あんまり反響がないと思っていたのに、いろいろとメールが来た。許可の取れた一部をこれから紹介していこうと思う。不都合があればおっしゃってください。PRめくものもあるが、バランスを取るために載せてある。
【中山 亮守さん=その1】
このホームページは時々のぞきに参ります。いつもおもしろく拝読しております。
さて私は、一昨年まで東京で、父が開いた個人経営の学習塾を引き継いで経営しておりました。そこでたくさんのお子さん達をお預かりしていましたが、その中に、大変困った子供達の一群がおりました。
私どもの塾は、父が現在の学校教育では学問のおもしろさや解き明かすときめきを子供達に触れさせることが出来ないと確信したことによって設立されました。学問のおもしろさや美しさに触れさせたい、そう言った学問のエッセンスを楽しませ、考えることのおもしろさを教えたいということを教育方針にすえた塾でした。ですから、指導の主眼は、「過程を考えること、なぜそうなるのか、どういうからくりがそこには働いているのかを自分で見つけようとすること」に置かれました。
今まで塾に通ったことがないお子さんは、十中八九、塾の勉強を面白がってやってくれました。他の塾に通っていた子達も、ほとんどは、うちの塾の教え方になじんでくれました。そのせいか進学実績も悪からず、そちらに着目して入学してこられる方が多かったのにはなんとも苦笑したものです。(自画自賛めきますが、考える力さえしっかり備わっていれば、受験勉強などは国立や御三家でも1年半もあれば十分すぎます。)
しかし、ある一握りの子達は、大変指導に時間と手間がかかりました。彼らは「なぜ」という問いを持つことを面倒がり、早く答えの出せる技術だけにこだわり続ける子供達だったからです。決まった解き方に当てはめて、早く答えを出すこと。「じゃあ、なんでこれで答えが出るんだい?。君はどういう考え方をしてこの式を立てたの」と、正解の並んだ算数の文章題のプリントを前に聞き返すと、彼らはみんなとても嫌な顔をしたり、あるいは質問の意味が分からないと言うようにきょとんとしたものです。この子達は教えなくても公式が使えるのに、「公式に当てはめて」以上の説明を自分が書いた式に対してすることが出来ませんでした。
彼らはみんな、一人も残さず、公文式の経験者達だったのです。
これは恐ろしいことです。「一人も残さず」などとは、通常目の当たりに出来るものではありませんが、本当に誇張なしに「一人も残さず」だったのですから。
本来備わっているセンスや才能も、小さいうちに駄馬の尻をひっぱたくようなやり方にさらされてかなり磨滅します。特に、「論理の全体のアウトラインを見通す(見当をつける)能力」においてはなはだしい悪影響があると言わざるを得ません。公文式の大半の子が高校内容にはいると挫折するのは、理屈を組み立てる能力を使わずに力技だけで押しまくる学習方法に付いていけなくなるからです。人間はもともとものを考えるように脳が作られていますから、こんなものは、付いていけない方がまともに育っているとさえ言いたくなるようなものです。
今回、公文式に関する文を拝読しまして、こういう現象のあったことをお教えしたく、また、ご子息の知的成長にとっては教室が閉鎖されたことや宿題をやらなかったことは大変に喜ばしいことであったと申し上げたく、一筆差し上げた次第でございます。
□ 【中山 亮守さん=その2】
家の事情で塾を辞めざるを得なくなり、それ以来たまに家庭教師をしたり以前の生徒さんからの質問にFAXで教えたりする以外は、教えることから遠い昨今です。それだけに、金川さんの公文式へのお悩みは、かつての親御さん達の悩みと重なって強く心に響き、一筆差し上げたのです。
おそらくこういう悩みを持つ方は多いのではないかと思います。そして、公文式の一番の問題点は、「努力さえ続ければ誰でもこの方法で成功する」と思いこませ、ひるがえって「だからのびないのは努力の足りないだめなヤツ」と子供達と親たちの両方を成功者と落伍者に二分してしまうところにあります。
しかし知能の発達の3類型を引き出すまでもなく、子供というのは、そんな単純なものではありません。公文式は、「小学校で微分ができる子供」を喧伝し、力技のきく子供の方がそうでない子供よりも価値がある、と思いこませ、力技で解くのに向かないタイプの子供(考え方からはいりたがる子供など)と親たちに深刻な挫折感を植え付けてしまいます。本当に重要な、「その子は微分という概念を理解しているのか」ということをすっとばして。(蛇足ですが、微分は計算そのものはまったく難しくありません。ただ、たいていひっかかるのは、微分という概念、近似するという考え方の部分なのです。高校で微積が難しく感じられるのは、この概念のひっかかりやすさと計算のやさしさのギャップが大きいと思います)
ただ一つだけ公文式のよい点があったとすれば、それは「計算が速く正確に出来る」ということだけです。これはこれで大切ですが、その程度のことならばたいていの塾でフォローしている上に、家で2冊余計に計算ドリルを買って解けばすみます。コンピュータがこれだけ発達している昨今、大人になってもしょっちゅう役に立つ能力ではありません。
【ItouTomokoさん】
「公文式...」は、やってなくてよかったと思わされました(^^
私塾ももうコンビニ状態なのでしょうか...
誰でも店長になれて、商品管理もマニュアル通りや人任せで、お客のことなんか考えてない...特別なことをしなくても需要があるのでやっていけてしまうコンビニのように思えました。
私自身、学習塾に行かないで、そこそこの高校に進学できましたし、大学入試の時も、美術系なので入試用のデッサンを習いに、一般的に最低1年は行くものを半年で受かったので(本命ではありませんでしたが)、私塾や予備校といったものに必要性はほとんど感じていません。
大幅にその時の自分以上のところを狙わなければ良いだけだと思うのですが...
近所に1回もそう行ったところに通わずに京大に行った同級生がいるのですが、勉強というものが好き嫌い、できるできない以前の、やって当たり前、予習復習は生活習慣の1つ、というような生活環境や育てる親の基本的な考えというのが大事なのでは、と思います。
ホームページ拝見いたしました。 育児のことなど、自分と照らし合わせて楽しく読ませていただきました。
私も、最初の3ヶ月、おっぱい・オシメ・抱っこ(寝かす)の3拍子の繰り返しに、「育児」というよりは「飼育」のようだと思いました
私の育児日記は自分でも観察記録のようだと思っております。 当初、子供のいる友人には、「最初の3ヶ月がいちばんきついけど、それをすぎれば楽になるわよ」と言われましたが、私の実感としては、おっぱいさえあげていればよかったはじめの3ヶ月が一番楽だったと思います。
息子が4、5ヶ月ごろから「飼育」が「育児」に格上げされ、いろいろと迷うことが多くなりました。
七田式の件ですが、「英才教育が大きな産業になっていて、企業の論理で進められていることを忘れてはいけない」とおっしゃられていますが、実際そう思わされる経験をしました。
というのは、七田式のトライアルに参加したときのことですが、息子はあまり先生の方を見ずに、キョロキョロと教室を見まわしたり、ジッと照明を見たりしていました。よく言えば用心深い、実際は臆病なところのある子なので、普段から知らない場所に行くと落ち着かず回りを(よく言えば)観察しているので、いつものことだと思い特に気にもとめていなかったのです。 が、翌日その先生から電話があり、「(うちの息子が授業に集中していなかったけど)がっかりしないでください」と言うのです。また、それは「お母さんとの普段のコミュニケーションが足りないせいだ」とか、「このままでは人に興味を持てない引きこもりや自閉症の子供になる」とまで言うのです。その時は、なんかとんでもない飛躍をする先生だと思ったくらいでしたが、実は私も後ろめたいことがあった(息子が5ヶ月の頃、父と妹に来てもらい彼をみてもらって大学のサマースクールをとっていたので、忙しくてあまりかまってあげられなかった)ので、だんだん気になってしまったのでした。
確かに一緒に参加したほかの赤ちゃんより、うちの息子はあまり笑わないし、反応も鈍いような気もするのです。
でも、今は、心からそれは個性だと思えるし、あの先生の電話は、勧誘の手口だと言えます。そして七田では入会してからも、発達
度チェックなどをやってその子が標準より進んでるか遅れてるかなどを評価し教育ママ心を煽ります。やはり向こうもビジネスです。(今から他の子と比べるなんていやなので、私は提出していませんが。) 最近はフラッシュカードなんかより本物のを見せた方が絶対良いと思い大学での勉強と重なってることもあり、美術館に通って息子に絵を見せています。(実際彼は、絵よりも照明を見ていることのほうがおおいですが。) と、ここまで思っているのに、まだ七田式に通っているのは、親ばかというか、人と同じことをやっていないといけないんじゃないかと思ってしまう私の弱さからという感じです。
でも、今後は、より客観的に様子をみてみることにします。
私は小さい子供に接する機会が少なかった上、母もすでに他界し、育児に関しては育児書や雑誌などの情報に頼ることが多いのですが、それも最近ではあふれんばかりで、何を信じていいのやらといった感じです。
そういった情報を取捨選択しなくてはならないのは自分なので、振りまわされないためにも、しっかりしなくてはと思います。
------アメリカ在住のAさん
小学一年生の女子をもつ母です。
ひとけたの計算で躓いている子どもを見て、では、一緒に勉強してみようと教え始めたのですが、昔、家庭教師をした経験があるにも関わらず、自分の子どもとなると、どうしてもエキセントリックに教えてしまう自分に愕然としました。その時、公文をやっていた友達から、ちょっとしたこつのようなものを教えてもらいまして。それを教えたところ、途端にできるようになってしまったのです。
それはもう魔法のようでした。以前から、計算は公文だと聞いていまして、算盤を教えるのと同じ感覚で、ちょっとだけ通わせればいいんだとも聞いていました。
しかし、どうしてもどこか違和感を感じていて、私としては二の足を踏んでいたのです。
それがなぜなのかはわかりませんが。やっぱり小学生のうちは、学校の勉強で十分だと思う気持ちが強かったせいかもしれません。
あとは、詰め込みではなく、自分で疑問をもち、解決していく喜びを持ってもらいたいと思ったからかもしれませんね。
しかし、それにしても、この「魔法」には驚きました。そして、かなり心が動いたのも事実です。
そこで、今の公文はどんなもんなんだろうと調べているうち、貴方のHPを発見した次第です。今は、ベネッセのチャレンジをやっています。
これを週に二日程度の割でやり、あとは毎日わたしの自作の漢字やひらがなのおけいこのためのプリント、簡単な計算のためのプリントをやっています。
いつまでこんなことが続けられるかわかりませんが、貴方のHPを拝見し、勇気づけられました。私自身の経験からすると、本当にハードにやらなくてはならないのは、中学生からで、小学生のうちは基礎になる体力作りや友達との遊びのほうが大切だと思うのです。
ただし、中学になったとき、本当にハードにできるだけの習慣は作っていたほうがいいとも思います。つまり、30分でもいいから、机の前に座って集中できることです。その点、公文はブロイラーを生産するところのように思えてならないのです。
魔法の誘惑には負けないことを決意しました。
ありがとうございます。
(匿名希望です)
他の事で検索していたら、金川さんの公文式についてのエッセイがでてきました。
あれ?どこかでみたような名前、、と思ってたら、やっぱり金川さんでした。
公文式、うちも長男(小1)にやらせてます。今は国語だけですが。。先生はいい方だし、本もおかげで好きになって、いつも2冊くらい公文の教室で借りてきたり、読み聞かせとか、音読タイムもあるので、国語だけは続けさせてます。
さて、公文式の算数なんですけど、1年生から算数をさせはじめて、2学期後半から、あれ?と思うようになりました。学校から返されてくる算数のプリントに、長男は答えはあってるのに、式がおかしかったり。。ということが何度かありました。これは、文章題をしっかり読んでいないと思いました。また、イコールの記号を書き忘れたりということもありました。〔公文のプリントは、すでにイコールがかかれているので、イコールを書く癖がついてなかった(^^;)ということです。〕多分、数式ばかりがずらっと並んでいる公文のプリントを(さぼりながらなのでちっとも進まない)思いうかべ、あのプリントをやる癖がついてしまったら、ただでさえ注意力散漫な我が子はこの先学校で算数ができない子になってしまうと思いました。というわけで、12月で算数はやめて今は国語だけにしています。算数の方は、知人の紹介で ”でき太の算数”という文章題が豊富でわかりやすいプリントをさせることにしました。公文のプリントよりも楽しいようです。 これでいくと、月平均40枚やれば、約5年で小学校算数が修了できるようです。 解答つきで月3000円(解答なしなら2000円)なので経済的でもありますが、はたして、続くかどうかは親次第なのかも。。(親も根性がいります)で、公文について私のような疑問をもった方が多いのか、最近では、教材会社から電話がかかってきて、私の感じたような公文式の弊害等をひっさげ、当社の教材を、、というのがありました。蛇足ではありますが、カナダ人の友人は、公文は、アメリカの学習システムだと思ってそうです。子どものおけいことか、学習参考書の販売等、小学生の母1年目にして、いろいろ学ぶことが多いですね。
一言付け加えさせていただくならば、私も特に公文には恨みも何もないので、あれだけワールドワイドに広まっているのだから、いい面もあるはず(?)かなとも思います。アラビア語圏はないようですが。。
とりあえず、私の場合は、わが子の性格には公文式の算数はあわないということはわかりました。早く気づけてよかったと思います。
本当は、国語よりも算数をさせたかったんです。公文式といったら算数ですもん。私は、算数が苦手で、苦労したので、子どもにだけは、、(泣かせるでしょ。)と思い早くから公文に行かせました。これから、他社のプリント学習となりますが、続けることができるかどうか疑問です。
理想としては、毎日2枚〜4枚程度ずつですが。。でも、幸いなことに、ちょっとしたミスはあるものの、学校でのプリントは殆ど満点です。(1年生だから当然といえば当然かも)理数系の主人の血が流れているからかも。。(そうであって欲しいものです)
でも、本当は数学って面白いもののはずなんですよね。 大学の時一般教養で数学をとらざるをえなくて、世界でも5本の指に入るらしい先生の授業を受けたのですが、すごく面白いものかもと大学に行ってはじめて思いました。もっと小さい頃にこの先生に出会ってたら、もっと数学が好きになってたかもしれません。やっぱり、その分野をきわめた人は、数学が好きで好きでたまらないわけだから、そういう人に子どもも算数を習うことができたらいいのにと思います。
【オフィーリアさん】
こんばんは
子供を公文教室に通わせている母です。
いろいろな意見を読ませていただき、なんだか気が滅入りました。
子供を公文教室に入れた理由は、いろいろありますが、ここで書くと、長くなるし、お子さんを教室に通わせている人は、それぞれの考えが,あるので、理由は、よしとしましょう。気が滅入ったままだと、いけないので、公文の良いところを見つけることにしました。
本当は偶然、発見しただけなのですが・・・「継続は力なり」すでに、理解は、しておられると思いますが、私なりに考えると公文教室は、「三日ぼうず克服学習法」なのです。
>>考えてみれば公文が続けられる子どもは公文に頼らなくても自習ができる子どもなのだろう。<<
上記のことが,書かれていましたが、親の私は、そうじゃないのです。
まさしく「三日ぼうず」そのものです。それなのに何故4年以上も学習させていられるか。それが、公文教室の良いところです。三日ぼうずの原因 〜1.脳内ホルモン説〜〜 2.生体リズム説〜
上記の脳内ホルモン説克服に、関係するのが、週2回通う公文教室には、あると思うのです。
・よいとわかっていても なかなかできない。怠けずに続けてもらうために相手をする人間をつけている。
・人は、自分のためだけだとなかなかよいとわかっていることでもできない。しかし、人が見ているとか人が、喜んでくれる、人のためになると思うと,そのことじたいが快感なので一生懸命にやるようになるのです。----「脳内革命」脳から出るホルモンが生き方を変える 春山茂雄 より-----
ほかにも、「承認の欲求」が満たされたりなど、ありますが、これは、間違うと恐怖心につながることなので、ふれません。※つまり、先生は、教えるためではなく、続けるためにいるのです。
もう一つの原因、生体リズム説には、任意時間に行くと言うことが、当てはまると思います。
お子さんの通っていた教室は、3人だけなのに何故、時間を絞ったりせずに教室を開いたいたのでしょうか?先生の意図はわかりませんが、これも三日ぼうず克服に役立っているのです。やる気などが、低下している時間には行かず、やる気が出たときに行っくことによって、継続しやすく習慣となるのでは,ないのでしょうか。私なりの考えを書き連ねましたが、皆さんは、どう思いますでしょうか。
私は、子供達を送り迎えすることによって、いつもガミガミしてしまう自分を先生のいつもニコニコ誉めて下さるのを見て反省しながら、自分も何かを教えてもらっている気がします。
匿名希望ですが、掲載されても良いです。
お返事ありがとうございます。
本当は、掲載してもらうようなメールをしたかったわけじゃないのです。
やめて良かった?公文式をよんで、ひとつ気になったのです。
先生が、どうであったにせよ。お子さんが、やる気があって、はじめたころより成長が、少しでもあったら、それを誉めて、あげるべきだと・・・
そして、出会えたことに感謝すべきだと・・・(良いことも、悪いとこもわかったでしょ)そして、何の教材でも、どんな学習法でも良いから、続けられるのが、良いことなのだと言うことを・・・
あくまでも、学習方法・教材は、こちらが利用しているだけであって、子供にあった、やり方を親が、見つけてあげれば、良いのでは、ないでしょうか。
うちの子も、宿題をやらずに行ったこともたくさんあります。
無理そうだと思ったら、学習教科を変えたり、教材をひとつもどしてもらったり、飽きてきたと思ったら、毎日5枚づつして、4ヶ月で、教材を進めたこともあります。
これは、しんどかっらたしく、そのあとは、毎日1〜2枚程度の宿題にしてもらいました、
一度も、宿題をしなかったら、忘れて当たり前の子供にしてしまいます。
量を減らしてもらって、宿題を毎日がんばった、達成感をあじあわせてあげて、ほしかたです。公文には、キレル子がいないと、先生が、おしゃっていました。
感謝の気持ちを忘れ、自分さえ良ければ・・・と言う考えなのでしょう。
そして、その押さえが、きかない。つまり、がまんを知らないのでは?公文OBの話を聞くと、勉強に対して良かったとは、あまり聞きません。
そのほかのことも教わることが出来るよ。と言います。それは、我慢して続けることです。
自分が、何かやろうと思ったときに、自身がもてる。
社会に出たとき、特に男の人は、会社で家族のために働くのです。やな事もたくさんあるでしょう。
それを我慢して、乗越えられる。のも、公文のおかげだと言います。
つまり、何かを続けることは、自分にとても自身の着くこと、それが、親にやらされてと感じていてもです。公文に、対する。失望感は、あったでしょうが、ビジネスの世界です。相手の立場で物を考えると、どうでしょうか。
良いことを並べるのは、あたりまえでは、ないでしょうか。こっちのほうが、掲載には良かったかな?
あとは、消費者が、知識をもって、何を選んでも良いと思います。【M・Sさん】
こんにちは、私も子供を公文に通わせています。
最近少し疑問に思って、ネットで調べたら、ここが出てきました。
ちょうど前のM・Sさんの話のようにいろいろな塾があって構わないと思います。でも、公文は始める前にずいぶんと調子のいいことを聞かされたような気がします。
小2のうちの子供がしっかりしてないのは母親である私のせいだとは思いますが、他の塾に比べて、負担が大きいような気がします。
もちろん、ピアノでも家庭でしっかりということは言われていて、かかさず練習をさせるのが大変なのですが、公文ではあんまり教わってきていないような気がします。
消費者が知識をもって、というM・Sさんの言葉は分かりますが、「何を選んでも良いと思います」というのだったら、本当に公文でいいのか心配になってきます。誰かがしっかりとしたデータを示してくれればいいのですが、公文から聞こえてくるのはいい話ばかりで(企業ですから)、逆に失敗例というのは隠されているような気がします。
公文で育ったといっても、本当は何でもよかったのかもしれませんね。うちは当分そのまま続けると思いますが、今後どうするか分かりません。考えるきっかけになりました。
子育てって難しいですね。
【ミミさん】
はじめまして、埼玉のI・Iと申します。
親戚の子供(幼稚園の年長組)がくもんに入ったいって親が喜んでいたのでつい、『大きなお世話アドバイス』をしてしまって、反感を買ったところです。そこでこちらをみつけました。
私自身、母が知恵が少々遅れていた弟の脳の刺激にどうかと、わざわざ通信教育でくもんをはじめたついでに入ったことがありました。ケアレスミスがあるけど学校の成績はまずまずだった私ですが、学校の成績と反比例してくもんはぜんぜん進まず、もうつまんないしいい加減飽きて先にやめてしまいました。弟は続けていましたが応用もきかず、文章題もぜんぜんできないし、結局機械的作業能力を磨いてしまった結果自閉症の症状は悪化したとも言えました。もともと自閉症にはそういう傾向があるので。親はよかれと思ったのですが結果は裏目だったので、20年たってもまだ金と時間の無駄だったと言っています(笑)。
私はといえば国立の理科にストレートで合格し、国家資格をとって一生の仕事ができるようになりました。しかし、勉強法(塾には行ってません)はくもんほどでなくてもいわゆる一度見た問題は必ず解けるといった傾向のもので、昔はそれでOKでした。思考力、洞察力、想像力などには欠け、また無教養な人間になってしまいました。
普通にやっていてもこうなってしまう人間が多いのに、『訓練』形式だとその権化になってしまいそう。
教育産業は小さい時から取り込んで長いお客さんになってもらおうと躍起になってこんなに素晴らしい、どれだけの人がやっていると煽りますが、やるのはいいけどそれオンリーではきっとあとで後悔する。幼児期から課題消化型ではなく、自分で何か問題点なりをみつけて解決法をつたない能力でも考える訓練を地道にやっておかないと、ある学歴を得たとしてもハリボテで今からの社会では太刀打ちできない
し、そんな訓練のみに大金と時間を費やすのはもったいないと。くもんはしつこすぎる!ある幼児教育の先生が講演会で述べておられました。今の若いお母さん方はお子さんに見栄えのいいコロモをつけることには非常に熱心ですが、その肝腎のなかみの育成については驚くほど無関心だと。知育訓練もけっこうですが、食事や睡眠時間を含めてきちんとした生活習慣をつけること、お手伝いを通して奉仕や感謝の心を養ったり〜家事の中にも科学はいっぱいですし〜つまり人間の基礎を培うというところが欠落してはいないか?と。
またある人には三流も磨けば二流にはなれる。しかしもともと一流の人がさらに自分を磨いているのには結局はかなわないと言われました。
もっと多様でユニークな人間が社会を引っ張っていくようになればいいのですが結局は学校教育が右往左往している中では、親たちはとりあえず落ちこぼれないようにと早期教育などに走ってしまうんですよね。どんどん小さな子たちがそういう産業に吸収されていくのは、どこか怖いです。親たちが、どうか頭の片隅に、くもんなどの教育法はたくさんの大切な柱のうちのごく一部であってすべてではないことを自覚しておいてくれればいいなあと思っています。入試が変わっていけば少しは健全になるんでしょうか?
すっかり長くなってしまいました。このへんで失礼します。
【I・Iさん】
私は、公文式を学習したOBです。皆さんは、随分公文式学習法に勘違いしている部分が多いと思います。公文式の特長って語存知ですか?ぜひ、こんな狭い場で討論されるのなら一度教室に行かれて、先生に聞かれたらいいのではないでしょうか?
随分前に、公文をしていたのですが2002年度から総合的学習の時間の導入などがあり、間違いなく学力低下がより一層進むでしょう。
そこの意見も踏まえ、公文ではなくどのような学習法がベストなのか?を議論してほしいです。
私は、公文の特長である学年を超えて進むことによって、自信をもつ。これこそが、生きていく上で大事だと思います。
我々大人が子どもに残せるものは、お金や体力などではなく
どんな時代になっても、自信をもって何事にでも取り組める力を持たせてあげることではないでしょうか?
匿名希望より【「匿名希望」と書きながら別に本名を書いてきた訳もなく、同じメールが何通も届きました】
私の子どもも公文式に通って5年になります。
初めは公文というものがよくわかりませんでしたが、学年を超え、更に2学年先、
3学年先を学ぶようになってくると、やっててよかった!となってきます。
学校では、数・国・英は予習も復習もやらず、トップの成績をとってきます。
そこまでたどり着くにはいろいろなことがありました。教室の先生によってもちがう
と思います。でも、公文の先生は学校の先生とちがって一生懸命でした。
娘は今では、学校で公文が取り入れられればみんな100点取れるのに・・といいま
す。そして、小学校の分数がどれほど大切か学年を超える頃からわかってきたといい
ます。公文式って落ちこぼれがないです。どんな子も3年たつとかわってきます。石
の上にも3年・・・まずは続けてみることでしょうか?読み・書き・計算そして
英語力はこれからの社会には絶対不可欠です。それも、なんとなくできるじゃ話にな
らないと思います。学力低下が懸念される今、基礎学力の重要性をもっともっと
私たち大人が考えるべきなのではないでしょうか?基礎学力=底辺の学力がしっかり
していれば、上へ行くほどラクになっていきます。高校生だから足し算はしないわけ
ではないんです。公文のOBにきいてみたら???
公文ってやってて絶対わるいものではないとおもいますけど・・・・??
よっぽど、へんな先生にあたってしまったのでしょうか??教室へいってみたら?
みんなとっても楽しそうですよ??
===========================
y/s【代表的な反論メール。うちは3年間通ったし、先生によって違うのなら公文式というのはおかしいし、6年生になってから、うちの子どもの成績は伸びたが、公文のおかげとは考えられない】
金川 欣ニ 先生
はじめてメールを差しあげます。
私、知らぬ間に64歳になろうとする、神戸に住んでおり気ままに出版の真似ごとを細々ながらも続けさせていただいている者です。
インターネットについても、50歳で大病を患って以来、入院や通院にのみの明け暮れで、昨年やっと手にしたばかりで、インターネットの掟といったものも心得ておらず、失礼があるやも知れませんがお許しください。
さて、要件でございますが、ホームページをいろいろと検索していたら、先生のマックde記号論に出会い、随分と愉しいエッセイをお書きになる方だなあと驚きながら、プロフィールやタモリ語などのページも読ませていただきました。
そして、偶然ながら先生に感謝せねばならないことに出会うことになりました。
実は、先生の「公文への愚問」の「反響編」の中で、文面から多分大学関係の先生のご夫人かと思われるオフイーリアさんというニックネームでメールを寄せられた方の文章の中で、「知人の紹介で“でき太の算数”という〜」でお書きになっているその「でき太の算数自宅学習会」を病気で倒れて以降、平成3年からさせていただいているのが私なのです。
体のこともあって“駅逓に徹する”を人生訓にしているようなところもあり、自らの商品を声高々に宣伝して売るなどは性に合わず、私のかかわる数点の出版物は、人様の口伝で広がってくれればそれでよいと思っているような人間です。最近になって朝日新聞社関係のホームページの端に一葉のリーフレット様のPRをしたのが初めてです。(“でき太の算数”や“でき太の会”で検索すると同じページサイトで前記の先生のページも出てきます。)
そして最近では、先生のホームページから前記の「公文への愚問」「反響編」をご覧になり、でき太の算数を知り、でき太の算数で検索してご連絡くださる方が数名出てきました。もし、先生のこのホームページがなければ、私方の一葉の案内にたどり着く方はほとんどないのではないかと思います。【略】
内本 芳治
E−Mail <mailto:mnet@ae.wakwak.com>【PRめくメールだが、興味を持つ人がいるかもしれないので、そのまま掲載します】
こんにちは、初めてお便り致します。娘は今年1年生になります。
このHPみて悩んだ末取合えず公文をやらせてみようと年長の夏休み前あたりから算数を始めてみました。
まず4Aスタートで一日十枚。今現在はA教材の1/3あたりにきています。
国語も冬くらいから始めて算数と同様くらいです。先生ともよく意思の疎通ができていて、かゆい所に手が届くような
感じがして良いのですが・・・・・
たまにベネッセなどの簡単な文章問題を解かせてみると「これどういう意味?」って聞かれるのです。
私にとってはていねいに書かれている問題が、彼女には、意味不明の様子。問題の意味が解らないなんて・・・・・
たし算ができても意味が解らなければ、せっかくの計算が無意味になりかねませんよね?
でも公文には、多分これから先もずっと修業のような計算がまっています。
私自身は、低学年からそろばんを始めて計算には困らない程度でしたが。(小学生の時わからないと感じたことはなかったし・・)
最近学研の広告に計算だけでよいのですか?なんて広告もはいってきたり、親戚に公文から学研に移ったお姉ちゃん
がいたりして。やめてよかったよ!小学校は宿題やら何より友達と遊ぶ時間もあるから、これから大変かもよ。学研は
問題の作り方がひねってあって文章問題に力いれてあるし、宿題も少量でなにより子供が喜んでいっているわよ。
と言われ心動かされている今日この頃です。ただ娘は今調子が良い状態なので公文は続けたい様子。
もし何かアドバイスを頂ければとメールを出させて頂きました。よろしくお願い致します。【SMILEさん】
学校で宿題がほとんど出ず、公文か学研に通っている子が増えてきていました。
周りに流されてはいけないとは思いつつ、自分の子が取り残されるような気がしてどうしようかと悩んでいた時に、こちらのホームページを読みました。
が、全く公文式について知識のなかった私は、とりあえず自分の目で見てから判断しようと思い、先週の金曜日に公文の体験教室に行ってきました。
とにかく驚きましたね〜。殺伐とした雰囲気が漂い、先生はニコリともせずにひたすら丸付けをし(機械のよう!)、子供たちも考えて問題を解くというよりも早く解くことに熱心な様子。国語も「音読をさせています」と説明されましたが、先生は片手間に聞くだけ。子供の質問にも「おざなり」に答えていました。
公文についていろいろ説明をして頂きましたが、それって別に公文じゃなくてもいいのでは?っと思わされました。
簡単なテストをした結果、算数の得意な我が子は(一年生)
標準時間10分のテストを4分で満点を取りました。にも関わらず、「まずは簡単なところから基礎を固めて」と、数字をただ書く練習から始まる問題を渡されました。二桁の足し算を暗算で出来る子に対してです!
耳を疑うとはこのことですね。どうにも納得できず、もっとレベルに合った問題をやらせて欲しいと言うと、ハイペースで進めば1ヶ月で次の段階に進めますとのお返事。
どうしても下の段階からやらせたいらしい。←どうやら公文に来る子は、算数が苦手という先入観があるらしく、レベルの低い教材しか用意してきてなかった様子。
何のためのレベルテスト?個人のレベルにあわせて・・・っていうのは嘘?っと疑問がふくらみました。
実際に我が子に合っている(と私が思う)レベルに入れるまでに最低3ヶ月はかかってしまう。
はっきり言って、こんな問題をやらせるために、月謝を払う気はさらさらないので入会はやめようと思います。
ただ、子供本人が「公文マジック」にかかり、入りたいと言うんですよね〜。
子供に「すごい!」っと思わせるシステムではありますよね、確かに。
私の正直な感想としては、公文式に通うのと、自分で教材を買ってきて自宅で学習しても全く同じではないかと。
毎日学習するクセをつけると言いますが、別にこれは公文でなくても出来ますよね?
つまり、
「親の安心」・・・公文で勉強をしているという安心感がある
「親の手間を省く」・・・答えに丸をしてあげればいいだけのことを、親が面倒でしたくない!
これはもう子供のためなんかではなく、親の自己満足のために通っているんだなと、私は判断しました。
これは教室によっても違うのでしょうけれど。先生も人間ですからね〜。
性格・人柄もあるし、個人的な判断も異なるでしょうし。
それから、学年によっても違うかもしれないし。
つい長くなってしまいました。しかし、勉強関連の悩みは尽きないですね(笑)。【Y・Aさん】
育っていく過程はやり直しが効かない分、子どもへの教育には失敗が許されないという
半ば強迫観念みたいなものがあって「よい親」度を上げるためにも必死になってしまいますね。
ウチの息子は後二週間で小学生になります。公文式の通信講座をはじめて一年が過ぎました。
一年経って思うことは、「いやなときでもやらなきゃいけない」ということを息子が学んでいるなあ、ということ。
これって、社会で生きていくためにはとても大切なことだと思います。
どんどん難しい問題が解けるようになって、鼻高々になったりもしていて、小学校に入ってからが心配ですが、学校の学習と公文での学習はきっぱり割り切って、学校での先生の話をきちんと聞いてくるように話していこうと考えています。
公文式をすると考え方に深みがなくなるように思っている方が多いようですが、
それは、公文式に問題があるのではなく、その子のパーソナリティーや生活環境の特性ではないでしょうか。
公文をやっている一日数十分で性格が決まってしまうとは思えません。
手伝いをさせる、本を読む。自然と親しむような体験や、工夫が必要な遊びを体験する。そういったことが欠けているから多方面に亘っての成長が見られない----ということはありませんか。
息子に公文をさせてきて心配なことは、テングになって学校での学習をおろそかにしたり、仲間関係を壊していくことです。それは、前述したとおり、話して聞かせていこうと思っています。
それより、今、とっても不安なことは私自身のことです。
公文の成績の伸びを見ていると、私自身が子どもに期待をかけすぎてしまうのです。まるで、ゲームをクリアしていくような感覚になっていく自分が怖い。子どもが一日公文をやらないと「このグラフの傾斜が変わってきてしまう、どんどん進んで行きたいのに〜!」と、目の前の子どものことより、クリアした枚数のことが気になってしまうのです。
もしかしたらこれが公文の怖さかもしれません。
「子どものため」と言いながらゲームをどんどん進めていきたい私。ちょっと余所見をすると「時間計ってるんだから早くしなさい!」とすぐ鬼になってしまう。
このHPを見て、こうやってメールを書いて少し冷静になれたような気がします。
「よ〜し、明日からはもっと目の前の子どもを見よう!」
なんか、自分へのメールになってしまいました。【怒りんぼ母を卒業したい、さん】
私は公文で採点のアルバイトをしています。単なる丸付けです。採用の際は経験とか学力とかは一切要りません。面接の時、お飾り程度に子供がするような計算の問題をさせられましたが、私は一問もできませんでした(笑)それでも採用です。「指導者」(教室を経営している店長?公文ではこういう言い方をする専門用語。)から教えてはいかん(自主性をを育てるため)と言い渡されているので、黙々と丸付けをする日々です。
子供は100点になるまで、プリントを何回もするだけ。それを黙々と採点するアシスタント(採点のバイトのこと。公文用語か?)自主性とは耳障りが良い言葉ですが、ようするに子供らを勉強させて、ほったらかし。公文はかなり商売がうまいですよ。教室に一人店長を置いて、あとのバイトは単なる丸付けですからね。
私がバイトしている教室では「指導者」手作りのマニュアルがありまして、一度お見せしたいです。「教室でのことは他言無用」とか「子供とは私語厳禁」など。ちなみに時給は700円です。【まゆこさん】
別の見方も 有りますよ
反論も含めて 楽しく 読ませていただきました。
「うん うん そうだ そうだ 納得」 指導者にも ピンきり 学習法にも 疑問プンプン。
他塾が 値下げ競争の中 公文の月謝は 高〜〜いし 10数年 やっていましたが 経済的な面で 「やめようかな?」なんて 思って 貴ページに 行き当たりました。
ちょっと 事例を紹介しますね。
A君の場合 小学校 高学年から 公文学習開始。中学の数学は 定期テストで 学年トップの座を 誰にも 渡すことなく高校生に なりました。 頭脳明晰 数学的思考力の持ち主で 他の学習法でも あるいは 何も しなくても 学年トップの成績は 取れたでしょう。 公文で 何を 習得してくれたのでしょう。
学校の授業は 考えなくても スラスラできちゃう子が 学年を越して 進む事で 自分にも 出来ないほど 難しい問題が 有る事を 知り 努力することを 知りました。 人付き合いが とても 苦手な子でしたが 簡単な問題で 悩む子を見て 教えてくれるように なりました。「出来ない」子が居る事を 知ったのです。
Bさんの場合 小学校低学年で 入会しましたが 言いたい事を 充分言えないので 喧嘩ばかりしていました。
1と2の 違いが 分りませんでした。 指や教具で 「いち に」と 繰り返しました。 まさに 公文式その物です。彼女が帰った 教室で 「がんばろうね。
みんな 普通児だよ」と 自分に言い聞かせて 泣きました。
進度は 進みませんでしたが 数年後 言葉数が増え 友達と お喋りするのを見て また 泣きました。
公文は いろいろ有る学習法の中の 1つに過ぎません。
教室に来てくれる子の ほとんどは 他の方法でも 学習は 進むでしょう。
消費者は 宣伝文句に 惑わされる事無く お子さんに 合った方法を 選ぶべきです。
ホームページに 行き当たる方は 選ぶ力の有る 保護者だと思います。
でも 「小学生に 勉強なんて」と お考えの方は 勉強する必要性を 感じていない方です。
ひとつだけ 言わせて下さい。
貴方は 親から もらった 能力の上に あぐらを かいていませんか?
出来ない 悔しさが 分りますか?
「計算しか 出来ない」 と 「計算だけは 出来るように なった」 の 違いが 分りますか?
今 決めました。
ほんの 僅かでも 「公文に 出会って 本当に 良かった。
はじめまして
私自身、低学年の子どもを持つ母親ですが、先日公文式の先生募集の説明会に行ってきました。
私自身は子どもは考える力をつけるという進学塾に子供を通わせ、英語はネイテイブの先生に習わせている。世間で言うところの「かなりの教育ママ」だと思います。
子供が小学校に入る前は、北米の公立の学校に一時親子留学をしたくらいですから、人によっては眉をひそめるでしょう(^^ゞ
今回説明会で感じたのは、教材は確かに非常に良く出来ている。と言う事でした。
特に、英語に関しては、段階を追った幼児から小学生用の教材が著しく少ない現在、とても魅力的でした。
それでも、今すぐ子供にはじめさせようとは思いませんでした。英語の発音やヒアリングは幼い時でないと身につけるのは難しいですが、文法は少し大きくなってからの方が理解が早いです。
小学生の高学年ではじめて、中学卒業までに簡単な長文を苦労せずに読めるようになれば・・・と思っています。
ようやく日常会話を少し出来るようになった私が基礎からやりなおそうかと思ったくらい英語の教材は魅力的です。ただ、100点を取らないと先にすすまないとかやりなおすという事にも今は抵抗を感じています。
指導者をするかどうかは、もともと今すぐ出来るという状況ではないので考えていませんでしたが、説明会を聞いて、「早期教育」と「先取り教育」にこだわる公文の本部の考え方がやはり馴染めないかも・・・と思いました。つまづいたところをやりなおすには最適な教材ですが、みなさんが指摘されているように小学生や幼児が高校の国語の問題を解くような指導を(教えないですが)することには私は抵抗を感じます。
結局公文式は使い方次第。本部にあまり洗脳されていない先生を探す(難しそうですけど)ただ、公文式がこれだけ普及している理由は、親が先取りをさせたいという気持ちがあるからなんでしょうね。
説明会で私が子供を進学塾にいれているときいて、説明をする本部スタッフは「気の毒に」という顔をされました(^_^;)公文のように個別にプリントを解き先生はプロですから、私はそれが気に入っているんです。先生はプロですし、考える力を伸ばす(低学年はパズルとか多いです)と言うことらしく、
私はそれが気に入っているんですが、説明する必要もないので話を聞いて帰ってきました。
公文の本部スタッフは、「日本の教育が世界のスタンダードじゃないから、公文はきちんと理解されていないんです。世界中で伸びているのは公文がスタンダードだからです」と説明されていました。
世界中でこれだけ認められているのですから、きっと良い所もいっぱいあるでしょうし、確かに現在の教育は問題ありと言われていますから自信があるのだと思いました。
なんとか良い所だけ利用できたら良いのに。というのが、私の感想です。けど、説明する必要もないので話を聞いて帰ってきました。取りとめのない文章ですみません。
【ママです】
はじめまして。公文についていろいろ知りたいと思い調べていましたら、こちらにたどり着き大変勉強になり、感想を残して帰ろうかと思いました。
主人が先日から子供に公文を習わせたいといい、塾に慎重な私と、このところ話し合いを続けておりました。(お金がかかるのでやるなら無駄にしたくないと思うあまり慎重なだけですが)
このHPを主人に読んでもらおうと思います。
右脳の七田について幼稚園の先生に聞いたことを書きたいと思います。
私どもの子供たちが卒園した幼稚園は小さな無認可の幼稚園でした。在園中、七田に通っているご兄弟がいて、先生は何回も親御さんにやめるよう説得しましたが聞き入れられませんでした。
保育中いろんな症状が現れていたようです、聞きましたところ、座っているときに貧乏ゆすりをいつもする、待っていられない、先に先にと答えを急ぐ、立っているときジャンプをしたり常に体を動かしているでした。
私もそのお子さんと幼稚園の戸外活動の帰りに食事をすることになりびっくりしました。
頭の回転が速くて、話していても落ち着かないのです。注文した物が来る間、待っていられない様子で、ぼく見てくると言って厨房へ何度も行ってしまったり、まるでハムスターのような動き方、しゃべり方でした。(ハムスターはしゃべりませんが、わたしが1分が60秒とすると彼は1分が120秒のようで同じ時間を生きているとは思えなかったです)
幼稚園の先生は、幼児期の敏感な大切なときに、七田の教育が脳にあたえる影響を心配していました。【IKさん】
何だか裏切られた気持ちでいたら、色々とアドバイスをして下さる人がいた。やっぱりインターネットは違うなぁ、と感じた。
公文だけが問題ではなく、ともに「御三家」と呼ばれるベネッセの子どもチャレンジも七田式も別の問題がきっとあると思う。
公文式への疑問や反論(そして、その反論)があればメールをください。掲載できる場合は、その場合のお名前と要約その他の条件をお教えください。なお、公文に対する中傷やPRだと思われるものは掲載しません。
また、基本的には僕への挨拶など不要だと思われる部分は省略します。
なお、どうすればいいのか聞かれることがありますが、僕からのアドバイスはありません。子どもの個性と家族の支援と先生の熱意とさまざまな要素が絡んでいると思います。もちろん、公務員としてはどこがいいかいえませんし、数学の専門家ではないので、分からないというのが本当です。とりあえず様子をみて、いろいろ考えてあげてください。その考えることが一番大切なことだと思います。
First drafted 1999
(C)Kinji KANAGAWA, 1995-.
All Rights Reserved.![]()