むしろ織り

父親達が出稼ぎに出て、残った母親達は家でむしろを織っていた。

近所のおばあさんが時々「かます」を編んでいた。ひもの両端に重石のついたものを使って編んでいたようだが、こちらはほとんど記憶がない。

それぞれの家にむしろ織り機があり、母親たちは朝から晩まで座っていた。

織機に10本ほどの縦縄を張り、足下のペダルを踏みながら手元の藁を通して行く。

足を踏むと右の方から「鶏の頭」のようなものが動いて来て差し出した藁をくわえて引っ張って行くのである。

むしろを織るには「藁打ち」を行なう必要がある。 村の中に共同作業場があり、ここに動力付きの藁打ち機があった。

母親達は順番に藁を持ち込んで機会の前に1時間ほど座ってトントンと打つのだが、この藁打ち機が面白い。

村ではこの藁打ち機を「うま」と言っていたが、子供の目にも正に馬であった。

動力で頭を上下しながら藁を打つ動作は一生懸命に走り続ける馬のようでもありこっけいだった。

むしろ織り機の鶏といい、藁打ち機の馬といい、子供の目を十分に楽しませてくれるものが山の村にあった。


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