越中八尾曳山祭('10.05.03)

連休の真っ只中、越中八尾の曳山祭りに行ってきた。
今回は招待を受け、曳山の魅力、文化価値を見てもらいたいとの趣旨から、山車の上にも乗せていただいた。
はしごをかけていただいて登ったが、その高さは、民家の2階座敷と同じ高さになる。
下では笛、太鼓などの囃子が演奏され、太鼓の響きがお尻から伝わってくる。
街角で方向転換するときには、若衆が後を持ち上げるようにして一気に曲がる。
車輪がきしみを上げて横に滑っていく。山車の下には、回転用の車も付いているらしいが、それを使っていては威勢良さが出ないということらしい。
豪華な山車を定期的に整備しては、毎年の祭りで少しずつ壊していると古老が笑って言ったのが印象的である。

夜の提灯山車を見ようと改めて夜の8時頃に訪れた。
若衆はまだまだ元気だ。日中に保存会の方に聞いたが、この日の若衆たちは酒をほとんど飲まないそうだ。
飲んでいては、この重い山車を動かせなくなってしまうらしい。
その代わり、祭りが終わり、山車を納めた後は、大宴会になるらしい。





山村に春が来た(富山県八尾町、利賀村)

富山県の八尾町(現在は富山市)。越中八尾おわら風の盆の町として有名だが、春の祭りはこの曳山祭で賑わう。
江戸時代、あの前田百万石の分家である富山藩の城主が、藩の経済を支える蚕や和紙で栄えた町衆に与えたものだそうである。
名匠の技と粋を集めた豪華二層人形屋台は、高山の祭にひけを取らない。
祭が終われば、曳き山会館に一部の屋台がそのまま展示され、いつ訪れても見ることができる。

今回は祭り当日ではなく、翌日の展示館への搬入の儀式を見学した。
県内には、この時期、高岡、伏木、城端などいくつかの曳山を見ることができる。しかし、これらは加賀前田家百万石の領地である。
分家筋の富山十万石の領地である八尾の町でこれだけのものを与えるには、富山の殿様も八尾の町衆を懐柔するために、かなりの無理をしたのではないだろうか。

次の写真は、07年5月3日の祭り当日のものである。



八尾の町からひと山越えると利賀村(現在は南砺市)である。利賀村の春は、この獅子舞とそば祭りで幕が開く。

このように大きなムカデ獅子は初めて見た。待ちわびた春を若衆や古老達が心と体を躍動させ、喜び分かち合う姿は、こちらの気持ちも弾ませてくれる。

しかし、あまりに観光客が多かった為か、お昼のそばを食するのに2時間もまたされたのにはさすがにまいった。

食事の後は、そのイライラを解消するために瞑想の里に寄る。極彩色で精緻に描かれた曼荼羅の絵は、壁面いっぱいのチベット画家によるものだが、曼荼羅の意味するところは難解であり、私には、山々の緑が瞑想に一番であった。