マヤ・アステカの神話
◆天界の三神(2000/6/21)
原初において人間はまだ一人も存在せず、あらゆる動物も草花も石も谷間も洞窟も存在しなかった。ただし、混沌ではない。陸地は無かったが、静かな海と限りなく広がる空だけがあったという。そして、暗闇と静寂の海の中を二人の神が動き回っていた。
そしてツアコルとピトル、テペウとグクマッツ、アロムとクァホルだけが水の中に光り輝いていた。緑と青藍の羽根につつまれて光り輝いていた。それゆえその名をグクマッツといった。彼らは偉大な知恵者、偉大な哲人の資質を具えていた。こんなふうにして天があり、天の心があった。これが、とりもなおさず神の名である。
研究者A.レシーノスによれば、これらの諸神は結局は一組の母神と父神を指すという。すなわち、ここに列挙されている神々は、結局、ツァコルとビトルをもって一体となすニ元神のそれぞれの別名であるというのだ。ここで一度整理しておけば、ツアコル=テペウ=アロム。そして、ピトル=グクマッツ=クァホルとなる。
それぞれの語義を以下に述べよう。ツァコルTzacolとビトルBitolは、創造主と形成主。アロムAlomとクァホロムQaholomは、諸説あるが、ヒメーネス神父によれば『母』と『父』、ラスカーサス神父によれば、インディオが天にあると信じていた『大母』と『大父』であるとしている。テペウTepeuは、Tepeuhから出た名で『王』もしくは『戦勝者』。一方のグクマッツは、Guc−が『緑色の羽根』で、マヤの神鳥ケッツァールを意味し、cumatzが『蛇』である。
| すなわちGucumatzで、『緑色の羽根でつつまれた蛇』となる。 |
このグクマッツは、トルテカ族の聖神ケツァルコアトルQuetzalcoatl、マヤ語ではククルカンKukulucanと呼ばれる神と同一神である。ポポル・ヴフの創造神話によると、これらの神は水の中にあったとされている。それは、キチェー族がグクマッツと液体とを関連づけて考えていたからだとされる。カクチケルの手書き本には、「グァテマラに移住した原始民族の一つは、グクマッツという名であった。それは水の中に自らの救いを見出していたからである」としている。
| また、上記の創造神話によると、テペウとグクマッツは『天の心』であるという。 |
これに関して以下のようにある。
こうして、暗闇のなか、夜のなかで、フラカンと呼ばれる天の心は手筈をととのえた。天の心はその第一をカクルハー・フラカン、その第二をチピ・カクルハー、そしてその第三をラサ・カクルハーと呼ばれた。この三体が天の心である。
三体の心のうち、カクルハー・フラカンはテペウ、チピ・カクルハーはグクマッツとそれぞれ同一神である。フラカンHuracanは『一本足』の意で、カクルハーCaculhaは『雷』、チピ・カクルハーChipi Caculhaは『小雷光』、ラサ・カクルハーRaxa Caculhaは『緑の閃光』の意である。三体の天の心は世界宗教に普遍的に存在するカッバーラの三神構造(ユダヤ教神秘主義カッバーラ参照)に他ならない。
『ポポル・ヴフ』が説く天界の三神構造や天地創造神話は、ユダヤ・キリスト教のそれと驚くほど酷似している。実際、スペイン人によるアメリカ大陸征服後のポポル・ヴフには、キリスト教宣教師の伝えた聖書の内容が色濃く反映されているとされ、古代アメリカ原住民の神話をキリスト教の教義に適合するように改変したともいわれている。その真偽をここで問うことはしないが、何よりも重要なのは、一つの歴史の流れとしてアメリカ大陸の原住民がキリスト教でいう至聖三者を崇拝していたという事実である。
フラカンの正体はキリスト教の絶対三神に他ならない。すなわち、カクルハー・フラカン=御父、チピ・カクルハー=御子イエス・キリスト、ラサ・カクルハー=聖霊である。さらに言えば、カクルハー・フラカン=ツアコル=テペウ=アロム=御父、チピ・カクルハー=ピトル=グクマッツ(=ククルカン=ケツァルコアトル)=クァホル=御子イエス・キリストということになる。
メキシコおよび中央アメリカの全ての神話の中で最も力強い影響力を放っている神――それは神官の王、偉大な鳥の蛇ことケツァルコアトルである。彼は偉大な法律制定者兼啓蒙家で、暦や『運命の書』の発明家であるとされる。彼は非常に慈悲深い王で一切の殺生を禁止した。悪魔は、彼に殺戮や人身犠牲をやらせようと執拗に誘惑したが、チマルポポカ絵文書の著者によると“彼は決して同意することはなかった。なぜなら、彼は隷属民のトルテカ人を愛し、犠牲に供したものはいつもカタツムリ、鳥、蝶だったからである”
彼が一体誰だったか、あるいはどこからやって来たのかとかは、誰にも分からない。しかし歴史上、実在した人物であることは異論がない。メキシコで実地の研究をしているフランスの考古学者ローレット・セジュルネは、ケツァルコアトルはキリストとほぼ同時代に生きていた一人の王であるとしている。彼は偉大な法律制定者であり、あらゆる物事を理解し何事においても公正であったと言われる。だから、メキシコ宗教の中心的儀式の一つとなった人身供犠を絶対に容赦しなかった道徳人であった。
その名は「あらゆる慣行、儀式、教義において完璧」であると考えられたため、啓示を得たと思われた神官たちは誰でもその名を与えられ、彼らの宗教の創始者の名を受け継いできた。ケツァルコアトルと呼ばれた一連の神官たちは、彼らの名前で実行された血に飢えた慣行から推測されるように、決して慈悲深く、献身的で、敬神の念に満ちた理想のケツァルコアトル像ではなかった。しかし、神話を創った伝説の人物、最初のケツァルコアトルは、そのような輩とは全く比較にならない倫理観と器量を持っていたのであろう。
| ケツァルコアトルの容姿は細部まで記録されている。彼を黒髪とする記述が少なくとも一つあり、また彼は背が高く、頑丈で、眉毛が太く、大きな目と美しい口髭をもっていたと言われる。彼は円錐形のオセロットの帽子を被り、顔はいつも煤で汚れ、上着は木綿製で、背にケツァル鳥を止まらせていたという。 |
ケツァルコアトルとはいかなる意味を有した名前なのだろう。ケツァルコアトルは『ケツァル』と『コアトル』に分割できる。ケツァルとはグアテマラの高原地帯に生息する緑色の羽根を持った美しい鳥で、ほとんど人目に触れることがなく、メキシコでは古くから神聖視されてきた神鳥である。コアトルは蛇を意味するナワ語であるが、それ自体、マヤ語で蛇を意味する『コ』と、ナワ語で水を意味する『アトル』との合成語である。名前の由来に鑑みるに、マヤ族と高原のナワ族が初代のケツァルコアトルの時期に密接な接触を持っていたことが窺える。
| 実際、ナワ語で神を意味するケツァルコアトルは、マヤ人が崇拝していたククルカン、そして聖なる文書『ポポル・ヴフ』に出てくるグクマッツなる至高神と同一の神なのである。 |
ケツァルコアトルはトウモロコシの貴重な小粒を発見し、人間に農業を教えた。トウモロコシは彼らにとって人間存在の象徴となり、ケツァルコアトルはトウモロコシの神シンテオトルとして身を分けたと考えられる。さらに、水であり大地であり風であったケツァルコアトルは、自らを犠牲に供することで金星となり、暁の明星がやがて光の根源である太陽の中に呑み込まれるように太陽神ウイツィロポチトリとなった。
◆少年時代のケツァルコアトル
ケツァルコアトルはアステカの太陽神ウイツィロポチトリと同一神である。その意味でケツァルコアトルの母は、太陽の母であり、また太陽の妻であり妹でもあったコアトリクエである。ある日、コアトリクエと四人の姉妹は、コアテペック(蛇の丘)と呼ばれる丘で難行苦行をしていた。処女のコアトリクエは、羽を集め、胸に当てた。別の物語によれば、母なる女神は、羽ではなくエメラルドを呑み込んだ。そこには、ケツァルコアトルを生み出す何か小さくて貴重なものという観念が残っている。
すなわち、ナワの神ケツァルコアトル、そして別の名前で呼ばれるアステカの神ウイツィロポチトリには、聖なる母はいたが父親はいなかった。この物語の別の版によれば、女神の名前は『ラ』で、彼女には400人の息子がいたが、夫が死んだので独り身であったという。ある日、美しい多色の羽根が1枚、空から降って来た。彼女はそれを胸に当て、自分のもとから去ってしまった400人の息子が帰ってくるよう祈願する。
そのとき、彼女は自分が妊娠していることを知り、赤ん坊が体の中でピクピクと動くのを感じる。次の場面では、400人の息子たちが、誰が彼らの母を妊娠させたのかと騒ぎ立て、赤ん坊が誰であれ彼と母を殺してしまおうと要求する。そこで子供は体内から跳び出し、自分はウイツィロポチトリだと名乗り、400人の息子たちを次々に殺す。それは太陽=ウイツィロポチトリが暁の空に上ると消えてしまうおびただしい数の星を象徴している。
◆悪魔の誘惑と金星の陰府下り
少年が成長すると、悪意に満ちた魔法使いが彼を誘惑して人身供犠を行わせようとしたが、彼は、動物を愛し花を摘んだりすることさえできないほど慈悲深かったので、決してそんなことはしなかった。そこで宿敵テスカトリポカは蜘蛛の姿で空から降り、ケツァルコアトルの館に這って行って、プルケという酒で彼を誘惑した。ケツァルコアトルは最初は断ったが、杯に小指を浸して味見をしてみると、とてもいい味がしたので、3杯、次いで4杯、5杯と飲むうちに召使ともども、彼らは皆へべれけに酔ってしまった。
ケツァルコアトルは妹のケツァルペトラトルを呼び寄せ、彼女にも酒を飲ませたが、これまでになく陽気な気分に浸った彼らは、もはや欲望を慎み清潔に生きることを止めた。酔いが醒めたとき、ケツァルコアトルは自らの所業を悔い、世界を支配する聖なる母コアトリクエの名を汚したこと深い悲しみを覚えた。召使いたちもともに嘆いたので、とうとう彼は全従者たちに命令してアナワクの都を立ち去ることにした。ケツァルコアトルは石棺を作ってその中に四日四晩横たわり、厳しい懺悔を行った。
その後、浜辺に辿りつくと、彼は羽の衣装とトルコの仮面をつけ、薪を積み上げ葬送の焚き火をし、その上に体を横たえて、自らを犠牲に供しようとした。ケツァルコアトルは悲しむ従者たちの方を見ながら、「そんなに悲しまなくてもいい。わしはこの世から姿を消すが、また天界に現れるのだから」と言った。ケツァルコアトルは炎々たる火焔に包まれ、見る見るうちに崩れていった。その遺灰は空に舞い上がって、輝かしい羽を持ったたくさんの鳥になった。
鳥たちは唯一焼け残ったケツァルコアトルの心臓を持って天に昇って行った。その光景を見た従者たちは口々に叫んだ。「きっとあれが天まで昇って行って星となるだろう」上へ上へと昇っていった心臓は、やがて天界に届き、光り輝く一つの星に変わった。それが金星である。水=鳥=蛇の属性を持ったケツァルコアトルの名は、二次的な意味として『高貴な双子』の意味を持っていた。なぜ双子と呼ばれるのかというと、それは明け方と夕方に二度出てくる金星、すなわち「暁の明星」と「宵の明星」という至高の二重性を持った神であったからに他ならない。
さらに他の物語の伝えるところでは、ケツァルコアトルが死ぬと、四日間その姿が見えなくなった。その間、彼は下界に降っていたと信じられた。それから暁の明星が天空に現れた。それはケツァルコアトルが死から回復して、神として天界の王座に昇ったことを示すと信じられた。ナワ人は水平線の下を冥界あるいは外部の闇の世界と考えており、惑星が水平線の下に沈むとき、それは非常に特殊な現象であった。ケツァルコアトルは“地獄に降り”、そこで変身を経験するのである。
ケツァルコアトルは、肉欲的な行為をして後悔したとき、石棺の中に四日間横たわり、それから天上に昇らなければならなかった。それはまさしく、水平線下に沈みまた現われる、金星の航路の物理的な記述に他ならない。そして暁の明星として天に昇り、太陽光線の眩い明るさによって金星が消えることは、惑星が太陽に飲み込まれ、太陽になることを示唆する。それはちょうどケツァルコアトルが金星神であると同じに太陽神であったように。
ケツァルコアトルの最後に関しては他にも重要な伝説が存在する。それによると、ケツァルコアトルは戦争で国を失った際、自らの境遇を嘆き、蛇の筏に乗って東の方角に去ってしまったという。しかし、彼は自分がこれまで治めていた国のことを忘れていなかった。ケツァルコアトルは自分に仕えている四人の若者を呼び出し、彼の国に行って四人で土地を分け、仲良く治めてもらいたいと言った。若者たちは心細そうな顔をして、「どうしても貴方様と永久にお別れしなくてはならないのでございますか」と尋ねた。
| するとケツァルコアトルは優しい顔をして言った。「そんなことはない。時がきたら、またあの国に立ち帰って、再び勢いを振るうつもりだ。お前たちは、それまでわたしの代わりになってくれ」。四人の若者は、いったん立ち退いた元の世界に帰り、四人で土地を分け、国を治めながらケツァルコアトルの姿が現われるのを待ち暮らしていた。 |
◆ケツァルコアトルとイエス・キリスト
ケツァルコアトルはポポル・ヴフに出てくるグクマッツであり、また天の三体の心(フラカン)の一人チピ・カクルハーと同一神である。チピ・カクルハーはスペイン人が持ちこんだキリスト教の神イエス・キリストに他ならず、前章の結論からもトルテカの神ケツァルコアトルは至聖三者の一人『御子』であることが分かる。実際、スペイン人の侵略後、キリスト教の教義を導入したマヤ人は、自分たちの主神ククルカンをイエス・キリストと同定していた。だが、気をつけて欲しいのは、ケツァルコアトルの物語自体はスペイン人侵入前から存在していたということだ。マヤ人が二つの神の境界を排除したのは、そこに潜在的なアナロジーを感じ取ったからなのかもしれない。
| ケツァルコアトルは羽毛を持った蛇。一方のイエス・キリストも旧約時代に蛇の予型として描かれ、新約の時代にも蛇はキリストの昇天を象徴するものとして重要視されている。天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない(ヨハ3:13−14)。イエス・キリストは天に上った(昇天)蛇なのである。 |
| ケツァルコアトルは水と深い関係にある神であり、水の中に救いを見出した神であるとされる。そのとき、イエスがガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。…中略…イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた(マタ3:13−16)。イエスは水の中で聖霊を受け、御父から神の子たる証を受けたのである。 |
| ケツァルコアトル(同一神であるウイツィロポチトリ)は、女神コアトリクエが羽根を胸につけることにより、もしくはエメラルドを呑み込むことにより身ごもった神であるとされる。イエス・キリストの誕生の次第は次ぎのようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった(マタ1:18)。有名な処女懐胎である。マリアは聖霊(鳩)を身に受けることによって、聖者イエスを産んだのだ。 |
| ケツァルコアトルは蜘蛛に化けた宿敵テスカポトリポカの策略によって従者たちとともに酒を飲み、結果として罪を背負うこととなった。最後の晩餐の際、イスカリオテのユダはサタンに身を売り渡し、イエスを裏切った。ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。…中略…ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。(ヨハ13:27−30) |
| ケツァルコアトルは自らの罪を悔い四日間の間、石棺の中に横たわり、その後自らを焼き尽くす犠牲に供した。この背景には金星が地平線の下(黄泉)に沈み、数日間隠れた後、暁の明星として復活するという天体現象がある。イエスも三日三晩、墓の中に横たわった後、復活した。ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる。(マタ12:40) |
| ケツァルコアトルの遺灰は死後、天に昇って金星となり、天界の永遠の玉座に座ったとされる。イエス・キリストは復活後、弟子たちの見守る中オリーブの丘で昇天し、天の御父の右の座に就いたとある。さらに、イエス・キリストは自らを指して輝く“暁の明星”であると称している。わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、輝く暁の明星である。(黙22:16) |
| ケツァルコアトルに関する別の神話によると、彼は戦争で国を失った際、いつの日かメキシコの地に帰還することを約束しながら湾岸から蛇の筏に乗って海を渡り、東の方トラパリャン(『赤い土地』の意)に行ったという。同じくイエスはやがてオリーブ山に再臨し、全地を統べ治める権能を持つとある。白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。(使1:9−11) |
『ポポル・ヴフ』Popol Vuh
スペインのアメリカ大陸征服直後、スペイン語の読み書きを覚えたキチェー人によって書かれた古代から伝えられる聖なる文書。『諮問の書』『聖なる書』『住民の書』『キチェー民族の書』などとも呼ばれる。この書には、この民族の宇宙創造に関する思想や古い伝説、その起源、そして1550年までの王たちの事蹟が記されてあった。作者は不明。今日では、ヒメーネス神父の写本が伝わっているだけで、原本の行方はまったくわかっていない
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