第1回レポート

「定住外国人の地方参政権を認めるか?」


  日 時   平成6年11月24日(木)19:00〜21:30
  場 所   珀水サロンビル 金沢市清川町1−10
  参加者   24名

世界の視点で地方政治を考える 悠々会

文責  前 正篤

序文

 世界の視点で地方政治を考える「悠々会」は、11月24日(木曜日)に「定住外国人の地方参政権を認めるか?」というテーマで、司会は早川 芳子さんにお願いし、ゲストとしてA氏、B氏、C氏の3人の在日外国人を迎え、第一回目の討論会を行なった。総参加者数は24名で、女性の方も含め、あらゆる職業をもっている方々に参加して頂いた。この討論会において、午後7時から9時半までの2時間半にわたって、限られた時間ではあったが、幅の広い討議を行い意見の交換をみた。
 今、国内において「定住外国人の地方参政権」をめぐって、さまざまな活動や動きが見られる。
 先日の新聞報道によると、川崎市は10月18日、全国で初めて定住外国人の声を市政に反映させる「外国人市民代表者会議」の設置を決めた。納税義務を果たしながら参政権が認められない実情が背景にある。
 「外国人市民代表者会議」は、ドイツのヘッセン州などの制度に倣ったもので、定住外国人が代表者を選び、その決議などを通じて自治体の政策立案にその意志を反映させる仕組み。川崎市は、平成8年度の発足を目指し、決議の効力や代表者を選ぶ資格の範囲などについて検討する。川崎市は人口120万人で、内約2万人の定住外国人が生活しており、彼らの人権を無視出来ないと判断し、「外国人市民代表者会議」の設置を決めたものと思われる。
 「法的裏付けのない外国人代表者会議は、あくまで政治参加の手段の一つにすぎない。それと別に地方自治法の改正を進め、選挙権・被選挙権など本格的な地方参政権確立を目指すべきだ。」と指摘する意見もある。在日韓朝鮮人と日本人の交流の場である川崎市ふれあい館の館長は、「代表者会議の設置は歓迎するが、議会や行政にどれだけ影響力を持ち得るかが課題だ。彼らも納税義務を果たしている以上、選挙権や国籍条項のある公務員採用も見直しが必要」という。
 定住外国人の参政権を求める声の高まりを背景に、在日本大韓民国民団の調べでは、百を越す地方議会が国への意見書の形で実現を訴えている。これらの地方議会の決議の内容を詳細に調査し、我々が市議会や県議会に対してどのような働きかけをしたらよいのか、十分に検討する必要があるだろう。
 法務省によると、国内の外国人登録者数は、132万人余。(昨年12月現在)この数字は日本の人口の約1%であり、その内の定住外国人は約100万人とみられ、その大部分を在日韓朝鮮人が占める。この132万人という数字は、決して小さい数字ではなく、石川県の人口にほぼ匹敵する数字であり、また定住外国人の基本的人権の確保という視点から、「定住外国人の地方参政権」の問題は、国際化する現在の社会情勢の中で、避けて通れないと考える。
 このレポートにおいて、11月24日(木)の討議を踏まえ、問題点を整理しながら、まず第一番目に在日外国人の差別の問題を考察し、第二番目に憲法・国籍法・戸籍法・地方自治法の中から国民の定義・住民の定義・戸籍について解説し、第三番目に国際化する日本の社会における在日外国人の基本的人権を国際人権規約A規約・B規約にあたり、第四番目に定住外国人の地方参政権について述べ、第五番目に定住外国人の地方参政権についての政策提言とする。


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目  次

T 在日外国人の差別問題について
U 国民・住民の定義と戸籍について
  1 国民の定義
  2 住民の定義
  3 戸籍について
V 国際化における在日外国人の基本的人権
  1 国際人権規約A規約
  2 国際人権規約B規約
W 定住外国人の地方参政権
  1 創造的主体としての定住外国人
  2 「定住外国人」の概念とその参政権の主張
  3 定住外国人の地方参政権を許容する規定
  4 定住外国人の地方参政権を制限する規定
  5 二十一世紀への共生社会めざして
X 政策提言と活動方針


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T.在日外国人の差別問題について

 現在、国際化が進み、人・物・資金・情報・スポーツや文化交流が国境を越えてボーダーレスにしかも大量に行きかう時代に入っている。つい最近のことでは、イラクにおける湾岸戦争、ユーゴスラビアにおけるボスニア・ヘルツェゴビナの民族紛争、カンボジアにおけるPKO活動、ベルリンの壁の崩壊、ルアンダ難民等の国際的なニュースがリアルタイムで我々の茶の間に流れてきます。約30年程前のベトナム戦争の頃には、2・3週間もたたないと我々の手もとに世界のニュースがテレビで放送されなかった時代と比べて隔世の感がある。
 国際化は経済の分野において、日本の1300億ドルにのぼる貿易収支の黒字・円高・産業のリストラ及び国内産業の空洞化等の問題を派生せしめている。
 昨年には、観光やビジネスで海外に出かける日本人が1,000万人を越え、また海外からは沢山の外国人が来日しており、外国人登録している外国人が132万人(昨年度)も在住し、国際化の流れは確実に進行している。
 国際化時代における在日外国人の基本的人権やそれに関連する差別問題について金沢に定住する3人の外国人を交えて討議した。
 B氏、C氏の2人の欧米外国人と在日朝鮮人2世のA氏の場合とでは、差別問題について歴史的な背景の違いもあり、その内容と質において異なるのではないかという指摘があった。
 まず、最初に在日欧米人の場合には、差別を論ずる前に、彼等にとっては、自分の国で身につけた生活習慣や自国の法律が日本のそれらとは違うということだ。
 例えば、アメリカでは1964年、公民権法第1章(通称タイトルセブン)が成立し、人種・宗教・性・肌の色・出身国などを理由に、採用・昇進・配転・賃金・レイオフ・解雇など一切の雇用条件について、差別扱いをしていけないことになった。アメリカの差別禁止は障害者にも及び、73年のリハビリテーション法に続いて、今年の7月からADA(障害者法)が発効し、障害者に対する雇用・昇進などの一切の差別も禁止になった。67年には、年齢差別禁止法が成立。
 差別をなくすために、企業は採用にあたって、人種・性別・年齢・宗教・性・肌の色・出身国などを履歴書に書かせてはいけないし、聴いてもいけない。ユニホームを着せるのも、総合職・一般職の区別も違法である。女性差別では日本で話題になっているセクハラも大きなウエートを占めている。彼等の人権意識は、我々日本人と比べて極めて高い。
 日本において、企業がそのような生活をしてきた外国人を採用する場合、履歴書に出身国や性別や結婚歴の有無や年齢を書かせたり、それに関連することを聴いたりすることは外国人にとって差別と映るかも知れない。在日外国人から、職を求める履歴書を受け取った時、確かに写真のない場合が多い。我々にとっては当り前の習慣が外国人にとっては差別されたとみなされ、差別に対するそれぞれの考え方に違いがあり問題になるケースもあるようだ。
 このように民族や国によって考え方の違うケースとして、日本と朝鮮との間に広がる地域を「環日本海」というか「東海」というかで問題になり結局「東北アジア」になったという。
 自国での生活習慣や法律と日本のそれらとの違いを別にすれば、在日欧米人の場合、日本における生活において、生活習慣や社会慣習や雇用環境の違いによる戸惑いはあるが、日本の生活に慣れてくるとそんなに自分達が差別されていることはないと気付くようだ。これが、在日欧米人B氏、C氏の実感であり、余り不自由することなく生活しているようだ。
 次に在日韓朝鮮人(以下「在日韓朝鮮人」という)の差別の実態を考察する。
在日韓朝鮮人に対する差別の問題は、明治時代に入ってから日韓合併により朝鮮が日本の植民地となった近代になってからのことである。日朝の歴史は大和朝廷以前にさかのぼることができ、近代以前の日朝の歴史は全般的にみてむしろ友好的であったといえる。大和・飛鳥時代には、朝鮮は隋・唐の文化の影響を受け、日本よりも先進国であり、帰化人として日本にさまざまな文化や技術を持たらした。その一例として、帰化人の秦一族は九州に渡って来て日本に製鉄の技術を広めた。その技術によって鉄製の農機具が開発され、日本の稲作の生産量が飛躍的に拡大することになる。九州の宇佐八幡神は、秦一族の氏神であり農耕の神様である。
 時の日本人は帰化人である秦一族を崇拝し、日本人の間にも八幡神の信仰が広まっていく。京都の石清水八幡宮や源氏の氏神である鶴岡八幡神も宇佐八幡神にその起源があり、長い歴史の中で八幡神の信仰が広まり、全国で八幡神社は4万社余りになる。
 また、石川で日韓のフォーラムが開催された時、韓国の方が「前田家の加賀藩は2度に渡る秀吉の朝鮮出兵に参加せず、私は、石川県に対して、非常に好意を持っている」と話されたそうで、朝鮮人の心には日本の朝鮮侵略による深いキズ跡が今も心に残っていることがうかがえる。
 討論の中で指摘のあったのは、政治的利益集団としての民族集団という促えかたで在日韓朝鮮人を論じる際に、どうしても出てくるのが、民団、総連というフォーマルな在日韓朝鮮人の民族団体である。そこで、まず、この2団体の性格と機能を論じることにする。2団体の歴史的沿革は、現在の両団体の性格、機能を述べることによってほぼ理解できるものと考える。
 民団は、正式名称を在日本大韓民国居留民団と言い、総連は在日本朝鮮人総連合会という。前者は、その名が示すように、在日韓朝鮮人を大韓民国国民として促えており、後者は朝鮮民主主義共和国国民として規定している。
 民団は、在日韓国人がこれから日本に永住するという現実を無視せず、精神的には祖国である大韓民国を志向し、現実的には日本社会人として生活できるような活動をしているという。かわって、総連側は、在日朝鮮人は朝鮮民主主義人民共和国の在外公民として日本に居住しているというが、祖国が統一されたら帰国するという立場をとっている。この両者の根本的相違は、政治的に大韓民国につくか、朝鮮民主主義共和国につくかということから生じている。これは朝鮮半島における韓国と北朝鮮という二つの政権間の争いを反映しており、民団、総連ともに、朝鮮半島で起きている38度線間の戦いを代理で日本国内で繰り広げていると言える。ただ、この民団、総連の政治的利益集団はそれぞれにかかえる在日韓朝鮮人の政治団体であり、彼等の要求なり主張は日本において重要な政治的ファクターになることを指摘しておかなければならない。
 在日韓朝鮮人の現実の姿を見て、その特徴を整理してみる。
第一番目に、在日韓朝鮮人は法律上、「在日外国人」として在留している。
第二番目に、在日韓朝鮮人は日本社会に定着(定住)し、深く根をおろしている。
第三番目に、在日韓朝鮮人は日本で生まれて日本社会との結びつきが一段と強い2世・3世が圧倒的多数を占めるに至っている。
第四番目に、在日韓朝鮮人は日本社会に長年生活しているうちに、地縁・血縁関係が稀薄になってきており本国に帰る可能性が少なくなっている。
 このような在日韓朝鮮人の選択肢として、
 1)在日外国人のまま、韓国・朝鮮人として日本で生きる立場
 2)帰化して日本国民として日本で生きる立場
 3)本国に帰り、韓国・朝鮮人として本国で生きる立場
があり、彼等がどの道を選択するかは彼等の自由意志であり、誰からも強制されてはならない。ただ、一番問題になるのは1)のケースであり、在日外国人として日本で生活する時、さまざまな差別の問題に直面することだ。
 在日韓朝鮮人の差別の問題については多くの指摘がなされた。
地域社会における生活権の問題(町会の役員になれない)、教育の問題(朝鮮高級学校などの朝鮮人学校が各種学校扱い)、就職差別(大企業の就職や公務員になれない)結婚の問題(特に女性の場合)、公的資金による融資の問題(住宅ローンが借りれない)など多くの意見があったが、ここでは問題点の指摘だけに止めておく。
 ただ、在日韓朝鮮人に対する処遇の基本は、彼等が今日おいて独立した祖国を持ったれっきとした在日外国人として、現在の国際人権規約によって保障された国際水準において、他国において当然享有できる諸権利を完全に実現するものでなければならない。
 その他に在日外国人の差別問題の他に、日本の中において同和問題や、女性差別の意見があったことを付記しておく。
 ここでは、在日外国人全体に対する差別として、納税義務を果たしながら国際人権規約に保障された参政権とくに地方参政権が日本において認められていないことを指摘しておかなければならない。
 全国に百万人の定住外国人がいる現状を考えると、定住外国人の地方参政権の問題は、自治体レベルを超えた議論を早急に深める時期が来ていると思う。この本論の主旨は定住外国人の地方参政権の問題であるので、以下この主旨に沿って論を進めていく。



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U.国民・住民の定義と戸籍について

 参政権は、選挙権や被選挙権など直接・間接に国政に参加する権利をさすが、定住外国人には国政参加を認めている国はないとされる。日本では地方参政権も、地方自治法と公職選挙法の選挙権・被選挙権の条件にある「日本国民」の規定を根拠に、認めていない。
 そこでここでは「国民」と「住民」の定義と「戸籍」について述べる。

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1.国民の定義

 国民は、国家を構成し、その国の国籍をもつ者である。このような個人の総体を国民ということもある。国民の基本的人権という場合の国民は個々の国民を指し、国民主権というときの国民は総体としての国民を指している。
国民ということばは、国民主権の例にみられるように、統治の主体という地位にあるものをさすこともあれば、統治の客体という地位にあるものを指すこともある。
 日本の法令上、「国民」という語が用いられる場合、一般に日本国民をさしている。日本国憲法は「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」(10条)と規定し、これを受けて国籍法が制定されている。つまり、日本国民とは日本の国籍を有する者をいい、それ以外の者は外国人という。
 国籍法によれば、日本国籍の取得には出生による場合と帰化による場合とがある。出生による場合は、1984年の改正までは父系優先の血統主義をとっていた。つまり日本人を父とする嫡出子には日本国籍が付与されたが、父が外国人の時母が日本人であっても日本国籍は付与されないのが原則であった。しかし、父系優先血統主義は男女平等に反するという批判が高まり、84年に父母両系の血統優先主義に改正された。
 つまり、母が日本人である時も子は日本国民となることができるようになった。
ただし、父母ともに外国人でその嫡出子が日本で出生した場合、日本国籍は認められないが血統主義に対して出生主義の立場から、そのような場合アメリカなどの様に国籍を認めている国もある。
 帰化というのは後天的に日本国籍を取得することで、一定の条件を備える外国人は法務大臣の許可を受けて日本国民となることができる。また日本国憲法は「国籍離脱の自由」を規定しており(22条2項)、自己の自由意志によって外国の国籍を取得した時は、日本の国籍を喪失する。
 ますます国際化する社会情勢の中で、日本人と外国人との結婚が増え、母は日本人で父が外国人である場合、また母が外国人で父が日本人である場合、その子供は日本国籍を取得するケースが増えることになる。また日本人と結婚した外国人が日本に定住することも増え、その外国人が日本国籍を取得するケースも増えるだろう。その逆に日本人が外国に行ってその地に定住し、日本国籍を離脱することもあり、この面でも国際化の進展が見られることになる。



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2.住民の定義

 法令上、地方公共団体の人的構成要素であり、市町村の区域内に住所、すなわち生活の本拠をもつ者をいう。地方自治法第10条1項に住民の規定があり、市町村の住民は、同時にこれを包括する都道府県の住民とされる。
 住民は、住民としての一定の権利と義務をもつ。一般的には、その属する地方公共団体の役務の提供を等しく受ける権利と、その負担を分担する義務である。(地方自治法10条2項)地方公共団体は、各種の公の施設を設置するほか、公的扶助、社会福祉、その他多様なサービス・給付を住民に対して行ったり、行う義務がある。ただし、住民の権利・義務の具体的内容は法律の定めるところによる。
 なお、住民のうち、日本国民であり、同時に一定の要件を具備する者については、地方公共団体の長や議会の議員を直接選挙する権利(憲法93条、地方自治法11条)条例の制定・改廃および事務の監査を請求する権利(同法12条)、議会の解散請求権および主要公務員の解職請求権(地方自治法13条)、および住民監査請求住民訴訟の権利(同法242条、242条の2)などが認められている。
 すなわち、憲法の「住民」の規定によれば、定住外国人は住民に含まれることは明かであり、その行政に要する経費を平等に負担する義務をもつ。
 定住外国人の地方参政権については、住民のうちの日本国民に限定され、彼等にその権利が認められない法体系になっている。
 ここで日本における住民としての在日韓朝鮮人の在留資格と在留状況をみてみる。日本国籍を取得せず、日本の住民として在留する在日韓朝鮮人の法的権利である在留権は、日本当局によって極めて複雑な形態をとり、それぞれ違った在留資格が規定されている。その内容は次の6つの形態で区別される。
 @法律126号該当者
(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律)
 A特定在留者
 B特別在留者
 C協定永住権者
 D特例永住権者
 E一般永住権者

 従って日本における住民としての在日韓朝鮮人の在留資格は、このように何種類にも分かれており、夫婦や兄弟間であっても在留資格が異なるので、在留に対する安定度がそれぞれ違ってくる。
 このため在日韓朝鮮人に対する法的処遇とくに在留問題の解決が課題となっているのはいうまでもない。このような状態を一日も早く解決するためには、何よりも日本政府が、住民としての在日韓朝鮮人に対してバラバラに認めている在留権を一律にすることである。



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3.戸籍について

 討論の中で、戸籍についての発言があり、世界で日本のような戸籍制度があるのはかつて日本の植民地であった韓国と台湾だけだとのことだ。
 戸籍は、個人の重要な身分関係を明確にする目的でつくられる公文書である。現在は、戸籍法(昭和22年法律224号)にその制度が定められている。第2次世界大戦後民法改正に伴い、新戸籍法による戸籍はもはや「家」とはまったく関係なく、夫婦とその末婚の子を中心として、各人の身分関係を明らかにするものにすぎなくなった。便宜的に「氏」の同じ者を同じ戸籍に記載しているだけであって、旧法のように同じ戸籍にいるかどうかによって、親族法、相続法上異なった取扱いを受けることは全くなくなった。
 戸籍が別であっても(従って氏が別であっても)、親子その他の親族関係が戸籍が同じ場合と異なるわけではない。しかし、民法旧規定以来の戸籍に対する観念がまだ残っており、それが同じ氏を称する者が同じ戸籍に記載されるという方法がとられていることと相まって、現在でもなお、戸籍に対する国民の関心をかなりひきつけている。
 各人の戸籍は、その本籍地の市町村役場で作成され、本籍の町名番地順につづられ「戸籍簿」として保管される。各戸籍は、一つの夫婦およびこれと氏を同じくする子ごとに一つの戸籍がつくられ、それ以外の者が同籍することはない。(同氏同籍の原則)同籍者の記載順序は、夫の氏を称する夫婦は夫を、妻の氏を称する夫婦は妻を筆頭に記載し、その次にその配偶者、さらに生年月日順に子が記載される。そしてそれぞれの戸籍では、本籍・筆頭者の氏名のほか、各人の氏名・生年月日・実父母の氏名およびそれとの続き柄(「長男」「次男」など。嫡出でない子は単に「男」または「女」と記載する。)、養父母の氏名およびその続柄などがそれぞれ所定欄に記入され、さらに出生・死亡・養子縁組・離縁・婚姻・その他の身分関係の変動に関する事項が記入される。
 現在の戸籍は、夫婦とその未婚の子をもって編成されている。子が婚姻すると、その夫婦はいずれも従来の戸籍からは除かれ、新たに夫婦中心の戸籍が編成される。また、婚姻していなくても子をもった場合には、その親子のために新しい戸籍が編成される。従って、3世代が同一の戸籍に記載されることはない。
 戸籍法第6条においては、日本人が日本人でない者(外国人)と結婚した場合は、その外国人は戸籍には入らないとなっている。すなわち、在日外国人で日本の国籍を有しないものは、単に住民であって日本国民でないので、戸籍を作ることはないのである。

 戸籍を論ずるときに欠かせないものとして、「戸籍の付票」がある。日本国籍を有する者は、全国どこへ転居しようが、新たに住民登録を受付けた市町村は本籍地の市町村へ通知し、戸籍の付票に新たな住所地が記載され、住民登録さえすれば必ず追跡できることになっている。外国へ住所地を移した場合は、領事館などの在外公館が代行する。
 この制度により、我が国では不動産売却などの時の本人特定や相続などの時の当事者特定を行い同姓同名の別人(非権利者)への権利の移転を防いでいる。また金融機関も融資した当事者を特定し、債務者の捕捉に利用している。
 日本の運転免許証には本籍地は番地まで記載され、違反者の特定のほか、免許証の提示やコピーで取引・契約の安全をはかるケースが多く見られる。免許証に限らず住民票を必要とする事柄は、全て直接・間接に戸籍にリンクされている。例えば、株式会社の代表取締役の登記や健康保険証、パスポートなどはほんの一例にすぎない。かってデヴィッド・ジャンセン主演の「逃亡者」という番組では逃亡先で運転免許証を取得する場面があったが、日本では考えられないことである。
 このように全幅の信頼を寄せている戸籍制度であるが、時として「つながらない」場合があり大いに慌てることになる。ましてや戸籍のない外国人は扱いに非常に困る事になる。ここで「つながらない」とは、たとえば不動産売買の場合に、今売るという人物と、登記簿に所有者として記載されている人物とが、単に同姓同名でなく戸籍と付票で同一人物であることが客観的に証明できない事態をいう。



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V.国際化における「在日外国人」の基本的人権

 討論の中で次のような問題点が指摘された。1つは、外国人が犯罪をおこしたり事件にまきこまれて裁判になった場合、日本と外国との裁判制度の違いにより日本の裁判制度が外国人によく正しく理解されていないため被告人が不利益をこうむることがある。特に中国人の場合、本国においては人権が十分に保障されていないので、日本の裁判制度(黙秘の権利等)が理解されないようだ。また通訳において言葉の壁の問題もある。犯人といえども彼等の基本的人権は保障されなければならない。もう1つは、在日オランダ人が英語の講師として就労ビザを入管に申請した時「日本はまだ鎖国をしている」と言われ、結局就労ビザの許可がでなかった例が紹介された。
 もう1つは、在日外国人が家を購入する時、住宅ローンを断られた例が紹介された。こういうことはまだまだ沢山あるだろう。
 ますます在日外国人が増え国際化する社会情勢の中で、在日外国人に関するさまざまな問題がニュースとして毎日のように報道され、その中には人間の基本的人権に関わる問題が多々あるようだ。
 そこでここでは、国際人権規約A規約・B規約について解説する。
国際人権規約A規約第2条2項、B規約第2条1項において、この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管理の下にあるすべての個人に対して「人種・皮膚の色・性・言語・宗教・政治的意見その他の意見・国民的若しくは社会的出身・財産・出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する」とうたっている。全ての人々は、いかなる差別もなしに、この規約において認められる権利を有するという。



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1.国際人権規約A規約

 国際人権規約A規約は、正式のタイトルは「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」という。第1部(第1条)、第2部(第2条〜第5条)、第3部(第6条〜第15条)、第4部(第16条〜第31条)で構成されている。日本においては、1979年9月21日に発効した。
 第1部は、人民の自決権、第2部は、規約締約国による人種・皮膚の色・性・言語宗教・政治的意見・民族的社会的出身・財産・門地などによる差別のない人権保障義務を定めている。第3部は、いわゆる生存権ないし社会的基本権を定め、締約国がその国内事情などに応じて漸進的にそれらの諸権利の実現を図るべきことを説いている。第四部以下の実施措置については、締約国から国連に対して同規約の実施状況を報告させることに重点を置いている。
 ここでは特に、第3部の中の第6条、第7条について解説する。第6条1項において、この規約の締約国は、労働の権利を認めるものとし、この権利を保障するため適当な措置をとることとし、この権利には、すべての者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利を含む。
 第7条において、この規約の締約国は、すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有することを認め、この労働条件は、特に次のものを確保する労働条件とする。
 (a)すべての労働者に最小限度次のものを与える報酬
 (i)公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬。
 特に女子については、同一の労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること
 (ii)労働者及びその家族のこの規約に適合する相応な生活
 (b)安全かつ健康的な作業条件
 (c)先任及び能力以外のいかなる事由も考慮されることなく、すべての者がその雇用関係においてより高い適当な地位に昇進する均等な機会
 (d)休息、余暇、労働時間の合理的な制限及び定期的な有給休暇並びに公の休日についての報酬
 在日外国人の労働条件をみた場合、作業条件が劣悪であったり、給与が日本人より低く設定されたり、また在日韓朝鮮人の場合、大企業に入れない公務員になりにくい等の差別がみられる。これらは、国際人権規約に違反することになり早急に改善されなければならない。



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2.国際人権規約B規約

 国際人権規約B規約は、正式のタイトルは「市民的及び政治的権利に関する国際規約」という。日本においては、1979年9月21日A規約とともに発効した。この規約は、第1部(第1条)、第2部(第2条〜第5条)、第3部(第6条〜第27条)第4部(第28条〜第45条)、第5部(第46条〜第47条)、第6部(第48条〜第53条)からなる。
 第1部は、A規約と同じく人民の自決権、第2部もA規約と同じく規約締約国による人種・皮膚の色・性・言語・宗教・政治的意見・民族的社会的出身・財産・門地等による差別のない人権保障義務を定めている。
第3部は、いわゆる自由権的基本権と政治に参加する権利を定め、締約国が当然かつ即時にそれらの諸権利を保障すべきことを規定している。第4部以下の実施措置については、締約国に同規約の実施状況を報告させるほか、人権委員会の審査権限を認める宣言(41条)をした国については、他国からの申し立てにより人権侵害国の規約違反を審査しうるものとし、また議定書批准国については、被害を受けた個人からの救済申し立てを委員会が受理して事件を審査しうる旨を定め、また、同委員会と関係国の合意による特別調停委員会の措置も考慮している。
 定住外国人に地方参政権を与える根拠がこの第25条にうたわれているので、ここでは特に第25条について解説する。第25条では、すべての市民は、第2条に規定するいかなる差別もなく、かつ不合理な制限なしに次のことを行う権利及び機会を有する。
 (a)直接に又は自由に選んだ代表者を通じて、政治に参与すること
 (b)普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票により行われ、選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において投票し及び選挙されること
 (c)一般的な平等条件の下で自国の公務に携わること

 ここでみられるように、国際人権規約B規約においては、はっきりと差別されることなく定住外国人は参政権を有し、何らの制限もなく自由に投票し選挙される権利を有するのである。



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W.定住外国人の地方参政権

1.創造的主体としての定住外国人

 出席者の中から「(政治家は、)国際化・国際化と言うとるけど、足元の政治は何んも国際化しとらん。国際化と言うがなら、定住外国人に参政権は与えんならんと思う」との発言があった。出席者の中にはこの発言を唐突と受け止め戸惑いを感じられた人がいるかも知れないが、この発言は問題の本質を鋭く突いていると筆者は受け止める。定住外国人の参政権を解く鍵は、この国際化にあると考える。
 在日アメリカ人の場合、国籍はアメリカにあり、日本に在留していながらアメリカの上・下両院議員選挙及び大統領選挙の国政選挙に不在者投票できるようだ。日本における住民としての地方参政権については、日本の納税義務はあるのだから、地方参政権はあってもよいが、そのためには日本の政治や社会を勉強しなければならないという。
 在日ドイツ人の場合、ドイツでは18歳になると選挙権が与えられ本国を離れても10年間は国政に参加できるそうだ。日本における地方参政権については、あった方がよいと言う。
 在日朝鮮人の場合、本籍は北朝鮮であるが、北朝鮮の国政選挙権は持たない。彼は、国政選挙については、本国にも日本にも選挙権がなくて、どこにも帰属するところがなくて、ふらふらしている状態だという。彼は参政権を主張したい気持ちはあるけれど、それよりも仕事や教育や子供の将来等の身近な問題が大切だという。彼の考え方は、地方参政権への参加については消極的で積極的に主張する立場にないようだ。
 また在日中国人の地方参政権に対する考え方の基本は、本国への配慮から在日外国人である限り、日本の地方参政権は持つべきでない。日本の参政権を要求するのであれば、日本に帰化して参政権を行使すればよいという考え方であるとの紹介があった。
 日本に定住する外国人も、やっと100万人(総人口の0.8%)をこえた。冒頭の出席者の国際化の発言にもどるが、日本人の1%にも満たない定住外国人すら、社会構成員として認めようとしない平均的日本人が、国際国家、国際人教育、国際化を喧伝すること自体、自らの国際感覚の乏しさを証明することになりはしないかと危惧する。
 世界の各国はいま、相互依存関係を深めつつ、さらに国家の枠組をこえた人類普遍の理念を追求する地球時代を迎えようとしている。これまでの国家対国家による国際関係が、地方自治体相互の姉妹都市関係、民間の企業対企業の提携関係、住民対住民の交流、ありとあらゆる形での国際会議など、国際化時代の檜舞台は確かに拡大されている。
 このような世界の潮流に共通する理念は、「人権」(Human rights)と「平和」(International peace)であり、これらを実現する哲学が「共生」(Living toget-her)である。たとえば、国家間の富の偏在は、俗に経済摩擦のかたちであらわになるが、それはすべての人々がともに生きるという「共生」の哲学の貧困としてとらえることもできよう。こうして、「共生」の哲学は、「人権」と「平和」を具現する重要な核となり、国際社会はもとより、国内行政においても、「内なる国際化」の不可欠の礎石になるものと考えることができる。
 これまで久しく、日本の地方自治体は、定住外国人(Permanent alien residents)の処遇について、政府の指揮による「管理」や「統制」の手助けに終始していたのではなかろうか。地域住民としての定住外国人の「人権」や「共生」を考えるゆとりをもちあわせなかったのではなかろうか。
 ところが、国際人権規約の批准・発効(1979年9月21日)による「内外人平等」の精神の浸透、ならびに難民条約への加盟・発行(1982年1月1日)と、市民運動の高まりによって、国内法が一部分整備・改正され、公営・公団住宅、福利厚生、教育行政、公務員任用などの分野で、差別行政がある程度は改善されるにいたった。そして、見えなかった存在の定住外国人が視野に入ってきたのである。
 換言すれば、日本社会を構成する市民には、定住外国人も入るのだというきわめて当然な解釈が、日本人のなかにも芽生え、また広がってきた。つまり、定住外国人との「共生」をぬきにして、日本人だけの「人権」も「平和」もありえないということの認識が、まぎれもない「国際化時代」における日本のあり方としてクローズ・アップされてきたのである。
 このように地域社会にも新しい地平が見えてくると、定住外国人は日本政府の指揮によって「管理」「統制」される対象=客体なのではなく、日本人と「共生」のあり方をともに決定していく主体である、という考え方が生まれてくる。それは、定住外国人がひとつの創造的な主体として生きようとすることであり、日本社会にとって意味のある生き方をしようとすることである。こうして生じた定住外国人による地方意思の形成ないし決定への参加要求は、「国際人権」の潮流が招来する当然の帰結でもある。
 いまや、国籍と選挙権を不可分なものとしてきた伝統的な「国民主権」のオールマイティ性が問われるべき時である。本会が、定住外国人の基本的人権の核として、地方自治体の参政権を、過去・現在・および将来の展望のもとに取り上げるゆえんでもある。



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2.「定住外国人」の概念とその参政権の主張

 定住外国人とは、日本社会に生活の基盤があって、社会的生活関係が日本人と実質的に差異がなく、日本国籍をもたない人(=外国人)のことを言う。具体的には
@第2次世界大戦前と戦中にあって、渡日をした韓朝鮮人・中国・台湾人など
A前項の韓朝鮮人や中国・台湾人らの子孫で日本で生まれ育った2世や3世
Bその他、日本に居住して5年(国籍法上、帰化の最短年数)以上の者で、生活の基盤が日本にあって納税の義務を果たしている外国人
をいう。
 これらの人々はすべて、日本の社会構成員で、地方自治法(第10条)にいう市民・住民である。したがって、商用・留学・観光・研修などの一時的な滞在目的で入国する「一般外国人」とはおのずから範疇を異にする在日外国人の定住性、生活基盤が一般外国人とは異なるという認識のもとに、国民と外国人を二元的に分け、その法的地位が絶対的に異なるというこれまでの考え方に反省をもたらした。
 日本に住む定住外国人約107万5千人余り(1990年12月末現在)のうち、もっとも多いのが韓朝鮮人68万8千人である。これらの人々は、一時的に日本に居住する一般外国人とは異なり、日本の社会を構成する市民・住民である。この点を認めた上で、彼等が地方自治に参画することができるならば、定住外国人の人権伸長は計りしれないことになろう。その核心は、まさしく「戦略的人権擁護運動」ともいうべき地方自治体の参政権問題であろう。
 ここに、かつての人権運動指導者・キング牧師のことばが思い出される。「差別される側が、差別する側に比べて、道義的に優位に立っている」



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3.定住外国人の地方参政権を許容する規定

 日本の現行法から、定住外国人の地方参政権を許容すると解されるものとしてつぎの諸規定をあげることができる。
 (1) 憲法第92条[地方自治の基本原則] 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。
 (2) 憲法第93条A[地方公共団体の直接選挙] 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
 (3) 憲法第98条A[条約及び国際法規の遵守] 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
 (4) 国際人権規約B規約(市民的、政治的権利に関する国際規約)第25条 [参政権] すべての市民は第2条に規定するいかなる差別もなく、かつ、不合理な制限なしに、次のことを行う権利及び機会を有する。(b)普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票により行われ、選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において、投票し及び選挙されること。
 (5) 地方自治法第2条@[地方公共団体の法人格] 地方公共団体は、法人とする。
 (6) 地方自治法第10条[住民の意義と権利義務] @市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。A住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。
 以上、近代的な意味における地方自治は、地方自治団体そのものが国家に「従属」したものではなく、国から独立した法人格をもつものとして認められている。その法人としての自治体は、憲法が保障するように、本来の地方自治の精神にもとづいて運営されてしかるべきである。また、地方住民として府県市民税を納める定住外国人は、その居住する地方自治体の長と議員の直接参政権をもつものと解しうる。とりわけ内外人平等を主柱とする国際人権規約B規約第25条は、「国民」ではなく「市民」を前面に出している点に注目すべきである。
 これまでの日本では、「国民国家」という誤った枠にしばられて、自治体も「定住外国人」というまぎれもない「住民」が存在していたことを見落としていたといえる。「住民による、住民のための、住民の自治」が地方自治体の本旨であるというならば、地方自治体の参政権を定住外国人=住民が行使することは、その住民としての納税の義務の裏返しとしてなんら不都合はないはずである。人権の国際的潮流から生み出された国際人権規約が、「市民」、「住民」を前面にだして、内外人平等を強調しているのも、むべなるかなといえよう。
 ここにひとつの具体例をあげておこう。都道府県や市町村の議会の定数は、人口を基準に定められる(地方自治法第90、91条)。その人口の定義は、官報で公示された最近の国勢調査、またはこれに準ずる全国的な人口調査の結果による(同法第254条)。したがって、定住外国人もこの人口に加えられている。



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4.定住外国人の地方参政権を制限する規定

 地方参政権を制限するものとしては現行法から、つぎの諸規定をあげることができる。
 (1) 地方自治法第11条[住民の選挙権] 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の選挙に参与する権利を有する。
 (2) 地方自治法第18条[選挙権] 日本国民たる年齢満20年以上の者で、引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、別に法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。
 (3) 地方自治法第19条[被選挙権] A日本国民たる年齢満30年以上のものものは、別に法律の定めるところにより、都道府県知事の被選挙権を有する。B日本国民で年齢満25年以上の者は、別に法律の定めるところにより、市町村長の被選挙権を有する。
 (4) 公職選挙法第9条[選挙権] A日本国民たる年齢満20年以上の者で引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。
 (5) 公職選挙法第10条[被選挙権] @日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。・・・・三、都道府県の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢25年以上のもの。四、都道府県の知事については年齢30年以上の者。五、市町村の議会の議員については年齢満25年以上の者。
 以上、地方自治法および公職選挙法では、憲法にはない「日本国民」という制限条項を追加して定住外国人を排除している。とくに地方自治法では一方で住民として認め、定住外国人を含む住民が、地方公共団体のサービスを受ける権利とともに、その負担をも分任する義務がある(同法第十条第二項)としながら、他方では、「日本国民たる住民」という制限規定をつけたことは、すべての住民参加を目的とする地方自治の原理に反するものといえる。
 しかし、これまでの日本社会ではこのような考え方に賛同しないのが支配的であった。一般に、日本国憲法の第三章以下に規定された基本的権利は、国および地方公共団体に対する関係において、国民に保障された権利であるとされ、外国人にも適用されることは必ずしも明確にされていなかったものである。ここで外国人とは、日本国籍を有しない者をさし、無国籍者をも含んでいる。
 このような日本人対外国人という伝統的な対立思考のもとでは、外国人の類型化は図られず、外国人の権利の性質が徹底的に究明されなかったのである。ここに「定住外国人」の人権を考えるポイントがある。つまり、権利の性質を考える場合、人権保障に関して定住外国人が日本人と異なる取扱いを受けなければならない理由はなにか。その理由に正当性、必要性や合理性が認められるのかどうか、について詳細に論証しないで差別的処遇を容認することは、内外人平等の国際的な潮流からもはや許されない段階にたちいったと考えるべきである。
 憲法の基本的人権保障が外国人にも適用されるかどうかについては、すでに三つの解釈があるとされているが、こんにちの通説は、憲法が保障する権利の性質から考えて、外国人に適用または類推適用されるものと、そうでないものを区別すべきであるとする。そして、外国人に保障されない権利として、通常、入国の自由、社会権、参政権があげられている。その理由は、参政権等の能動的権利は、日本国を構成する「国民」(=日本国籍をもつ日本人)のみがもつべき権利だからというのである。
 一昨年三月の参院選挙制度特別委員会の答弁で、政府は「地方公共団体が提供する便益で、外国人は日本人と差別されていない」としながら、選挙権に関しては「国民固有の権利」とする立場を崩していない。
 ところが、人権の世界的潮流からして、日本国籍の有無が人権保障の基準になっていたこれまでの考え方に、大きな反省を余儀なくさせる時代が到来したのである。まさしく人権とは、「人が人であるということのみに基づいて当然にもつ権利」であるから、国籍がなぜ必要な基準にされるのか、という疑問が一般化してきた。
 そのうえ、地方自治法に認められて住民、市民としての定住外国人、日本人と平等に納税の義務を果たしながら、権利の面で制約を受けている定住外国人の存在、さらには、日本の国が日本人だけの国や市町村なのではなく、その地域社会の構成員としての定住外国人も共生する国であり、市町村であるという現実の問題が認識されるようになった。



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5.21世紀への共生社会めざして

 参政権は基本的人権の核心であり、生活権の橋頭堡をなしている。定住外国人の人権論の具体化をはかるためには、参政権を国政レヴェルのものと、地方自治体レヴェルのものとに区分して考える必要がある。前者については、現段階で主張することに事実上の無理がある。しかし後者については、1970年代から、いくつかの先進的な国ぐに、たとえばスウェーデン、デンマーク、オランダ、ノルウェー、スペイン、統一前の東ドイツなどにおいて認められ、こんにちにいたっている。とりわけ、ヨーロッパ統合の進展には注目すべきものがある。これまでに外国人の地方参政権を認める牽引車的役割を果たしたヨーロッパ評議会(Council of Europe)の存在意義は大きい。その1987年決議は、この問題に反する加盟国の憲法を改正させる規定まで盛り込まれている。そして、EC統合の92年には、定住外国人の地方参政権は、すべての加盟国で認められることが要求されているので、これが国際社会に与える影響はきわめて大きいものであると認められる。日本に定住するにいたった韓朝鮮人の歴史的背景、定住外国人の住民性と日本の真の国際化を考えるならば、日本でも、より積極的な進展が望まれる。
 ごく最近、統一前の西ドイツにおいては、外国人の参政権にとって画期的な事態が生じていた。それは、社会民主党(SPD)が緑の党と連立した革新政権を西ベルリンで発足させ、他の地域にも影響を及ぼしていた点である。これらの政党は、外国人の住民性を確認し、参政権を与える方向で動いていたからである。
 旧西ドイツでは、「国家権力は国民に由来する」として西ドイツ国籍をもたない外国人に選挙権を与えるのは違憲である、という主張に対して、SPDや緑の党は、選挙権は「国民」ではなく、「住民」に与えられるべきものであると反論していた。さらに、法律専門家の間でも、憲法(基本法)のいう「国民」は、国籍をもつ者と同一ではないとする意見も出ている。
 1989年、ハンブルク市が、さらにシュレスヴィッヒ=ホルシュタイン州が外国人に地方参政権を認めた選挙法改正に対し、90年10月、連邦憲法裁判所が違憲の判決をくだした。一見、定住外国人の権利をストップさせたかにみえる判決ではあったが、ドイツにおける従来からの普遍主義的な人権擁護の姿勢と、多民族、多文化の共生社会をめざす方向は失われていない。91年の州選挙で、統一ドイツの与党CDUが地滑り的な大敗を喫し、定住外国人の地方参政権を支持する野党SPD緑の党が連邦参議院の多数党になった。ECの統合がさらにそれを支えることになろう。
 ともあれ、定住外国人の地方自治体参政権については、今後、各方面でおおいに議論され、問題点を克服しながら前向きに推進されることが望まれる。これまでのところ、地方自治体参政権に対する積極的な反対は見当たらないようであるが、同じ土俵で取り組む建設的な議論ならば、おおいに歓迎したい。
 今後、それぞれの専門分野に討議を深めるべきであろう。ここで、三つの大きな課題をあらためて提起しておきたい。
 第一に、地方自治体の参政権は、住民自治の一部である。国籍法上、生地主義をとるアメリカに準ずれば、在日韓朝鮮人の八割以上(日本生まれ)は日本人としての権利を行使しているはずである。だが、日本が生地主義でないところから国籍問題が顕在するにいたったことをふまえておこう。生地主義をとらないヨーロッパ諸国における定住外国人の地方参政権は、かなり進んでおり、先駆的なものとして評価することができる。日本は、社会構成員としての定住外国人住民すらも当然のことのように排除しているが、それは住民参加を基礎とする地方自治法制に反する行為である。日本人側からみても、「三割自治」という悪評が残っているのは、為政者の脳裡に中央集権的発想が根強いからであろう。したがって、日本人全体としても住民としての市民権が確立されているとはいえず、「国民共同体」から「住民共同体」への発想の転換が必要である。こうして、内外人を問わず、住民がともに生きる場づくり、「住民共同体認識」の確立が日本人にとっても重要な課題となる。
 第二に、本来、参政権の基盤は納税者の発言要求にある。古くは、アメリカの南北戦争(1861〜5年)のとき、納税者の権利主張があったといわれるし、イギリスにおける「代表なくして課税なし」の原則もそれ以来一貫して認められているといわれる。日本で定住外国人として一定期間在住し、あるいは半永久的な生活を営んで納税の義務を果たしている者に対しては、その納税の義務に見合う権利として、当然、地方自治体の参政権を認めるべきである。そのさい、国際人権規約を批准した日本にとって、内外人平等の精神とはいったいなにを意味するのか、あるいは、「内なる国際化」や「人権の国際化」の具体的な内容がなにであるのかについて、真剣に考えるべきときである。すでにオランダでは、憲法第一条の「国民」が「住民」に改正され、スペインなどでは定住外国人に国会議員の選挙権すら認められている。
 第三に、国際社会に生きるべき日本人の体質改善、経済大国としての「哲学の貧困」を克服しなければならない。日本の総人口1億2千万人のわずか0.9%にもみたない定住外国人約108万人への地方自治体参政権を拒否する日本が、はたしてその目標とする国際化、国際国家を達成することができるのであろうか。つとに、経済大国としての犠牲不足が指摘されている。日本がたんなるエコノミック・アニマル集団なのではなくて、文化大国、人権先進国として発展することを祈る。
 1989年7月4日、日本の経済同友会(石原俊・代表幹事)は、外国人も住みやすい日本にするために、「外国人との共生を目指して」という提言を発表した。具体的には、初等中等教育に外国人との共生をめざすカリキュラムを組み、就職、昇進の機会均等をはかり、共生による新しい価値創造をめざすというこの意識革命の提言に、われわれはおおいに共鳴し、その推進を見守りたいのである。
 定住外国人も平等に生きられる共生社会の実現、これこそ日本が国際的に尊敬・信頼され、21世紀に世界のリーダーになれる基本的な条件である。



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X.政策提案と活動方針

〈政策提案〉

 日本国籍をもたず日本に在留し、生活の基盤が日本にある定住外国人は、日本人と共生する地方自治法第10条の住民である。それ故に、定住外国人に対して、日本における地方参政権がかれらの基本的人権として保証されなければならない。なお、定住外国人とは、日本に5年(国籍法第5条1項にある帰化の最短年数)以上在留する者をを妥当と考える。本会は、日本人と共生する定住外国人に地方参政権を保証するための法律改正を提案する。

〈提案理由〉

 1.定住外国人は、日本社会に生活の基盤があり、社会的生活関係が日本人と実質 的に差異がなく、日本人と共生する日本の社会的構成員で、地方自治法第10条にいう住民である。
 従って、憲法第93条2項にいう「その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」権利が、定住外国人にも認められなければならない。
 また、定住外国人は、日本の住民としてその負担を分任する義務を負い、納税の義務を果たしており、その納税の義務に見合う権利として、かれらの基本的人権としての地方参政権が保障されなければならない。

 2.日本は、国際人権規約B規約「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を、1979年9月21日に発効している。
 このB規約第2条1項において、「すべての個人に対して、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生または他の地位等によるいかなる差別もなしに」とうたわれており、定住外国人に対しても、いかなる差別もなしに、この規約において認められる権利が保障されなければならない。
 その権利の一つとして、同規約第25条に「選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において投票し及び選挙されること」が明記されている。従って、日本国は同規約を尊重し及び確保するために、定住外国人に地方参政権を保障しなければならない。
 外国人の人権を守ることは、同時に日本人の人権を擁護することでもある。外国人の人権を圧殺した過去は、日本人の人権を抑圧した過去でもあった。

 3.我々は、国際社会に生きるべき日本人の体質改善・経済大国としての「哲学の貧困」を克服し、真に国際的な文化国家・人権先進国として発展しなければならない。共に生きる新しい価値創造をめざし、定住外国人も平等に生きられる共生社会を実現しなければならない。
 その第一歩が、我々と共生する定住外国人に、地方参政権を保障することである。
〈活動方針〉

 1.金沢市に在留する定住外国人及び石川県に在留する定住外国人の実数を調査し、 彼らの生活実態を把握する。
 2.金沢市に在留する定住外国人の声を市政に反映させるため、「外国人市民代表者会議」の設置を求め、定住外国人が代表者を選び、その決議などを通じて自治体の政策立案にその意思を反映させる仕組みをつくる。

 3.市議会や県議会において、「定住外国人に地方参政権を与えるための法律改正」を意見書の形で国に訴える決議をするよう、市議会議員や県議会議員に働きかける。


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資料
日本国憲法

 第10条 日本国民たる要件は、法律でこれを定める。

 第22条 A何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

 第93条 @地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
 A地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

 第98条 A日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを確実に遵守することを必要とする。

国籍法

 第2条 子は、次の場合には、日本国民とする。

 一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。
 二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったとき。
 三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。
 第4条 @日本国民でない者(以下、外国人という)は、帰化によって、日本の国籍を取得することができる。

公職選挙法

 第9条 A日本国民たる年齢満20年以上の者で引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。

地方自治法

 第2条 @地方公共団体は、法人とする。
 A普通地方公共団体は、その公共事務及び法律又はこれに基づく政令により普通地方公共団体に属するものの外、その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する。

 第10条 @市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。
 A住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。

 第11条 日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の選挙に参与する権利を有する。

 第18条 日本国民たる年齢満20年以上の者で引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、別に法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。

 第19条 @普通地方公共団体の議会の議員の選挙権を有する者で年齢満25年以上のものは、別に法律の定めるところにより、普通地方公共団体の議会の議員の被選挙権を有する。
 A日本国民で年齢満30年以上のものは、別に法律の定めるところにより、都道府県知事の被選挙権を有する。
 B日本国民で年齢満25年以上のものは、別に法律の定めるところにより、市町村長の被選挙権を有する。

戸籍法

 第6条 戸籍は、市町村の区域内に本籍を定める一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。ただし、日本人でない者(以下「外国人」という。)と婚姻をした者又は配偶者がない者について新たに戸籍を編製するときは、その者及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。

 第13条 戸籍には、本籍の外、戸籍内の各人について、左の事項を記載しなければならない。
 一 氏名
 二 出生の年月日
 三 戸籍に入った原因及び年月日
 四 実父母の氏名及び実父母との続柄
 五 養子であるときは、養親の氏名及び養親との続柄
 六 夫婦については、夫又は妻である旨
 七 他の戸籍から入った者については、その戸籍の表示
 八 その他命令で定める事項

 第17条 戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者以外の者がこれと同一の氏を称する子又は養子を有するに至ったときは、その者について新戸籍を編製する。



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