立山カルデラ砂防体験学習
'06年10月13日
白岩砂防ダム
立山の荒々しい一面を見学してきた。
立山黒部アルペンルートのすぐ隣だが、一般には立ち入ることができない。
ここは、1858年(安政5年)4月、立山の西端を走る跡津川断層の活動によって、マグニチュード7前後と推定される直下型の大地震が飛越地方を襲い、立山カルデラの内側斜面が各所で崩壊した。
鳶山の大崩壊などで、約4.1億立方mにもおよぶ膨大な量の土砂が崩れ落ち、立山カルデラの一部と渓谷を埋めつくした。
その後しばらくして、この大量の土砂は二度にわたって土石流となって富山平野を襲い、多くの人命と家屋、田畑が被害にあった。
今日も立山カルデラ内に残る膨大な土砂は、常願寺川下流部に位置する富山市街地にとって大変危険である。
このため、現代土木工学の粋を集めた砂防工事が、明治以降今日まで続いている。また、崩壊の危険と、工事車両が常に行き来していることから、一般の立ち入りが今も制限されている。
跡津川断層
今回は、今年最後の見学会であるとともに、紅葉の時期とあって申し込んだ。
秋晴れが期待される中、砂防博物館前に集合し、バスで折立経由で立山カルデラに入った。折立からが規制区間である。最初に見学したのが跡津川断層である。花崗岩の地層と礫層の地層が明確にわかる。


有峰トンネルをくぐると工事エリアに入ることから、ヘルメットの着用が義務付けられた。

解説員からカルデラについての説明を聞く
六九谷展望台では、1969年8月の豪雨で安静の大地震で埋め尽くされた土砂が激しく削られ、荒々しい谷かできた多枝原平(たしはらだいら)と六九谷(ろっきゅうだに)が一望できる。晴れた日には、新雪を抱いた北アルプスの峰々が望まれるはずであったが、残念ながらガスが出て雄大なパノラマを見ることはできなかった。
土石流を防ぐためには、砂防工事と川床工事、それに緑を復元する山腹工事などからなっているそうで、今回見学したところも緑に覆われつつある。

立山温泉跡地。庭園跡と奥には浴場跡が見える。 立山温泉は、69年の豪雨まで営業され栄えていたが、弥陀ヶ原からのルートが流されたため、今は廃止されお風呂の跡や庭園の跡が残っているだけである。その跡地で昼食を取りあわただしく次の見学地へ向かった。


次の白岩下流展望台からの砂防工事の景観は圧巻であった。弥陀ヶ原台地から垂直に削り取られているように感じる。その下に水谷平の工事事務所が望まれ、ここまで立山駅横の立山砂防事務所から工事用トロッコが運行している。延長18Km、標高差640mをスイッチバックを繰り返しながら1時間45分で結んでいるそうだ。


真下に見える白岩砂防ダムは、不安定な土砂をカルデラの出口で押さえ込むために建設された、常願寺川の砂防計画の土台となる砂防施設だそうで、その効果は1969年の災害の時にも発揮された。


白岩砂防ダムは、最初富山県によって着工されたそうだが、完成直前の土石流により一部を残して崩壊・流失してしまい、その後は、国の直轄事業として1939年に完成した。本ダムの高さは63m、7基の副ダムを合わせると落差は108mとなり、ともに日本一の高さだそうである。


最後に、この工事現場の方々が作ったという天涯の湯の足湯で疲れを取って帰途に着いた。
この工事の重要さを改めて実感した一日であった。