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▼ セレクト3 〜 履歴



▼ 著者名インデックス (敬称略。あいうえお順)


青山 剛昌(あおやま・ごうしょう)
 名探偵コナン

赤川 次郎(あかがわ・じろう)
 三毛猫ホームズの推理
 ぼくのミステリ作法

我孫子 武丸(あびこ・たけまる)
 0(ぜろ)の殺人

天樹 征丸(あまぎ・せいまる)
 探偵学園Q

綾辻 行人(あやつじ・ゆきと)
 十角館の殺人
 時計館の殺人

泡坂 妻夫(あわさか・つまお)
 乱れからくり
 しあわせの書

江戸川 乱歩(えどがわ・らんぽ)
 心理試験
 続・幻影城

岡嶋 二人(おかじま・ふたり)
 そして扉が閉ざされた
 ツァラトゥストラの翼

乙 一(おつ・いち)
 夏と花火と私の死体

小沼 丹(おぬま・たん)
 黒いハンカチ

加藤 元浩(かとう・もとひろ)
 Q.E.D.

北 杜夫(きた・もりお)
 怪盗ジバコ

北森 鴻(きたもり・こう)
 凶笑面

倉知 淳(くらち・じゅん)
 占い師はお昼寝中

坂口 安吾(さかぐち・あんご)
 不連続殺人事件

佐野 洋(さの・よう)
 推理小説実習

篠田 真由美(しのだ・まゆみ)
 原罪の庭

島田 荘司(しまだ・そうじ)
 斜め屋敷の犯罪
 出雲伝説7/8の殺人

新保 博久(しんぽ・ひろひさ)
 推理百貨店

高木 彬光(たかぎ・あきみつ)
 人形はなぜ殺される

竹本 健治(たけもと・けんじ)
 匣(はこ)の中の失楽

都筑 道夫(つづき・みちお)
 黄色い部屋はいかに改装されたか?
 キリオン・スレイの生活と推理

天藤 真(てんどう・しん)
 遠きに目ありて

中井 英夫(なかい・ひでお)
 虚無への供物

西澤 保彦(にしざわ・やすひこ)
 七回死んだ男
 解体諸因

仁木 悦子(にき・えつこ)
 猫は知っていた

間 羊太郎(はざま・ようたろう)
 ミステリ百科事典

はやみね かおる(はやみね・かおる)
 怪盗クイーンはサーカスがお好き

東野 圭吾(ひがしの・けいご)
 どちらかが彼女を殺した

森 博嗣(もり・ひろし)
 封印再度

山口 雅也(やまぐち・まさや)
 生ける屍の死
オルツィ、バロネス
 隅の老人の事件簿

カー、ディクスン
 三つの棺

クイーン、エラリィ
 九尾の猫

クリスティ、アガサ
 そして誰もいなくなった
 ABC殺人事件

コリンズ、ウィルキー
 月長石

ジェイムズ、P・D
 女には向かない職業

ダール、ロアルド
 おとなしい兇器

デアンドリア、ウィリアム・L
 ホッグ連続殺人

フットレル、ジャック
 思考機械の事件簿2

ブラウン、ダン
 ダ・ヴィンチ・コード

ポー、エドガー・アラン
 盗まれた手紙
 黄金虫

ミルン、A・A
 赤い館の秘密

リンドグレーン、アストリッド
 名探偵カッレくん

ルブラン、モーリス
 アルセーヌ・ルパンの逮捕
 8・1・3の謎

ルルー、ガストン
 黄色い部屋の謎


▼ テーマ別インデックス


 > 特別に思い入れのある長編ミステリ
十角館の殺人 / そして扉が閉ざされた / 匣(はこ)の中の失楽
 > 特別に思い入れのある短編ミステリ
アルセーヌ・ルパンの逮捕 / 心理試験 / 盗まれた手紙
 > フーダニット = WHO DUNIT(Who done it?)
そして誰もいなくなった / 0の殺人 / どちらかが彼女を殺した
 > 安楽椅子探偵
隅の老人の事件簿 / 遠きに目ありて / 占い師はお昼寝中
 > 大怪盗
8・1・3の謎 / 怪盗ジバコ / 怪盗クイーンはサーカスがお好き
 > 凶器
封印再度 / おとなしい兇器 / 乱れからくり
 >
九尾の猫 / 猫は知っていた / 三毛猫ホームズの推理
 > 密室その1
黄色い部屋の謎 / 三つの棺 / 虚無への供物
 > 死亡中
生ける屍の死 / 七回死んだ男 / 夏と花火と私の死体
 > 絶版品切重版未定
思考機械の事件簿2 / 人形はなぜ殺される / 名探偵カッレくん
 > 館その1
時計館の殺人 / 斜め屋敷の犯罪 / 赤い館の秘密
 > 連続殺人
ABC殺人事件 / ホッグ連続殺人 / 不連続殺人事件
 > コミック
Q.E.D.… 証明終了 / 探偵学園Q / 名探偵コナン
 > ミステリガイド
推理百貨店 / ミステリ百科事典 / 続・幻影城
 > 女探偵
女には向かない職業 / 黒いハンカチ / 凶笑面
 > 暗号その1
黄金虫 / ツァラトゥストラの翼 / ダ・ヴィンチ・コード
 > 推理小説論
黄色い部屋はいかに改装されたか? / 推理小説実習 / ぼくのミステリ作法
 > 怪しい外国人
月長石 / しあわせの書 / キリオン・スレイの生活と推理

/////////////////////// インデックスここまで ///////////////////////



▼ 特別に思い入れのある長編ミステリ (2/25)

  1. 「十角館の殺人」 綾辻行人
  2. 「そして扉が閉ざされた」 岡嶋二人
  3. 「匣 (はこ) の中の失楽」 竹本健治
> 1

読んだのはちょうど新本格の波が世間に押し寄せてきた頃でした。今から10数年前でしょうか。学生だった私は当時からミステリ好きではあったものの、読書量はほとんどゼロに等しかったのです。その私が今、こんなにも素直に夢中にミステリを追っかけているのはあのとき「十角館〜」を読んだおかげ。ある一行を読んで「あっ!」と声をあげた小説は後にも先にもこの1冊だけです。

> 2

「一冊だけ好きな推理小説を挙げるなら」と言われたらこれ。もう何年も私にとってベスト1の作品です。

> 3

読了してからこちらも何年も経っているのですが、鳥頭な私がいまだにファーストシーンとラストシーンを忘れられない。きれいでいて一筋縄ではいかない、不思議な空間がひろがる傑作かつ問題作。


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▼ 特別に思い入れのある短編ミステリ (3/3)

  1. 「アルセーヌ・ルパンの逮捕」 モーリス・ルブラン
  2. 「心理試験」 江戸川乱歩
  3. 「盗まれた手紙」 エドガー・アラン・ポウ
> 1

先週は長編だったので今週は短編を。まず筆頭に挙げるのはなんといってもご存知、世紀の大怪盗アルセーヌ・ルパンの初出作である「アルセーヌ・ルパンの逮捕」。掲載されている本が手元にないので確認がとれず申し訳ないのですが、おそらく新潮文庫の「強盗紳士」に載っているのではないかと思います。最初に読んだのは中学生ぐらいだったような気がするのですが、今読んでもおそらくその魅力はまったく衰えて感じられないでしょう。怪盗ものとは言え、ルブランは本格ミステリの作者として自信を持って挙げられるほどトリックと論理的な解明を盛り込んだ作品を多く記しています。この第一作は逮捕された怪盗が見事独房から脱獄するまでを描いていますが、私が最も感心したのは彼が宿敵ガニマール警部に心理的なトリックを用いて完勝を遂げる場面です。幾度か読み返していますが、そのたびに胸がすっとするような爽快感と共にルパンの才智に喝采を贈ってしまいます。未読の方はぜひご一読して彼の手腕をとくと御覧ください。

(追記 3/10) 1が掲載されているのは新潮文庫「強盗紳士」で間違いありません。ですが、上記の脱獄を描いた話は同じ「強盗紳士」に載っている「アルセーヌ・ルパンの脱獄」でした。「強盗紳士」には「アルセーヌ・ルパンの逮捕」「ルパン獄中の余技」「アルセーヌ・ルパンの脱獄」の順に短編が掲載されているのですが、この三編は連作となっており、私はこの三編が一つの作品だと覚え違いをしていたようです。とはいってもお読みになる場合はやはりこの三編を順に読んでいただくのがベストだと思われますので、1はこのまま「アルセーヌ・ルパンの逮捕」としておきます。

> 2

私が最も好きな江戸川乱歩作品です。新潮文庫の「江戸川乱歩傑作選」に掲載されていますが、その中の乱歩の処女作である「二銭銅貨」とこの「心理試験」が本格ミステリ好きにとって人気を二分する作品となっています。「二銭銅貨」は日本ならではの暗号モノとして名高いのですが、私はあの名探偵明智小五郎が非常に狡猾な犯人のささいなミスをじわじわと追い詰めていくこちらの方が印象強く残っているのです。

> 3

1と2に同じく古典的な作品でやはり新潮文庫の「モルグ街の殺人事件」に掲載されています。ミステリに於いて「隠し場所」というのは一つの重要な要素ですが、人の盲点を突いた、今では当たり前のように使われている隠し場所を示した最初の作品として敬意を表する作品です。同じ意味ではG.K.チェスタトンの「見えない男」(「ブラウン神父の童心」創元推理文庫に掲載)もその手の盲点を突いた最初の作品ですので未読の方はぜひ古典ミステリの醍醐味を味わってみてください。


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▼ フーダニット = WHODUNIT(Who done it?) (3/10)

  1. 「そして誰もいなくなった」 アガサ・クリスティ
  2. 「0の殺人」 我孫子武丸
  3. 「どちらかが彼女を殺した」 東野圭吾
> 1

今週のテーマは Who done it?(誰がそれを為したのか) つまり犯人当てが目的のミステリ3選です。筆頭に挙げたのはミステリを読んだことがない人でもタイトルだけは知っている有名な作品。簡単に言えば孤島に集められた10人の人間が次々と殺されていくが、そのうちの誰が犯人なのか、彼らは殺される寸前まで、あるいは死ぬ瞬間すらもわからない。結局最後の一人まで殺されて、最後に島には誰もいなくなる。私はこの作品を一読後も二度三度読み返したいと思いました。推理小説は「犯人がわかってしまったらもう読む気がしない」と思われる話が多いですが、孤島あるいは雪の山荘などという外界から遮断された限定的な空間にて描かれるフーダニットは作品中に独特の緊張感を孕んでいるように思います。通常のミステリよりも登場人物が疑心暗鬼にかられて不用意な行動に出、犯人の思う壺にはまったり、また逆にそれが思いもよらぬ行動だったために犯人側に焦りや苛立ちが垣間見えたり、とゲームやギャンブルの駆け引きめいた描写がなされますが、それは限定的空間がかもしだす緊張感と非常に相性が良い。もちろん小説の面白みは作者の描写力に左右されますが、クリスティの名作は何十年と読み継がれてきているわけでここで改めて述べる必要もないんですが、ひょっとしてあまりに有名するために意外と未読だったりする方もおられるのではと思い、紹介させていただきました。

> 2

本来ならここには「そして扉が閉ざされた」岡嶋二人著を挙げたいところなんですが、先々週にすでに名を挙げてしまったので同じ「容疑者は四人、さて犯人はこのうちの誰か?」という作者の挑戦状を読者に突きつけているこの作品にしてみました。しかもこちらは「そして扉が〜」と違い、章が進むほどに容疑者がどんどん減っていきます。単純な話なのです。シンプルで、かつ面白い話はいつまでも印象に残るもので、未読の方はお読みになられたらきっといつまでも貴方の心に残り続ける作品になるのではないかと思います。

> 3

犯人当ての究極的作品。容疑者は二人しかいません。どちらかなのです。読後感は賛否両論に分かれるでしょう。私自身も結末に納得がいってるわけではありませんが、作者のチャレンジ精神に打たれて挑んでみました。「推理」を読者に求めている作品ですので、推理小説を推理せずに読んでいる人には不向きかもしれません。


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▼ 安楽椅子探偵 (3/17)

  1. 「隅の老人の事件簿」 バロネス・オルツィ
  2. 「遠きに目ありて」 天藤真
  3. 「占い師はお昼寝中」 倉知淳
> 1

今週のテーマは安楽椅子探偵。現場に赴かず人の話を聞いただけで真相を解き明かしてしまう探偵役のことです。そういえば純粋に安楽椅子に座っているだけの職業探偵っていないですね。知らないだけかな。また真相がわかったところでそれを司法の手にあまり委ねたりはしないようです。あくまでも解釈の一つとして話相手に提示するくらいで。ま、それはさておき私がこのテーマにおいて筆頭にあげた1は「隅の老人」が探偵の話なのですが、この老人は名前すら明かされていません。女性記者がランチをとるために立ち寄るカフェ、ABCショップの隅の席にいつも座っているのです。いつのまにか彼女と老人は新聞記事に掲載される特に謎めいた事件について話し合う間柄になるのですが、女性記者にとってはまったく不可解な事件を老人は「謎というものはありえんよ」といともたやすく解明して見せるのです。1は連作短編集であり、各々単独の事件となりますが最初から通して最後まで読みきることをお薦めします。読み終えたときにはこの小説で最も大きな謎について思い巡らせる、それも一つの楽しみになるのではないかと思います。

> 2

2は安楽椅子ではなく車椅子の探偵です。脳性マヒで全身の自由がきかず、言語障害もあってカタコトの言葉で話す少年、岩井信一君。偶然知り合いになった警部さんが、なにげなく話した事件の真相を話を聞いただけで見抜いてしまいました。こちらも連作短編集で中には警部がプライドを天秤にかけて信一君に話す場面やどうしても現場を見たいと言い張る信一君を連れて行く場面など人間的な描写も印象的に描かれています。そしてこの小説では障害者への配慮を求めるような記述もなされており、いろいろ考えさせられる点もありますが、なんといっても魅力的な謎の提示と論理的な解明という本格推理小説の楽しみがふんだんに盛り込まれているので気楽に読める一冊ではないでしょうか。

> 3

こちらは椅子ではなく畳に寝っ転がって謎を解き明かす探偵です。職業は占い師。昼寝が大好きな怠け者、霊感ゼロの口からでまかせ霊感占い師です。しかし世の人の多くは正真正銘の真実よりも都合のいいでまかせの方を信じたいというのが本音ではないでしょうか。こちらもやはり連作短編集でして、次々救いを求めてやってくる依頼人に施す憑き物落としのいい加減さを、バイトで助手を務めるいとこの女の子に文句をつけられて依頼人の真実を明かしてやる、という人を食っているようでいてなかなか鋭い話。


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▼ 大怪盗 (3/24)

  1. 「8・1・3の謎」 モーリス・ルブラン
  2. 「怪盗ジバコ」 北杜夫
  3. 「怪盗クイーンはサーカスがお好き」 はやみねかおる
> 1

「浜の真砂は尽きるとも、世に盗賊の種は尽きまじ」と残したのはかの大盗賊、石川五右衛門と言われてますし、実際コソ泥の類はこの世に五万とあふれてるわけですが「怪盗」となるとそうはなかなかいないもので、粋な怪盗紳士の活躍を描いた作品もそうそう見当たらず残念なことです。名探偵だったらホームズが現れてからそれこそ星の数ほど出現しているのにね。アルセーヌ・ルパンが登場してから以後、彼に匹敵するような大怪盗が生まれないのはなぜなんでしょう。もし知らないだけならぜひ教えていただきたいものです。というわけで筆頭に置いたのはやはりルパンものの最大傑作「813」です。暗号、連続殺人、意外な犯人とミステリ心をくすぐるエッセンスがふりまかれ、血沸き肉踊るルパンの大活躍とハラハラドキドキと手に汗握るスリルにサスペンスがふんだんに盛り込まれたこの作品を知らずに通り過ぎるなんて人生の楽しみの半分は損をしていることになりますよ。まさに読書を楽しむための一冊といっていい作品ではないでしょうか。

(追記 3/31) 「8・1・3の謎」はポプラ社から出版されている児童向けに南洋一郎氏によってリライトされた本の書名です。これを採用したのは私が子供の頃に読んで大変感銘を受け、以来" 813"  といえば「8・1・3の謎」だと思い込んでいたためです。内容はルブランの書いた「8・1・3」と「Les Crimes D'Arsene Lupin」の二冊を一冊にまとめたもので、新潮社文庫として出版されている「813」「続813」の2冊がこれに相当するものと思われます。新潮社文庫版も以前読了しているのですが記憶が曖昧なので、確認次第いずれあらためてこの項を訂正したいと思います。

> 2

日本の大怪盗といえば怪人二十面相を思い浮かべる方も多いと思いますが、私はあえてジバコの方をお薦めします。百の名前を持ち、千の顔を持つ。昨日東にいたと思えば、今日は西の果てに現れる。変装の名人にして正体不明、神出鬼没という怪盗の条件を軽く満たして若い頃はそれはどえらい大物を盗んでは喝采を浴びていたらしいです。そのジバコは年を取って余裕が出てくると妙なものに手をだしたり、悪気のないいたずらで人をひっかけたりするようになります。謎めいていて大きな存在感を感じさせ、どこか包容力を感じさせる大怪盗の物語です。しかし決して真面目に読んではいけません。作者はあの北杜夫です。読後の苦情については受けかねますのでご了承ください。ちなみに続編「怪盗ジバコの復活」という本も出版されていますが、こちらはホームズも出てくるのですが残念ながらキレがなくてあまりお薦めできません。

> 3

3つめは誰にしようかちょっとだけ迷いましたが(たくさん迷うほど候補がいないので)、ここは新進気鋭の怪盗クイーンに御登場願いました。彼は大変プライドが高いのでこんな辺鄙な場所でも3番目に挙げられたなどと知ったら気を悪くするかもしれません。無論彼もたいそう変装が得意ですし、頭脳も切れるし、体術も心得ていて怪盗の条件を楽々とクリアしています。ちょっと性格がおちゃめな点も、人生を最大限楽しむことを知っている諸怪盗連の正当なる後継者の証だといえなくもないです。やや羽目を外すような素振りを見せる彼にはフォローする仲間がいます。上記に挙げた作品はクイーンの(一冊の書物と形で発行されているものでは)第一作です。現在二作目「怪盗クイーンの優雅な休暇(バカンス)」まで出版されています。私は二作目の方が好きですが、きっと今はまだ出ていない三作目の方がもっと面白いのではと期待しています。


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▼ 凶器 (3/31)

  1. 「封印再度」 森博嗣
  2. 「おとなしい兇器」 ロアルド・ダール 
  3. 「乱れからくり」 泡坂妻夫
> 1

本日は殺人に使用される凶器について印象的な3作品を選んでみました。まず最初は森博嗣のS&Mシリーズの第5作「封印再度」です。このシリーズの中で私が一番好きな小説でもあります。テーマがテーマなだけにストーリーについては未読の方の楽しみを少しでも削ぎたくないのでここでは述べませんが、この話に出てくるような美しい凶器は初めて目にしました。偽犯罪博物館なるものをどこぞに建ててもらって展示してほしいくらいです。話はそれますが森博嗣の講談社ノベルスにおけるシリーズものはすべてタイトルに英語の副題が添えられているのですが「封印再度」には「WHO INSIDE」とシンプルでうまくはまった副題がついています。表題も副題もなかなか内容にも沿っており、ストーリーからタイトルまでスマートに決まった作品です。S&Mシリーズというのは登場人物のアルファベットでシリーズが回を重ねるごとにこの二人の関係が変化するのも楽しみの一つなのですが、単独で読んでも十分面白いので第5作目だということを気にする必要はないと思います。

> 2

ダールの「あなたに似た人」(新潮社文庫)という短編集の中の一編です。非常に短い話なのでオチもすぐに読めてしまうかと思いますが、キレがよくて好きです。この話に用いられるような凶器というか凶器の隠し方はいわゆる一つの型になっているのでそれほどインパクトは感じないかもしれません。ありがちな話に思われ、かく言う私自身もネタは知っているけれど出典がどこだったか・・・とずいぶん悩みました。先日読んだ本にたまたま載っていたので、ああそうだっけと本棚を漁ったのですが、ミステリクイズならともかく小説の形では意外と使われていないのではないでしょうか。この一編だけでなくダールはこういうニヤリとさせる話が得意ですので興味のある方はご一読あれ。

> 3

凶器をテーマにしようと決めて二つまではすぐに思いついたのですが、三つ目がなかなか難儀しました。意外と面白い、というか銃や刃物や鈍器や毒薬ではない凶器をつかった殺人というのはありそうでなさそうです。それだけに小説のネタとしては開発の余地がありそうだなと思ったのは余談として。3作目はこの手のひねったテーマで作品を挙げようと思ったらたいてい引っかかるのではと思われる作家、泡坂妻夫にご登場いただきました。連続殺人が行われますが、それがすべていわゆる「からくり」が絡んできます。タイトル通り、まさに「乱れからくり」です。第31回日本推理作家教会賞受賞作品。今は春まっさかりですが、秋の夜長にでもじっくりと読みたい『大人』の推理小説です。


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▼ 猫 (4/7)

  1. 「九尾の猫」 エラリィ・クイーン
  2. 「猫は知っていた」 仁木悦子 
  3. 「三毛猫ホームズの推理」 赤川次郎
> 1

猫という生き物は生まれながらに犯罪の才能を身につけている。夜目の利く瞳、鋭敏な聴覚、しなやかでバネのある肉体、鋭い爪、音をたてずに歩くことができる足。性格はきまぐれでいて計算高く慎重で、状況に応じて多彩な顔を使い分けることもできる。人間に身近な動物であるそんな彼らのことを推理小説作家たちが放っておくわけもなく、猫は古今東西数多の推理小説の中で活躍を続けている。今夜選んだ3編は彼らにちなんだものにしてみました。といっても最初の作品は本物の猫ではなく、同じ紐を使って絞殺し最後に結び目をつくるという以外ほとんど痕跡を残さない連続殺人犯の呼び名なのですが。被害者同士には一見なんの接点も共通点もなく、無差別と思しき犯行に人々は震えます。ミッシング・リンクを扱った作品自体、数が少ないのですが、中でも完成度の高い稀有の作品です。エラリィ・クイーン、この場合は作中の名探偵のことですが、小さな手がかりを集め、論理を積み上げて犯人を指摘する。未読の方は機会があればぜひこの本格推理の妙をお楽しみください。クイーンらしい作品とも言え、今のところ私が彼の小説の中で一番好きな作品でもあります。

> 2

古きよき時代の本格推理小説といっていいでしょう。感嘆に唸ってしまうようなトリックがでてくるわけではありませんが、タイトル通り「猫」がすべてを知っています。文体からにじみでるどこか懐かしいような古めかしさに味わいがある作品で、秘密の抜け穴なんかがあったり、探偵役の兄と妹のやりとりがほのぼの感をかもしだしていたりとどちらかといえば私はこれをジュブナイルに推薦したいですね。第三回江戸川乱歩賞受賞作なのですが、残念ながら現在(04/04/07)、単独では新本を扱う書店で入手することができません。講談社文庫の「江戸川乱歩賞全集2」で第四回受賞作と抱き合わせで発行されてます。

> 3

赤川次郎の人気シリーズ、三毛猫ホームズの最初の作品です。赤川次郎という作家は非常に多作で軽い小説が多いように思われますが、まあ確かに作品によってではありますが、同じ量産作家と比較して、本格推理にとって重要な位置を占める謎とその解明方法について大事に思っている作家ではないかという印象があります。それは特に彼の初期の作品に良質のミステリが幾つもあるからで、ここに挙げた「三毛猫ホームズの推理」もまたその一つだと断言いたします。赤川次郎の作品は「映画的」という形容がつけられることがありますが、私もこの作品の一部を読んで鮮やかに続く場面が映像として脳裏に浮かび上がりました。時間があればまたゆっくり読み返したいものです。さてこの三毛猫シリーズはなんといっても名探偵「ホームズ」が本当の猫であることが最大のミソではないでしょうか。人語を話したりするSFやファンタジーではないところが作家の描写力の見せ所という訳なんでしょうね。


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▼ 密室その1 (4/14)

  1. 「黄色い部屋の謎」 ガストン・ルルー
  2. 「三つの棺」 ジョン・ディクスン・カー 
  3. 「虚無への供物」 中井英夫
> 1

今日のテーマはズバリ「密室」です。どこからも入ることも出ることもできない閉ざされた部屋の中で人が死んでいる状況、というのは本格推理小説において最も重要な要素である「謎」を端的に、また魅力的に表すことができるので、ミステリが世に登場した初期の頃から現在に至るまでに数多くの作家がそれぞれに趣向を凝らして発表し続けています。このコンテンツをはじめた当初からこのテーマでどの小説を選ぼうかと考え続けていたのですが、さすがにたった三つだけに絞ることができませんでした。だから本日はその1と題して、そのうちまた気に入った作品に出会ったり思いついたりしたときにその2、その3と続けていこうと思います。というわけで記念すべき「密室」その1の筆頭に挙げたのは数ある密室モノの逸品の中でも特に私が感銘を受けた「黄色い部屋の謎」です。この作品の魅力は完全な密室だけにとどまりません。名探偵同士の対決、被害者および関係者の謎に満ちた沈黙、恐るべき脅迫者の影、人間消失、意外な犯人といった真っ向勝負のミステリ心をくすぐる場面が次々と展開されていくのです。作品が発表されたのは1907年(最初に翻訳されたのが昭和初期)なので時代がかっている部分はありますし、作家の自信のほどが少々鼻につく部分も無きにしも非ずですし、古臭い文体に古典や翻訳モノを読み慣れない人にはとっつきにくいかもしれませんが、本日セレクトした3編の中ではそれでも一番クセのない作品です。読みにくいなと思ってるうちにいつしか引き込まれてしまう方もいらっしゃるでしょう。ミステリ好きの方、「密室」モノを語るなら決して外すことのできない「黄色い部屋の謎」未読ならば一度ぜひ挑戦してみてください。

> 2

密室といえばカー、密室○チガイとも呼ばれる彼の作品の中にあってもまず、外して語ることはできない作品です。なぜなら不可解で強烈な謎に装飾された小説の筋もさることながら名探偵ギデオン・フェル博士による「密室講義」が小説の中で開かれているからです。作家はフェル博士に自身を「推理小説中の人物である」と暴露させ、講義に異議ある者は「この章を飛ばしてもよろしい」とまで言わせています。内容は「完全に密室」である場合とない場合や犯行時に室内に犯人がいる場合といない場合、などのように密室事件の分類を行い、古今の作品名も具体的に取り上げています。そのためある程度ネタバレがありますので読む際には注意を要します。その一点のみにおいてもこの作品はある程度推理小説、密室モノを読み込んだ人を対象にしていると言えますが、本筋の方も難解に張り巡らされた伏線があり、入り組んだその謎を解き明かすフェル博士の推理も、ともすれば読み飛ばしたくなるような複雑さでミステリ初心者には荷が重い作品です。そうはいってもハヤカワ文庫版の訳者あとがきによれば「ミステリ・ファンならば、ミステリを語ろうという者ならば、必ず読まなければならない作品なのだ」そうなので、語るのはともかくミステリ・ファンを自認する方はどうぞ手にとってその真価を確かめてみてください。

> 3

1、2と古典的名作でありながら最近の講談社ノベルス等を好んで読まれている方には読みづらいのではないかと思われる作品が続きましたが、3はある意味上記の2作品以上に大変な代物であります。1964年搭晶夫名義で講談社より出版されたこの小説は全編を通して本格推理小説に対する執拗なまでの愛着心を感じさせながら、同時にそれらすべてを否定しさろうとするかのような大胆で破壊的な力が内包されています。これを敢えてミステリと呼ぶか、あるいはミステリ好きならどこかで聞きかじっている通りにアンチ・ミステリと呼ぶか、作者の思惑はともかく、私は読み終えたその人が決めるものではないかと思います。とはいえ未読の方はそのようなものものしい口上はさっぱりと忘れていただいて、謎に満ちた4つの「密室殺人」事件を楽しみにページをめくってみてください。場面は1954年、昭和29年の東京下谷・竜泉寺からはじまります。意外なほど当たりのいい読み口にするすると話中に引き込まれること請け合い。気づいたときには迷宮の中にいて呆然とするかもしれませんが、ちゃんと出口はありますのでご安心を。


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▼ 死亡中 (4/28)

  1. 「生ける屍の死」 山口雅也
  2. 「七回死んだ男」 西澤保彦 
  3. 「夏と花火と私の死体」 乙一
> 1

今回のテーマはちょっと捻って「死んでしまった」あるいは「死んでいる最中」の人物が物語の要をにぎっている作品を選んでみました。設定の妙というものでしょうか。1は死亡してしまった人間が死んだまま蘇るという奇怪な現象が登場人物たちにも説明できない奇怪な謎として生じます。殺された人間は犯人に向かって「お前が殺ったのか!」と叫び、「もう殺されたくない!」と逃げ出す始末。死んだ者は意識はあるけれど肉体は死亡しているので時間が経つにつれて死体現象(死後硬直から弛緩、腐敗)も現れます。とある霊園経営者一族の間で起こった殺人事件に巻き込まれて主人公は途中で死んでしまうのですが、殺しても死なないこの状況の中で殺人を犯す意味があるのか?という疑問が滲む中、彼は事件の動機や真相を解き明かすために奔走します。「不可思議な死」という一風変わったミステリ(謎)を味わうことの出来る稀な小説です。

> 2

これもまた毛色の変わったSF風味のミステリです。主人公は時間を遡ってしまう特異体質を持っています。ある日の午前0時から次の午前0時までの24時間を9回繰り返すのです。自分でその日を自覚的に決めることはできないのですが、代わりに自分だけは好きな行動を取ることができて未来を変更することが可能なのです。その彼のおじいさんが、彼が時間の遡りを繰り返す周期に入ったある日殺されてしまいました。彼はその殺人を防ごうと残りの周期を試行錯誤しながら過ごすという物語です。非常に読みやすいタッチで書かれ、再読に耐える面白さがあります。推理小説好きでなくても、何か面白い本はないかと探しておられる方に私がまずお薦めしている作品です。

> 3

ミステリというよりはホラーやサスペンスといった方が正しいのかもしれませんが、今回のテーマに合う小説が他に思い浮かばなかったので採用しました。(読書不足でごめんなさい。そろそろネタ切れ気味です。精進します) 犯人と共犯者が死体を隠そうとする描写が非常に瑞々しく秀逸です。奇才乙一が17歳で書いた処女作。現実的ではありませんが、情緒を主とする小説としては申し分ありません。読後の余韻にそこはかとなく上質なミステリの香りがする、という意味ではあながちこの作品を選んだのも的外れではない気がします。


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▼ 絶版品切重版未定 (5/12)

  1. 「思考機械の事件簿2」 ジャック・フットレル
  2. 「人形はなぜ殺される」 高木彬光 
  3. 「名探偵カッレくん」 アストリッド・リンドグレーン
> 1

今日のテーマは他に用意していたのですが、先日ミステリガイドを読んでいて非常に興味をそそられたにも関わらず、絶版(あるいは品切重版未定)のために入手困難の憂き目に合わされ、日頃からこの件で鬱憤がたまっているのでいっそここで吐き出してしまおう、とそういうわけで急遽テーマ変更いたしました。まず筆頭に挙げたのは「思考機械」という異名を持つ名探偵オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン教授が主人公の短編集第2集です。この短編集は3冊あり、1と3は入手可能なのですが、2だけはずいぶん前から通常の書店では入手不可になっています。その理由は簡単でヴァン・ドゥーゼン教授の話の中で最も有名で人気の高い「十三号独房の問題」が収録されているからです。この短編だけなら例えばポプラ社から発行されている児童向けのブックセレクション「あなたのための小さな物語 人間消失ミステリー」に掲載されているのでそちらで読むことができます。ですが「思考機械の事件簿」1と3を読んで教授に理想の名探偵像を見出し、彼のまわりで起きる事件の謎とその解明を読むにあたってページをめくってしまうのが惜しいほど惚れこんでいる人間にとって間抜けにもシリーズの真ん中だけ手に入らない状況というのはどうにも落ち着きません。読むのが惜しいわけですから、気長に待つ気もあるんですが。復刊あるいは重版が待ちきれないという場合、このような本を手に入れるためには古本屋を巡るか、あるいは今ならネットオークションという手があります。新刊書を扱っている書店員や諸々の関係者は親の敵のようにそれらの手段をなじるのですが、であればこんな中途半端な状態のままで何年も放置していないでほしいと思います。

> 2

高木彬光といえば「刺青殺人事件」の作者で名探偵神津恭介の生みの親なんですが、彼の作品で神津以外でも墨野隴人シリーズなどかつて人気があったものほど現在は入手困難のようです。どうしてこれほど名の知られている推理小説作家の人気シリーズでも絶版(あるいは品切重版未定)になってしまうのでしょうか。出版社が持っている権利の面で著作者側と折り合いがつかないのでしょうか。やはり大人しく図書館で借りて読んでしまえばよいのでしょうか。借出期限内に読みきるのが苦手だからできれば避けたいというのは甘えなのでしょうか。・・・それはさておき、数ある高木作品の中でもこの作品を挙げた理由は人気ミステリ漫画「探偵学園Q」の原作者天樹征丸さんが薦めていらっしゃったからです。あの人の作り出す世界はとても面白いのでその発想力の源泉になったであろう作品ならば一度は目を通してみたい。コメントを読むと素直にミステリを楽しめる感じがするのでぜひとも読んでみたいのですが、さて実際それはいつのことになるやら。

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知っている人は知っているジュブナイルミステリの名作、らしい「名探偵カッレくん」です。作者のリンドグレーンは他に「長くつ下のピッピ」や「ちいさいロッタちゃん」など優れた児童文学作品を残しています。残念ながらというか恥ずかしながらというか、私は最近まで「名探偵カッレくん」を知りませんでした。子供の頃は図書館にけっこう通いつめていたんですけどねえ。私が覚えてる子供向けのミステリはホームズやルパン、少年探偵団以外ではマガーク探偵団くらいで。発行年を調べてみると一番新しいもので1986年、岩波少年文庫として出版されています。いつごろ品切になり入手困難となったのかはわかりませんが、出版元が岩波書店なだけに今後も当分復刊予定はなさそうな気がします。前述した「ピッピ」や「ロッタちゃん」は他の出版社も版権を持っているようで今も入手可能な本が多いのですが。手に入らないとなるとよけいほしくなるものです。出版社の方々、どうか頼みますから支持率が高くて面白い本は多少の難には目をつぶってでも出版を続けてください。


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▼ 館その1 (5/19)

  1. 「時計館の殺人」 綾辻行人
  2. 「斜め屋敷の犯罪」 島田荘司 
  3. 「赤い館の秘密」 A・A・ミルン
> 1

本日のテーマは館(やかた)です。建築物としてもよいのですが、それでは少々範囲が広くなってしまうのでわかりやすく館としました。要するに個人が住居として使用している建物ですね。創造物というのはそれを形作ろうとする人の人間性が多かれ少なかれ表れますが、建築物、中でも住居となると生活に非常に密着しているので建築する者の意思が住む人間に多大な影響力を及ぼします。建築する者の意思と言いましたが、あるいは住居そのものが意思を持っているかのように住人に影響を与えることも少なくありません。推理小説はフィクションですが、人間活動の一場面を描くものには違いないので、その点が重要な要素として表れる物語が出てくるのも不思議ではないのです。今日はその建物があったがために事件が起こったといっていい物語を3つ選んでみました。最初に挙げた作品は綾辻行人の「館」シリーズの5作目です。「館」シリーズはすべてが本テーマに沿った物語と言えるのですが、「時計館」は日本推理作家協会賞の受賞作として箔がついているのでお薦めしやすいというのが選んだ一番の理由です。どこか幻想的でいてそのくせ冷静な筆致の、めまいにも似た酩酊感とだまし絵を見せられたようなある種のバカバカしさを同時に感じさせるところが魅力ですね。「時計」というモチーフにとことんまでこだわった「時計」まみれの館で発生する連続殺人事件。作者渾身の一作です。ちょっとやそっとじゃ見当たらないそのこだわりを未読の方はぜひ堪能してもらいたいです。ちなみに「館」シリーズはほのかに続きものなので、時間に余裕のある方は第一作の「十角館の殺人」から順に読んでいただくとより楽しめるのではないかと思います。もちろん単独で読んでもまったくストーリー的には差し支えありません。

> 2

やっと島田荘司の作品を紹介することができてほっとしています。国内における本格推理小説の、現在に至るまでの流れを語る上で無視することはできない、最も重要な作家の第二作目の作品です。かつて社会派と呼ばれる人間ドラマ中心の推理小説が席巻していた時代には本格推理小説、いわゆる「謎とき」に主体を置いた遊戯性の高い推理小説は非常に不遇な扱いを受けていました。しかしあるとき、ある選ばれた人間――その人の名が「島田荘司」というのですが――彼の作品と言動を発端として本格推理小説は再び脚光を浴びることとなり、現在さまざまな形で花開き、人気のあるジャンルとして定着するようになったのです。本日のテーマとして挙げた作品はまだまだ本格モノに世間の塩辛い荒波が押し寄せていた時代に発表されたので、作者は当時一般読者や評論家筋には不評のようであると感じたらしく三作以後はやや社会派よりの作品を発表したのですが、そんな必要などなかったのでは?と思わせるほど完成されていますし、作者の本格モノに対する愛情とそれを創造しようとする力強い意欲を感じます。宗谷岬のはずれに建つ、すべてが傾いた風変わりな「斜め屋敷」で起こった密室殺人事件。島田氏の作品の中でこれを一番好きだと挙げるファンも少なくありません。(蛇足ですがちなみに私が好きなのは「異邦の騎士」)

> 3

上の二つに比べると迫力の点では劣りますが、このテーマは「その2」もそのうち予定しているので三つ目は軽めの一冊といたしました。A・A・ミルンは「くまのプーさん」の原作者です。推理小説はこの一冊しか書いていません(注:他、厳密に言えば探偵劇一編、短編一編を記したようですが、長編はこの一編のみ)。ですが、この作品は推理小説の古典を挙げる際に外すことの出来ない一作としてミステリファンの間で認知されています。全編を通してプーの原作者というイメージ通り、文体にほのぼのとした温かみがあり非常に読みやすい。冒頭に述べられているのですが、ミルン自身が本格推理小説が大好きで、そのためシビアな批評をしており、数多あるミステリの不満点を克服した小説としてこの作品を提示したようです。あまり小難しいことを考えない読者としてはそういう点も特に注意するわけでもなく、単純に「謎」と「解明」に至る過程をわくわくした気分で読み進むことができたので、心の中のお気に入りリストにタイトルを刻みつける理由はそれだけで十分でした。余談ですが横溝正史の「本陣殺人事件」の中で金田一耕介が「飄々乎たるその風貌から、アントニー・ギリンガム君に似ていはしまいかと思う」と書かれています。ギリンガムというのはこの「赤い館の秘密」で名探偵役を務める青年です。彼のキャラクターも非常に魅力あるもので彼に出逢うだけでも人生の楽しみの一つを感じることができるのではないかと思います。


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▼ 連続殺人 (6/9)

  1. 「ABC殺人事件」 アガサ・クリスティ
  2. 「ホッグ連続殺人」 ウィリアム・L・デアンドリア 
  3. 「不連続殺人事件」 坂口安吾
> 1

推理小説において「連続殺人」といえばその連続性に謎が集中します。一見なんの関連もない、被害者同士はまったく見ず知らずの者たちのため事件が無差別殺人の様相を呈していても、本格ミステリではそれがただの「無差別」であっては意味も面白みもありません。なぜ彼らは殺されたのか? 誰が殺したのかという点はその「なぜ」が十分に答えられたときに自ずから明らかとなります。今回はそのような隠された動機が核をなす連続殺人の物語を三編、選んでみました。まず最初はクリスティの数ある名作の中の一つ、「ABC殺人事件」です。この手の連続殺人ものではもはや使い古されたといっていいような典型的なトリックですが、一味ひねりが加えられていて謎の解明にあたった灰色の脳細胞の持ち主、名探偵ポアロがクライマックスで畳み掛けるように推理を展開する場面はなかなか見物です。若干アンフェアだったり、いかにも絵空事で現実味に欠ける部分はあるものの、楽しく読める一作です。ポアロの元に一通の殺人予告めいた挑戦状が届き、その手紙が示すAという場所でAという人物が殺され、次にBという場所でBが殺される。この殺人はいつまで続くのか。娯楽としてミステリを世に送ったクリスティのサービス精神あふれる一作を未読の方はぜひ御賞味あれ。

> 2

最近(といっても割りと前になりますが)読んだ本の中で、特に推理小説好きではないが読書は苦痛ではないという人に薦められるとすればこの作品だろうかと先日ふと思いました。設定も人物や情景の描写もリアリティがあって、本格物が持つ非現実感のために普通の小説読みにはなかなか受け入れがたいある種の幼稚さを払拭した本格ミステリだという印象を持ちました。といっても個人的な印象なので断定はできませんのであしからず。HOGと名乗る無差別連続殺人犯が都市を横行し、人々は次の犠牲者は己ではないかと恐怖します。事件の解明はベイネデイッティという非常に個性的な魅力にあふれた犯罪研究家の独特の調査によってなされます。他の登場人物たちも一癖二癖ありつつ、人間的で身近に感じられます。映像化されていればぜひ見てみたいと思うのですが、そういう話はあとがきにも記されていないのでないのでしょうね。残念です。この作品は何と言っても最後の一行が秀逸で長らく記憶に残りますね、きっと。

> 3

前述の二作と違ってこちらはある種閉ざされた空間の中での殺人であるため、被害者同士は顔見知りでそれぞれに密接な関係があります。最初の殺人の後、警察の人間もやってくるのですが、にもかかわらず異常な数の殺人事件が立て続けに起こります。登場人物の数は相当なもので、それぞれが特徴的ではありながらも人物の区別をするだけで私はたいそう苦労したような覚えがあります。まあそれも読書の醍醐味の一つだったんでしょうね。終戦後間もないある夏の日の山奥の豪邸において狂っているとしか思えない惨劇が繰り返される。作家、詩人、画家、女優など、時代の空気もあいまって誰もが常軌を逸しているような性情を持っている。犯人は単独であるのか複数であるのか、はたまた事件は同一犯によるものなのか、それとも複数の事件が絡み合っているのか。作品タイトルにも惑わされます。しかし一度蓋を開けてみれば、混沌を極めているかに見えていっそ清清しいほどに収束しエンディングを迎えます。奇才坂口安吾の絶妙にして不朽の本格推理小説。これを読まずにおくのは惜しい、間違いなく国内推理小説屈指の傑作です。


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▼ コミック (6/30)

  1. 「Q.E.D. … 証明終了」 加藤元浩
  2. 「探偵学園Q」 原作:天樹征丸・漫画:さとうふみや 
  3. 「名探偵コナン」 青山剛昌
> 1

基本的にこのコーナーでは私が面白いと思ったミステリ小説を紹介してきました。あくまで個人的な感想ですが面白くなかったものは有名な話でも省いています。まだストックは若干ありますが一つのテーマに絞って三作品、という拘束があるのでそういう意味でそろそろネタが尽きてきたので、今日は小説ではなく漫画で選んでみました。漫画といっても本格推理の味わいを堪能するのに小説と比べてなんら遜色ないと私は思っているので「漫画はどうしても読めない」という人でない限り、本日紹介する三作品を未読の方はだまされたと思って新規開拓してみてください。特に狙った訳ではないのですが今回挙げた三作品はどれも少年誌で現在連載中です。まず最初の作品は講談社月刊マガジン増刊マガジンGREATに掲載されています。この漫画は原則的には一冊に二つの事件が盛り込まれており、ストーリーも1、謎の提起 2、手がかりの提示 3、謎の解明というシンプルな構造になっています(12巻以外はどの巻から読んでも支障ありません)。2と3の間に「Q.E.D.」という文字が示されるのですが、そこで謎をとく一切の手がかりは読者に与えられて論理的に解けるように描かれています。Q.E.D.= Quod Erat Demonstrandum 数学用語で「証明終了」と示すのは主人公の少年で「MITを15歳で卒業した超天才児」という設定もさもありなんと思わせる探偵ぶり。一話ごとに与えられる謎は興味深くミステリ好きの心をそそるもので、それに加えてすっきりとした解明はミステリの魅力を余すところなく伝えてくれます。余談ですが、同作者が同時発刊している月刊少年マガジン連載の「ロケットマン」も「Q.E.D.」と同様のミステリコミックでこちらもお薦めです。「ロケットマン」は一話完結ではなく大きな謎を含んだ長いお話の中で、多くの伏線が小さな事件や核心的な出来事に絡まりつつ張り巡らされています。主人公の顔がどちらも見分けがつかないほど似ている、ということを除けば何一つ文句のつけどころがないミステリの逸品です。

> 2

こちらは週刊少年マガジンに掲載されています。原作者、漫画家は「金田一少年の事件簿」でもコンビを組んでいた方々でしたが、金田一と明らかに違う意気込みで描かれており、特に原作者の気合の入れようと緊張感の持続には感銘すら覚えます。詳しくは「探偵学園Q ミステリーノート」に記されていますが、まず「漫画でなければ成立しないトリック」を表現すること、そして「謎を解く楽しみのために(意外性を損なわない程度に)難易度を下げている」こと。他にも作者のこだわりはあるのですが私は特にこの2点を作品作りの上で意識し、それが成功しているというところが非凡だと思うのです。推理小説の中で映像化できないものが多々ありますが、同様に映像を文字にできない作品がもっとあってもよいと思うのですが意外と少ないのではないでしょうか。「謎を解く楽しみ」を感じさせる匙加減の難しさは言うまでもありません。またこの作品はこの手の創作物にありがちな既存のトリックを乱用することもなく自由な発想力も感じます。読者対象がいわゆる児童なのでそのデリケートな部分にも細やかな配慮が見られ、たかがとはあなどれない稀有な魅力に満ちた、良質のミステリコミックなのです。

> 3

老若男女に大人気、映画も今年で8回目を飾るこの作品は週刊少年サンデーにて連載中です。この作品については大変な人気者なために細かいことは言わずもがなのような気がします。現在45巻刊行されていますが、これだけの長編漫画でありながら毎回趣向を凝らしたトリックを用意し描き続ける作者の集中力には脱帽です。コマの中にセリフが多すぎるという不満をあちこちで耳にしますが、コマをわけて話を長くすればよいものをそうしないのはアイディアが溢れ過ぎるほど溢れている何よりの証拠ではないでしょうか。それでいて一コマの中に描かれている人物も背景も詳細で面白みも含みもふんだんにあり、また登場人物の描写がそれぞれ個性に飛んで非常に魅力的なのでぼやきつつも読んでしまうという人が多いのでしょう。一つ一つの話がよく描きこまれているので時間に色褪せることなく再読に耐えるミステリコミックだと思います。また長編の中で貫かれている大きな謎が物語を牽引し見逃せない要素となっています。コミック裏表紙の見返しに掲載されている「名探偵図鑑」を密かに楽しみにしている方も少なくないのではないでしょうか。次はどんな名探偵が紹介されるのかと同時に、作者のコメントを読んでミステリに対する飽くなき愛情を感じる時間も私は非常に楽しみにしています。


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▼ ミステリガイド (7/18)

  1. 「推理百貨店」 新保博久(冬樹社,1989、四六判)
  2. 「ミステリ百科事典」 間洋太郎(社会思想社,1981、現代教養文庫)
  3. 「続・幻影城」 江戸川乱歩
> 1

ミステリガイドとは要は数多ある推理小説を世上の評価やそれぞれの嗜好をとらえやすいように分類選別した読書案内のことですが、本日御紹介します三冊は一般的なガイドブックには当てはまりません。むしろガイドブックというよりレファレンスブック(参考図書:調べ物に利用する書籍)に近いかもしれませんが、読書の興をそそるという意味で読書案内本なのでわかりやすくミステリガイドとさせていただきました。もう一つはじめに断っておきたいことがあります。1および2は絶版となっておりますので申し訳ありませんが御覧になりたい方は最寄の図書館にて問い合わせていただくか、古本屋さんをマメにチェックしてみてください。1は「本館」と「別館」の二冊あります。百貨店と名のつく通り、『スポーツショップ』『ペットショップ』『フラワーショップ』などの百貨店内の店舗を項目に立て、それに見合う殺人方法やトリック、用いられた小道具が登場する小説を雑学交じり、エッセイ風に紹介しています。その性質上ネタバレになる箇所も多々ありますが、事前に作者の注がありますので読んでしまう危険性はあまりありません。むしろネタバレを恐れるあまりその箇所を読み飛ばして、結局紹介されている本を読むまでお預けということが多いのですが、それもまた醍醐味の一つ。結局面白そうな推理小説はタイトルだけわかれば、あとは情報がない方が楽しめますし、読んだ後は他人がどう楽しんだか、その感想を知るのが楽しいですからね。本館には「暗号の本10冊」「詐欺の本10冊」など端的にタイトルを示してる頁もあり、別館の巻末にはテーマ別一覧が記されています。全体的によくいっても雑然としてることは否定できませんが、古本屋で本を探すような感覚を味わえる一冊といった感じでしょうか。

> 2

こちらも1と同じようなガイドブックですが、項目は捻らずにストレートでシンプルなものを用いています。たとえば「第一巻:人体(眼・手・血・首1・首2)」のように(第一巻とありますが、内容は一冊におさめられています)。内容の記述も雑学的というより薀蓄といったもので、知的でレトロな雰囲気を漂わせています。見返しに「さながらミステリーの博物誌」とある通り、ミステリに関連する事物についてミステリ的な解釈、味付けを凝らした読み物とも言えます。随所にやはりネタバレがあるのですが、著者とタイトルが太字でわかりやすく示されているので危険は回避できるでしょう。レイアウトがさりげなくかつ上手く計算されていて、読む側がテーマを受け取りやすい配慮がなされているように思えます。巻(章)ごとに挿入されているイラストも妖しく怪しげな雰囲気でいい。パラパラと眺めているだけで残像として浮かぶ推理小説のタイトルに心が引かれ、また一歩ミステリの世界の奥へと踏み込んでしまうような後ろめたくも得がたい快感に誘われること請け合いです。

> 3

今回紹介いたしますのは現在光文社より順次出版されております江戸川乱歩全集の27「続・幻影城」です。中でも第一部の後半に記される「類別トリック集成」とその出典一覧について取り上げてみました。これは完全にガイドというよりはトリックの分類に重きが置かれていますが、この全集27を発行するにあたって出典と思しきタイトルの一覧が添付されましたし、面白げな未読本を探すのに役に立ちそうですので今回のテーマの三冊目に挙げさせていただきました。「類別トリック集成」とは乱歩がカーの「三つの棺」にある密室講義に触発されて取り組んだと言われる、密室だけではない推理小説における全てのトリックについて系統立て分類したものです。無論これには穴も不足もうまく分類しきれていない部分もありますが、その点は『分類』の持つ宿命ですのでさておき、ミステリ好きなら一瞥するだけでなんとなくわくわく感を覚えることでしょう。犯人、密室、時間、兇器、隠し方、暗号、動機などなど。出典作品数を示した項目一覧、続いて各項に対する具体例と使用されている小説タイトルが挙げられています。タイトルのほとんどは「類別トリック集成」には記されていませんが、全集27には別枠で出典一覧が掲載されています。ただし邦訳されているものも原題で記されています。 ガイドブックというには不親切極まりないことですが、そのようにしたのはネタバレ防止の配慮も若干含まれているようです。余談ですが「類別トリック集成」は読み物としては不適当だとの思いより、乱歩がそのエッセンスを拾って組み立てなおし記した「探偵小説の謎」という書物もあります。社会思想社の現代教養文庫なので通常書店ではすでに入手は難しいと思いますが、ひょっとすると売れ残りがどこかにあるかもしれないので興味のある方は探して見られてはいかがでしょうか。


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▼ 女探偵 (7/28)

  1. 「女には向かない職業」 P.D.ジェイムズ
  2. 「黒いハンカチ」 小沼丹
  3. 「凶笑面」 北森鴻
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探偵家業は女には向かない、と言われていたのはせいぜい1970年代前半までのこと。以降になるとそれまでほんの数えるほどしか存在しなかった女探偵が現実世界を反映してか推理小説界においてもどんどん頭角を現し始め、今ではまったく珍しくもなくなってしまいました。とはいえ1841年に「モルグ街の殺人」で世界で初めて名探偵が登場してからの歴史を顧みればいわゆる「名探偵ガイド」などに名を連ねる女探偵の数は比べればまだまだわずかなものです。あらためて印象的な女探偵は?と問われた場合にも名前は知っていても具体的に関わった事件とともに思い浮かべられる女性はそう多くはありません。キャラクタの味が先行して事件、特に本格のうまみが二の次になるようではやはりいまだに影は薄いといっては言いすぎでしょうか。本日はそのような現状においても文句なく紹介できる女探偵の物語を三編選んでみました。

筆頭はまさに冒頭の言葉を引用させていただいた、その時代に書かれた小説です。また代表的な女探偵モノの本格推理小説の一つでもあります。主人公の名はコーデリア・グレイ。彼女と共同経営していた探偵事務所のベテラン探偵が自殺したところから物語は幕を開けます。一人で探偵事務所を続ける決心をした彼女の元に最初の依頼人が訪れ、彼女はその仕事を引き受けることにしました。コーデリアが事件の真相にたどりつき、どのような決着を見せるのか、物語が進めば進むほど目の離せない展開となっていきます。そしてぜひ最後のセリフを読んでいただきたい。彼女の初々しさに思わず微笑が浮かびます。

> 2

文化実業社「新婦人」にて昭和32年4月号〜33年3月号までに連載された12編の短編を収録した作品です。主人公は女学院の先生をしているニシ・アズマ女史。人物的にも文体も地味な印象があるのですが、淡々とした落ち着いた味わいがあって読感がさわやかです。彼女は観察型の探偵でうっかり見過ごすような不自然さに鼻が利き、事件の進行中すでに何がそこで行われているかをトレースしています。結果、謎と騒ぐ周囲の人たちに絡まった紐をなんでもないことのようにするすると解いてみせる。北村薫氏の作風と似ていなくもないですが、この作品で扱う謎は犯罪性のあるものなので個人的にはこちらの方が読みやすく思えました。

> 3

「蓮丈那智フィールドワーク1」と副題がついております。蓮丈那智というのが主人公の名で彼女は『異端の民俗学者』という異名を持っています。民俗学というのは簡単に言うと民間に流布する伝承・昔話、迷信、うわさ、しきたり、伝統行事、モノや地名の由来などを調査し、そのルーツを探る学問でしょうか。民俗学については一言では言い表せないので難しいことはここでは省きますが、他の学問に比べると特に文献を紐解くだけではなく実際に現地に赴いて現場を見て歩いたり聞き込みをしたりするフィールドワークが欠かせません。彼女は自分の興味を持ったテーマが見つかると即座に行動を起こす人で、その先々でそのテーマに絡んだ事件に多々遭遇いたします。この小説では事件の謎と共に民俗学的なテーマに対する謎の解決も提示されます。短編集なのですが、短編とは思えないほど一つ一つの話が濃厚に描かれていて、とにかく読まずにいるのはもったいない。個人的に近年イチ押しのお薦め作品です。


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▼ 暗号その1 (8/14)

  1. 「黄金虫」 エドガー・アラン・ポー
  2. 「ツァラトゥストラの翼」 岡嶋二人
  3. 「ダ・ヴィンチ・コード」 ダン・ブラウン
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暗号、それはある約束事に基づいて変換した文字(記号)列です。原文を知るためにはその約束事を見つけ出さなければなりません。ミステリにおいてトリックというのはすでに出尽くされたと言われています。無論、時の移り変わりは多種多様な道具を新たに生み出しているのでトリックのネタが尽きてしまうなどということはないはずなのですが、トリックの考え方には行き詰まりがあって確かに「アッと驚くような」爽快感を得られるトリックを用いた新規の推理小説などほとんどないような気がします。暗号を作り出す約束事もまた同じでいわゆる換字、置換、寓意、媒介、表形など、暗号の作り方自体は例外を除いてほとんど以上の方法に含まれてしまいます。ですが暗号の場合、例えば密室トリックなどよりもずっと答えがわかったときのよろこび、謎解きの楽しみを今でも数多く味わえるのではないでしょうか。

本日選びました最初の一編はやはり推理小説の創始者(と呼ばれ)たるポーの作品です。ある島に住む少々変わった友人の元にやって来た「わたし」は彼とたあいない会話を交わしていた際、ちょっとした拍子で彼が自分には理解不能な何かに夢中になってしまったために暇します。後日彼の身の回りの世話をしている黒人が「わたし」の元へやってきて彼の具合が大変悪いことを告げました。「あんなことで大騒ぎするなんて正気じゃありません!」 彼が夢中になってしまったものは何なのか。話の展開が秀逸で一気に読ませてくれます。

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最初に謝っておかないといけないのですが、この作品も現在入手困難です。講談社文庫なのでそのうち復刊すると思うのですが、古本屋ではたまに見かけますので機会があればぜひどうぞ。ミステリの名手岡嶋二人が世に送ったゲームブック、渾身の一作です。ゲームブックという形態は最近では見かけませんが、複数選択式に分岐してページを飛びながら読み進める、一時期流行った形の小説です。この作品ではバッドエンドももちろんありますが、途中で暗号が解けていないと前に進むことすらできない、当時でも珍しく非常に難度の高いゲームブック。仕掛けられた最大の謎が文中では明かされておらず巻末に袋とじになっているのも、しっかり謎解きしたい好事家にとって好ましい配慮です。岡嶋二人の挑戦、受けて立たなきゃミステリ好きとはいえないですよ?

> 3

つい先日発売になった上下二冊の単行本、「天使と悪魔」で活躍されたラングドン教授の第二作です。この作品ではこれでもかと言わんばかりに暗号が畳み掛けるように出てきます。タイトルにもなっているレオナルド・ダ・ヴィンチが絵画に秘めた謎の解釈もあれば、コピー不可能な最新型の鍵を用いた貸金庫を開くキーワードの解読も。とにかく重厚で濃厚な、機知の富んだ暗号のオンパレード。またある宗教の深遠に触れるような説得力のある描写と息をつく暇のない展開に、他の小説はもう読めないと悲鳴をあげる読者もいるようです。一読して時間が経ってもいくつもの場面が印象に深く残っています。面白いです。話題になっていたのは伊達じゃありません。


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▼ 推理小説論 (9/1)

  1. 「黄色い部屋はいかに改装されたか?」 都筑道夫
  2. 「推理小説実習」 佐野洋
  3. 「ぼくのミステリ作法」 赤川次郎
> 1

今回のテーマは「推理小説論」と名づけましたが、選んだ3編のうち最初の1は確かに上梓後の推理小説界に影響を及ぼした立派なものではありますが、そうそう堅苦しく身構える必要のないものばかりです。それぞれの作家が推理小説に対しどのような思い入れ、あるいは意気込みを持って本格モノと向き合っているのか、また自作のトリック発想法や筆記道具にまでも至る作家活動についてをまず評論・エッセイで綴り、それと共に具体的な作例を挙げてこだわりの一端を示してくれている作品です。ミステリ好きなら作品はもとより、そういった舞台裏にも興味をそそられるものではないでしょうか。推理小説に対する思い入れとはいわゆるミステリの仕掛け・ジャンルの定義とも深く関わりがあり、他作家の作品をネタバレに配慮しつつも数多く紹介しているのでミステリガイドとしても非常に有用です。なんといっても推理作家自身がその行為と自尊心を秤に掛けた末に面白いと言っているのですから気にならずにはいられません。

最初に挙げたのはタイトルからも作者の挑戦的な意志が感じられます。「黄色い部屋」というのはこのコーナーでも以前「密室その1」のトップにて紹介させていただいた古典中の古典であり本格推理小説として今も色あせない魅力あふれる作品です。「黄色い部屋の謎」は昭和初期に翻訳されて国内発行されました。1は「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」昭和45年10月号より連載されたエッセイをまとめたもので、その差はざっと50年あるわけです。この間に推理小説の形はどのように移り変わってきたかを国内外の作品を挙げながら論じているのが前半。後半は「私の推理小説作法」と題され、そのタイトル通りの内容となっています。

> 2

1が評論と小説作法を前後に分けて述べたものならば、この作品は「犯人当て」「倒叙」「アリバイ崩し」などといったジャンルに分けた上で評論・短編を載せています。この短編がまた小粒ながらもピリリとくる山椒の味わいがあって素晴らしい。正直佐野洋という作家はいわゆるポスト清張と呼ばれて社会派に属し、本格モノのミステリガイドにはほとんど名前を見ることができないのですが、なかなかどうして本格モノを読むときに期待するあのドキドキ感を感じさせてくれます。まあ確かに「なぜ・どうして」よりも登場人物の心理描写が得意な作家ですが、本格に一家言ない人にこのような企画本を成功させることはできないでしょう。

> 3

この作品を一番最初に読んだのは初版当時(1986)ですが、その後も何度も読み返している個人的に大好きな作品です。前半は自作他作の批評を織り交ぜたエッセイ、後半は注釈がつけられた短編集となっています。エッセイには時事的な内容が含まれているので現在にそぐわない部分もありますが、概ね今でもなるほどと頷ける話も少なくありません。後半の短編につけられた注釈は作成過程がよく表れていて興味深いものです。この一冊を読めば、赤川氏が軽妙淡白な多作作家というイメージはあれども実は根っこには本格推理作家として色濃い面を持っていることが伝わってくると思います。


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▼ 怪しい外国人 (11/10)

  1. 「月長石」 ウィルキー・コリンズ
  2. 「しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術」 泡坂妻夫
  3. 「キリオン・スレイの生活と推理」 都筑道夫
> 1

かの有名なノックスの十戒(有名といってもある程度のミステリファンの間のことですが。ロナルド・A・ノックスが1928年に発表した探偵小説を書く上での10のルールのこと)その5は「中国人を登場させてはならない」です。ノックスがこんな妙なルールを持ち出してきた理由は当の十戒詳細を見てもよくわかりません。ですが要するに西洋人にとって『中国人』=『怪しい外国人』、いかにも怪しすぎる人物は興をそぐから登場させるなというのです。これは今ではすっかりナンセンスな項目だと認められていますが、ある意味興味深い指摘でもあると思うのです。彼はなぜそんな項目を十戒の中に含めたのか。本日は「いかにも怪しい外国人」が登場する物語を三編選んでみましたので、合間にその問いに思いを巡らすのも楽しいのではないかと思います。

まず最初の物語はコリンズの古典的名作、長編「月長石」です。インドの秘宝「月長石」をめぐって巻き起こる奇奇怪怪な事件と論理的結末はさすが長く読み継がれてきただけあってどっしりとした重みと深みを味わえます。複数の人物の手記が読者に提示されるのですが、それぞれの人物の際立った個性とあくまでも読者に対してフェアな描写が読むほどに頷かされ唸らされます。肝心の「怪しい外国人」は物語の中心である「月長石」を追ってひたすら影となってつきまとうインド人たちです。彼らの役割は何なのか、事件との関わりは? どうぞ本を手にとってお確かめください。

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こちらは主人公、といってよいんでしょうか。名探偵役の迷探偵ヨギ ガンジーその人が怪しい外国人そのものです。詳しい経歴は一切なく名前からイメージするようなインドの行者とかそういうものでもないようです。彼が何者なのかは実際に読んでいただくのが一番かと思いますが、私がここでお薦めしたいのはガンジー先生のお人柄、ではなく本に仕掛けられた壮大なトリックについてです。作家泡坂妻夫がこの作品にどれほどの労力を費やしたか、それを想像すると脱帽の一言あるいは声も出せないくらいです。また別の物語「生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術」こちらもガンジー先生が登場いたしますが、私はこれを二冊持っています。一粒で二度美味しい、ではありませんが、二冊買わずにはいられない仕掛けが施されているのです。一体どんな仕掛けが?と気になる方はどうぞ探してみてください。

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こちらは完全に主人公の、アメリカから来た詩人キリオン・スレイの推理が冴える本格連作ミステリです。彼は「怪人」というより「変人」の部類だと思いますが、それは物事の解釈が普通と違うという意味でそこから事件解決の糸口を引き出し、解きほぐしていくのです。連作とあるとおり、物語が進むにつれてキリオンの妙な日本語がだんだん達者になっていく様子もうかがえます。都筑道夫は数多ある推理小説家の中でも特に「ロジック」、つまり物語のフィクションと現実との整合性にこだわった作家の一人です。一般的な読者なら気にも留めないところにも細かなこだわりが込められ、熱狂的なマニアもいます。そこまで至らなくとも「大人の遊び」を実践した彼の秀作をただ流し読むのではくじっくり吟味していただけたら、などと思います。


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▼ 遺体損壊 (11/26)

  1. 「出雲伝説7/8の殺人」 島田荘司
  2. 「解体諸因」 西澤保彦
  3. 「原罪の庭 建築探偵桜井京介の事件簿」 篠田真由美
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今回のテーマは「遺体損壊」。物騒な話で申し訳ないのですが、現実の事件において遺体を傷つける行為というのは昔は多くが恨みが募って、いわゆる殺しても殺したりないという憎しみの感情の発現だったものが、今や圧倒的に「隠す」「別の場所へ運ぶ」ために行われるそうです。占星学的に言うと魚座の時代から水瓶座の時代へと移って、それに伴い人間の行いが感情によるものから理性を主体に据えた冷静なものへと変わっていった・・・などとかの名探偵は分析するのでしょうか(笑) 1の作品には彼は登場しませんが、島田荘司の生み出したもう一人の名探偵、というより名刑事と呼ぶべきなのかな? 捜査一課の吉敷刑事が活躍するトラベル・ミステリーのシリーズの一つです。まず物語の発端がすばらしい。頭部以外の死体の各部がある朝、別々の駅に流れ着きます。その描写が鮮やかで非常に強いインパクトを受けます。なぜ犯人はそのような行為に及ぶに至ったか。それをお知りになりたい方はぜひ吉敷刑事と共に事件を追ってみてください。リアリティとフィクションが絶妙なバランスを保って展開します。

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SF設定を盛り込んだ本格推理小説を得意とする奇才、西澤保彦のデビュー作です。匠千暁を名探偵とするすべてバラバラ死体を扱った9編の連作短編集。実際には起こりえない、作者曰く「手の込んだギャグとして読んでいただければ」という内容ですが、パズラーとしては相当読者の頭脳をグルグル回転せしめてくれます。肌に合わない方もいらっしゃるかもしれませんが、トリックのためならここまでやるか、と半ば呆れながらも感心してしまいそうになる、そんな微妙な魅力が詰まった一冊です。

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「建築探偵桜井京介の事件簿」シリーズの第五作目です。単品でも読めないことはないですが、シリーズの主要登場人物の特殊な事情を語る作品ですので時間に余裕がある方は前作を読まれると一層この作品を楽しめるのではないかと思います。密閉された温室の中で惨殺された一家。その中で7歳の少年だけが生き残っていた。遺体は無残に切り刻まれ、逆さ吊りにされている。他に可能性もない以上やはり少年が犯人なのか? 彼と彼を取り巻く人々との絆が丁寧に描かれています。


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