deutsch


ゲルマン人(Germanen)の起源については古来定説がなく、あるいは東方人、あるいは森に住む者、隣人などと解釈しているが、別に根拠はない。おそらく一種族の名であったものが、民族全般の名にまで包含範囲の拡大を行ったのではなかろうかとも推測されている。もっとも信頼してよい説は Theodor Birt (Marburg) の説で、ローマ人はドイツ人の先祖を germani Galli (純粋ガリヤ人)と名付け、シーザーの治下に屈服したガリヤ人と区別していたという。すなわち純粋な形の形容詞 germani から Germanen ができたという説である。

これに反して起源の明瞭なのは deutsch である。その意味するところは volksmäßig, volkstümlich, völkisch なのである。八世紀末の文書に見られる theodisca lingua がドイツ語という句の最古の物だと Kluge が言っているが、当時はまだドイツ民族は自己を theodiscus と呼んだのではなく、それぞれの種族が Sachsen, Friesen, Franken などと各自に呼んでいたのである。しかしこの theodiscus から由来した ahd.diot, mhd.diet が『民族』の意味となり、『わしが國さ』というなつかしい調子を含んだ deutsch という語となったのである。この語から派生して低地ドイツ語では dütsch と言い、英語では dutch となってゲルマン民族の一部なるオランダ人を指している。
近世ドイツ語でも十八世紀までは teutsch と綴っていた。ドイツ國という名称も新しくできたもので、十五世紀においては Teutschland という複合語もあるにはあるが、das teutsch(e) Land とも称していた。十七世紀以来現在の形が一般に用いられるにいたったのである。

こういう事情から人名においてもはやくから diot に関係ある名がえらばれ、Dietmar, Dietbald, Dietrich などができて、いずれも國光、邦夫、民雄などのたぐいであり、さらにこれをギリシャ風にして Theobald, Theoderich などとした人もある。

deuten (解釈する)は deutsch をもって、したがって自国語をもって、一般にわかりやすく、述べるというところからきたのであって、古くは学者がラテン語を日用語に用い、庶民にはわかり難かった事もあわせ考えられる。
bedeuten, bedeutend, Bedeutung, andeuten, deuteln などはこれから派生したものであるが、なかでも deutlich (明瞭な)は deuten の原意から派生したものであって、
	Rede deutscher! (Schiller, Räuber, IV.5)
Rede deutlicher! の意味であることも、先に述べた説明から異論はないであろう。


渡辺格司著 ドイツ語・語源漫筆(大学書林)より