アラスカ縦断

北極圏アラスカ縦断オーロラ

 

地球が大きな変動期を迎えたのではないだろうかと思えるような異常な気象現象が多く現れている年。私も意気消沈して旅心などは湧かなかった。だが猛暑の中に届いた北極アラスカ縦断の旅の案内が心に残り、参加してみようかの気持ちになったのだった。

 

日程表を見ると、私の日常生活とは、かけ離れた時間帯に行動をしなければならないことが分かり、これは体をゆっくり横たえて行けるビジネスクラスを選ばねばとてもついて行けないだろうと判断して、申し込みを済ませた。

 

朝早い便で富山を発ち成田へ。成田を午後4時ころ出発して先ずシアトルへと、8時間半くらいのフライトだった。デルタ航空機のエコノミクラスの機内はとても狭くて疲れたと言うツア仲間の話を聞き、矢張りビジネスクラスを選んだのは正解だったと自己満足した。

 

シアトルでの入国手続きは非常に厳しく、帽子や靴まで脱いでの検査。このようにまで厳密にテロ対策をしているのに、ほとほと感心をした。シアトル空港では日本語のアナウンスが流れ、電光掲示板にも日本語の掲示が出ているとのこと。日本人が多く利用する空港であることを改めて認識させられた。

 

次のアラスカ航空機に乗り換えるまで、かなりの時間があった。最初の目的地、フェアバンクスへ着いたのは、現地の午後だった。到着したアラスカ、フェアバンクスの空港から出て、静かな冷えた空気の中に身を置き、ホッとした。

 

ホテルに落ち着き、その夜のうちにオーロラ観光が始まる。バスで夕食を摂るレストランに出かけ、ビーフステーキのメニューでしたが、私は殆ど食欲が無く、少しばかり試食する程度で最初の食事を終えた。これから旅のメインともいえるオーロラ観測が始まるので体調を整えておかねばならない。

 

観測場所である建物までバスで移動し、その2階のバルコニーからの観測。このあたりのことはブログに書いているので省略をするが、到着初日に素晴らしいオーロラに出会えた我々は本当にラッキーだったと思う。

 

観測を終えて、ホテルに戻り、ようやくベッドで休むことが出来、次の日の行動に移ることになる。

 

ビーバー村への訪問も詳しくブログに書いたので省略をするが、村の小学校を訪れた時、フランク安田の出身地、石巻の小学校とこの小学校が交流をしている様子も話してもらった。このビーバー村を訪問した後で北極圏通過証明書のような物も発行してもらった。

 

次の日はいよいよ大きな岩風呂のあるチナ・ホットスプリングへ向かった。途中フェアバンクス市内観光をしながらのドライブだった。

 

最初にアラスカ縦断石油パイプラインの見学。この太いパイプラインが凍結しないように、又地震に対応するように作られているのを実際に触りながら見学。サンタクロース・ハウスを覗いたりして、本日の目的地チナットスプリングスに到着をした。

 

ここではネーチュアウオークで1時間ほどこの地の自然の有様を説明してもらいながら歩いた。アラスカでは冬が終わると山火事が非常に多いのだと言う。白樺の樹皮は油を多く含んでいて、すぐに燃え出すことを見せてもらった。山火事は森の再生につながり、ある程度は歓迎すべき現象のようでもあった。この他、ビーバーが冬籠りする時の住まいを流れが凍結する前に作る様子なども詳しく説明してもらい非常に勉強になるハイキングだった。

 

このハイキングの後、犬ぞりカートの体験だった。犬たちは引く役目をしたいようで、とても賑やかに吠えていた。

 

ようやく岩風呂の露天風呂に入れることになりました。大きなお風呂で暖かさも日本人好みの熱さに調合してあるようで、成分は日本で言えば美人の湯と言うところでしょうか。

 

入浴後、夕食にアラスカにしかいないと言う蟹を食べたのだったが、かなり大きな蟹らしく、その足も大きくて美味しい蟹だった。

元気のある人は、此処でもオーロラを見物なさったようだった。

 

次の日は、早朝ホテルで作ってもらったお弁当を持って、バスで再びフェアバンクスに戻ってアラスカ鉄道に乗車したのだった。このあたりもブログに詳しく書いたので省略をするが、景色の良い場所では列車を止めて、バックの景色と列車を写真に撮れるようにとのサービスもしてもらえた。このサービスは、夏の観光シーズンを終えていたせいなのかも知れない。

 

長いゆったりとした列車の旅を終えて目的地アンカレッジに着いた。アンカレッジで迎えた初日は、グレンハイウエイを使って車で近づける最大のマタヌスカ氷河の体験だった。これもブログに書いているので省略するが、私にとってはとても感激的な体験で、天候に恵まれ、上手にサポートしてもらえて達成できた貴重な思い出になるだろうと思う。

 

そしていよいよアンカレッジ最後の日になり市内観光となった。このあたりもブログに書いているのだが、アラスカ州は日本の約4倍半の大きさなのに人口は65万人とか。だから、どの観光地へ出掛けても、シーズンから外れているとはいえ、人間は少なく、自然が一杯の様子を楽しめたのだろうと思う。

 

市内観光で、最初に訪れたアンカレッジ歴史芸術博物館の監視人はとても厳しい人で、我々がちょっと展示してある品に触ろうものなら、すぐにやってきて注意をされると言う状態だった。しかし、有意義な見分の出来たミュウジアムだった。

 

湖が多くて自家用の水上機を持つ人も多いらしく、その発着は盛んに行われていた。

 

午後、訪れたビックゲーム・アラスカと言うアラスカに住む動物を身近に見物できる保護センター内を車で回った。熊は冬眠中に一人で出産をし、生まれたネズミほどの大きさの赤ちゃん熊は一人で母熊のお乳を飲む。冬眠が終わる頃には、小型犬ぐらいの大きさになっている等と聞く。すると、臍の緒は誰が切るのか?等の質問が出て、車内は賑わったのだった。

 

こうしてアンカレッジでの最後の日も終わりに近づき、それまで全くお土産を買う場所も時間も無かった我々は、ホテル近くの土産物屋に立ち寄ることが出来たのでした。

翌朝も早い出発でアンカレッジ空港に向かい、シアトル経由で成田へ帰ってきたのでした。

 

これまで多くの国を旅する機会はあったが、今回初めて、機会があれば他の季節にも、もう一度訪ねてみたいと思える旅だった。

2011年10月。

メールはこちら

ホーム