土地本位制

−−『1940年体制』を読んで−−


日本の金融システムについて以前から疑問に思っていたことがあった。銀行の貸付け原資は預貯金であり、預貯金というものは短期的性格の資金である。数十年もの長期の定期預金を誰がするだろうか。せいぜい長くて5年定期ぐらいであろう。したがって預金というものは本来、手形・小切手や在庫投資などへの貸付けに向けられるべき性格のものであり、長期の設備投資資金や創業時の資本金というものは株式・債券などの資本市場で調達(直接金融)されるべきものなのであるが、なぜ日本ではこれらの資金が銀行により融資(間接金融)されてきたのだろうか。この疑問に対する解答らしきものが、最近発行された野口悠紀雄氏『1940年体制』は与えてくれているようである。

すなわち、1938年の国家総動員法制定に前後して制定された大東亜戦争の総力戦遂行のための経済諸法令が戦後も生き残り、更に外為法(外国為替及び外国貿易管理法)などで日本を金融鎖国状態にしてしまったとの指摘である。今日にいたるも「護送船団方式」などという戦時中の軍事用語が過去の亡霊ではなく実体をもって日本経済を支配してきた。そして産業の空洞化を埋めるべきベンチャー企業の資金手当を不可能とし、日本では大企業の子会社としてしか、ベンチャー企業は存在しえない仕組みを指摘している。
このことは必要以上に金融機関へ担保を用意しなければならず、個人住宅の用に供されるべき土地が担保として何の利用もなされずに放置されているという事態を惹き起しているのである。加えて国内における土地選好を助長し、土地神話をつくりだしてきた。

『1940年体制』では土地政策については借地法借家法を中心に問題を提起してあるが、せっかく金融を重要な論点としたからには以上の土地本位制にも言及してほしかったし、欲を言えば農地法はともかく、せめて都市計画法(都計法)国土利用計画法(国土法)については多少なりとも言及してほしかった。イギリス・ドイツ・フランス・イタリアなどとは何割しか違わない(このこと自体が多くの日本人には認識されていないようなのだが)日本の国土面積を広いとするか狭いとするかは別として、この日本の国土を山岳部(スイスの住宅地はこんな山岳部にあると思うのだが)で狭められ、残った平野部を農業振興地域(農振地域)で狭められている。

各市町村では都市計画図というものが用意されている。これを見ると都市部を中心にして都市計画区域が設定され、これを内側の様々な色(用途地域)に分けられた市街化区域と外側の白色または風致地区等の色に塗られた市街化調整区域に分け、市街化区域を一種住宅専用地域ほかの用途地域に、実質的に住宅建築可能地域を限定している。日本の殆どが建築不能か、実質的に融資(住宅ローン)不能の白色なのである。自己資金だけで、住宅ローンなしで土地を買い、家屋を建設・購入できる人間がどれだけいるだろうか。このように住宅用地の供給が制限されて地価の高騰が起きない筈がない。この様な状況をもたらしている元凶が上記二法ではないだろうか。ある短い一時期、フランスで行われたと言われる政策を食糧管理法と同様、後生大事に続け、担保価値の維持に一役を担ってきた。

バブルと、その崩壊は土地本位制による日本の金融システムの限界と異常性を示した。早期に資本市場を世界の常識にマッチさせねばならない。ただ「小さな資産を有する家計ほど保守的なものはない」との氏の指摘は心に重い。

1995年9月



「ドイツまちづくり情報」などのページもある阿部成治氏のページ

できればあなたの意見を聞かせて下さい。
mailto:nkgw@knz.fitweb.or.jp