CD図鑑の序文より
 日本海沿岸は東シナ海から分かれた対馬暖流の影響が,遠く北海道の北西端まで及んでいる.しかし日本海沿岸の海岸線は概して単調で,潮の干満の差が少なく,変化に富むであろう生物相を太平洋側ほど容易に見ることはできない.各地の大学付属臨海実験所の開設についても日本海側の歴史の浅さを見る.それゆえ,まだまだ今後の研究に期待される分野は大きいといえる.
 ところで,日本近海における後鰓類については,生物学御研究所編『相模湾産後鰓類図譜』(1949)の発刊により,人々の目に初めてその豊富な様相が明らかにされた.この成果に大きな示唆を受けて,1950年,富山県立高岡高等学校生物クラブは,この分野では未開拓であった日本海沿岸の後鰓類について,富山湾を中心に相模湾と対比しながら研究に着手した.1951年からは斬界の権威である馬場菊太郎博士の直接指導を受けて研究は継続され,1957年の第1回日本学生科学賞において内閣総理大臣賞を受賞,1964年には馬場博士の監修による『富山湾産後鰓類図譜』(高岡高等学校生物研究会編)を刊行した.
 母校の後鰓類研究を支援しながら独自の活動を続け,上記図譜の刊行に携わった卒業生有志は,同年,高岡生物研究会を発足させた.そして,調査範囲も北は津軽半島から南は島根県隠岐島まで広がり,その間には未知の種類も数多く採集され,それらは馬場博士,濱谷巖先生らの精力的なご研究により新種や日本新記録種として発表されている.

 我々のささやかなこの研究も50年の節目を迎えたのを機に,機関誌『JANOLUS』第100号(1999)に「中部日本海沿岸産後鰓類目録」をまとめ192種を記載した.その基礎となった過去50年の観察データと記録写真・スケッチはデジタル保存された.これらを元に当会の後鰓類研究の集大成として,新たな検討と解説,データ整理,写真の選定などを経て2000年末に中部日本海沿岸産後鰓類図鑑『日本海のウミウシ』を完成,2002年3月に増補改訂したのが本CD図鑑である.
 当会はアマチュアの研究グループであるがゆえにその良識に従い,これまでの成果をありのままに表現した.従って,専門家によって種名が定まっている種の記載にとどめ,研究未了の種は省いた.
 なお,この第2版編集中の2001年11月,当会を半世紀の長きにわたりご指導いただいた馬場菊太郎博士(享年96歳)が逝去されました.ここに生前のご指導に対し深く感謝しご冥福をお祈り致します.

 このCD図鑑が自然科学を愛し,この可憐な海の小動物を愛する人々の知見の高揚に少しでも寄与できれば幸いです.

   2003年3月10日
                                             高 岡 生 物 研 究 会