ASEAN、EUそして国連

−− 連邦主義インターの提唱 −−


平成7年7月28日、東南アジア諸国連合(Association of SouthEast Asian Nations)にベトナムが加盟し、ラオス・カンボジア・ビルマの加盟も想定したASEAN−10の構想が、輪郭を表わしてきた。これによりアジアはASEANと中国、そしてインドの3つの地域・勢力が鼎立する図式が見えてくる。そしてASEANが連合(Association)から連邦(Federation)へと変貌していくのではないかという予感がする。というのはASEANが宗教や歴史の相違、そして現時点では社会主義という異なる政治体制を抱えてはいるが、ECSCからEEC、ECを経てEFTA諸国も吸収しながらEUへと歩んできたヨーロッパの動きを参考に巧妙に消化していっていると思われるからである。そして、かって体制を異にした東欧諸国のEU加盟も目前に迫っているからである。

EUの発展過程は一つには、主権を持つ政治主体が関税同盟により域内のモノ・カネ・ヒトの動きを自由にし、実質的に国境を撤廃し、単一通貨の発行という、ドイツの過去200年の歴史に、見事に符号している。平行して軍事力の扱い、各警察の連携、欧州議会とその選挙・選挙制度等々、その意味でEUの目指す所は、まさに一つの連邦共和制であり拡大ドイツであると言っても過言ではないと思えるのである。そしてEU官僚の中央集権化や国家主権の移譲に抗うイギリスのサッチャー派などは、かつてドイツでプロイセンのユンカー支配に抗ったバイエルンなどの諸邦を髣髴とさせはしないだろうか。

連邦制を考えるとき、脳裏を離れない国にスイス連邦がある。ドイツ連邦が様々な部族を母体としているとはいえ、ほぼ同じドイツ民族の国であるのに対し、スイスはヴィルヘルム・テル伝説で周知のとおり、ハプスブルク家オーストリアの悪政から独立(1291年)したウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの原始三州の連邦に、周辺の現ドイツ・オーストリアの諸地域から、或いはフランス・イタリアから様々な町や村が独立してスイス連邦に加盟していったのである。旧共産圏の二大国にはこれに応じがたい大きなシコリが残っているが、このスイスの成り立ちを日本の周辺にたとえれば、琉球列島、場合によっては九州までが日本から独立し、中国から独立した台湾などと東シナ海連邦共和国などというものをつくっても、壱岐・対馬と済州島などや、北海道と樺太・千島列島などが現在の国境線を超えて別の連邦国家となっても不自然ではないと思えてくる。

ともあれ、政治体制も国境の在り方も経済の発展過程で変化していく。経済の発展は規制や統制から生まれるものではなく、個人の自由と人権に基礎を置かざるをえない。今日の日本の混乱はこの不完全さによるものではないだろうか。国家などの全ての主権は神から授けられたものではなく、この個人の自由と人権からの委任・委託からスタートする。税の流れも、議会と選挙そして政党のあり方も、また法律の細部にわたるまで、この委任・委託の流れに沿うものでなければならない。国家は主権移譲の出発駅でも終着駅でもなく、単なる途中駅に過ぎない。国連の改革もこの流れのなかに位置付けられねばならない。これを「連邦制の原理」と呼び、「連邦主義インター」の結成を呼びかけたい。この原理が加盟各国の地方末端までの共通原理として条約化され批准されるべきものと考える。そして我々もこの「原理」のもとにASEAN、中国、インドさらには韓国などの各構成地域とともに連邦議会・政府を共有する日を迎えたいものである。


つくば市の「日本連邦宣言」
アセアン・センター

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