僕は小さい頃から算数が嫌いだった。文章題は好きだったが、練習問題をいっぱい解くのが嫌いだった。嫌いだけど、幸い、成績はよかった。入学した三流高校の1年の最初のテストでトップだったのを覚えているが、夏休みを過ぎると何も分からなくなっていた。宿題の意味が全然分からなかったのだ。
算盤も嫌いで、2年以上通ったはずだが、7級どまりだった。7級というのはごくごく最初の級である。母親には「そのうち、機械が計算してくれるようになる」なんて言って止めた。7級で終わったのが恥ずかしかったが、ブラジルからの留学生、H君が「僕は算盤も得意です」というので級を聞いてみたら「7級です」と胸を張っていた。
算数、数学の宿題は大嫌いだった。毎日いっぱい宿題を出されたが、みんなどうしてあれだけの量をこなせるのか不思議でしょうがなかった。僕は計算が速いと思っていたけれど、それでもずいぶん時間がかかった。嫌で嫌でしょうがなかったので、健忘症のフリをしていた。とにかく全てのことに対して物忘れがひどいので数学の宿題も忘れてしまった、というポーズを取っていた。おかげで、教師によく正座させられたり、教室の外に立たされたりした。
高校で数学がまるで分からなくなった。2年になって集合論を奈良女子大出の女性教師が教えてくれたのだけど、「どうしてこんな顔になれるんだろう」などと失礼なことを考えているうちに、バチが当たって、生まれて初めて平均点以下という成績を取った。それからは超低空飛行が続いた。矢野健太郎さんの立派な参考書を前にため息が出るだけだった(立体図形だけは面白かった)。後に、大学のキャンパスで矢野健太郎さんが非常勤に来られているのをみて、ただただ、恥じ入るだけだった。
□ 数学ができなかったから大学も自然に絞られてきた。国立って決まっていたから数学は避けられなかった。3年生の模擬試験で自分の点数を私立文系に当てはめるとベスト10に入っていた(確か学研のだったから受験者も少なかったのだが)。国語も日本史も英語も得意中の得意だった。でも、数学は何も分からなかった。時間をかけても分からなかった。もうほとんど捨てることにした。実際、入試では200点のうち50点しか取れなかった。それでも引っかかって入学できた。
大学に入ってから先生が話してくれた。
「文学部に入ってくる学生というのは国語とか英語とかはみんな同じように高得点だから理科系の数学などで合否が決まるんだよね」。
例えば、東大の文学部に入る学生は文科系が得意なのではなく、理科系が得意だからこそ、合格できるのである。逆に医学部の学生は国語や社会まで得意な学生が入っているのである。東大の文学部には、だから文科系のことしか分からない、なんてオタクっぽい学生はいないはずである。
何だか矛盾していると思うが、学問全体を考えると全ての教科に優れている方が伸びるのかもしれない(し、そうでないかもしれないが分からない)。
西東三鬼に「算術の少年しのび泣けり夏」という句(1936年・昭和11年)がある。「愚息は父に似て数学的頭脳を持っていない。宿題で泣く」と作者の注にある。うちの子どもの僕に似て数学的才能を持っていないかもしれない。
公文(正確には「公文教育研究会」)の名前を初めて聞いたのは葉山の姉が長男を通わせていたからだ。もう20年前になる。どんなことをするの、と聞いたら「同じ問題を100点取るまで繰り返す」という話だった。何も教わらないとも聞いた。
何でも公文という人が息子に満点を取らせるまで算数の基本問題を手作りして繰り返させたら成功したという、実に単純な話だ。
その後、田舎にも公文の教室ができてきたし、同僚の奥さんが公文の先生をしているという話も聞いた。なるほど、先生になるのは簡単なんだなぁ、と思っていた。
長男が小学校に入った時に、同級生のLちゃんが公文に通っていた。Lちゃんはとっても可愛らしくて気だてのいい子で、親馬鹿で長男のお嫁さんになってくれればいいなぁ、と思っていたくらいだ。公文の時は家の前を通っていった。ある日、長男に「公文に行ってみる?」と聞いたら、「行く!」というので驚いた。
子どもを塾に通わすことは教師自身が学校教育を信用してないのか、といわれるが、学校教育に何でも期待する方が間違っている。学校は「教育」の一部しか担えない。【この文章を書いた後、6月1日に文部省の生涯教育審議会は初めて学習塾の補習的役割を評価して学校の共存を提言している】。
公文で英才教育をするのかといわれるかも知れないが、ちょっと冷静に考えてみれば間違っていることがよく分かる。有名大学に入った人が出てきて、「公文式のおかげです」みたいにいうCMがあったが、全国で何十万人もいる生徒の中には(公文と無関係で)有名大学に入る人がいても当たり前だ。しかも、多くは小さい頃、公文に(多くは親にいわれて訳も分からず)通っていたというだけだ。
小中学校で「落ちこぼれる」原因の最大のものが算数でのつまずきである。それだけは避けたいという気持ちもあった。
そして、何よりも僕自身の数学コンプレックスが子どもを公文に通わすことになった。
それに、子どもがちゃんと勉強してくれないと質問責めにあう羽目になる。小学校までは大丈夫だろうが、中学の数学は自信がない。藤原正彦の『父の威厳 数学者の意地』(新潮文庫)には息子につかまる前に酔っ払うしかないと、帰宅するや否や酒を一杯ひっかけることになったお父さんの話が出てくる。である。父の威厳を台なしにし、数学嫌いを続出させたのも、教え方が悪かったからだ。
□ 数日後、何とLちゃんが迎えに来てくれて一緒に通うようになった!しかも、終わってから教室のあるお宮で「デート」?していた。
妻には「Lちゃんを家に呼んでおいしいもの、食べさせてあげなさい」なんて話をしていた。妻はケーキを買ってきて、満を持して呼んだのだけど、「私、クリーム、嫌いなの」とあっさり断られてしまった。
そして、長男と一緒に通うのも1ヶ月で終わった。
□ 長男は4Aから始まった。Aが1年、Bが2年ということになっていて、4Aというのは(後で意味が分かったが)そのずっと前の段階である。数字を書くところから始まったのだが、親としては、あんまりだとも思っていた。低すぎるレベルから始まっていた。1Aという、1年生の段階になったのは半年後だった。その後、Lちゃんを抜かした時期もあったが、Lちゃんはよほど悔しかったとみえて、頑張って長男をあっさり追い越してしまった。
公文の本当のやり方は入るまで分からなかった。週2回、教室に通い、時間を計ってプリントをさせられ、15分以内でできなけば元に戻るし、宿題が毎日同量出てきて、それをこなして行かなければ元に戻る。
入る前に、公文に通わせていた親の話も聞いた。3年生になったら、全然宿題をしていかなくなって教室でプリントをこなすのがやっとだという。
妻は公文の講演も聴きに行った。娘さんがお茶の水大学に入ったとかの講師で「継続が大切です。プリントを取っておいてあげてくださいね。うちのは数メートルになりましたが、これが自信につながります」という話だったという(うちも実行しようとしたが大量のプリントになってすぐに諦めた。本当に実行した人は余程広い家に住んでいるのだろう)。
継続は力だ。公文は教室でプリントを渡されて、先生の前で時間内に解かなければならず、時間をオーバーするとそこで停滞したり逆戻りしたりする。
宿題が出るなんて入るまで知らなかった。「毎日、10分ほど時間を割けば伸びる」というが、この10分というのが10分ですまないし、子どもは他のことをしたがって、なかなか言うことを聞かない。宿題をしていかなければ逆戻りだし、うっかり解答をチェックしないと満点ではないのでやっぱり逆戻りになる。先生は「親の努力が大切ですよ」という。公文に入ってから知ったのだが、K先生の娘さんは東大に入っていた。だから、説得力がある。ただ、K先生は他人とコミュニケーションがほとんど取れない人だった。尋ねればどうにか答えるという感じの先生で不思議な存在だった。
でも、どうも腑に落ちない。何しろ、教室で教わることは少ないのだ。どんなに考えても、理由が分からずに逆戻りしていることもある。何度も公文式のマニュアルはどうなっているんだろうと考えたが、よく分からなかった。先生の感情で上がったり下がったりはしないのだろうが、親馬鹿にはそう思えない。
何しろ、1科目6300円(始めた時は6000円だった)かかっているのに、何も教わらずに同じプリントを繰り返すだけなのだ。いっそ手作りをしようかと思うくらいである。
□ 公文式で最大の問題は子どもが嫌がることが多いことである。毎日「宿題しろ」というのは教育ママになったような気分だ。行きたくない日もある。
そして、一番親としていけないのはご褒美で釣ることだ。つまり、「公文行けば○×してあげる」とか「後で美味しいものあげるから宿題しなさい」とかである。
そして、そんな間違いを何度も繰り返した。
同級生の中には隣町まで行って算数と国語と英語を学んでいる子もいる。2万近くの負担もすごいなと思うが、おじいちゃんが隣町の教室まで送り迎えしていて、大変だなぁ、と思う。3教科の宿題の量を考えただけでも頭が痛くなる。
□ 一度、NHKで公文で大学レベルの国語を習得した小学生を紹介していたことがある。大学1年程度の古典が読めるのである。すごいなぁ、と思ったが、「読む」という行為が何か違っているのではないかと思えてきた。例えば、雅語の「あえか」というのが出てきて、それが「かよわく、なよなよしたさま。たよりないさま」ということが分かっていても、「あえか」という言葉の、味わいとか深みが経験の少ない小学生に分かるのだろうかと思う。
言葉を記号として理解してもダメだ。
記号の裏にある文化が分からなければ理解したことにならない。
英語にしても同じである。どんな内容のプリントになっているか知らないが、言葉の世界をプリントだけで説明しても何も理解したことにはならない。
また、よくあるパターンだが、中学に入ってから、下手に導入期の英語が分かるものだから、ウサギさん状態になって、何も教わっていない他のカメさんたちに追い越されることがある。
分数の計算ができることと分数を理解していることが違う。堀尾輝久『教育入門』(岩波新書)の言葉でいえば「分別知」と「了解知」が違うということである。微積が公文で解けるようになっても微積というもののすごさが分かることにはならないはずだ。
それでも、算数や数学は記号だから効率的に学習できるかもしれない。しかし、言語の場合には公文式が成功するとは思えない。もちろん、何にも勉強しないよりは勉強した方が一時の成績につながるだろうが、疑問を感じる。
□ マックde子育て「ソフトなりんご」に書いた拙文を再録する。
NHKで公文式の算数がアメリカでどのように受け入れられているか、特集をしたことがある。アメリカの大学教育の素晴らしさは刮目(かつもく)に値するのだが、初等教育が機能していない。創造性ばかり追及して、基本的に身に付けていなければならない、言語や算数がなおざりになっている傾向がある。日本に見習えと導入されたのが公文式である。実際、小学校で飛躍的な効果をあげているという。公文式がアメリカ風に変化していく過程も面白かったが、何よりも興味をひいたのは公文式がダメだと禁止した教育委員会の言い分だった。
公文式の授業をしているクラスはまるでアメリカの学校じゃないみたいだったという。授業というのはもっと活気に満ちていて賑やかなものでなければならないのにシーンとしていたという。これは授業じゃない、というのが彼らの言い分だ。
これを聞いてアメリカはすごい!と思った。だって、どんなに賢い人間でもロボットみたいな血の通わない人は魅力がない。日本はアメリカにいつの日か「勝つ」かも 知れないが、尊敬されない勝利者ほど孤独なものはない。日本の教育委員会なら子供の成績が上がったら手段は何であれ、よくやったと狂喜するだろう。国と親との期待と一致するからである。成績が上がったという事実を前にして「こういう教育法はよくない」と異議を唱えられる国家というのは素晴らしい。日本だったら挙国一致で○×教育だ。
人間の脳は横から見ると「の」の字をつぶしたような形をしているが、後ろの方がハードウェアで前の方がソフトウェアである。日本の教育は脳のハードウェアを鍛えるのが中心だ。一方、アメリカの教育は脳のソフトウェアを鍛えるのが中心になっている。
この構造がそのまま、日本の産業や文化にまで反映されている。どちらが大切か、ということはパソコンを使ってみるとよく分かるようにどちらも大切なのである。どんなにすばらしいソフトでもCPUが遅ければ使えない。
ところでうちの子供たちは日本の教育の中で生きなければならない。大きくなったら公文式に通わせようかと思っている。でも、ちょっとヤダな、と思うのである。
長男も頑張っていたが、2年で同じところで引っかかるようになって、前に全然進まない時期があった。プラトー(高原 plateau)というが学習には伸びないも「高原状態」(うちの子は低原だったのかもしれないが)もあるのだ。半年ほどそういう状態が続いた。
理論では分かっているのだが、いざ、進まないとなると子も親もイライラする。毎回同じプリントを出され、下手をすれば、どっと元に戻るのだ。宿題の解答もチェックして、今日は前に進むだろうと思っていてもなぜか下がってくることがあった。何が悪いのか、親にはよく分からない。
「満点を取る喜び」と公文はいうが、「一つでも間違うと落とされる」という恐怖が子どもと親に走る。
□ 勉強の仕方には大きく二つある。基礎から積み上げていく方法と「パラシュート方式」といって全体像を示してから、細かな内容を攻めていくという方法である。
もちろん、公文は基礎学力方式である。この方法は基礎を固めるという意味で有効だが、いつまで経っても先が見えてこず、何のための勉強かということが分からなくなる。少し考えてみればいいように、僕らは小学校から満点を取ることは稀で、せいぜい90点くらいの成績で次の内容に入っていく。100点という基礎がなくても、時間がたてば、また別の解法などで昔間違ったこともいつの間にか分かるようになってくるものだ。
「パーフェクトチャイルド」を作ろうとしても気が滅入るだけだ。「パーフェクトチャイルド」なんて幻想に過ぎないと思っていた。
公文の基礎を何度も繰り返すやり方はようやく頂上まで達したと思ったら、1点のことで最初からやり直さなければならない。
カミュのいう「シジュフォスの地獄」である。
□ ところで、長男が通うようになってから3歳下の長女は「私もチョーガッコーのお勉強したいな」というようになった。放っておいたのだが、お兄ちゃんに付いていくようになり、早いけどやらせてみるかということになった。当時はバッグを持って近所の人に「ガッコーのおベンチョー」と自慢するのが得意だった。
長女の方は最初すごい勢いだった。公文の雑誌に順位が載ったこともある。始めたばかりで、全国3555位、県17位ということだった。しばらくの間、親馬鹿していたのだが、足し算の+6あたりでばったりと前に進まなくなった。+9まででそれ以上進まない。あんまり厳しく教えても、と思って見ていたのだが、幼稚園の年中では理解しにくいものらしい。頑張る子は頑張るのだろうが、そこまではと思った。
半年ほどプラトーだったが、小学校に入る前に、これでは学校の授業に障害が出ると思ったので止めさせた。授業でひっかかってしまったら困ると思った。もちろん、本人も止めたいといっていたのだが。
早期教育に反対する理由はこうした反省もある。
□ 3年の後半になってから長男はほとんど宿題をしなくなった。親も面倒が見切れなくなった。九九までなら簡単に分かるけど、数桁の足し算、引き算なんて計算機でも使わなければチェックできない。
宿題をしないで教室でプリントをしているが、4年の初めでちょうど4年生の3分の1位のところになっていた。
妹と一緒に止めるかとも言ったのだが「続けてもいいよ」という。
僕自身、公文のやり方を続いたら、絶対に算数嫌いになると思っていたのに意外だった。
だから、ま、いいか、という気持ちで送り出していた。
何よりも、ここで中断したら、親も子も「挫折」した気持ちになるのが嫌だったのだ。始める前にもっとしっかり考えておくべきだった。考えなしに塾に任せるのはやっぱり間違っていた。
将棋の羽生名人と宝塚の月影瞳なんかが出てきて「やっててよかった公文式」というCMがある。冷静に考えれば、公文のおかげで将棋が強くなったのでも、歌や踊りが上手になったのでもない。賢さの一部になったかもしれないが、彼らの天才を説明するものではない。まして、学校教育の期間ずっと公文式に頼っていた訳ではないし、羽生名人にいたっては学校教育さえ邪魔なものだった。
□ 長男が公文を始めて3年がたった5月17日、ちょうど長女の誕生日だったのだが、いきなりK先生から「都合により5月いっぱいで公文の教室を止めます。個人的な問題で止めることになってすみません」という、唐突な電話がかかってきた。
個人的な病気などが原因ならば、僕も胆石で入院していたばかりで理解できるのだが、どういう理由か説明はなかった。
そのうち、26日の6時から「成績と今後の話」をしたいので保護者に来てくれという案内が来た。
□ 26日に公文の教室まで出かけた。K先生と富山からSさんが待っていて、保護者はYさんしか来ていなかった。つまり、二人の親だけに対する説明なので、これは毎日少しずつ説明会をこなしているのだと思った。
Yさんに成績の説明などがされていた(が、成績表が渡されるのではない)。
僕は子どもの成績を説明される前に、おおよそ次のようなことを話した。
公文というのは「継続は力だ」ということをつねづね言っていて、それを子どもたちに実践させている。それだけで効果があるのであって、他の学習塾と比べて、考え方を教えたり、解法を示したり、学校と違って工夫された問題とか、新しい問題とかを提示したり、というのではないはずだ。それなのに急に閉鎖というのは納得できない。もちろん、先生の個人的な理由があるかも知れないが、それは病気とか事故とかいろいろなケースが起こりうる訳で、それがカバーできないで教室を開くということ自体間違っている。ずっと継続すると思って、親は投資しているのであって、急に止めるというのは入学金だけ集めて倒産するような学校とあまり変わらないのではないか。
Sさんの説明は大変申し訳ないことになった、K先生の個人的な都合で急に止めることになったが、再開を約束できるくらいには小学校の規模が公文の経営上のレベルに達していない、ついては隣町の教室を紹介し、また、通信教育もあるのでどちらかを考えてほしい、ということだった。
小学校の規模については急激に減った訳ではないし、隣町まで行ってくれといわれても子どもが一人で行ける距離ではないし、親にも送り迎えする暇がない、また、通信教育というのは少ない利点である対面学習の機会を奪ってしまうし、郵送だと時間差が出てきて、結局、成立しにくいのではないか、と反論した。また、公文の教材は練りに練った問題を送ってくるのではなく、手作りでもできる問題ばかりなので、通信の必要性もない。パソコン塾のようなインタラクティブ性も皆無である。
Sさんはもっともだけれど、どうしても閉鎖せざるを得ない、と繰り返すだけだった。
□ この時点までは(急に辞めることにしたのは少し腹が立つけれど)K先生に対して責める気持ちはなかった。後継者を見つける努力をしない公文に対して怒りがあった。曲がりなりにも子どもがやる気を出しているのに、それを摘んでしまうのは納得できなかった。
平行線が続き、責任者のFさんに話を伝えておきます、ということだった。
Yさんに「成績は順調に伸びていますね」といい、どうしますか、に対してYさんは隣町まで送り迎えはどうも…という答えだった。
祐貴と同級生で頑張り屋のLちゃんの方は30分かかるが、新湊市街にある教室に通わせることにしたという。おばあちゃんがいるからというのと隣町だと待ち合わせの時間を潰しようがないから、というのもその理由だった【後にLちゃんママからのメールで知ったが、公文の説明とは違って、どうするか迷っているという】。
□ 僕は本当にこの時点まで何も分かっていなかった。
どうやら公文に現在通っているのは、この3人だけのようなのだ。
長男が通い始めた頃にはいつも2,3人の子どもが勉強に来ていて、現在でも少なくとも15名位は通っていると思いこんでいたのだ。
K先生から少ないという話は一度も聞いたことがないし、3時から6時までの任意の時間に子どもは通っていた。最近は5時まで外で遊ぶことが多いので、5時以降に教室に行くことが多かった。
3人しかいない、ということが話されていたら、もっと時間を絞って通わせたかもしれないし、何よりも知り合いの人に公文に通わないか誘ったところだ。
帰宅してから子どもに聞くと、時間が違うから何人来ているか知らない、ということだったが、名前を知っていたのは3人だけだった。
□ 考えてみれば、何も聞かされていなかった。公文のシステムも、子どもの成績も、公文の現状も何も。考えてみれば成績表をもらった訳でもないし、呼ばれて子どもの状況を聞かされたこともない。
3人だなんて!
□ そして、この日まで長男の成績が上位なのも、算数が好きなのも3年間公文に通ったおかげだと信じていた。感謝していた。
どうやら3人だけかもしれないぞ、と考え始めたら、申し訳ない気持ちも出てきていたのだ。ところが…。
Sさんから「成績は学校よりも少し早いところを行っていて、まあまあですね」と説明された。
「だから、止めてほしくないんです」と言った時に、無口なK先生が言った。
「この子(長男)は全然宿題をやってきてないんですよ、全然。だから公文を評価できないです」。
僕は真意がつかめず、笑いながら、もう一度言ってくれといった。聞き返して驚いた。先生の真意は、ちゃんと宿題をさせてないような親に、公文の教室が閉鎖するからといってどうのこうのいってほしくない、という意味だったのだ。
「ええっ、他にも宿題をしてない子がいたでしょ」というとK先生は「いいえ、ちゃんと宿題をしてきていれば必ず伸びるはずです。この子はやってきてないから伸びてないんです」と言った。
僕は今まで、算数が嫌いになってないのも公文のおかげ、ちゃんと算数についていけるのも公文のおかげと考えていた。
それが、全然、公文と関係のないことだったと聞かされたのだった。
別に超一流大学に入れようと思って通わせているのではないし、算数が嫌いにならなければよいと思っていたのに、先生の頭には超一流大学に入るような子だけしかなかったのである。「伸びる」という意味もK先生は何年も先の学習に入っている子どものことを考えていたのだった。
□ せっかく公文を信じていたのに裏切られた気持ちでいっぱいになった。
こうして、我が家の公文との苦悶が終わった。
この文章を書いた直後は、公文に裏切られた気持ちがいっぱいだったが、時間がたち、冷静になり、いろいろな人からメールをもらうと公文に対する気持ち、早期教育に対する態度がはっきりしてきた。脳の可塑性に任せて何でもかんでも埋め込んではいけない。
宿題と同じ問題の繰り返しで毎日、子どもをせっつかなければならないということを忘れて簡単に入学できないだろう。一旦、入ってしまうと、子どものためには勉強をさせなければならない、かといってうるさくするのは伸び伸び教育とは正反対だなどというジレンマに陥ってしまう。
前から疑問に思いながら、通わせていたが、こうして公文式の本質を知らされたことで、我が身も反省しながら書いた。あんな暴言を吐く人を教師にしているだけでも問題がありそうだ。
妻はあれだけ喜んで教室に通っていた長女が止めるくらいだから、やり方に問題があるという。そうではなくて、やり方に合わない子どもが多いだけのことだと思う。
考えてみれば公文が続けられる子どもは公文に頼らなくても自習ができる子どもなのだろう。
これから学習塾に子どもさんを通わせようとしている人に対して、塾によって生活パターンが変わってくるし、家庭が塾中心、子どもが塾中心になってくるかもしれないので、始める前によく考えてください、とだけいいたい。
なお、保坂展人は公文でアルバイトもしていた男だが『あぶない公文式早期教育』(太郎次郎社)から出して、読者カードで驚いたという。
「わが子は四歳半でまだ方程式ができていない。もう手遅れかと悩んでいたところ本書に出会いました」とか、ドンドン来たという。もっと傑作なのは「これで公文が悪いことがわかったので、七田【真】式に入会をしました」というのだったという。俗に御三家と言われているのが「チャレンジ」「公文式」「七田式」だが、その受講者の幼児人口に占める割合は大体13%台前後だと予想される。いいかどうか分からないが、早期教育大流行である。
□ その後も、公文関係者から「先生が悪かっただけで、先生によっては効果が上がるはず」という意見が多く寄せられた。しかし、公文式というのは誰が教えても一定の成果が出るようになっているからおかしい。また、よい先生だったら、公文式でなくても、別の教科書でも成果を上げられたと思う。
公文関係者に失礼だ、というメールも来る。別に関係者一人ひとりに対して失礼なことをしているつもりはない。それでも、そう思われた方にはごめんなさい、と謝るしかない。
□ 僕らは基礎を学ぶが、全部分かる訳ではなくて、そのうち分かっていく部分も多いと思う。
学習にはレディネスというものがあり、後でやってみると簡単だったなんてことがよくある。
超勉強法によれば、パラシュート学習法というのがあります。全体を見て、学習することも大切だ。
何よりも学習法は自分に合ったやり方を見つけることが大切だ。他の人が成功したからといって、応用できる訳ではない。それが個性の一つなのかもしれない。
基礎は大切だが、あまりにも強調しすぎると、基礎から一歩も出られなくなる。大学までいって公文をしているというのはやっぱりおかしい。
百点取る喜びも大事にしたいが、百点をいつまでも取れない焦りは危険。
うちの子はケアレスミスでも、ずっと元へ下がったりして教えられていた。
公文で成果を上げた人は他の方式でも十分成果が上がったかもしれない。
でも、間違ってはいけないのは公文が悪いのではなく、早期教育そのものが問われているということだ。
※恥ずかしいが、最後に書いておく。長男はいわゆる県内の「エリート校」に合格して、数学は得意な方である。親がこてこての文科系なのに、理科系に進むかもしれない。公文で挫折感を味わったが、関係のないことがはっきりした。
First drafted 1999
(C)Kinji KANAGAWA, 1995-.
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