき、せいいっぱい大人に見えるよう身繕いして出かけた。
  鰻屋の玄関を入ると、和服姿の仲居さんが出てきたので、もう緊張してしまった。「ご予約は?」と聞かれ、「してないんですけど、近くに住んでてノノええとノノ」「おひとりですか?」「はあノノ」「では、どうぞ」トントンと目の前の階段を仲居さんが上がっていくので、慌てて後をついていく。滑って転びそうにピカピカな廊下の先、小さな座敷に通された。ふかふかの座布団の上で、かしこまって待っていると、うっとりするような蒲焼きのいい匂いが、階段の下から立ち上がってくる。(来て良かったノノ)。また仲居さんがやってきて、メニューを差し出した。ありったけのお小遣いを財布に入れてきたので、思い切って高いのを注文。それから、お茶を啜りながら待ったが、なかなか鰻は出来てこなかった。(中略)
  待ちくたびれ、忘れられちゃったのではないかと心配し始めた頃、やっと鰻がやってきた。塗りのきれいな、高そうな重箱だ。「お嬢さん、何年生? 鰻がお好きなんですねえ。今度はご家族の方もご一緒に」などと話しかけてくる仲居さんが下がるのを待ち、緊張しながら蓋を開ける。出前で食べていたのと同じ外見だった。が、一口食べて(ああ来て良かった)、体がとろけそうにおいしかった。
  私が一人で高い外食を食べた初体験である。その鰻屋には、あれから一度も行ったことがない。高 いので。
          (武田花「高い、高い、初体験」)

 これを読むと鰻が食いたくなるからね。これが食欲をそそる、文芸ってものだと思ってるよ、おれは。

   (2)

 村上春樹の『1Q84』を読んだそうだな。
 うん。おもしろかったよ。
 お前、村上春樹は『やがて哀しき外国語』あたりから『アンダーグラウンド』を頂点として、かなり批判的じゃなかったのか。
 そうだよ。だから、今度の『1Q84』についてもきっちりしたことを言う必要があるなと思ったんだ。おれは彼の国際的な評価の高まりや爆発的な売れ行きなんて、基本的には関係ないよ。そんな外在性は、加藤典洋みたいな〈中庸〉を知るご立派な批評家や、たわけた大学教授のご高説や文壇の風見鶏の無難な俗評にまかせればいいんだ。こっちは読んだ率直な感想を基に真っ向から言いたいだけさ。なんでもそうだろうけど、映画やコンサートにしても、その時はスクリーンの中へのめり込み、あるいはのりにのりまくっていても、一旦醒めて、反芻したり、反省的な姿勢に入ると、批判的になってくる。これが批評行為のもつ陥穽さ。
 ジョージ・オーウェルの『1984年』という未来小説に対して、『1Q84』という近過去小説ということらしいな。
 おれもジョージ・オーウェルの『1984年』は読んだことがあるよ。でも、その内容は殆ど忘れてしまっている。スターリン主義体制を痛烈に批判したものという記憶しか残っていないね。それで本棚の奥で埃をかぶっていた文庫本を取り出してみると、「生い茂る栗の木の下で/俺はお前を売り、お前は俺を売った、/奴らはあそこに横たわり、俺たちはここに横たわる/生い茂る栗の木の下で。」という章句に、鉛筆で印がしてあった。どうしてかは、読み返さないと全く判らない始末さ。
 そんなんじゃ、なにを読んでも無益ってことじゃないのか。
 ほっとけ、なにもかも全部憶えていたりしたら、頭がパンクするよ。忘れるものは忘れてしまうものさ。
 しかし、人間の脳はそこらへんのコンピューターなんか較べものにならないくらいの容量があると言われているから、たんにおまえの頭がおんぼろで、記憶力が悪いということだな。ジョージ・オーウェルの『1984年』は一九四〇年代の末期に脱稿ということだから、三五年くらいの未来を描いたことになる。一方、村上春樹のは本の発行が今年(二〇〇九年)だから、二五年前の日本を描いたことになるぜ。ジョージ・オーウェルは社会主義国家の悪夢を描き、その暗黒を告発した。そして、その官僚支配の国家体制は民衆によって否認されて、ソビエト連邦は瓦解した。その意味では、予見と批判は適中したってことだ。スペイン内戦における社会主義勢力の欺瞞性、一国社会主義の弊害を目の当りにしたジョージ・オーウェルの痛切な体験の産物だ。そこで行くと『1Q84』ってのは、わしらの実際に生きた現実だ。
 村上春樹というのは、水泳の北島やハンマー投げの室伏みたいに、トレーニングを積んでいると思うよ。これは小説を書くうえでは決定的なことのように思えるね。それは作家稼業のプロは、みんな書く作業というのはやっているだろうが、たぶん村上春樹のやり方は違うような気がする。他の作家がじぶんの作品のために勉強したり参考にしたりしているとすれば、村上春樹というのは、世界文学の水準を想定したうえで、まさしく鍛錬しているんじゃないのかな。
 だが、それが文芸の核心をなすわけじゃない。太宰治みたいに、いつも生きるか死ぬかの懸崖で、作品は一見破れかぶれみたいにみえるけど、ほんとうは作品と執筆行為の距離をきっちり測っていて、そのうえで、読者に我が事のように思わせる魅力を持っている。文芸とはそういうものじゃないのか。
 おれはジョージ・オーウェルというより、作風はまるで違うが高橋和巳の『邪宗門』を思い出したよ。『1Q84』は、「青豆」の章と「天吾」の章が交互に展開する、村上春樹得意のパラレル・ワールドになっている。青豆はスポーツクラブのインストラクター、裏の稼業は必殺仕置人。天吾は塾の数学講師で、小説を書いている。この二人が主人公だ。それで、青豆と天吾とは小学校の同級生で、青豆の家は「証人会」(エホバの証人のことらしい)の信者で、休日には宗教的な勧誘に連れ歩かれ、一方、天吾の方も父親がNHKの集金人でその手伝いに連れ廻される。そういう設定だ。
 お前がこの話をするってんで、わしも一応読んだんだが、野暮なことをいえば、出だしの二頁目で「ヤナーチェック」に関連して、「一九二六年には大正天皇が崩御し、年号が昭和に変わった。日本でも暗い嫌な時代がそろそろ始まろうとしていた。モダニズムとデモクラシーの短い間奏曲が終わり、ファシズムが幅をきかせるようになる」ってあるだろう。そうするといきなり引っかかるわけだ。おのれがどこかに帰属せざるを得ないとするなら、これは通説をなぞっているだけだろ、戦後民主主義風に。これは、わしや村上春樹の親が生きた時代のことだ。言うならば、じぶんと〈血のつながった歴史〉だ。で、「ファシズム」って言ったって、そんなもの、一般定義でしかない。日本の「ファシズム」というのは特異で、丸山真男のファシズム規定は笊でそこから抜け落ちるものが多すぎるぜ。天皇制だって絡むし、農本主義だって基盤をなしている。これはいまだ未決着の問題だ。べつに思想論文じゃないんで、そんなことはいいってことだろうが、この作家のポジションってことでいえば、そこに立ち位置が象徴されているような気がするぜ。だってよ、当時支配的だったに違いないように〈日本でもいよいよ鬼畜米英を駆逐する大日本帝国によるアジアの曙の時代が幕を開けようとしていた〉って言うことだって、できるんだ。つまり、いくらでも置き換えがきく通俗的な歴史認識にすぎないってことだ。
 いきなり、こだわるね。「歴史はスポーツとならんで、青豆が愛好するもののひとつだった」というので、さしあたっていいんじゃないか。「スポーツ」と同じってことでさ。青豆はアイスピックみたいなものを仕置の対象者の首すじに刺すことで殺害するプロなんだけど、この暗殺の対象というのが、女性に暴行を加えたり、女性を虐待したりするものということになっている。またスポーツクラブでも女性の護身術として、金蹴りを専門に指導していたこともある。そりゃあ、男は股間を蹴りあげられたら、悲鳴も挙げられないくらいのダメージを受けるさ。そういう設定自体、村上春樹がフェミニストだからというよりも、むしろ女性を味方につけようとする作家的計算が働いているような気がするな。でも、女は弱いものだっていうのは嘘だからね。継母がその典型のように、女の体質的狭量や陰湿さは凄いからね。おれも畏怖しながら、女性は尊重するにかぎると思っているさ。だから、必殺仕置人のスポンサーである「柳屋敷」の老婦人や青豆の考え方というのは一方的だと思うよ。それで老婦人の用心棒のゲイの男タマルが云うように、そんなことには切りがない。まして、第三者が手を下す権利なんかどこにもありはしないのさ。たとえ客観的に非道の極みを尽していて、大手を振って社会に罷り通っていても、天罰を下すことはテロ行為でしかない。作者はイスラム原理主義者に嫌悪をもっているらしいけど、青豆たちもどんな理屈をつけようと、そこではテロに通底しているよ。おれは仇討ちや道連れには否定的じゃないし、本人が報復するならいいと思う。しかし、第三者が被害者を保護して守ることと、加害者を始末することはまったく別次元のことだ。そこには何の正当性も発生しない。だから、人類はそれを共同的に疎外して〈法〉を産出したんじゃないのか。たとえ、それがほんとうは逆立ちするものだとしてもね。まあ、テレビの「必殺仕置人」が溜飲がさがっておもしろいように、ストーリーとしては別にケチをつける気はないけどね。
 そこでは、世界がねじれて一九八四年が「1Q84」になり、空に月が二つ浮んでいても、何の不思議もないってことになるな。
 まあね。一方、天吾の方は小説家を目指しているけど、まだデビューしていない。それで匿名の記事を書いたり、小説の新人賞の応募作の下読みなどをやっている。その下読みで、ふかえりという少女の書いた「空気さなぎ」という作品に出合い、そこに優れたものを見出し、それを最終候補作に残すように小松(安原顯をモデルにする)という編集者に進言するが、逆に、小松から「空気さなぎ」に天吾が手を加えて、世の中に出そうともちかけられるんだ。その過程で当然、原作者のふかえりという十七歳の少女と接触することになる。それによって、もうひとつの世界への通路が開かれるといっていい。つまり、月が二つ浮んでいる世界ということになるね。ふかえりは、新左翼の毛沢東派(ML派?)のメンバーの指導者格の大学教授が父親だ。その父親深田保(新島淳良がモデルとおぼしき)らは、一九六〇年代の大学闘争の敗北後、タカシマ塾(ヤマギシ会をモデルとする)に入り、山梨県の山奥でコミューン生活を始め、そのノウハウを習得していく。しかし、もともと革命を目指していたグループだからそこに解消することなくタカシマ塾から離脱し、独自のコミューン「さきがけ」を作る。そして、有機農法などが時代風潮にマッチし、自営コミューンは順調に発展していく。しかし、ここでも武闘派「あけぼの」が「さきがけ」から分裂し、「あけぼの」は住民とのトラブルで警察が介入した際に、第二のあさま山荘ともいうべき銃撃戦を展開して、壊滅する。その後、残った「さきがけ」はいつの間にか宗教団体に変貌をとげたというのが筋書きだ。ふかえりは、そこで世話していた山羊を死なせてしまい、懲罰で土蔵に閉じこめられたあと、父親の友人戎野を頼って、コミューンを脱出する。言うまでもなく、この宗教コンミューンはオウム真理教だ。
 ふかえりの書いた小説「空気さなぎ」は、「さきがけ」のことを書いた小説ということになっているな。ふかえりは識字障害があり、自分では書くことも読むことも難しい。そこで、ふかえりが語ったことを戎野の娘(アザミ)が書き取り、新人賞に応募したものだな。それを天吾が表現的に補い、世に売り出して、世間を欺き、一泡噴かせてやろうとする、アクの強い小松の業界的鬱屈と、「さきがけ」の内部にあって連絡の取れなくなったふかえりの両親の動向を、外部からゆさぶりをかけて探ろうとする戎野の思惑が合致して、画策は進行する。そして、天吾の加筆した「空気さなぎ」は大ベスト・セラーになるという展開だ。まあ、新左翼→ヤマギシ会→農業コンミューン→第二のあさま山荘事件→オウム真理教というコースは実際とは違うが、社会情況的には判り易い図式にはちがいないな。
 天吾の父親はNHK集金人なんだが、天吾は当然それを嫌っている。もちろん、おれも好きじゃない。やつらは突然押しかけてきて、まるで泥棒を詰るように脅迫するからね。おれの死んだ兄なんか、真面目人間だったからちゃんと払っていた。ところが、胃潰瘍で入院した。兄は独身だったから入院中は受信料を払えなかった。そして、退院して静養していると、集金人のおばさんがやってきて、団地の二階に住んでいた兄に、「マツオカさん、NHKです。受信料を払ってください」と下から大声で連呼したそうだ。この無礼な態度に兄は怒り、支払いを拒否することになった。やることがひどすぎるよ。たぶん、このおばさんは相手が不払いに転じたと職業病的に勘違いして、卑劣な行動に出たんだ。でも、どんな職業に就くかというのは、それぞれの事情だから、本人のせいにはできない一面があるね。だいたい、NHKという存在自体が矛盾の本体なんだ。やつらは「公共放送」という呪縛から逃れることができない。それが諸悪の根源だ。ご立派な建前に見えて、なんてことはない、政府の言いなりだ。だいたい予算設定から国会の承認を必要としているし、総務大臣の管轄の下にある。そんなものが公正な報道なんかできっこないよ。建前に固執するほどおかしくなってくるのさ。昔は大本営発表、今はNHKの政府御用報道だ。これが普通の民放と同じメディアになって誰が困るというんだ。受信料なんてただちに廃止すればいい、「公共」放送なんてものを一般大衆は必要としていないんだから。まあ、天吾も青豆も家を出て、早い時期から自活するようになっている。それは両方が家の抱えているものを忌避したからだ。ふかえりと青豆の接触は無いけれど、天吾にとって、ふかえりは自己環境からの脱出という意味では、体験を共有していることになるね。
 そこだが、同級生の青豆と天吾の二人は、家庭の事情により学校では孤立している。それでも天吾は図体がでかく、おまけに頭が良いということでクラスで一目置かれているが、青豆は孤独な少女だ。で、理科の実験でへまをやった青豆を天吾が庇う。それが唯一の契機となって、ある日、一人でいた天吾のところへ青豆がやってきて、黙って天吾の手を強く握り、そして、しばらくして離れて行った。それが二人の決定的な邂逅であり、この物語の核心にあるものということになっているぜ。でも、これはロマンチズムだよな。わしもそういう傾向あるけれど、そのシーンを生涯温めているっていうの、わからないわけじゃないぜ。でも、それが永遠の執着(妄想)を形成するというのは、どうなのかな。それを心の聖域として囲いながら、家を出た天吾は柔道、青豆はソフトボールに、その後の青春を打ち込んだことになってて、それらは日常の雑事のごとく精神に深く食い込むことなく、現在の青豆の男漁り、天吾の人妻(安田恭子)との週一の不倫へ続いているわけだ。
 うん。「柳屋敷」の老婦人が夫の暴力から逃れてきた女性たちを匿う施設へ、つばさという少女がまわってくる。この少女は性的な虐待によって子宮が破壊されていて、その行為をなしたのは、「さきがけ」のリーダー(麻原彰晃をモデルとする)によるものだということが、老婦人から青豆に伝えられる。そして、そのリーダーを抹殺するよう依頼されるという運びだ。こんな非人道的な行為をなす者は生かして置けないという論法さ。でも、宗教的祭儀において、神に幼子を捧げることは未開・原始時代では当たり前にやられてきたことじゃないのか。土俗レベルでも人身御供はなされてきた。たとえば新しい橋を作る時はその橋の元に人柱を埋めるという具合に。もちろん、それは時代が下ると、土偶で代行されたり、祓い清めによって済まされるようになってきたんじゃないのか。それに、巫女なんてものは神に仕える者として、そういう役割も担ってきたことは歴史的事実だ。そういうふうに考えれば、このリーダーのやったとされる行為が、特別のひとでなしの鬼畜生の所業ということにはならない。「さきがけ」が宗派なら、老婦人やそれに加担する青豆の属する共同意志も宗派的だ。どこにも義はないよ。近代ヒューマニズムやフェミニズムが絶対というなら別だけどね。
 まあな。で、ここがいちばんのポイントだろうが、要するに、大事なめくらの山羊を死なせてしまったふかえりが、お仕置きで土蔵に幽閉されていたところ、山羊の口から七人のリトル・ピープルなるものが出てきて、ほうほうと囃しながら「空気さなぎ」なるものを造り出す。その「空気さなぎ」から、ふかえりのドウタが誕生する。ドウタはふかえりの分身であり、リトル・ピープルのいわば通路だ。作品でいえば、ドウタはパジヴァ(知覚するもの)であり、リーダーはレシヴァ(受けとるもの)ということだ。それによって、リーダーはリトル・ピープルの代理人となる。これはユング的だな。そして、その密教的な秘儀のひとつに、未成熟の少女(ドウタ)との性行為が位置するという按配になってる。このメカニズムはよく判らない。読者はこのメカニズムのミステリアスで巧妙な暗号の解読をつづけるしかない。何度か出てくる作品の決めセリフでは「説明しないとわからないということは、説明してもわからないということだ」というのが、この作者のセオリーらしいからな。
 そうならよ、おれらの話というのは、批評なんてものじゃないね。物語の閉鎖性をところどころ開いてることになるね。それが作品との対話になってれば、まずは申し分ないってことさ。偉い、偏屈な作家にメッセージを届けようとも、そんなものが届くとも思っていないさ。
 ふかえりは深田絵里子がフルネームだ。そうすると、リーダーこと父親は深田保ということになるな。しかし、戎野の語る深田の像と「さきがけ」の禍々しいリーダーの像、誰が読んでも麻原彰晃とはイメージとして結びつかない。断絶があるぜ。まあ、ふかえりから、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイみたいな姿を恣意的に思い描くこともできる。そんな愉しみ方も、わしはぜんぜん否定しないけどな。それに、ふかえりとその分身(ドウタ)というのは、クローンの綾波と似ているからな。
 いよいよ物語はクライマックスを迎える。青豆がリーダーを抹殺しに出掛ける。ここは圧倒的な迫力で迫ってくる。いちばんの劇的場面だ。それで、リーダーには教団のボディ・ガードがついているんだが、老婦人の自衛隊あがりの用心棒タマルによれば、それなりの腕はもっているが、所詮アマチュアということだ。それで殺害の目的をもって接触することが露見した場合、捕まってリンチを受けることを避けるため、青豆は自害用にタマルに頼んで手に入れた小型拳銃をバッグに忍ばせて行くことになる。そこで当然ボディ・チェックがあるんだが、青豆は生理用品などでそれを隠している。相手がプロなら、そんなもの一発で見破るはずだ。ところが、この目くらましにひっかかる。ここが作者の「さきがけ」という教団、すなわちオウム真理教という組織の脆弱さをついたところだ。国家を転覆しようとする共同意思に比して、その組織体制はそれほどのものではないことをよく暗示した、スリルあるシーンだといっていい。しかし、なんといっても、青豆とリーダーとの対峙は圧巻だ。
 そうなると、わしらの話も終局だな。ずばり言うなら、この『1Q84』で圧倒的に魅力的な人物は、青豆でも天吾でもない。ふかえりとリーダーだ。そして、人間としてもっとも実在感のあるのは、NHK集金人であった天吾の父親(実は天吾の実の父親ではないということなのだが)だ。天吾は聡明で謙虚な構えをしていても、ほんとうは傲慢なんだ。それは「さきがけ」の懐柔の手先としてやってくる牛河に対する嫌悪の表出に現われているような気がする。歪んだ鏡に映ったみたいにな。これは天吾の属する比較的優位な社会的ポジションが、醸し出した偏見じゃないのか。普通に考えれば、彼にも愛すべき妻子があり、かけがえのない友人もいるかもしれない。それでも、牛河みたいな存在を醜悪とみなし蔑視することはできる。そんなことは自由だ。誰だって、相容れない相手も唾棄すべき事柄もあるからだ。しかし同時に、性格の悪いガキどもが、ホームレスを襲うのと同じものを孕んでいることも否めないはずだ。もっといえば、わしならわしが天吾や青豆の居る場所に出たとすれば、同じように映るはずだ。これは自己卑下でもなんでもない。この作品に陰影あるリアリティを与えてるのは、施設に隠棲した父親を天吾が訪れた時の、そこでのやりとりだ。天吾はとうてい、その人間性において、おやじに及ばない。それは作品がひとりでに物語っていることだ。青豆だって、ほんとうは排他的で、じぶんの逆境(被虐性)をいつの間にか加虐性に転化しているところがあるぜ。一時男漁りの相棒になる、婦人警官の中野あゆみというのがいるだろ、そのあゆみの心の傷を発散させようとする向日的な姿勢と較べると、青豆ははるかに屈折し、陰惨な影を曳いているな。天吾と青豆の十歳の時の出来事は心の救済の幻影というよりも、じつは過去の呪いの深さを象徴しているとも言えるぜ。フロイト的にいえば、無意識の荒れた青豆の人殺しの〈業〉と、天吾の性的対象を特定することができない倒錯的な〈資質〉の引き寄せの構造だ。それを「愛」などといい、「愛がなければ、すべてはただの安物芝居に過ぎない」と俗受けするように安っぽく結んでいる。しかし、作者がどう誤魔化そうとも、この内実がリトル・ピープルなる架空の表象よりも、より邪なものを内包していることは確実だ。そして、それがまた〈人間ということ〉だ、とわしは思う。
 青豆はリーダーを殺害する。それはリーダーの意向だ。リーダーは、青豆らの計画をすべてお見通しで、尋常でない能力を持ち合わせている。リトル・ピープルの逆襲と教団組織のシステム化された自己運動をリーダーをしても押し留めることはできなくなっている。共同性(組織)とはそういうものだ。ふかえりの小説が世間に出ることにより、「さきがけ」に過去の組織の軌跡も含めて疑惑のまなざしが、さらに、その異教性が知れるところとなり、捜査の手が教団の施設に入ることになったからだ。また、ふかえりと天吾のペアは、リーダーの言によればリトル・ピープルの対抗存在をなしているゆえだ。リーダーはそれらすべて見通したうえで、死を望んでいるのだ。ためらう青豆に対してリーダーは、天吾の助命と引き換えに俺を殺せという。その交換条件をのんで、青豆は目的を達成する。「心から一歩も外に出ないものごとなんて、この世界には存在しない」とリーダーがいうように、言語の表現の内部には何も隠されてあるものなど無い。つねにすべては提出されている、表層的にも深層的にも。そうだろ、村上さん。フー、あらすじをたどるのも、結構きついな。
 そう言うな。リーダーが少女たちと性的に交わった、というより宗教儀式を実践したように、天吾もふかえりと交わる(ふかえりは、これを「オハライ」という)。これで、青豆や老婦人の抹殺根拠は完全に溶解してしまったといっていいぜ。べつにリーダーの行為は、変態性欲でも少女虐待でもないことになったんだ。
 青豆は、この世界への入口となった首都高速道路の非常階段を目指すが、すでに入口(出口)が塞がれていることを知り、口に銃を突っ込み引き金を引く。まあ、これが結末ということになるんだろうね。最初に入口へ導いたタクシー運転手というのは、これまた謎の存在ということになるね。
 それでは、この『1Q84』という作品の意図とは何なんだ?
 それは簡単さ。要するに、作者はあの地下鉄サリン事件を無かったことにしたかったのさ。それでリーダーすなわち麻原彰晃を殺害するというストーリーを作りあげた。そして、その根元にあるのはリトル・ピープルなるものだ。これが何の暗喩なのか、どんな寓意なのか、いかなる集合的無意識の生成なのか、説明は要らない。それは読んだ読者が察知すればいいというのが、作者のスタンスだ。だから、青豆がリーダーを殺害しようとしている時、また天吾とふかえりが交わっている時、リトル・ピープルのなせる業で、稲光のない雷鳴が轟き、雨が降り、あの地下鉄丸ノ内線や日比谷線などが水没するというふうにしているのさ。
 そうだとすると、この『1Q84』という小説は、結局、あの『アンダーグラウンド』の中の「目じるしのない悪夢」を作品化したということじゃないのか。
 そうだよ。あれの小説化だ。それで、ふかえりやリーダーを魅力的な存在として描きだしたことは、あの地点からあきらかに歩を進めているといえる。しかし、あいかわらず、問題の核心にある宗教性ということに関しては、「目じるしのない悪夢」では『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくるやみくろに、ここではかつての「TVピープル」の変形リトル・ピープル(小人)に置き換えただけだ。それにすべてを吸収させる仕組みになっているよ。つまり、そこへの踏み込みは回避されているんだ。ただ、そんなことは誰も、いまだ解明していない。オウム真理教だって、麻原彰晃だって、依然として無気味な闇をさまよっているのを、ただ世俗的に処罰し、社会的に隠蔽しようとしているだけだからね。だから、あれがこの作品の背景だ。そして、ひとつの示唆の方法として、この作品はある。その点でもこれを認めないわけにはいかないね。
 だがよ、村上春樹は「目じるしのない悪夢」の中で、オウム事件に関して異論を呈した者を「大方は世論の袋叩き」にあったといい、「それらの論の多くは少なくとも部分的に正論ではあったが、場合によっては言い方がいくぶん偉そうで啓蒙的だった」と批判した。その、名前も挙げずに批判した事件当時の吉本隆明らの思想の地平に、つまり〈どちら側でもない〉場所へ、ここで到達したということじゃないのか。  そうだと思うよ。ただ最初の歴史認識の安易さは、作品全体を決定づけてるよ。でも、惹き込まれるように読んだ。こんなに熱中して読んだのは久しぶりだ。そのうえ、こんなことを言わせるだけのものがあるってことさ。『羊をめぐる冒険』に較べると、のびやかさに欠けるとしてもね。


     3 鎌倉諄誠さんのこと[2009年11月]

     (1)

 調子はどうだ。
 まあまあだよ、何の調子か、知らないけど。
 村上春樹の『1Q84』について、その後、言い足すことはないか。
 べつにないね。目に触れた範囲で世評も見たけど、とりたてて言うことはないね。おれ、電話、好きじゃないから、ケイタイも持っていないし、必要ないから持つ気もない。それでも、実務的には電話が手っ取り早いんで、よく使ってはいるんだけど、馴染まない感じは変らないね。ところが、おかしなことに、そんなおれにも電話友達ができたんだ。実際は一度も会ったことのない、十歳以上年下の。
 気の毒に。おまえは言いたがりで、ろくに人様の話を聞かないタイプだろ、迷惑ってもんだぜ。
 それで、その彼と話してて、『1Q84』を「コケオドシの通俗小説だ」と言ったら、彼に「マツオカさんは読んでる途中では面白いって言ってたじゃないですか」って、云われたよ。おれは村上春樹の作品は殆ど読んでいる。それで短編作品はいいと思う、「螢」とか「中国行きのスロウ・ボート」とか好きだね。そこからいえば、『1Q84』って、固有の良さというのは皆無に近いね。いちばん虚しさを感じてるのは、作者本人じゃないかと思ってしまうよ。露骨に言うと、出版社も書店も、本が売れればいいんだ。いい作品であろうが無かろうが。記念切手と同じさ、買って使わないのが好都合という。でも、作品は違うはずだ。その本性として、読まれることを望んであるものだと思う。そして、作家は表現的な自己実現が最初に来るはずだし、そのうえで、あくまでも他者に理解されることを願望しているはずだ。
 まわりくどいんだよ、なにが言いたい。
 なんだよ、おれのこと、他人の話を聞かないって言っておきながら。『1Q84』の中で、天吾がチェーホフの「サハリン島」をふかえりに読み聞かせるところや、ふかえりが「平家物語」の壇ノ浦の場面を暗誦するところがあるだろう。あれはみごとだと思うけど、でも、村上春樹が力量を発揮すべきところは、そこじゃないね。この程度の引用の活用は、それなりの作家ならやれるはずだ。ほんとうにやるべきことは、投稿作の「空気さなぎ」が、表現として稚拙であっても魅力あるものと設定しているんだから、部分的でいいから、まずそれを示すべきだ。そのうえで、天吾が加筆した「空気さなぎ」でどう洗練されたかを、実際的に描けばいい。その方が、謎かけみたいな「猫の町」の寓話を挿入するよりも、ずっと優先するはずだ。
 それは高望みってもんだ。それができるなら、『アンダーグラウンド』で、オウム事件に異論を呈した、たぶん吉本隆明の発言を想定したと思われる「部分的には正論であったが、場合によってはいくぶん偉そうで啓蒙的だった」なんて言うはずがないぜ。吉本隆明はな、新宗教が注目を集めだした早い時期に麻原彰晃の『生死を超える』や『亡国日本の悲しみ』『日出づる国、災い近し』をちゃんと取り上げ、批評している(ほかにも大川隆法『太陽の法』や統一教会の『原理講論』なども)。わしの知る範囲で、それをやった者はいない。つまり、自分の見解をつねに開示しているんだ。べつに吉本隆明の考えに、同調することも、追従する必要もないが、この姿勢はなによりも尊重されてしかるべきなんだ。村上春樹が、この開かれた姿勢の貴重さを判っているとは、到底思えないな。じぶんで考えることが大事なのと同様に。むろん、そんなことは「あっしには何の関わりもないことでござんす」とは言えるだろう。しかし、村上春樹は講談社の巨大なバック・アップで、聞書きの『アンダーグラウンド』を仕上げた。それはいいとしても、そこでの被害者への理解と配慮と同じように、他者の姿勢や言説もちゃんとおさえないといけないはずだ、言い及ぶかぎりはな。わしはあそこで、村上が名を挙げずに批判したことに、あくまでもこだわるね。村上春樹は、出版業界のシステムや常識に結構乗っかってやっているとしか思えないぜ。それに「大方が世論の袋叩きにあった」という言い方だって、おかしいぜ。たとえば産経新聞は、吉本隆明にオウム事件についてインタビューし、その記事を掲載した。その記事に対して、読者から批判が殺到したってことになっている。村上春樹は、それを念頭に「世論の袋叩き」だと言ってるんだ。これは誤謬だ。新聞であろうが、雑誌であろうが、おまえが発行している「猫々だより」という小さな通信であろうが、依頼して掲載した以上は、場を主宰しているものは最後の最後まで、発言者(執筆者)を擁護すべきなんだ。それは表現の自由にかかわる鉄則だ。たとえ、その内容(意見)が自社(自分)の見解と異なるものであっても、だ。そうでなかったら、まず第一に、相容れない人物や考えの持主には、始めから依頼しなければいい。依頼しても、これは困る(不都合)と思えば、原稿段階で折角ですが掲載できません、ということにしないといけないはずだ。それで掲載した以上は、もちろん、読者からの反応や反響は尊重されるべきで、できる限り公開されるべきだ。それが民主主義のルールというものだ。そのうえで、〈あらゆる言論は自由である〉という不動の原理に基づいて、あくまでも自社(自分)にいちばん責任があるという原則的な立場を貫きながら、発言者(執筆者)を擁護し、事態に対応するのが本筋というものだ。産経新聞のやったことは、まったく反対だろう。まるで吉本バッシングのために仕組んだようなものだった。それは、あの産経新聞の紙面に如実に現れていた。また、それが産経新聞が「三流」新聞でしかないということの自己暴露だった。それを作家として言論界で飯を食ってきた村上春樹が見抜けなかったら、嘘だろう。まあ、作家が自立した存在という前提の話だけどな。
 そうだけど、もともと会社やスタッフというのは、当てにならないものかも知れないね。むかし伊東四朗が言っていたんだけど、なにかの撮影で伊東四朗が着ぐるみを着て、やってたら、子供がいっぱい集まってきて大騒ぎになった。その騒ぎに数人の警官が駆けつけてきたそうだ。そうしたら、みんな蜘蛛の子を散らすように居なくなって、着ぐるみの伊東だけが取り残された。それで警官にこの騒ぎはなんだと言われて、伊東四朗はじぶんで「撮影です」と説明したとのことだ。その時、スタッフは遁走して誰一人として居なかったということだ。これが典型さ。都合が悪くなければ遁げるし、風向きが変われば、平気で非難する側に廻ることだってあるんじゃないのか。だから、みんな、友達を大切に思うのさ、立場や利害を越えたものを持っていると思っているから。村上春樹の『海辺のカフカ』のテーマが父親殺しだったように、『1Q84』でも父親に対する屈折した思いが作品の基底にあるような気がしたね。村上春樹ってのは、何がどう転ぼうとも絶対に学校の教師だけにはなるまいと、心に決めていたんじゃないかな。つまり、親の轍は踏まないという。一九八四年におれは、『同行衆通信』ってのやってて、そこで「一九八四年の冬なのだ」なんてのを書いて、山口県の西村光則がらみで、『漏刻』の連中とケンカしてた。
 その時、おまえが何をしてたかってのは、なんの意味もないぜ。
違うよ、村上作品とは全然関係なく、二五年前のことで、言っておきたいことがあるだけさ。このケンカの段階では、おれは西村光則と一度も会ったことはなかった。そもそも西村を知ったのは、その頃、愛媛県の宇和島に住んでいた小山俊一さんから紹介されたからだ。たしか西村が出していた『ひょうせつ』という通信誌を四号分くらい、小山さんが送ってくれた。それで、西村に連絡して『ひょうせつ』の読者になったんだ。その後、小山さんにお会いした時に、その事が話題になったんだけど、小山さんが「誤字が多い」と指摘したら、「そんなことはたいしたことじゃない」と彼は言い返してきたとのことだ。それで小山さんは、「どうも自分は教師根性が抜けきっていないようだ」と云われた。西村は『ひょうせつ』(一九七五年一一月創刊)以前に『長州新聞』『THE AZAME通信』というのを出していたらしいけど、それは見たことがないね。『ひょうせつ』はガリ版B5二四頁で、ほぼ月刊ペースで出していた。その集中度と、自己切迫した孤独な存在感が際立っているようにみえた。彼は精力的で、他にもいろんな同人雑誌に寄稿しているようだった。やがて、そのひとつ『漏刻』と西村との間でケンカが始まった。で、事情はよく判らないが、『漏刻』側は築山登美夫をはじめ複数だし、坂井信夫のなんか一段高いところから物を言うような態度が癇にさわった。そこで、このケンカに介入したんだ。
 他人のケンカに口を出すとろくなことはないぜ。そうでなくても、酒場で連れがケンカを始めて、止めに入って、殴られたりしたら、今度は自分が主役になっている場合だってあるんだからよ。
 まあね。その後西村と実際的につきあうと、彼の悲劇的な面がだんだん見えるようになった。彼はその場では何も言わないのに、あとになってから、そのことを取り挙げて批判することがしばしばあった。これは悪意というよりも、決定的な資質的〈弱さ〉だと思ったね。だから『漏刻』とのケンカにしたって、悪いのは西村の方だ。その場ではなにも言わずに歓待をうけながら、あとになって、「あの連中は」だとか、「あいつの言ったことは」なんて書きたてたら、それは誰だって怒るよ。
 おまえだって、サボリの不登校だったように、嫌なことからは逃げるし、面と向かって事態に対応するよりも、裏へ、陰へ、廻ろうとする傾向があるだろう。他人のことが言えるかよ。それで、おまえはたんと反省したのか。
 いいや、しないね。事情はどうであれ、言葉のケンカとして、あの通りだと思っているよ。

  わたしの知り合いで農業をやり、お米作りに熱心な人がいた。詩を書く人でそれが知り合った機縁だった。あるとき彼にお米はもとをただせば南方系のものでしょう。どうして新潟とか秋田とか、どちらかといえば北の寒いところに美味い銘柄のお米がとれるのかと尋ねたことがある。
  彼の答えのうち主要な考え方は、南のほうだとあまり手入れをしなくても、お米が実るということがあるのです。それで何となく油断することがあります。北の寒いところでは、少し手を抜くとすぐお米の収穫量品質に影響するから、熱心にならざるを得ないところがあるので、その経験がつみ重なって美味い稲の品種ができ栽培の方法も発達することになり、いわゆる銘柄品が生まれるわけです。そういう答えが主要なことだった。
  彼はついでに、稲の育ち方、その様子は、毎日違うのです。丁寧に稲の表情をみてまわって、これは水が少し足りない、これは日照の具合がわるいから、何を加えといったことを、丁寧にこまかく配慮してやればやるほど、いい実りになります、どこでもほんとは手当て次第で銘柄品くらいのものは できるわけです。そう語ってくれた。
  わたしは大いに啓蒙され感服した。彼はかくれた篤農家だとおもった。彼の言葉は次第に宗教的な秘境を語るようになって、わたしなどの思慮がとどかない彼方へすすんでいった。ただ彼の孤独な篤農のたたかいの不幸が、彼の明るい信仰の言葉にそのまま転移しているようにおもえてならなかった。でも彼の宗教性への転移を否定する気にはなれなかった。彼の宗教性の深みも浅さもお米の栽培の体験の生まれかわりのようにおもえるからだ。
    (吉本隆明『食べものの話』「お米挿話」)

 これは西村光則のことを語ったものだ。ここに言われているように、西村はしだいに、こちらから神懸り的な思い込みとしか思えないようなことを言い出して、互いに疎遠になっていった。しかし、これはもともとの資質だとおれは思う。彼は憑依する人だった。彼は、百姓にも、石積み職人にも、なりきれる人だったんじゃないかな。彼の出している『ひょうせつ』の誌名は、氷雪だろうか、まさか剽窃じゃないだろう、などと仲間うちで話したこともあるけど、そのままになっていた。『ひょうせつ』が五〇号になった時、彼は『試行』の第五〇号の編集後記を丸ごと引き写して、じぶんの編集後記とした。ここにきて、おれはそういうふうに思ったね。そこから思い返すと、彼は知り合った頃は、宮沢賢治になりきろうとしていた。賢治の生き方から、字の書き方まで、全部をじぶんのものにしようとしていたんだ。通常の「かぶれ」や「模倣」とは次元が違うような気がした。古来、詩人とはこういう存在なのかもしれないと思い、おれなどの到底及ぶものではないと、いまでも畏怖しているよ。それが何の宿りなのか、どこから湧き出たものかは判らないけれど。

  訪れたきみ子と一緒に何処へ行くでもなく、廃屋へ引き込んだ3時間の間、最後の恋人へ、もはや何の方途も何の意義もみいだせなくなったきみ自身を、そのこころとからだを晒け出そうとして、疾走し、かく狂気した。今日はなんだか変だ? とっても変だ? と云う感じは、最後まで消えなかった。変にきみ子へのしかかり、絡みつき、きみ子の下着を取ろうとするのだが、ちっともうまくいかない。明らかに、きみはためらっていたのだっ。ためらっている手がまともに動かないのだっ。なぜか途中でやめることもできなくなって、無理矢理、やっと下着をはぎとってしまい、とうとう交わるとこまで行ってしまった。子供を、赤ン坊を生もうとして性交するのではなく、性交したくて、そうするのでも全くない。もし云うことができるとするなら。子を殺すための子を生むこと、子を生まない子を生むこと、つまり、きみ子ときみのあいだに生まれる前の子、その子殺しの性交、もしくは、ひとりの〈死体=死者〉を生む性交を試みたのだと云えるにちがいない。ちがいなかったっ。
     (西村光則「手記〈罪状〉の一片」『ひょうせつ』第五四号)

 ここに全部、出ていると思う。この異性との交渉場面は、性的欲望に衝き動かされながら、その快感や甘美さを打ち消そうとする〈分裂の表出〉だ。この表現は〈固着〉していて、繰り返し現われる。これは親の性的な嫌悪や忌避からの刷り込み(投射)のようにみえた。エッチの場面をこういうふうにしか描くことができないことは、相手の体のうえで自己劇を演じているだけになってしまう。実際とは違っても、この思い込みは〈強力〉だ。これが資質の根にあるものじゃないかと思ったよ。誰でも性的には大なり小なり倒錯的だとしてもね。その後、彼は銅版画に没頭していると風の便りに聞いたことがある。また福岡のある場所に彼が創った造形作品が展示されていて、その写真がネット上に出てたね。『ひょうせつ』という誌名はたぶん「マチウ書試論」からとったものだ。
 そのつづきでいえば、『同行衆通信』は一九八〇年四月創刊、それで第五五号(一九九四年一月)で終刊している。でも、おまえは最後の方は編集から降りていただろう。
 うん。ひとつのことを十年続けると、ボロボロというのは言い過ぎにしても、くたびれるよ。なんでもそうなんだろうけど、長く続けていると重くなるよね。で、身軽になりたかったということもあったね。それで鎌倉諄誠さんに言って、編集(タイプ打ち込みから発送作業まで)から降りたんだ。それでも、根石さん・奥村真さん・中村登さんの三人が、前に出していた『パンティ』という雑誌に誘ってくれたんだけど、じぶんは『同行衆通信』に主力を注ぎたいんで同人にはなれませんと言って断ってる。ほかにも、そんな話があったけど同じ理由で参加しなかった。だから、終刊まで関わっていることには変わりがないんだけどね。それから、この段階で、もうひとつ区切りになることがあった。鎌倉さんの本(『センスとしての現在の根拠』)が深夜叢書社から出ることになり、その刊行の目途が立ったことだ。じぶんだけでなく、一緒にやってきた先達の著書が刊行されるところまで行けば、じぶんとしてはやるべきことはやったと思った。
 まあ、生活だって、決して平穏無事ってわけじゃないからな。
 うん。それから編集は鎌倉さんがやったり、鎌田吉一や伊川龍郎がやったりした。そして『風のたより』に引き継がれたわけだ。一九九二年、おれは二十年近くやっていた建築現場の仕事を辞めて、失業者になった。それで、じぶんの時間が出来たんで、この機会に遊んでおこうと思い、一週間くらいの予定で上京した。その留守に、鎌倉さんから電話があって、「今度、家を出ることになりました」と云ったそうだ。電話を受けた妻は、東京にいたおれには連絡して来なかった。おれが動揺すると思ったからだ。で、帰ってくると、実は、ということで、妻から聞いた。びっくりしたよ。なにしろ、二十年以上足繁く通い、家族ぐるみのつきあいだったから。でも、なにが原因で家族と別居することになったのか、よくわからなかった。また、そんなこと、聞けることでもないよね。その頃、たしか鎌倉さんは、弟の通孝さんの珊瑚工芸品の加工の仕事を手伝ってたはずだ。おれの方も、とにかく新しい仕事を見つけないといけないんで、就職活動に専念するしかなかった。
 もともと、書くことを第一義としてたわけじゃないからな。
 そうだね。六〇年代末期から七〇年代初頭のじぶんの体験をずっとしつこく引きずっていて、その体験やじぶんのことに、言葉をあたえたかっただけだね。積極的な動機を挙げれば。で、それが曲がりなりにもできるようになるのに、たっぷり十年の歳月を要した。だから、おれにとって『同行衆通信』はそういうものだった。そのための言葉が、詩であろうと、批評であろうと、他の何であろうと、関係ないよ。とにかく一所懸命やった。だって、『同行衆通信』なんて、和文タイプ打ち放しで、校正なんかやってなかったからね。勢いまかせの誤植だらけの発行物だったんだ。それで十年、やってきたんだ。また、それができた背景としては、仕事が割りと気楽で、一日の労働を終われば、あとは全然それに拘束されることなく、すぐに切り替えることができた。だから、続けられたような気がするんだ。でも、周りからすれば、金(稼ぎ)にもならないことに入れあげて、むきになってやっているとしか映らなかったはずだ。変な趣味みたいにね。それは一定の理解を持っていたって、そうみえたはずだ。また付随することでいえば、俯き込んで続けていると、しだいに深みにはまり込んでゆく。これは外側から眺めているものとの乖離をどうしても生むよね。気がつくと、夕暮れになっていたみたいに、家族の間でも、いつの間にか溝ができてたっていうこともあり得るからね。なにはともあれ、よく続けられたと思う。だが、これからは難しいと思ったね。それどころか、高校中退で、手に職もなく、体力もないおれに、容易に新しい仕事が見つかるとは思えなかった。覚悟をもって臨まないと、仕事があるとは思えなかったね。
 それで、やっと印刷屋に就職したわけだ。でも、おまえはすでに本を出してただろ。
 なあに、それはね、二階のベランダが鉄製で、雨の多い高知ではすぐ錆びるんで、ペンキを塗って補修しないといけない、これはかなり面倒だった。それに鉄は重いからね、家屋に負担がかかる。それで『意識としてのアジア』で貰った印税でアルミ製のやつに替えた。また、『アジアの終焉』の印税は、うちは路地の奥まったところにあるんで、近所のガキどもの遊び場としては絶好なんだ。それで、うちの門戸は木の戸だったんだけど、ガキどもはそれをサッカーのゴールに見立てて、ボールを蹴り込む。そんなこともあって大分壊れかけていたんで、これもアルミ製の物に替えた。その程度さ。だから、そっちでやって行けるなんて考えたことはないね。最初から、もの書き、詩人でも評論家でもなんでもいいけれど、そんなものになろうとも、なれるとも思っていなかった。そんなことは、ほんとうはどうでもいいことだ。体力もその他の能力も、「並」以下だという思いがずっとあって、それを本能的にカバーするために、じぶんにとって内なるものはあったと思う。その打ち消しも含めて、消極的に延長上のところにいるだけさ。ただ、おれの拙いものを認めてくれた人たちがいるから本になったんだ。だから、その厚意を裏切ることなく、どんなかたちにせよ、情況への関心を持続し、依頼があれば、できることなら応じようと決めた。それがいまでも、じぶんを支えている最大のものじゃないかと思っているよ。話を戻すと、鎌倉さんが家を出るまでは、おれんとこと歩いて五分くらいの近くだったけど、別居してからは住む所も離れた。鎌倉さんは持病をかかえ、そのリハビリに努めていた。おれの方も新しい職場で精いっぱいという感じだった。だから、殆ど行き来は無くなっていた。そして、『同行衆通信』は終刊を迎えたんだ。
 しかし、それはおまえの事情と思いだろ、鎌倉さんがどう思っていたかは別だな。

  ごらんの通り紙面は元気ですし、北海道から沖縄まで読者の方もいて下さるのですが、私は力尽きてしまったようです。(中略)
  三年と少し前、私は、珊瑚加工の仕事柄の加味されたケイ椎症といわゆる○肩で腕が上がらなくなり右足がまともに進めなくなって倒れて、一ヶ月程仕事を休みました。それ以来、時々ハリやアンマに通うほか、毎日帰宅すると、自らケイ椎の牽引からほとんど全身の凝りのつきくずしもみほぐし柔軟体操、軽い運動といったことを際限もなくつづけ、それでまた疲れ切って眠りにつく、といったような生活をつづけてきました。それでも、そうしてどうにか日常性を維持しながら〈もう少しなんとかなれば〉〈もう少しなんとかなれば〉と思ってきたのですが、十月のある日、いつものように近所の公園で、果てしのない柔軟体操をあきらめて軽く駈け足に移っていた時、ふっと〈もう、こういうことでしかないのだ〉という思いがやってきて、ストッと腑に落ちてしまいました。力尽きたのだと思いました。ここで切りにしなければ、今度はそれすら覚束なくなってしまうにちがいありません。よくも悪くも言い出しっぺであったものとして、この辺で始末とさせていただき たいと思います。
    (鎌倉諄誠「本号を以って同行衆・同行衆通信を廃刊いたします」『同行衆通信』第五五号一九九四年一月)

 これが鎌倉さんの終刊の挨拶だ。
 鎌倉さんは一九三八年、高知県吾川郡名野川村北川の生まれだ。一時ペンネームに使っていた「北川四郎」というのは、ムラの名前と四男から来たものだと思う。仁淀川上流の石鎚山系の山奥だ。それで、中学校卒業と同時に、集団就職で「近江綿糸」に就職したんだけど、大きな労働争議が起こり、自宅待機ということになり、郷里に帰った。それから、家の農業を手伝いながら、地元の隔日の定時制高校に通っている。そして、高知大学に入学した。ちょうど安保・勤評闘争の時代だ。高校の先生は法科を目指すように言ったらしいんだけど、本人は文科を選んだ。本人から聞いた話では「夏目漱石の小説に感銘し、大学の文科は漱石みたいなことをするところだと思っていた」そうだ。それはおおいなる勘違いだったわけだ。それから当然のように時代の波をかぶり、その過程で先輩の勧誘で日本共産党に入党している。この時代、花田清輝なんかの影響をかなり受けたようだ。それで、党活動のなかでも、独自の位置をもって活動していて、結局除名されている。この辺りは、時代の隔たりもあり、おれなんかとは全く違う。
 鎌倉さんは一九六四年にAVANT GARDE POEMSと銘打った『それでも なにかのひょうしに あなたの面貌がくるりと一回転して 反面になりそうな期待が 絶えずわたしを襲いつづける』という仲間との合同詩集を出している。それは地元では話題になったみたいだな。それで、この作品集は地元の喫茶店や病院や居酒屋などの文化活動に理解のあるスポンサーを得て、その応援で刊行されていることが、実物をみるとわかる。
 そこら辺も違うね。おれなんか根からの劣等生で、そういう界隈とは一切無縁だし、向こう側からはいまでも、その資格に欠けると見なされているだろうからね。鎌倉さんは違ったはずだ。もともと、芸術的素質があって、文学だけではなく、演劇や音楽や絵画などにも造詣があった。むしろ、政治運動に吸引されたことで、その可能性が殺がれたような気がするね。

 頑として 定年まで
 市役所臨時職員を通した
 それがあなたの
 戦後無頼派やダダイズムの風にふれた
 何かといえば夜昼ない放蕩にはしる風狂者としての
 ひそかな自戒とシャイな矜持のかたちだった
 そんなあなたをぼくはどこかかなしみながら
 どこまでも気軽に自由に振舞わせてもらった
 山下清昭さん
 一九九〇年一一月二四日
 の夜はすてきだった
 人のいいキリストのような貌をして
 長いいきさつ話の後
 あなたは背枕にもたれ
 大きくなった空っぽの澄み切った眼の奥をまさぐりまさぐり
 息を継ぎ足し息を継ぎ足し
 こう言った
 芥川を馬鹿にするものがおるけんど
 ぼくはそうは思わんねえ
 「人生は些事を愛さねばならぬ」
 たとえばこの一行がその辺に突立ちゅうと考えて
 朝起きて顔を洗って飯食って職場へ行く
 帰ってまた飯食うてセックスして
 その繰り返しが日常だとしたら
 その中に含まれてちょっとそれに耐える
 なにかが
 ぼくは詩じゃあないろうかと思う
 日常言うてもとらえどころがないみたようなものじゃあけんど
 ただみなワイワイやりゆうにかあらんようにもみえるけんど
 そのワイワイやりゆうことが
 大事なことじゃないかと思えてきた
 ぼくには何も言うことがなかった
 肩痛こらえ鍼灸院の門限を気にしながらここまできて
 あわててまた来ますと挨拶すると
 傾いてニッコニッコと歩いてくるいつもの顔で
 あなたはまっ白な手を差し出した
    (鎌倉諄誠「山下清昭さん」『同行衆通信』第四六号)

 たぶん、その頃からつきあいのあった知人を病床に見舞いに行った時のことを書いた〈追悼詩〉だ。この人は一度だけ見かけたことがある。ある夏の夕方、鎌倉さんの所へ行ったら、家の前で二人が話していた。痩せた長身で、芥川龍之介に容貌が似ていた。その「山下さん」は長い間高知文学学校の世話役をしていて、その運営誌である『高知文学』に作品を発表して、生涯文学への執着を捨てなかった人だと聞いた。鎌倉さんはその意味では、顔が広かったんじゃないかと思う。一九六九年一一月の新宿騒乱で負傷したときも、その手術費のカンパはその界隈からも集まったんじゃないかな。選挙制度が変わり小選挙区になり、高知県も三つの区に分割されて一人区になっても、衆議院の議席を獲得したぐらい日本共産党や日教組の強い土地柄なんで、新左翼なんていったら、それこそ「裏切り者」「人民の敵」ということになるんだけど、そこを突破できるだけの人格的なもの(人望)があったということだね。
 「人民の敵」かよ、日本共産党が人民の何を代表しているというんだ。その神話は完全に霧散したぜ。日本共産党の下部組織の基本は、「民商」がその典型のように囲い込み戦術だ。組織やイデオロギー的に囲い込こむことはあっても、決して組織を開くことはない。だから、全社会的な課題に現実的に到達することができないんだ。いくら〈党派〉的な綺麗事を並べたって、そんなの、駄目に決まっているぜ。日共に限らず、左翼の〈党派〉性は依然として残存していて、例えば中国から輸入した餃子に毒が混入していた一件でも、輸入やその販売に関与した生活協同組合なんか、組合員の生活と健全な食を守ることをほんとうに第一の目的としているなら、その原因を政府の意向や政治的利害を越えて、徹底的に追及して「生協」の組合員に報告すべきなんだ。ところが、中華人民共和国は社会主義陣営という政治的信仰からあいかわらず脱することができないから、有耶無耶のうちに済ましてしまった。ふざけるな、とはこのことだ。チベット問題やウイグル問題を持ち出すまでもなく、どの観点からみても、中国が社会主義国なんて言えないことは歴然としている。初期社会主義者が描いた理想の実現とはほど遠い。中国共産党独裁の社会国家主義だ、しかも、漢民族のリードする。それに、どうして「農工民」なんて言われる、出稼ぎの賃金もろくに支払われない最下層の労働者群が存在するんだ、むかしの日本の「土工」みたいな。「人民解放」が毛沢東の、中国共産党の、謳い文句だったはずだ。ところが、貧富の格差は現在の日本以上だということは明白だ。まあ、歴史の厚みと大陸的な風土のひろがりは、島嶼的なこちらの感性では量りしれないところもあるだろうけどな。
 鎌倉さんは一時期、演劇活動をやってたとのことだ。秋元松代を尊重してて、いずれは秋元松代論を書きたいと言っていた。それから、ジャズはよく聴き込んでいたんだと思う。絵画も、一時デザイン関係の仕事をしていたらしいし、通孝さんが「県展」の洋画部門で最優秀賞を受賞した時、画家を目指したいと言ったらしいんだけど、「絵は言語の表現とは違って、労力も時間も費用もかかるからね、それで返答に困った」と言っていた。その最優秀作はとても繊細なのに奥行きがあって、おれみたいな絵心のないものが見ても、良いものに思えたよ。思想が世界認識の根底を決定づけるものだとしても、「考えてもごらんなさいよ。思想がかつて、本当の意味で人間を幸福にした例が、どこかにある?」という新井千裕の作品のセリフのように、思想なんて苦しいものだ。まして、政治(運動)なんて途轍もなくくだらないものだ。情況の後退局面で引きこもりみたいにして、持続する意志を貫いた面もあるかもしれないけど、それは判っていて、暗黙の前提になっていたと思う。そんなものを上位に置くものは、みんな権力と支配に通底してるんだ。その本質的な否定としてしか思想も運動もないはずさ。
 まあな。人間の全的解放にとって、政治的解放なんてほんの一部分だし、個の実存にとっては、その背景を規定するにすぎないと思うな。存在は意識を規定するというテーゼだって、社会経済構造が人間存在を支配するという唯物史観の定式ってことになっているが、そんなふうにわしらは生きていないぜ。大きくいえば、意識は存在の規定を逃れらないことは言えるさ。江戸時代に生きてた者が、インターネットでの通信や航空機での移動などを現にあるように思い描くことはできなかったはずだ。鳥みたいに自由に飛んで行きたいと思ったり、じぶんの思いを一瞬のうちに伝授したいと思ったことはあってもな。そこでいえば、人間は時代(世界)の制約から脱することはできない。それぐらいの規模をとれば、意識は存在に規定されるということになるかもしれない。しかし、社会経済構造とその階級性が、そのまま個々の意識をリードするなんてことはないぜ。つまらない矮小化だ。

  九八年九月、突然の豪雨が高知市を襲った。二四日の夜から二五日の未明にかけて総雨量九〇〇ミリ余り、高知市の一時間雨量一三〇ミリというまったく体験したことのない異常な豪雨に見舞われた。付近の道路は寸断され、私の住んでいた越前町の道路をはさんだ北側や南側は床上まで水没した。空には龍を思わせる黒雲がうねり、無数の雷が何の規則性もなく天球に弾けていた。テレビ・ラジオでは市内のアーケード街が冠水し、市東部も国分川が溢れ泥の海に飲まれていることを伝えていた。この世の終わりが来たかのような豪雨の中で私たちも家屋の浸水を覚悟し、最後の財産を二階に上げそ の時を待った。しかし幸いなことに越前町は水に浸かることがなかった。後に分かったことであるが、まだ高知市のほとんどが海であった紀貫之の時代に越前町は今の高知城がある小山の麓にあたる陸地であったことが幸いしたのであった。
  市東部の大津に住んでおられた鎌倉さんとの連絡はこのときから途絶えてしまった。
     (金廣志「鎌倉さんの思い出」『猫々だより』第五三号)

 この事情は金廣志とまったく同じだな。
 鎌倉さんは家を出たあと、アパートの一室を借りて住んでいた。一度も訪ねたことはなかったけれど、確か一階といっていたから、この災害を免れることはできなかったはずだ。その当時、鎌倉さんは珊瑚加工から珊瑚店の営業販売に転じていたから、営業で県外へ出ることが多く、留守だった可能性が高かった。もちろん、心配だから電話したけれど、つながらなかった。
 鎌倉さんは二〇〇三年四月一二日島根県の出張先のホテルで倒れて、亡くなった。
 うん。それで最後に会ったのが、『同行衆通信』の終刊前なのか、その直後なのか、定かじゃない。これはなんとも言えない感じだね。ただ、最後に電話で話したのは、よく憶えているよ。伊川龍郎の初めての本(『休日の村上春樹』)が、沖縄のボーダーインクから二〇〇〇年五月に刊行された。このことを、どうしても伝えたかった。それで、意を決して、鎌倉さんの勤めている会社へ電話した。連絡を取りたいから電話番号なり住所を教えてくれと言ったんだけど、家族でなければ教えられないと言われた。それでも、おれは引き下がらなかった。古い友達だといい、どうしても連絡を取りたいんだと言って粘った。そうしたら、こちらの電話番号を言えと云った。本人から連絡するようにするから、ということだった。そして、秋田県に出張していた鎌倉さんから電話がかかってきた。それで話をした。それが最後だ。
 ‥‥‥。
 おれはこの話で、迂闊にも、初めて気がついたことがある。おれはじぶんが詩が書けなくなったのは、自然発生的な書き方から、意識的な書き方に転換しないといけないところで、書けなくなったと思ってきた。それはじぶんの表現意識としては事実なんだけど、振り返ってみると、『同行衆通信』の終わりとともに、詩が書けなくなってるんだ。これには正直驚いたよ。それがじぶんにとって、鎌倉さんがいかなる存在だったのかを、告げていると思う。

     (2)

 第四五回衆院選はおもしろかったね。
 ああ、画期的な結果になったな。おもしろかったのは開票速報だけどな。民主党がこれほど大勝するとは思ってなかったな。自民党の自滅という側面と、小沢一郎「自民党つぶし」の成就ってことだろうな。民主党三〇八議席、自民党一一九議席だから、完全に勢力図が逆転した。
 ところが、高知県は全県三区、自民党独占という全国的な流れに逆行した結果になった。それだけ、高知県は疲弊してどん底だということだ。なにしろ、高知県の県民一人当たりの平均年収は一七一万円ということだからね。自民党の、民主党に政権になれば、もっと公共工事は減り、地方は閉塞するという威しに屈したんだ。それと民主党の三人の候補が、いずれも何の実力もない女性候補で頭数を揃えただけって印象のうえに、素人としての魅力も乏しかったから、自民党の凋落は分かっていても、顔ぶれを較べると、やっぱり現職の方が頼りになると思ったんじゃないかな。
 貧すれば鈍すで、比例区も含めると全国で唯一、高知県民は野党議員ばかり選出したことになるぜ。
 そうだね。
 小沢の刺客送りはよかったな。長崎2区へ薬害肝炎訴訟のふくえり(福田衣里子)を送りこみ、久間元防衛相を蹴落とした。また森や福田の総理大臣経験者に対しても、女子アナなどを当てて、出口調査では「森」は伐採されたかもしれないと思わせたほどだ。結果的には3千票差で森が当選したけど、冷汗を流したはずだ。公明党の太田代表は刺客にやられて落選だ。野次馬としてはサイコーの気分だったな。ところで、おまえは投票に行ったのか。
 行ったよ、ふだんは行かないけど。もし投票率が全体の五〇パーセント以下なら、選挙は無効、全員落選ということになり、立候補者は総替えで選挙のやり直しとか、あるいは今期は議員無しということになるのなら、おれは絶対に選挙に行かないよ。まともに相手する気もしない政党と、あまり顔も見たくない候補者から、誰かを選ぶ気なんか無いからね。しかし、そんな高度な選挙制度じゃないから、こっちが棄権しようがしまいが、お構いなく議員は選出される仕組みだからね。
 これで、すこしはおもしろくなるといいな。
 まあ、どうなるにしろ、民主党にやらせてみることは悪くないよ。おれのすぐ上の兄なんか、選挙なんて全然関係なかったんだけど、土方仕事もなくなり、食いつめて、田舎に引っ込んだ。で、ずっと自民党政権でやってきて、田舎は廃村同然だし、じぶんも無職渡世に転落したんで、こんな政治はもう駄目だということで、民主党へ投票したとのことだ。それでも現職の壁を破ることはできなかった。
 今度の選挙では、どの政党もマニフェストを掲げたわけだが、その中で、幸福実現党(幸福の科学)が、北朝鮮のミサイル攻撃から日本を守るだの、消費税を廃止するだの、といってたが、そんなもの、宗教団体のたわごとで、殆ど誰も相手にしないから問題にならない。北朝鮮に、ほんとうに戦争する〈国力〉があるはずがないぜ。そんなことは、これまでの戦争を分析すればすぐ判ることだ。どれだけの兵力や武器や費用などの〈国力〉を要するか、考えてみろよ。ところが、たかがロケットの打ち上げや核武装の準備ぐらいで、それが戦争につながるがごとく思うのは、お粗末な空想にすぎない。そんな子供騙しの宣伝に乗るのは馬鹿なことだ。あんなもの、何の脅威でもないぜ。北朝鮮なんか自壊寸前だから、核開発なんかちらつかせて、外交戦略にして国際的な援助を引き出そうと政治的綱渡りを演じてみせているだけだ。あれが国内的にリッチで、対外的にも余裕があれば、あんなことをするはずがない。つまり、「国家」間の政治的な〈外交〉問題になり得るかもしれないが、全く現実的な課題にはならないことは自明だ。ところが、その位相の違いや断層をわきまえず、政府やマスコミの反北朝鮮キャンペーンにつられて、「防衛」や「軍備」について口出しする、だらしない連中が、左翼の中にも結構いるぜ。そんなのは、みんな「幸福の科学」と同列だ。それより、日本共産党の食糧の自給率を五〇%にするというのは許せないと思ったな。こんな出鱈目なことがよく言えるものだ。中山間地の農村は荒廃の極みで、限界集落や崩壊集落になっている現状も、農業就業人口は減る一方で回復する可能性はないことも、また輸入に依存するほかない食糧事情も、全部頬かぶりして、虚妄なる主張をやるなんて、たわごとを通り越して、悪質なデマゴギーだぜ。だいたい、日本共産党にちゃんとした農業論や社会構想があるはずがない。それは実際的に問いつめれば、すぐ露呈するはずだ。こいつら、いまだに一世紀以上前のエンゲルスやマルクスの農業論を下敷きにして、それで農業問題が解決できると考えているんだ。汗の染み込んだ土地に対する農民の土地の所有意識を問わないことにしたって、日本の狭い耕作地で共同耕作や協同農場なんか展開できない。せいぜい、今農協がやっている協同管理と共同出荷のシステムが上出来で、これを越えるだけの構想も実践力もいまのところ難しい気がする。日本共産党の中央委員会の密室作成の党方針なんか、農業問題に手が届くはずがないのさ。自分たちの運動の基幹をなすと考えている労働問題だって、まっとうな運動もできないのに、笑わせるな。似非インテリ集団でしかない日本共産党にそんな実力がもしあったら、日本共産党へ一票投じてやるさ。
わかるよ。何の展望もなしに、農民層に取り入ろうとしてるだけだ。おれは去年の年末の派遣切りで職業難民を一時的でも救済するための「年越し村」を開設したのは圧倒的に良かったと思ってる。それで、「介護」関係は人員が不足しているから、そちらへ向けてハローワークなんか斡旋をしていたけど、老人の下の世話ひとつで、希望者の半数は脱落しているんだ。そこをクリアーしたとしても、介護の仕事は大変で並大抵じゃない。
 そう思うな。
 おれが小学校のころ、同級生の中に開拓村のやつがいたんだ。敗戦で引き揚げてきて、生活の場が無いものが、山の上の山林を切り開いて開拓村を作ってた。それで、そこからくるやつらは、おれなんかよりも貧しい気がした。おれんとこも、兄なんか靴なんか買って貰えないんで、通学するのに藁草履だったらしい。おれなんかになると、黒ズックだったけどね。それ以下に見えた。それで苦労して開拓した村は高度成長期に入り、みんな都会へ働きに出て、一代限りだ。それどころか、いまや昔からの村だって廃村になっている。そこで、地方へ行けば、結構いい土地が空いているし、そんなに難儀しなくても生活を営むことができる余地はある。それは慣れるまできついだろうけど、頑張り甲斐があると思うな。
 まてよ。おまえなあ、そんな開拓民や移民の奨め、ひいては無宿人狩りになりかねないことを言って、恥ずかしくないのか。そりゃあ、日本共産党のアホ話に調子を合わせると、そんなことを言ってみたくなるのも判らないわけじゃないけどな。そのインチキさが伝染して。それは緑豊かな田園風景は眺めるには申し分ないさ。わしのふるさとなんか、いまや猪とモグラと烏の楽園だ。で、怠け者の自分のことを考えると、草、ひとつ取ったって、草はどんどん生い茂るし、雪掻きほどじゃないとしても、草刈は面倒でやちゃいられない。それに感覚的にもすっかり退化して、いまや蛇を見ただけで心臓が止まりそうになるくらいだ。また体力的にも、とても田舎暮らしはできそうもない。だから、はじめからそんなことを言う資格に欠けるぜ。
‥‥‥。自殺者が年間三万人を越える現状を考えると、公党なら責任をもって何とかしろ、食糧の自給率五〇%を目指すというのなら、その具体案を出せと、おれは言ってるだけだよ。
 それはどだい無理な注文ってもんだ。日本共産党なんていまでも、やがて資本主義は行き詰り、崩壊するのは歴史的必然で、革命が起きる。そして、自分たちが権力を掌握する日がいつか来ると信じてるんだ。そんなの妄想だって言ったって、本音のところでは聞き入れはしねえよ。やつらの得意な「科学的」とか「建設的」とかの口癖とは裏腹に迷信から脱け出ることができないのさ。で、中国共産党やその他の社会主義勢力をどこかで空頼みしながら、批判的勢力として党勢を拡大してゆけば、いずれはと思ってんだ。ほとんど病気だぜ。で、それこそ、この連中の口癖の「現実を直視した」ことなんかないんだ。いまの自分たちの実力で何が出来るか、ここまでは現在の政治状況でもできるってことを、明確にして、その目標に向かって精一杯取り組むなんてことはやりっこないのさ。その先にしか政治革命の可能性はないのに、一般労働者のことなんか何も考えちゃいないぜ。もっと言えば、今度の民主党の勝利を「夜明けは近い」と思ってるのさ。民主党の政権が失敗したら、いよいよ真打ちの登場だとね。昔、どこかで社会民主勢力が破綻したあとに、出番が廻ってきた時のように。そんなのが通用する時代かよ。
 そうだね、日本共産党みたいな大看板を掲げた錯誤的な勢力よりも、「年越し村」を開設したような、小さくても動きのいい活動グループの方がいいよね。党利党略も、じぶんたちの陣営に水を引くことも、あまり無いと思えるからね。それに民主党は、自民党の旧田中派を軸にした寄合所帯だ、間違っちゃいけない。おれが最近いちばん腹が立ったのは、JT(日本たばこ産業)だ。未成年の喫煙を防止するためにという名目で、自動販売機でのタバコの購入にはタスポを必要とするようになった。ところが、JTはタスポによる顧客の購入履歴のデータを検察(および警察)に流していることが公然の事実となったんだ。それはこんなものが出来た段階で、こうなることは予想された。この〈高度情報管理社会〉だ。「個人情報保護」を建前にしながら、その裏で「個人情報」は売られているし、鉄道・バス共通のICカードの利用データも、公権力に筒抜けだ。電話の電波は簡単に傍受できるし、クレジット・カードの利用データだって管理されてる。コンビニやスーパーマーケットに行けば常に防犯カメラが作動しているからね。向こうからは丸見えで、じぶんも知らない自分の情報をあっちが持っていても、ちっとも不思議じゃない。だから、そんなことに神経質になっても無駄だし、いまさら隠すこともなければ、逃げる理由もないから、好きにすればいいと半ば諦めているさ。それでも、JTが頭にきたのは、こいつら平気でタスポを作った段階で顧客は、公権力への情報提供は了解済みだとぬかしやがったからだ。そんなことは、どこにも明記されていない。ただ、タスポの所有権はJTにあるとされていて、それを拡大解釈すれば合法的ということになるんだろうが、こちらは騙し討ちにあったみたいなものだ。なによりもその平然たる居直りが許せねえ。
 JTのペテンは見え見えだぜ。やつらは嫌煙権運動に押されて、CMでは喫煙マナーを守りましょう、タバコのパッケージには有害ですなんて、わざとらしく記載しているが、テレビドラマなんかの中では木村拓哉などを使って、やたらと喫煙シーンをやらせているだろう。隠れCMだ。おまえ、やつらへのいちばんの反撃は、きっぱりタバコを止めることだ。
 そんなことは判っているさ。おれもタスポは破棄する。ただね、建築現場なんかで一仕事終って一服つけるのはこたえられないからね。漁師なんか漁を終えて、潮風に吹かれながら吸うのは最高だと思うよ。ところが、嫌煙権運動の連中はなんでも一律に禁止すべきだと、まるで正義のように主張する。冗談じゃないよ。それはおれだって、所構わず吸いはしないよ。病院の待合室や電車の中や、明らかに他人の迷惑になる場所ではね。そんなの常識問題で、運動なんかにすることじゃないだろう。むしろ、こいつらの知識の構造が問題なんだ。唯脳主義のバカと同じように、なんでも頭で理解できると思っている。それで問題を平板に捉えて、タバコは有害だからみんな止めるべきだという主張は、どこでも通用すると信じて疑わない。事務の女性が昼休みや一日の仕事を終って、職場の上司や同僚の視線のないところで、喫煙しているのをみると、一本のタバコで、どれだけ心が寛ぎ、気持ちが安らいでいるだろうと思うよ。それに対して体に悪いなんて云えるか。心身のバランスからいっても、そんなことは云えないんだ。ほっといてくれってんだ。嫌煙権運動が特権的な横暴だとするなら、JTってのは面従腹背の悪企業さ。それで嘘の清潔ごっこだ。こんな世相だから、おれは粋がって、「酒とタバコは人生の楽しみだから、なんと言われようと止めない」なんていったら、そばで聞いていた義兄に、「そんなこといってるが、実際、歳くって、からだが思うようにならなくなってみろ、酒やタバコなんか真っ先に止める」、自分がそうだったって、云われたよ。返す言葉はなかったね。
 そういうことは、面々の御計らいというのが原則だ。
 文部科学省の指揮下で全国一斉学力テストを実施して、その順位を公表して、バカ騒ぎをやってるだろう。そんなものでほんとうの学力なんかわかりっこないよ。学力は人間の全能力の一部にすぎない。その学力にしたって、判断力もあれば、思考力も、応用力も、記憶力もあり、そのフィールドは恐ろしく広いはずだ。たかが暗記力を競って、どうだこうだ云っても無意味だ。だいたい、インターネットに出てるさまざまなデータを見てても、ただデータを並べているだけのものが多いような気がするね。つまり、空箱だけを集めて中身は空っぽってやつだ。ひどい場合を考えると、ある著作があると、その本を読んだことも、手にしたこともなくても、書名のデータだけなら集められる。それを羅列しただけでも、情報としては一応の体裁を呈するからね。
 そんな安易なやり方でも、既得権を獲得すると、権威をもつからな。それは学力テストとその結果の公表に対して、都道府県の行政から教育委員会、学校関係者から父兄まで、躍起になっているのと同じだ。学力なんかより、ずっと大事なことがあることを大人たちが示せなくて、未来なんてあるはずがないぜ。子供たちがこんな連中を踏み越えて、自在に振舞うことを願うだけだな。


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「ニャンニャン裏通り(その1) 松岡祥男」 ファイル作成:2023.12.03 最終更新日:2023.12.08