携帯保有者

ついに私も携帯電話保有者となった。 だが、保有者であってユーザーではないのだ。

子供が自分の携帯を買い換える際に、おまけで付いてきたようなもの。 これにより、彼の基本料金が半額となり大助かりとの事らしい。

今や、若者を中心に生活必需品となっているそうな。

これの良さは何と言っても、いつでもどこでも使えるところだろう。 たしかにあれば便利、持っていれば便利であることはまちがいないと思う。 だが中には、単なるファッションとして持ち歩いている人も多いようだ。

あちこちで大声で話しているので、聞くともなく聞いていると実にくだらない会話を耳にする場合がある。

「あたしー、電車の中ー、今どこかわかる?」

「……」

「ブーー」

「じゃー、今なにが見えると思う?」

「……」

「ピンポーン」

クイズ番組じゃないっちゅうの。

携帯を持つには持ったが、なかなか使いこなせていない中年男のひがみに聞こえるかも知れないが、どうでもいいような会話をしているのは、ほとんどが子供達だ。 彼等彼女らは、遊び道具として正に必需品として見事に使いこなしているのかも知れない

だが、自営業で24時間ほとんど家にいる私の場合、まだ携帯電話の必要性を感じていない。 電話も目下の所、机の引き出しに鎮座ましている。

万が一、着信音が鳴っても操作に不慣れで受信できないおそれがあるといったような情けない状態である。

番号を知らせてあるのも、今のところ、両親と子供だけなので着メロが鳴ることも無いだろう。いや、むしろ鳴らないでほしいと願っているというのが正しいかもしれない。

あちこちに知らせると、監視されているような、拘束されているような思いがするからである。
患者さんの突然の着メロで、施術中の手を止めざるを得ない場合もある。 「いつでも、どこからでも」の、見えない訪問者は扱いにくい。

マナーモードであっても、グーグーグーとうなられると、子供にでもせがまれているようで、やはりおちつかないものだ。

だから今は、子どもと妻に持たせて、私が二人を拘束し、いいように使っているといったところだ。

「おれ カメラ付き携帯買ったんや「

「へー 携帯買ったらカメラついてくるんか?」

「だら そんなわけないやろ 電話にカメラの機能がついとることや」

「ふーん その機能いつから?」

「きのうから」

これじゃ、「パンツ破れた。またかい」なみの駄じゃれではないか。

パソコンを使い始めて7年。ようやく何とか、ものになりそうだが、携帯が使えない。まだまだ、時代の流れに乗れない。 若者にも、ついていけない。

ヤキイモに物干し竿、選挙カーの絶叫に街頭宣伝。 いろんな音のたれ流しで、ただでさえ騒がしい日本が、ますます騒々しくなりそうだ。

最後に、とどめを一つ。

終電に乗り合わせの、ほとんど出来上がっているおじさんの携帯が鳴った。 どうやら、奥さんからのようである。

「あー俺や…。うんうん…。おーおー…」

「そやけど おまえ、おらの おるとこ ようわかったな!」

酔っぱらっているとは言え、これじゃぁ、あんまりだ。

WINDOWSの出始めの、「ゴミ箱」と同じレベルではないか。


もどる。

ホームへ。