北欧神話


小学館・日本百科大辞典より各文末は執筆担当者

北欧神話

元来は北欧(スカンジナビア)と限らず、キリスト教が流入する以前のイギリス・ドイツなどを含めた全ゲルマン民族に共通の神話で、ゲルマン神話とよぶべきものである。ただイギリス・ドイツなどではそれが早くくずれたり失われたりし、北欧に比較的に完全にのこったもので、このよび名がしばしば用いられる。
ギリシア神話と並ぶもので、想像力も雄大であり、種類も比較的多く、おもしろい。ギリシア神話にくらべると恋愛的要素が乏しいかわりに、悲壮なまでの戦闘的精神がつらぬかれている点、悪の力が強大であるに応じて倫理性も強い点、粗野なまでの豪快なユーモアに色どられている点などに特色がある。
知恵にすぐれた主神オーディン(ウォータン・ウォーダン)をはじめ、さまざまな神や従者が、宇宙をつらぬいてそびえる巨樹イグドラシル(宇宙樹)の上部にある神々の世界アスガルドにいる。その木の中央へんに人間の世界があり、地下には侏儒(こびと)が住んでいる。他方、氷寒世界・炎熱世界などがあり、そこには霜の巨人、炎の巨人などが住み、また大地をとりまく巨大な海蛇、途方もない巨大なオオカミなどがいて、神々と人間の世界を滅ぼそうとねらっている。
そこでおこるさまざまの事件や戦い、最後に邪悪な神キロが神々を裏切って巨人や怪物と組み、両軍は決戦して共倒れになり大地は海中に没していったん滅びたのちに再建される話や、天地の創成・人間の創造の話、それらが『巫女(みこ)の予言』という古い叙事詩をはじめ『エッダ詩編』のいくつかでうたわれている。アイスランドのスノーリ=スツルソンの散文『エッダ』にほぼ集大成されている。

山室 静

エッダ
Edda


北欧の古代神話および英雄伝説の集大成。語義は明らかでないが、「知識」「大いなる母」などの意味と解されている。
韻文と散文との二種類があり、韻文のものは『詩のエッダ』または『古エッダ』とよばれ、11世紀のアイスランドの学者セームンドの集録になるものと伝えられ、1643年に発見された。散文のものは『散文のエッダ』または『新エッダ』といわれ、アイスランドの学者スノーリ=ストゥルソンが1230年に著したもので、前半は『古エッダ』の内容の要約、後半は作詩法を説いた詩学書である。収められた神話・伝説の数は30編あまりで、多くはノルウェーで形づくられたらしいが、なかにはアイスランドやグリーンランド起源のものもあるといわれる。
天地創造神話や神々と巨人との闘争など、壮大な物語が含まれ、ギリシア神話と並んでヨーロッパの二大神話をなしている。
特徴として、ギリシア神話では愛と善の力が勝利をえるのに対し、『エッダ』の北欧神話では善悪二力が対立抗争に終始し、ついには凄惨な戦いのうちに両者がとも倒れになって世界が滅びるという世界滅亡神話さえ生まれていることがあげられる。
神話以外の英雄伝説には、『フェルンド物語』、ドイツ中世の叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の最古の形を示す『シグルトの歌』などがあるが、神話にくらべて独自性にとぼしい。

山室 静

ニーベルンゲンの歌
Das Nibelungenlied


中世ドイツ最大の英雄叙事詩。オーストリア出身の家士(最下級の騎士)によって1200年ごろ書かれたというが、作者名は明らかでない。
全部で39章からなり、前半19章では、ブルグント王の妹クリームヒルトの夫ジークフリートが、王の重臣であるハーゲンによって、謀殺されるまでの顛末が語られ、後半20章では、その後フン族のアッチラ王と再婚したクリームヒルトが、ハーゲンに対するあだを討ち、みずからもたおれてブルグント族が滅亡するまでの物語がうたわれている。
キリスト教化される前の古代ゲルマン人の英雄歌謡を集大成した叙事詩で、描写のなかにみられるキリスト教的・騎士文化的要素にもかかわらず、古代ゲルマン人の悲劇的な宿命感が強く脈打っている。
ドイツが生んだ最高の文学の一つに数えられ、これに取材してワグナーは、楽劇『ニーベルンゲンの指輪』をつくり、ヘッベルは『ニーベルンゲンの人々』を書いた。

国松孝二

ニーベルンゲンの指輪
Der Ring des Nibelungen


ワグナー作話・作曲の楽劇で、四つの楽劇を通じて、一つの物語を述べている。その四つの楽劇は「三部作」とよばれ、前夜祭『ラインの黄金』(一幕)・第一夜『ワルキューレ』(三幕)・第二夜『ジークフリート』(三幕)・第三夜『神々のたそがれ』(プロローグと三幕)からなり、ゲルマンの神話に取材している。
この劇の中心である指輪は小人種族ニーベルンゲンの宝で、ラインの河底の黄金からつくられた。天上に住む神々の支配者ウォータンは、その黄金を地下に住むニーベルンゲンから奪い、ワルハラという城を築いてそこに住むが、地上に二人の子をつくり、その二人は夫婦関係を結ぶ。ウォータンの子のひとりブリュンヒルデは新しい民族の英雄ジークフリートをみごもった女を救うが、ジークフリートは育って勇敢な若者となり、大蛇を殺して指輪を奪い、山奥の炎の壁のなかに眠るブリュンヒルデを目ざめさせて妻とする。ジークフリートは修業の旅にでるが悪人の手に落ちて殺され、神々は滅亡し、洪水のために指輪はラインの川底にもどる。
この大楽劇は創作に26年をついやし、1876年バイロイトにワグナーが建てた祝典劇場で初演された。今日でも、バイロイトで毎年開かれるワグナー祭の主要なだし物になっているほか、四部それぞれに含まれる準独立的な管弦楽曲は、一般の音楽会でもよく演奏される。

堀内敬三